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データ × マーケティングの最前線No.3

【今さら聞けない】DMPの最新事情(前編)

2016/04/14

電通のデータマーケティング領域をリードするプランナー2人がエンジニア、マーケター、事業開発担当など多彩なバックグラウンドを持つ酒井氏(中央)が代表を務めるLegolissを訪ねた

急速にテクノロジーとの融合が進む広告・マーケティング業界は、今後どのように変わっていくのか。電通でデジタルマーケティングに取り組む若手プランナーが「データ×マーケティング」を軸に、最新の知見を解説していく。

第3回は、データマーケティングの統合環境、DMP(Data Management Platform)がテーマ。DMPは高い期待に伴う普及が進んだ一方で、その実践と成功ノウハウについては属人的なところも多く、先駆的に取り入れてきた企業でも、期待したほどの成果が出ていないという声もよく聞かれる。今回は、現場での試行錯誤と将来への展望を、現在日本でDMP導入・活用を牽引する存在であるLegoliss代表の酒井克明氏、電通の若手データサイエンティスト近藤康一朗氏と荒川拓氏の3人が語った。

※第1回「【今さら聞けない】 オーディエンスデータの最新事情(前編)
※第2回「【今さら聞けない】 オーディエンスデータの最新事情(後編)

広告領域からデータマーケティングを開拓する

近藤 : 今日は「いまさら聞けないDMP活用」というテーマです。DMPの基本については、過去に紹介した記事に譲るとして、現場に関わる立場ならではの話ができたらと思います。

まずは、DMP案件で引っ張りだこな酒井さんですが、どのようなキャリアを積まれてきたのですか?

酒井:私は様々な業界を経験しています。最初は大手電機メーカーでSEを務めた後、ネット専業広告会社に移りました。さらにベンチャーでの事業開発責任者や事業会社でのマーケティング責任者を経ています。その事業会社ではホテルのマーケティングを担当し、出店地域、価格帯、アメニティなどの付加価値をどうするかといったことや、現地採用やオフラインの集客施策など、幅広いマーケティング活動に携わりました。この経験は大きく、デジタルやデータというのはそれ単体では限りがあり、オフラインも含めて統合的にマーケティングを実行しないと成果が出ないということを学びました。

その後総合広告会社に移りデジタル部門の強化に6年携わり、2014年に前職のモデューロに取締役として参画しました。

荒川:そして昨年独立され、Legoliss(レゴリス)を立ち上げられたんですよね。現在の仕事内容を教えてください。

酒井:一言で表すと「データに基づくマーケティングを、さまざまな面からお手伝いする」ということです。決してデータだけを扱うわけでもありませんし、デジタルマーケティングだけに固執しているわけでもありません。自分の場合は、技術者上がりで広告業界に入ったことや、ネット専業も総合広告会社も経験し、また事業主側も経験があるという経歴がやはり一番の強みです。ですので例えばテクノロジー×クリエイティブ、データ×コミュニケーション、デジタル×オフラインといった、越境的なマーケティング活動のお手伝いをしたいと思っています。

Legolissは創業間もないながらも、クリエーティブ制作から、DMPのセグメント作りやデータベースの可視化まで幅広い仕事をしています。さらには広告の運用やイベントの企画をするなど、データを軸にしてあらゆるマーケティング施策のお手伝いをしています。近藤さんはどういった経歴ですか?

近藤:私は2010年に入社し、最初の仕事が大手SNSのデジタル広告効果検証で、初めから数字を見ることが専門という感じでした。その後、クリエーティブの部署でコピーライターなども経験しながら、今はデータサイエンティストとしてDMP導入のコンサルティングや、クライアントの抱えているデータの課題探し、ソリューション提案などをやっています。

酒井:荒川さんは?

荒川:私は2015年入社で、現在主に担当しているのは大手通信キャリアや大手新聞社の案件です。DMP運用や各メディアとの連携、その他オウンドメディアに関わる仕事など、実際にデータを活用して施策を日々回す部分に携わっています。

DMPを入れてはみたものの成果が出ない企業が…

荒川:今日はDMPの現場に近い話を、ということで、生々しい話も交えつつできればと思います。まず、今一番多いDMPまわりの業界トピックは何でしょうか。

酒井:実は、うちに相談に見えるクライアントのほとんどは、すでにDMPを使ってみたことがある企業です。

近藤:導入してみたけれど、成果が出なかった…?

