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Experience Driven ShowcaseNo.57

「おもしろしんぶん館」子どもたちに、新聞の現場を伝えること(前編)

2016/03/23

2014年9月、新潟日報社の黒埼本社に、「おもしろしんぶん館」がオープンしました。新潟日報と電通のプロジェクトチームは、この施設を単なる「箱もの」ではなく、地域社会や未来の読者との新しいコミュニケーション・プラットフォームと位置づけ、新潟日報の全社員が「新聞の未来」にコミットする試みとして企画を推進してきました。開館から1年半を経て、そのプロセスと成果、課題について、新潟日報社の阿達秀昭常務取締役と、電通の松本陽一氏が語り合います。

取材・構成編集:金原亜紀 電通イベント&スペース・デザイン局
(左より)松本氏、阿達氏

 

「おもしろしんぶん館」の始まりは?

松本:「おもしろしんぶん館」の1周年の集客目標の1万人達成とさらなる来場続伸、おめでとうございます。

阿達:ありがとうございます。

松本:この1年で賞を4つもいただきました。キッズデザイン賞という子どもの教育に資するものや、空間デザイン、展示デザイン、シアター映像への評価など、いろいろな側面で受賞したのは、総合的にユニークなものができた証しだと思います。プロジェクトの始まりから振り返ってみたいと思います。(詳しくはこちら

阿達:それまでも本社屋内に見学者施設的なものはあったし、印刷工場も併設されていたので、見学コースは存在していました。ただ「新聞を楽しく学ぶ」というものではなく貧弱な展示だった。新潟日報が30年ぶりに新潟市街地に本社機能を移すことになったのを機に、既存建築の再開発を考えました。

松本:どうして見学には、工場をフィーチャーしようという話になったのですか。

阿達:前も30分~1時間ぐらいで子どもたちが訪れる見学コースがあったのですが、PR不足だったのか人気を得ることはできなかった。かつてのそのコースには、編集を中心とした報道の現場、例えば整理部の作業などが組み込んであったので、ニュースが飛びこんできてばたばたしているような状況から印刷現場までも本物を見てもらえました。でも、印刷以外の部門は新しい本社に移転し、そちらではスペースの問題で見学コースは設けられず、この工場だけに見学の機会が残ったのです。

 

新聞社の仕事を、子どもたちにエンターテインメントとして伝える

「新聞の世界」に入り込んだようなエントランス空間

 

松本:この見学者施設プロジェクトについて、当初はどんなことをお考えだったのですか。

阿達:創業以来3回本社を変えてきた中で記録をその都度整理したこともあり、最初は本当に見せるものが少なくて困りました。そこで新潟日報のこと自体を伝えるのではなくて、「新聞っていいよね」とユーザーの心の在り方を変えていきたいというオリエンテーションになりました。

松本:職業としての新聞社に光を当てて、それが子どもの社会科教育というニーズに直接結びつくと思ってつくっていきました。そのアイデアに対する社内の反応は当初いかがでしたか。

阿達:編集、広告、取材、入稿から最後に印刷などを経て販売員の手に渡って、配達で各戸に届けられる、一貫した新聞制作の流れを皆さんに理解していただく意味で良いチャレンジでした。わが社の社員でさえ全員はよく理解していない工程があるので、社内向けの啓発活動にもなりました。最近、新聞はスマホなどに押されていますが、新聞そのものを知ってもらう、新聞の全てはこうなんだよということを伝えたかった。ニュースが生まれる秘密をみんなでたどってみよう、冒険してみようという意図を、エンターテインメントとして理解していただければと思っています。

松本:新聞とテレビとネットを比べて、短絡的にどれがすぐれたメディアなのかという話になりがちです。展示手法にもそれに対する問題意識が投影されています。新聞取材にも通ずる「現場で物を見る」ということの説得性が工場見学にはあります。グーグルで情報検索するのと、輪転機がどんなものなのかを肌で知るのは、全く違う側面の学びがありますよね。

阿達:工場見学ブームの中、実際に輪転機のそばを通ってみて、さわることはできないですけどもインクの匂いをかぎ、新聞活字はすぐ手について黒くなるとか、実体験に基づくものの反応が良かったという実感はありました。今まではガラス越しに輪転機を見ていたのを、ガラスに穴をあけて窓をつくっていただいて、印刷するにおいとか、風、音、騒音を含めて体験してもらうことができました。

その一方で、編集局や広告局といった出稿側の見学ができていない。もう少しスペースがあればよかったし、編集をもう少し身近に感じる方法を生み出せないのかということは、今後の課題として残っています。

新聞づくりが学べる「シアン」の廊下
輪転機の大迫力が体感できる展示窓

 

「新聞のある家庭」を構築しよう!

