未来への提言 #01

MIT石井裕教授に聞く 知性、そして生と死(前編)

  • 石井 裕
    マサチューセッツ工科大学(MIT) メディアラボ教授
  • Ao4 4289 1 pr
    山本 浩一
    株式会社電通 CDC 専任局長

世界最高峰の人材が集まる研究機関ともいわれるMIT メディアラボでは、「人間とテクノロジーメディアのインタラクション」を命題に多くの研究が繰り広げられている。そのMIT メディアラボで副所長を務める石井裕教授は、手で触れることのできるフィジカルな物質を、実態のないデジタル情報のインターフェースにする「タンジブル・ビッツ」の研究で世界的に名を馳せ、ミラノサローネでの作品発表、国際社会や教育など幅広いテーマでメッセージを発信するなど、常に注目を集める存在だ。今回、石井教授の来日を機に、自己の成長や社会の未来を真剣に模索する電通の若手社員を中心とした「5人衆」が、日本の知性や教育などがどうあるべきか迫った。

MIT石井教授
左から、プロモーションプロデュース局・山上勇人氏、マーケティングソリューション局・坂本陽児氏、石井裕教授、第1CRプランニング局・谷本潤哉氏、マーケティングソリューション局・黒川翔永氏、CDC・山本浩一専任局長
 
 

空間・時間を「ズームアウト」して考える

山本: 石井教授が今回来日されるとお聞きして、ぜひこの機会に話を伺いディスカッションをさせていただきたいと、熱意を燃やす若手社員4人が結集しました。私はモデレーターを務めさせてもらいます。

石井: お手柔らかにお願いしますよ(笑)。

山本: 事前に打ち合わせをしたのですが、やはり、先生には大きく「教育」と「自己の成長」という観点でどう考えられているかを聞きたいというのが総意のようです。日本の若い世代が世界で高い競争力を持つためには、今何が必要とされているのか。

谷本: 最近仕事で、混迷するグローバル社会で若い人たちにどのような教育をすればよいのか考えさせられる機会があったのですが、日本をつくってきた高齢者の方々のメンタリティーって学ぶべきところが多いのではと思いました。

「グリンゴ」という漫画をご存知ですか? 手塚治虫さんの最後の作品で、未完の遺作なのですが、南米のめちゃめちゃ治安の悪いところに飛ばされた大手商社マンが、何もないところから発展のレールを自分の手で敷いて支社を大きくしていく話です。焼け野原から日本の高度経済成長をつくってきた人たちは、理想と現実を行ったり来たりしつつも確かな実行力を発揮してきた。その原動力となったメンタリティーを今の若者は軽視しがちですが、学ぶべきところがあるのではと感じます。

でも一方で、「高齢者は持っているお金を使わず、経済を停滞させている」という認識で、日本の高齢化社会=悪、と決めつけられがちな世論が気になっています。

石井:それが本当だとしたら、非常にショッキングな話です。高度経済成長時代のメンタリティーが良くないとか、高額所得者に有利な税制で、グレースフルな死を迎えられるかどうか差別が生じていることを議論したいのなら分かるが。
でも、単に自分たちに負担をかける年寄りが許せないというのは、強烈にエゴセントリック(利己的)な見方。いつか自分もそうなる、という想像力が欠落しています。
石井
山上: 戦後の復興を支えた世代と、その老人たちをリスペクトできない若者の間にもう一つ、戦後の世代の繁栄に乗っかって豊かな人生を送った世代が真ん中にあって、ちょうど親世代にあたるんですね。彼らはおいしい思いをしたのに、何で俺が世の中に出るときはこんな運が悪いんだと呪ってしまう。そんな図式があるような気がします。

石井: 極めて近視眼的です。自分がこの世に生まれることができたのは、お父さん、お母さんのお陰だけじゃなくて、その前におじいさん、おばあさんたちの貢献がある。

僕は年齢が高いので、父も母も戦争の体験者・被害者です。父はシベリアのラーゲリ(強制収容所)を生き抜いてきた。野坂昭如の『火垂るの墓』で 妹が死ぬ悲しい場面がありますね。あのリアリティーを、私の父や母は目撃しながら戦中・戦後を生きた。

豊かな日本に生まれた若者は、自分よりいい思いをする連中に嫉妬はするけど、あまりに想像力が貧困で、今の平和を築くための犠牲となった世代がどのような困難を乗り越えてきたのかという、歴史的文脈で考えたことがないんですね。

山本: 最初から手厳しい(笑)