酒井:あるいは、マーケティングに生きてこないとか、ですね。ツールや機能ベースでの知識はきちんと持っているけれど、「本当に効果的な使い方って…?」と相談にいらっしゃいます。

あるいは、「データもテクノロジーもそろっているけど、それをどうコミュニケーションシナリオに落とすのか教えてほしい」とか、「風呂敷を広げてみたけど絵に描いた餅になってしまっていて、結局現実的に成功するためにはどこからやればいいの?」とかです。

近藤:分かります。DMPを入れた経験はあるけれど、今は完全に廃止してしまったという話はよく聞きます。その原因として、導入を決めたときにDMPが「魔法の箱」のような触れ込みで、膨らみ過ぎた期待に見合うパフォーマンスが出なかったり、スコープを切れなかったりというパターンが多い印象です。

酒井:本当にそうですね。DMPを初めて導入するときって、ビッグピクチャーを描きがちです。「横串で、組織横断で!」とか。5つも6つもある組織の全てのデータを統合しよう、あのデータとこのデータをつなげたら…といった「夢」を思い描きます。でもその実現のために解決すべき組織の課題と、短期的に求められているROI達成とのバランスが非常に難しいことが多い。

ですから私は「まず、この部署だけで保有しているデータとCookieのデータを統合してみましょう、そこで何ができるか見てみましょう」といった最小単位でのスタートを勧めることが多いです。トップダウンで一斉に号令がかかけられない組織の場合、スモールサクセスを積み重ねるというやり方を採用したほうがDMPはうまくいくことが多いです。

近藤:でないと、導入前にはいわばハイパーインフレのようになっていた期待値が急降下してしまって、DMPを使った施策全体が打ち切りになってしまうことになりかねないですよね。もちろん、長期的には全社的なインパクトを目指すべきですが、まず走り出すための第一歩として目に見えて、且つ追いかけられる成果を考えないといけません。

DMP導入の目的という話では、導入を主導する部署がどこかによっても、かなり違う気がします。例えば、マーケティング部主導だとターゲティング目的、情報システム部主導だとモニタリング目的での導入といったようなことです。ターゲティング目的の場合は、そもそも従来のCPCのようなパフォーマンスの定義自体を変えないと、反応しやすい人、広告を当てなくても商品を買ってくれる人に投資が集中してしまうリスクがあります。

同様に、モニタリングをする場合は、セグメント毎に最適なKPIを立てましょうとアドバイスすることもあります。結局、DMPが刈り取りだけの方向に行ってしまっても、効率ではリスティングに勝てないということになったり、そもそもDMPでやる必要があるのかとなったりしてしまいます。

現状でのDMP導入の勝ちパターンとは?

荒川:DMPに対する期待値の高さと、実際に運用した際のギャップに、多くのクライアントは悩みを抱えていると思います。そうした中で、現状、うまくいっているDMP導入はどのようなケースなのでしょうか?

近藤:現状、DMPでうまくいっているケースは、2パターンです。1つはトップダウンで、多少手段が目的化することには目をつぶって、とにかく採算度外視でやりきった結果、現場にナレッジや実行力が貯まっていたパターン。もう1つは、導入の目的をうまく絞り込めていて、パフォーマンスが出る見込みのある部分だけにお金をかけているケースです。

酒井:先ほども話しましたが、トップダウンで一斉にやりきれない場合、現状ではスモールスタートが鉄則です。DMPに関してはまだ夢見がちな部分が多いので、その中から要件をそぎ落としていく作業が重要です。例えば全社横断の前にA事業部とB事業部だけでデータ連携をしてみる、あるいはメアドとCookieからまずはひも付けるとか、ソーシャルIDと付けるとか。

現実的且つビジネスインパクトが出そうなところにフォーカスして実施したほうが良いです。最初に風呂敷を広げてうまくいったという話をほとんど聞きません。

近藤:スモールスタートでも、やらないといけないことはたくさんあるんですよね。酒井さんが今考える、これはDMPの成功事例、というのはありますか?

