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あなたの会社を変える「専門人材」No.2

M&A領域に学ぶ「社会、組織、個人」の関係(前編)

2016/04/13

企業活動の多くの領域において、事業成長や変革のために自社内では育成しにくい専門人材を外部から採用するケースが当たり前になっています。本連載の2回目以降は、専門人材の育成や活用について、さまざまな分野の第一線で活躍する方々を訪ね、そのヒントを伺っていきます。今回お訪ねしたプライスウォーターハウスクーパース マーバルパートナーズ(※肩書きは取材当時。4月1日からPwCアドバイザリー合同会社 パートナー)の岡俊子さんは、「トップ企業として、新卒で人を育てて人材を増やす必要性も感じている」と語りました。

※連載第1回「オープンな人材活用がイノベーションを実現!

プロフェッショナルファームにおける人材不足

神野:今回は、プライスウォーターハウスクーパース マーバルパートナーズを率いる岡俊子さんをお訪ねしました。実は私も岡さんチームの一員であったことがあるのですが、長くM&Aの第一線で活躍されている岡さんは、環境が変われば自分も変わらざるを得ないという中で、チームを率いてどんどんステップアップしてこられた印象があります。豪腕といったら失礼でしょうか(笑)。

岡:どうでしょう、環境の変化に必死に対応してきただけですから。大学卒業以来、私はずっとコンサルティング業界にいまして、事業会社に属していた経験はありません。ですから事業会社を常にクライアントとしてみてきているわけですが、最近の事業会社の環境の変化は大きいですね。

私が従事しているM&A業界の動きも非常に激しいです。自分の会社は、株主が変わる度に会社名が変わってきたので、外部からは数年おきに大きな変化が起こっているように見えるかもしれません。

神野:今回、M&A業界を参考にしたいと考えたのは、企業にとってM&Aが成長戦略のひとつとして身近な選択肢となったことから、社内にM&A部隊を組成したいというニーズが高まり、結果として、M&Aのプロフェッショナルファームから事業会社へ転職する人が目立っていることが背景にあります。

実際、私自身もそのときどきの自分が求めるスキルやテーマに応じて、プロフェッショナルファームと事業会社を行き来してきました。今M&A業界で起きていることは、他の領域にも示唆を与えるのではないかと。まず、岡さんがプロフェッショナルファーム業界における人材の課題についてどう認識されているか、教えていただけますか?

岡:はい、プロフェッショナルファームは今、概して人が足りていません。これは、M&Aの領域だけではなく、コンサルティング業界全体あるいは会計士や弁護士、さらに神野さんがいらっしゃるマーケティング領域も同じ状況ではないでしょうか。ファームの仕事量が増えているにもかかわらず、それを担う人材が十分でないのです。これが目の前にある最大の課題です。

神野:プロフェッショナルファームが興隆してきたのは、1990年代とか2000年頃ですよね。

岡:そうですね。かつて日本企業は、新卒一括採用や年功序列といった仕組みの中で、ジェネラリストや中間層の育成に成功しました。中間層がしっかりすることで、組織は堅固に安定しますので、組織が急拡大する時代においては、そういった仕組みは重要な役割を果たしたと思います。組織というのは、拡大するにつれ、縄張りや存在意義を主張するために自ら仕事を創り出して、何でも自分で抱える自前主義を生んでいきます。

そこへやってきたのがIT化です。IT化が進むにつれ、事務的なルーティン業務や中程度の付加価値業務はITにとってかわられ、さらにアウトソーシング化も進んでいきました。これに対応して企業は、企画や研究開発など、高度な専門知識が必要とされる高付加価値業務に経営資源をつぎ込もうとしましたが、量も質もどんどん高度化するこれらの領域の人材を、社内で育成するのは自分たちのスピード感では難しいと認識するようになりました。日本企業のジョブローテーションは、ジェネラリストを育成できても、専門人材の育成は難しいのです。

このような中で、日本企業は次第に自前主義を捨て、外部の人材を活用することを始めました。それらの日本企業に供給する側としてプロフェッショナルファームが興隆してきたわけです。

神野:人が足りないのは、プロフェッショナルサービス自体が比較的新しい領域だからなのでしょうか?

岡:それもあるでしょうね。業界としての社会的認知度は、私たちが感じるほどは、世間ではまだ高くないかもしれません。

身近で聞いた話ですが、事業会社の専門部署に配属された若い方が、仕事が面白くなったので、もっとエッジの効いたスキルを獲たいと思ってプロフェッショナルファームに転職したいと考えたんですって。でも、「大変な難関を乗り超えてせっかく入社した大手企業なのに、聞いたこともない名前のプロフェッショナルファームに転職するなんて」と言われて、親御さんに転職を反対されたらしいです。ここのところ、就職の超氷河期があったからでしょうか。こういう話は結構あるらしいです。

「専門家の道を歩むと、それしかできない人間になるから将来つぶしが効かなくなるぞ」って、親御さんはおっしゃるんですが、当の本人は、特定の会社でしか生きていけない人になる方が、将来つぶしが効かなくなるんじゃないかって、危機感を覚えているんです。

業界大手は新卒人材を育てる責任を負っている

神野:御社の採用は、中途が中心ですか?