石井: 大事なのは視野を拡張(ズームアウト」)する、つまり空間的にも時間的にも、歴史的にも、広い視座で物事を考えることです。日本が平和を享受する前の時代、そして現在もとんでもない悲惨な状況に置かれた国や民族がたくさんあり、一歩間違えれば、今の日本もそうなり得ることに思いを馳せなくてはいけない。

論理やデータのロジックに対抗するのが、情念的な信念や精神論で、これは時にとても危険なものになります。絶対に負けると理論的には分かっていても、「神国日本は負けない」「神風が吹く」と言って、絶対始めるべきではなかった戦争を始めてしまうような過ちを犯す。

山上: でも、幾ら世界の向こう側に飢えている人がいても、負の匂いが感じられない日本の日常の自分と対比するのは、なかなか難しいことかも知れません。

石井:それも想像力欠如の問題で、今の日本にもダークサイドは存在します。

例えば、 身売り。娘を身売りすることの苦しみは、親だったら想像できますよね。でも、それを買う連中がいて、ブローカーがいる。お金になるから売る。 日照りや冷夏で農作物の収穫がなくなり、生き延びるためにはそれ以外取る道がなかったというのは、遠い昔の話ではない。今も世界のあちこちで起きている。

暗部を直視し、異種格闘技をする

坂本: 実は、うちの祖父は絵描きになりたくてアテネフランセでフランス語を勉強していて、だけど徴兵されて、最後は硫黄島に派遣されたんです。投降した先の米兵がたまたまフランス語がペラペラで助けられて戻って来れたけど、その後は命が助かったことに後ろめたい思いで隠れるように人生を過ごした。

今、このまま放っておくと、いつか自分や自分の子孫がまた同じような目に遭うのではないかという漠然とした不安を感じていて、そうなる前に知性をきちんと使って、くだらない問題はきちんと判断して切り捨てて、健全に動く社会をキープしなくては、という思いがあります。

そのためには、日本は特別な存在であると狭窄に思い込むのではなく、自分の人生でどうしたら地球に貢献できるか、個人としてのスケールを大きく考えられることが必要なのでは。そんな人が日本に一定の割合いることが大事なのではないか、と考えたりしています。

石井:未来のことを考えるというのは、すごく難しいことですね。僕も、地球温暖化の問題を、自分の子どもができて初めて真剣に考えるようになった。戦中・戦後を生き延びた父も母も死んでしまってから、彼らが今日のこの平和な世界を作ってくれたからこそ、今自分がMITにいて、未来のことを考えられるんだという深い感謝の気持ちを持てるようになった。どんどん視界がズームアウトされる、この広がり感がすごく大切です。

山本: 自分の全く知らない環境に飛び込む経験も重要。いまは留学する人も減って、自分の身の回りの社会から出ない人が増えたといいます。坂本さんのおじいさんのように、ある種偶然、自分の想像もしなかった環境で生きていかねばならなくなるような経験が、今は少ない。

坂本: 基本的に今と違う状況に陥るとか、当たり前と思われていたことから離れて考えるとき、初めてダイナミズムが生まれるような気がします。

黒川: 今、思考の外部化が進んでいるというか、例えば自分が興味のあるニュースだけをレコメンデーションエンジンが勝手に選んでくれる。思考が均質化されていくことで、思いもしなかったことや、自分が全面否定されるようなことになりにくいのかもしれません。

石井:視界をズームアウトするためには、他流試合、異種格闘技をすること。全く違った価値観、原理で生きている人間や文化、社会に自分を置き、対峙することが大切です。伊藤穰一は、なぜドバイに住んでいたか。アンコンフォタブルなゾーンに行かなければ自分はだめになると、分かっていたから。

サイゴン陥落と同時にボートピープルとしてアメリカに来た子供が、西海岸で頑張り、CalTech を一番で卒業し、素晴らしい成功を収めている。MITの私のグループでは、 内モンゴルからアメリカに渡ってきた少女が、人一倍の努力をして博士号をとって、もうすぐ米国の著名な大学から教授の座がオファーされようとしている。

極限まで腹が減って、人間としての尊厳が損なわれかねない状況で、どうにかして自分のレーゾンデートルを勝ち取った、そんな連中が今日の世界の基盤を作り上げた。そのような視野や飢餓感を経験したことのないものは、絶対に勝てない。

坂本: 僕、一刻も早く海外に出たくて、英語の勉強のためにずっとBBCのラジオ放送を聴いているんですけど、日本のメディアが伝えるニュースがあまりに世界の潮流と外れ過ぎていて、びっくりすることがあります。

石井: 半径3メートルの視野で勝手な不平ばかり言いながら、何も創造せず、しょうもない芸能記事を読みあさるだけの、ケンシロウ的に言えば「おまえはもう死んでいる」というような連中(笑)を相手にせずに、どうかみなさんには、どうやって自分を変えていくか、そして周囲に影響を与えられるかを考えてほしい。

