loading...

アスリートがつくる“アクティブヘルシー”な社会とは? 為末大氏、村主章枝氏らが参画する新プロジェクト「アスリートブレーンズ」発足

2016/04/07

アスリートブレーンズ代表の為末大氏(中央)とプロジェクトメンバー

自身の体を通して競技を突き詰め、前人未到の成績を残していくアスリートたち。その活動を通して得たノウハウ、経験したからこそ分かる実践知をうまく生かせば、今より心も身体も少し健康な生活や、いい社会づくりにつながるのでは? そんなアイデアを起点に、元陸上競技オリンピック選手の為末大氏が代表を務める「侍」と電通との協業で、新プロジェクト「アスリートブレーンズ」が発足しました。目指すのは、皆が朝わくわくして目覚め、夜は満ち足りた気持ちで眠れるような“アクティブヘルシー”な世の中。

今後アスリートブレーンズがどのような活動を行っていくのか、また同プロジェクトが標榜する“アクティブヘルシー”という概念について、プロジェクトメンバーにインタビューを行いました。質問には、同プロジェクト代表の為末氏とメンバーの1人である電通・日比昭道氏に答えていただきました。

※アスリートブレーンズ プロジェクトサイト:athletebrains.jp/

アスリートが自身に蓄積した“実践知”を社会に還元する

――まず、「アスリートブレーンズ」を立ち上げた背景を教えていただけますか?

為末:僕は競技を引退して4年になるのですが、その間に陸上を超えたさまざまなアスリートや、企業をはじめスポーツ以外の領域の方々と話をする中で、大きく2つの課題意識を持っていました。

ひとつは、トップアスリートの経験を、価値として提供できないかということです。競技力が高く、身体のことを知り尽くしているトップアスリートにはたくさんのノウハウが蓄積されています。それを僕らは“実践知”と呼んでいるんですが、これはもっといろいろな分野で生かせるだろうと思っていました。

もうひとつは、競技生活を離れて世の中を見てみると、当たり前になってしまっているけれど、本当はもう少し健康的だったらいいんじゃないかと思うことがけっこうあったんです。例えば、朝の通勤ラッシュとかですね。皆が自然のそばに住んでラッシュと無縁な生活を送るのは難しくても、何かが少し変われば、気持ちも上向くのではないかと。

この2つの気付きを、うまくつなげられないかなと思っていたところに、今回のプロジェクトに関わっている電通の皆さんと出会いました。僕らはアスリートの実践知は分かっても、それをどうやって社会に還元したらいいのかには長けていないので、パートナーとして組むことで少しでも社会を気持ちよくする活動ができると考えたのが、アスリートブレーンズの発端です。

――2020年の東京オリンピック・パラリンピックを控えて、社会的にスポーツや健康への関心が高まっています。企業の側にも、そうした機運があるのではと思いますが、電通としては以前からスポーツや健康という切り口での課題解決を模索していたのでしょうか?

日比:そうですね。ただ、スポーツありきではなく、もう少し引いた視点で考えていました。その点も、為末さんとは共通していましたね。

例えば、「健康寿命」という言葉があります。健康上の問題がなく日常生活を送れる期間という意味で、いわば「マイナスがない」状態です。もちろんこれも大事ですが、私たちはここから一歩進めて「プラス」の状態、一人一人が生き生きと“アクティブ”に過ごすことに寄与できる手だてを考えられないかなと。その切り口のひとつには、スポーツもありますし、先ほど為末さんも「気持ちが上向く」と言われましたが、心の健康というのもありますよね。

企業の側にももちろん、昨今の健康ニーズに応えたいという意向が高まっています。それに対応することは、つまり世の中が少しずつ健康になっていくことにつながります。私たちとしては、アスリートの実践知と世の中が求めることの接点を探って、ひとつずつ形にしていければと考えています。

皆が生き生きと過ごす“アクティブヘルシー”な風景を増やしたい

――プロジェクトがローンチするまでの間で、どういった部分が特に難しかったですか?

為末:一緒にやりましょうと話をしたのが、昨年の6月ごろです。先ほどお話ししたようなイメージは合致していたものの、具体的にどういう価値を提供できるかを明確にするまでに、思ったより時間がかかってしまいました。

難しかったのは、アスリートの実践知とはそもそも何なのか、社会をどう変えていくのかを、まず僕らの中ではっきり描く必要があったことですね。

まだ世の中にない、新しい価値を提供しようとしているので、何か正解があるわけでもない。ローンチまでのひとつのヤマになったのは、“アクティブヘルシー”という言葉にたどり着いたときです。コピーライターの方に加わってもらって、かなり早くから候補としては挙がっていたのですが、僕らが提供する価値の軸はこれなんだと収束するまでにはたくさんの議論がありました。

――なるほど。この言葉に込めた意味を教えていただけますか?