酒井:ターゲティングの話でいえば、いわゆるオーディエンスデータではなく、自社で保有しているファーストパーティーデータを使って成功した例があります。単価が比較的大きいB2Bの案件で、企業の決裁者以上の名簿データとCookieデータをひも付けたOne to Oneの施策です。

そのお客様は決裁者以上のターゲットに対して、DSPを使って広告をずっと当て続ける「Share of Display」と呼ばれる戦略を取りました。ターゲットがウェブ上で行動をしている際に、常にその企業の広告が当たり続けるようDSPで入札制御したのです。指標としてクリックは特に見ておらず、バナーを嫌がられない範囲で当て続けるのです。その結果、「この企業の広告は最近よく見るな」となり、ターゲット企業にかけた営業電話の受電率が3倍アップしました。

荒川:それはすごいですね。属性としては濃いものの、母数が少なくなりがちなファーストパーティーデータを使い、そこまで徹底したターゲティングを実施した事例はなかなか聞きません。

酒井:B2Bで単価が大きいのであれば、そこまでやる意味がありますね。データ統合をしてピンポイントで広告配信をするので数百万の広告投資で済むのですが、実際に広告が当たった人へ電話がつながり、億単位の受注が数件あったようで「すごい効率がいいね!」と営業担当者からはフィードバックをいただきました。

これはファーストパーティーデータがあり、ドンピシャで顧客をひも付けられたからこそできるわけですが。この事例のように、広告主がすでに持つ顧客のデータと紐づけられると強いですね。

近藤:消費材などだとそこまで商品単価が大きくないので、ターゲティング目的で利用するよりもユーザー視点のコミュニケーション生成や、今までも予想もしなかったターゲット層の発見といった目的でDMPを使うとよい気がします。とはいえ、ウェブ上の行動履歴から判断した属性データが果たして100%正しいかというと、精度の問題があることも認識しておかないといけませんよね。母数と精度がトレードオフになるようなこともあります。その意味では、行動履歴とパネルデータを組み合わせて、精度と量のバランスを常に把握することが重要です。

酒井:そうですね。だからこそファーストパーティーデータとのひも付けや、ウェブ上の行動履歴からのみ顧客像割り出しているcookieだけのサードパーティーデータを信じすぎずに活用することがいいですね。

DMPを使って、今まで見えなかったユーザーを発見しましょうといった場合は、新たなターゲットを見つけるためのDMPやデータの選択、ターゲットの仮説が正しかったのかを導き出すためのDMPの使い方など、広告配信でCPAを合わせるというよりもかなり分析寄りの運用が必要ですよね。こうやって分析よりの使い方でDMPを使い始めたその次の段階として、データの精度や運用の仕方の壁にぶち当たりますね。

データ流通時代を見据えたDMP導入も

荒川:データマーケティングで目指すところがうっすら見えてきても、それを牽引するリソースが社内にない、という悩みの声もよく聞きます。DMPが導入されても、社内で分析できる人が少なくデータが十分に活用されなければ、コストに見合わないという判断が下されがちです。ツール導入やデータ収集を進めるのと同時に、データドリブンなマーケティング文化を醸成することは欠かせないと思います。

また、現場目線からは、そもそもDMPの目的がモニタリングだけならば、サイト計測ツールとパネルのひも付けなどで代替可能だという意見もあります。そのあたりについて、酒井さんはどうお考えですか?

酒井:確かに、現状では日本のデータセラー型DMPはCookieデータがほとんどなので、データの精度としては微妙です。しかしそう遠くない先を見越して言うならば、データの精度が現時点では微妙だとしても今からトライしておくに越したことはないんです。今後、個人情報保護など法律の環境変化によってデータ流通が活発になり、Cookieだけじゃなく個人を特定しない形でデータを保有している企業がデータ流通を活発化させることができるようにれば、自社が必要とするデータを自ら仕入れてくることや、米国などで始まっているようにクレジットカードの与信データや決済データなどの活用もできるようになるはずです。

実際に、米国のGoogle系の広告商品では管理画面上で「American Expressのプラチナカード以上の人」といったセグメントをターゲティングできるようなプルダウンメニューがすでにあります。属性データが個人特定に寄与しないという大前提がある上で、今後そういったデータのカセットを、ゲーム機のカセットのように必要に応じて入れ替えながらデータを活用する時代になるでしょう。

だからこそ今の段階からデータの精度が微妙でもトライしておき今のうちにデータを活用したマーケティングにチャレンジしている企業が先行していく形になるでしょう。


ここまではDMP導入を「絵に描いた餅」で終わらせないための、現場目線のリアルなヒントが語られた。後編では、マーケターとしてどのようにDMPと付き合っていくべきか、さらに議論が展開していきます。