岡:中途採用は多いですが、新卒採用にも取り組んでいます。新卒は、まっさらの人材を育てることができるという良い点があります。組織を作る上では、企業カルチャーの醸成が必須ですが、これを担ってくれるのは新卒で採用したまっさらの人材です。これまでは組織規模が小さかったので、そんなに多くの新卒は採用できず、年間数人程度でした。一方で、第二新卒も含めて中途採用には、通年で積極的に取り組んでいます。

神野:私も以前この業界にいたかわらかるんですが、コンサルティングの仕事は、一見、華やかに見えて、実は相当キツイ仕事ですよね。最近の人たちは、何を求めてこの業界に入ってくるのですか?

岡:まずは自分のスキルアップですね。M&Aの領域は、日本国内でも数少ない成長マーケットです。リーマンショックなどで山あり谷ありではありましたが、2000年頃からM&Aの件数は増加傾向にあります。ですから私たちの仕事はいっぱいあります。

でも神野さんがおっしゃるように、仕事はキツイです。クロスボーダー案件だと時差がある。再生案件だと、呼ばれたらすぐに対応しないと会社が倒産するかもしれない。そんな中で仕事をしますので、いつも時間に追われています。とはいえ、やりがいがあるし、短期間でものすごく多くのスキルを身につけることができますので、若い方には魅力的に映ると思います。

神野:スキルを身につけた後は、どうなりますか?

岡:ファームで上のランクに昇格していく人もいますが、ある程度独り立ちできるようになったら、事業会社へ移っていく方も少なくありません。さきほどは、事業会社からファームに転職する話を紹介しましたが、最近、その逆が起きています。それが今日の本題ですね。

事業会社が中期経営計画で「M&Aに○○○億円使う」と宣言しているケースをメディアで目にしませんか?そういう事業会社にかぎって、これまでM&Aを経験したことがないので、M&Aスキルのある人材が社内にいません。このような会社が、私たちが愛情を注いで手間暇かけて育ててきた人材を中途採用していくのです。これまで事業会社にどれだけ優秀な人材を貢いできたことか…。

そうなると、プロフェッショナルファーム間での人の抜き合いも起きてくる。だからどこのファームも人が足りないと悲鳴をあげています。

神野:なるほど。昨年は、岡さん率いるマーバルパートナーズがプライスウォーターハウスクーパースの傘下に入って、一気に規模が拡大しましたね。

岡:はい。以前の規模では、とても多くの新卒は採用できませんでしたが、今なら可能です。

新卒採用は、育てるのに時間がかかりますし、せっかく育てても先ほどの話のように、転職してしまうかもしれない。それでも、新卒採用には積極的に取り組んでいく必要があると考えています。

プロフェッショナルファームは、専門ノウハウをクライアント企業に提供するだけでなく、経営者人材の育成の一端を担うという社会的使命も負っていると考えています。M&Aでは、最終的に契約書を作るので法務の知識が必要です。企業価値を算定するにはファイナンスの知識が、組織統合では組織・人事のことを知らなきゃいけません。相手方との交渉術も必要です。といったようにM&Aは総合格闘技なので、M&Aの仕事をすることが経営者育成につながるのです。だから業界大手は、自らのファームのことだけでなく、業界あるいは社会全体のことを考えて、人材育成に取り組まなきゃいけないと思います。

事業会社のリテラシーが上がればプロのスキルも上がる

神野:確かにマーケティング業界でも、同じことが起こっている気がします。例えば岡さんのチームから専門人材として事業会社に人が移ると、事業会社がプロのノウハウをどんどん内包することになりますよね。すると、関係性も以前とは変わってくるのではないでしょうか。

プロフェッショナルファームに求められるものも、すでに確立された業務手順をきっちりこなすことや、新しいチャレンジをリードすることなどさまざまだと思いますが、クライアントとの関係に変化はありますか?