為末:日比さんの話とも重なりますが、調子の悪さを回復したり疾患を予防したりする大切さがある一方で、一人一人が前向きで活動的な毎日を送れることも大切です。例えば、毎朝わくわくして目が覚めて、夜は満ち足りた気持ちで眠れるような状態。体も心も生き生きとしている状態をアクティブヘルシーと名付けました。アスリートは常に、自分のコンディションを普通より良い状態に保てるようにすごく気を配っているので、その点にはたくさんの実践知を活かせると考えたのです。

僕らは、世の中にそんなアクティブヘルシーな風景を少しずつ増やしていきたい。それがアスリートブレーンズならではの価値になるだろうと、皆で意見が一致しました。

日比:今回、為末さんや他のアスリートメンバーの方々にさまざまなお話を聞く中で、今挙げられたコンディショニングの話は特に興味深かったですね。自分の心身を知り尽くしているから、毎朝起きたときに今日のコンディションが分かるし、悪いときにはどの運動をして何を食べればいいか、チューニングする術も持っています。

私たち一般人は、調子が悪いときは気付いても、調子の良さには気付きにくいですよね。だから、心身を知っているというアスリートの実践知こそ、アクティブヘルシーな社会づくりに役立つだろうと思いました。たしかに、その考えに至るまでが長かったですね。朝、生き生きとしているのはどういう感じだろうと、早朝に屋外のカフェで打ち合わせをしてみたりもしました(笑)。

為末:そうでしたね(笑)。

自分ができることを認識し、言語化できるメンバーを選定

――心身を知っているというアスリートの実践知を、一般の人が生かせるように展開していくのですね。ただ、主に身体を通して知っていることだと、知識を教えるのと違って簡単には伝えにくいのではないでしょうか?

為末:そうなんです。それは、僕と同じくアスリートとしてこのプロジェクトに関わってもらう、アスリートメンバーの選定にも大きく関係しています。

大きくは、2つの基準を設けました。ひとつは、自分ができることを「分かっている」こと。単に速く走れるだけではなく、速く走れる状態を分析してその理由や条件を頭でも認識していないと、なぜできるのかを人に語れないんです。もうひとつは、この「語れる」という部分。アスリートにもさまざまなタイプがいるので、なるべく言語化が得意で、企業の考えも汲めるビジネス感覚を持ち合わせている人にお願いしました。

日比:私たちからは、性別や個人競技かチーム競技かのバランス、またお子さんがいる方にも参加いただきたいと希望を出させてもらいました。現状では為末さんと、朝原宣治さん(陸上100メートル)、朝日健太郎さん(ビーチバレーボール)、松下浩二さん(卓球)、武田美保さん(シンクロナイズドスイミング)、村主章枝さん(フィギュアスケート)、竹下佳江さん(女子バレーボール)の7人です。

「アクティブヘルシーバンク」でスポーツの風景を増やしたい

――具体的に、どういった活動をしていくのですか?

為末:ひとつは、僕らの実践知を生かした企業との共同開発です。商品やサービス、コンテンツなどさまざまな形が考えられると思いますね。付随して、既存の商品やサービスでアクティブヘルシーライフを送るにあたってお勧めしたいものに、アスリートブレーンズ推奨マークを認定する活動も始めます。

つい先日もアスリートメンバーを交えて、どういった商品やサービスがそれに該当するかを話し合ったのですが、女性のメンバーならではの意見があったり、僕も発見がありました。7人のバラエティーも発揮できそうで、僕らは今すごく熱くなっている状態です(笑)。

日比:準備段階でもすでに多くの企業が関心を示していて、食品や飲料や健康器具など普通に思いつくもの以外にも、通信やレジャーなどさまざまなカテゴリーからお問い合わせを頂いています。例えば住宅も、「住んでいるだけでちょっと健康になれる家」と考えていくと、すごく発想が広がります。

為末:併せて、「アクティブヘルシーバンク」の取り組みもぜひ知ってほしいですね。僕らの活動を通じて得た収益の一部で、たとえば親子運動教室の運営や障害者スポーツの普及活動など、アクティブヘルシーな世の中づくりに貢献している団体をサポートしていきます。

例えば競技用の義足はひとつ50万円くらいしてしまうので、スポーツを始めたい子どもが全員使えるわけではないんです。それに、こういった社会への投資はなかなかビジネスラインにも乗ってこない。でも、じゃあそういう子どもたちにとってのアクティブヘルシーをどう担保したらいいのかと考えたのが、バンク設立のきっかけでした。

その他にも、アスリートメンバーが何か自身発案のプロジェクトを行う際も、内容によってはここから支援できればと思っています。

――では、最後に今後の展望と期待を教えてください。

日比:すでに企業とのプロジェクトがいくつか動き出していて、早ければ5月にも第1弾の取り組みの発表ができる見込みです。なにより、アスリートメンバーの皆さんがとても前向きになってくださっているのがうれしいですね。企業との取り組み内容はケースバイケースになりますが、アクティブヘルシーな風景を増やすというビジョンをぶらさずに、アスリートと社会をつなぐ役割を担っていきたいと思っています。

為末:人間って、単体で成り立っているものではありませんよね。建物とか食べているもの、さまざまな周辺環境と自分との関係でアクティブヘルシーかどうかが決まると思うので、人を取り囲むいろいろなものが少しずつ置き換わることで、心身のコンディションはどんどん良くなっていくでしょう。

今はテクノロジーが進み、僕自身も人工知能などのトピックには注目しているんですが、その分、人間しか得られない感覚の価値は高くなっていくはずです。この布の手触りがいいとか、この飲料を飲むとこんな気分になるとか。身体というセンサーの価値が高まるとき、アスリートの実践知はもっと貢献できると思います。このプロジェクトの可能性を僕自身も楽しみに、力を入れて進めていきます。


アスリートブレーンズ プロジェクトメンバー
為末大(侍 代表、元陸上400メートルハードル選手)
竹下佳江(元女子バレーボール選手)
武田美保(元シンクロナイズドスイミング選手)
朝原宣治(元陸上100メートル選手)
朝日健太郎(元ビーチバレーボール選手)
村主章枝(元フィギュアスケート選手)
松下浩二(元卓球選手)
大内智重子(電通)
小布施典孝(電通)
藤岡宏嗣(電通)
後藤啓介(電通)
日比昭道(電通)