松本:完全予約制、しかも9月という学習計画に入れにくい時期にオープンしてしまったにもかかわらず、1年間で1万人のお客さまにご来場しいただけました。反応はどんな感じですか。

阿達:2年目に入って1月末で来場は1万5000人を超えました。この4カ月ぐらい、圧倒的に来場のペースは高まっています。隣の「ふるさと村」(新潟県の物産・観光展示施設)は30万人が来ているので、それに比べれば微々たるものですけど。ただ、従来の施設は1年間で3000人しか入っていなかったことからすると5倍に増えているわけです。

新潟日報を読んでいる方への調査では、女性の30~40歳代の6割が「行ってみたい」答えています。ちょうど小学生、中学生のお子さんを抱える世代ですね。今は高齢者がコア読者なので、子どもたちにもこういった形を通じて、新聞の良さを知っていただきたい。私どものメディア戦略の中では、「新聞のある家庭を構築しよう」がメーンテーマなので、子どもが見学した後に家に帰って、「新潟日報のしんぶん館がよかったよ」と話題に上れば、家族だんらんを通じて新聞に対する、あるいは新潟日報そのものに対する理解が増すんじゃないかと思っています。

来場の皆さんの「おもしろしんぶん館」への感想のなかで印象の深かった内容を聞いたのですが、もちろん、話題のプロジェクションマッピングを使ったシアターは人気が高い、けれども、もっと内容を見てくれている。

例えば新聞は歴史的にローマ時代からあったんだねとか、日本では「かわら版」と昔言ったんだよねとか。技術的なものでいうと新聞は「4色で2万色を表現しているんですね」とか、「インクは水と油のバランスでできているのですね」とか。規模的に「大きなトイレットペーパーだね、新聞は!」とか、「1日に使う紙は1900キロメートルなんだ!」という驚きもありました。あとは、記者のカメラマンバッグを置いてあるのですが、「重い!」と、なかなか難儀な仕事だねということへの理解などもあり(笑)、本当にさまざまな工程のある新聞の「つくり方が分かった!」という反響がたくさん届いています。あとはエントランスの吹き抜けの“新聞空間”にびっくりしたという方や、新潟日報の歴史や新聞発行以外の活動、例えば市民マラソン、駅伝、芸術展をあらためて知ったという方も多いです。

印刷の工程が一目でわかる立体壁画
大人気の新聞トリックアート

新潟日報の社員450人が、自分の仕事の原点を確認・共有

松本:この仕事は、実は非常に短期間の作業でした。一方で取り扱うのは、職業のデパートといえるほど、取材から家に新聞が届くまでの間にものすごく多くの人が関わるチーム作業。新聞の活動の全てを説明するために、本当にたくさんの新潟日報の方に参加いただきながら、ある種ワークショップ的な手法でつくりました。電通に作業委託してお金を払って、電通が納品して終わってしまうのでは、真に御社の中の果実として残らないと思ったのです。

阿達:私どもの新しい本社ビルができて半年ぐらいからこの計画が動き出しました。その後、企画を詰める段階が圧倒的に長く、着工してからは突貫工事でしたので、ご迷惑を掛けましたね。

わずか450人くらいしかいない組織ですけれど、各セクションが全部集まって一つの方向を向いて何かやる機会というのは、あるようでないんです。広告、編集、販売、印刷、全てのセクションの代表者が準備委員会やワーキングチームをつくり動いた。最後は電通のプロジェクトチームと一緒になって、ああでもないこうでもないという格好でつくりました。それぞれが、あらためて自分の仕事の原点に立ち返ることができた、自分の仕事が本質的に何なのかを振り返ることができ、加えてほかのセクションがどんな仕事なのかが改めて分かったのが大きな成果です。それが起爆剤となり、今後のさまざまなプロジェクトで全社横断的な企画が出てくる素地になっていくと思います。

松本:たしかに打ち上げのときも、「自分の会社のことがようやく分かった」と、いろいろなセクションの方がおっしゃっていましたね。

 

※後編につづく