岡:非常にいい指摘ですね。たしかに昔は、私たちがM&Aの最初から最後までのプロセス全体を丸抱えする形でクライアントを支援してきました。ところが何度かM&Aを経験すると、クライアントも社内にM&Aのノウハウを持った人たちがでてくるので、その人たちを集めてM&A専門チームをつくるようになるのです。余談ですが、我々が精魂かけて育てた人材の転職先は、このチームです…。

M&A専門チームが組成されると、どうしても第三者でなければといったときだけしか、プロフェッショナルファームを使わなくなります。つまり、私たちのサービスがコモディティー化していくわけです。ある程度のコモディティー化はサービスが成熟化する中で必然的に起こる現象ですから、この流れ自体が問題だとは思いません。私たちは、逆に、コモディティー化しないサービスを提供するために、提供する専門性をどんどんエッジが効いたものにする努力をしなければならないのです。

神野:なるほど、クライアントに高いレベルのサービスを提供することによって、コモディティー化の影響を受けないようにする。そのためにさらに頑張らなければと。

岡:そうです、コモディティー化は、更に高度なサービスを提供するために、我々の背中を押してくれるドライバーと考えるべきです。10年前に提供していたサービスと、今提供するサービスが同じレベルだったら、コモディティー化によって私たちが受け取るフィーの規模感が小さくなるでしょう。それを落とさないためにも、私たちはさらに高いレベルのサービスを提供しなければならないし、そうすることによってマーケットのパイを拡大させていく努力が必要だと思います。

神野:これまでの話の中で、事業会社内では専門人材の育成が難しく、プロフェッショナルファームから事業会社への転職が出てくる話がありましたが、いまのお話と合わせると、プロフェッショナルファームから人材が移ることは一概に損失とはいえないわけですね。

岡:そうですね。もちろん育てた側としては、数年で移られては…という部分はありますが(笑)。事業会社に移ったとしても、またこのスピード感の中で集中して仕事をしたいと思ったら、ぜひ戻ってきてほしい。“リボルビングドア(回転ドア)”を作っておけばいいのです。

事業会社の発展やプロフェッショナルファーム業界の拡大を考えると、今後はプロフェッショナルと事業会社を行き来できることが重要になると思います。

 “回転ドア”の促進、企業カルチャーの醸成

神野:“リボルビングドア(回転ドア)”ですか。私自身の経験からも、複数の会社を知ると会社のことを客観視する力が強くなり、働き方にもプラスだと思います。組織における自らの役割に対する意識も高まるし、事業会社にせよプロフェッショナルファームにせよ相手方の意思決定の仕方に対する理解も深まりますね。

岡:一度私たちのところで経験を積んで、じっくりやりたいと思ったら事業会社へ。今度はまた、速いスピード感の中で業務に集中したいと思ったら私たちのところへ。

先日、ある大手メーカーのM&A担当の女性とお話ししていました。その方は新卒で今勤めておられるメーカーに就職したそうですが、数年経ったところでプロフェッショナルファームに転職したらしいのです。その後、出産を経て、またそのメーカーに再入社されたとのこと。再入社を迎え入れるメーカーさんもすごいと思います。その女性は、戻ってきて良かったとおっしゃっていました。他の会社への転職だと、社内ネットワークを一から作らなきゃいけませんでしたが、新卒で入社した会社に戻ったので、もともとの社内ネットワークが使え、いろいろな立ち回りが効くのだそうです。プロフェッショナルファームで専門性を培って戻ってくるのは、本人にとっても会社にとっても双方に利点があるんだなと思いましたね。

でもひとつ問題になるのは、給与水準です。プロフェッショナルファームの方が概して給与水準が高いので、再入社したときにそこをどう調整するか。双方の合意の上でこれを乗り越えられれば、こうした例も増えそうです。

神野:今の例ですと、社内ネットワークの活用と併せて、企業カルチャーを肌で理解しているという点も大きそうですね。岡さんも先ほど、企業カルチャーを醸成する点で、新卒の人材育成の必要性を感じられているとおっしゃいました。やはり流動的な中途採用の人材だけだと、カルチャーが育ちにくい。このバランスが必要ですね。

岡:ええ、そう思います。私も株主が変わるたびに、いろいろな人と一緒に働く機会がありましたが、企業カルチャーが根付いていると、「この人のために、この会社のために」頑張ろうというラスト1マイルの踏ん張りが効くんです。それができない人は、たとえ全体として能力が高くても、どこか物足りないものを感じます。何か出し切ってくれていないような。

神野:こんなにドライな業界で長く活躍されながら、浪花節なことをおっしゃる。そこが、私を含めたくさんの仲間が岡さんの下で育っていった要因ですね。でもたしかに、そういうウエットな関係性がないと、人は動かない。

岡:組織に対する愛着心や、周囲への感謝の気持ちが、最後の力を振り絞れるかどうかに関係するように思います。

逆に、そういう風土を醸成しながら中途の人にも活躍してもらうためには、手厚すぎるくらい声をかけるとか、疎外感を感じさせないようにすることが必要だと思います。生え抜きの人から見ると、ジェラシーを感じるくらいでちょうどいい。そうすると、今度は新卒組へのケアも必要になりますが、リーダーになる人は、そういう社内コミュニケーションをもう少し大事にするといいかもしれないですね。


後編では、日本企業が陥りがちな「同質化」、そして「個の時代における人材の生かし方」について、岡さんの視点を伺います。