教育が社会を底辺からいっぺんに高めてくれるというのはイリュージョン、そう僕は思っています。まずは、深い本質をしっかりと見据えた上で新しいことを成しとげる人をたくさんつくる。するとその背中を見て、それに続く次世代の子供達がインスパイアされる。それしか方法はない。

そのためにも、違った文化に飛びこんで、徹底的に暗部を直視して他流試合をする。自分がなんぼのものなのか見つめる。誰にでも解ける問題に80%正解しても悲しいだけで、絶対自分にしかできないものを見つけなければ、自分の存在理由を確認しなければ、飛躍はできない。

本質的なものを持った人に早く出会う

山本: しかし、出ていくためにはすごくエネルギーが要る。快適で友達のいる日本を出て、なぜわざわざしんどい思いをしにいかなくてはいけないのか。そう考える人が大半ですね。

石井: 若いうちに、憧れる、すごい人に出会うことが大切だと思います。僕の尊敬する登山家の栗城史多さんは、凍傷で手の指を9本なくしてもなお挑戦を続けている。彼が言ったすばらしい言葉があって「楽しくなかったら下山しろ」と。それはなぜかというと、楽しいと思う気持ちの余裕、肉体の余裕がなくなると事故で死ぬから。非常に直感的です。

そういう本質的なものを持った人に早く出会う。僕はたくさんの素晴らしい人にその人たちが生きているうちに出会えて、直接彼らの言葉を聞くことができた。すごく幸運だと感謝しています。

山本: どのような方たちですか。

石井:まず、1950年代、コンピューター通信は人の知を集めて社会的な問題に立ち向かうためにあるのだと言った、 ダグラス・エンゲルバート。ユビキタス・コンピューティングの祖、マーク・ワイザー。そして、建築家のビル・ミッチェルの3人。MITの建築学部長も務めていました。彼らとはもちろん血縁はありませんが、ある種、知的な遺伝子を自分も受け継いだという誇りを持っているので、いいかげんな仕事はできないな、と思っています。

存命の尊敬する方々もたくさんいます。30代だった僕をMITに引っ張ってくれた、ニコラス・ネグロポンテとアラン・ケイ。いまやっている仕事は分かった、だがまったく新しいことをやれ、reboot(再起動)しろと挑戦を促してくれた。

それから悪友の、ミュージシャンでありHCI 研究者のビル・バクストン。僕らの間には友情を維持する基本原則があるんだけど、それは何年かに一度しか会えなくても、会ったときには必ず最高の仕事を見せること。そして、相手に「Oh my God! What a great idea. Why I couldn’t come up with this idea before you did?」、ああ、チクショー、なんてすげえことをやりやがった、俺が先にやるべきだった、と言わせないといけない。

山上:刺激的な関係ですね。

石井: 真剣勝負です(笑)。それから、MITのグラフィックデザイナー、ジョン・マエダ。彼は教育の目的を“暗殺者をつくること”だと言っています。師弟愛ではない、自分をいつか殺しにくるくらい強い者をつくるのが教育だ、だが俺は簡単には死なないと。友人でも師弟でも、そういう緊張関係がとても大事です。

僕は、若いうちに本質的なものを持った人にたくさん出会えた。それは志や夢を高く持つ上で、とても幸運でした。

石井教授の“ヒーロー”たち。上段左から ダグラス・エンゲルバート氏、マーク・ワイザー氏、ビル・ミッチェル氏。下段左からビル・バクストン氏、アラン・ケイ氏、ニコラス・ネグロポンテ氏。

(後編に続く)

プロフィール

  • 石井 裕
    マサチューセッツ工科大学(MIT) メディアラボ教授

    1956年生まれ。マサチューセッツ工科大学教授、メディアラボ副所長。日本電信電話公社(現NTT)、西ドイツのGMD研究所客員研究員、NTTヒューマンインターフェース研究所を経て、95年、MIT工科大学準教授に就任。2006年、国際学会 のCHI(コンピュータ・ヒューマン・インターフェース)より、長年にわたる功績と研究の世界的な影響力が評価されCHIアカデミーを受賞。

  • Ao4 4289 1 pr
    山本 浩一
    株式会社電通 CDC 専任局長

    東京大工学部建築学科卒業、1986年に電通入社。
    1999~2000年にコロンビア大に留学、MBAを取得。
    専門領域はグローバル・ブランド・マネージメント、
    テクノロジー・ブランディング、イノベーション・マネジメント、
    コミュニケーション・デザイン、ユーザー・エクスペリエンス・デザインなど。

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