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DMCラボ・セレクション ~次を考える一冊~No.52

人生を思うデザインを、テクノロジーで実現する

2016/04/08

いよいよ春到来。この時期はやっぱりお花見ですよね。きれいな桜を眺めながら、楽しい仲間とお酒に音楽…。でもやっぱり、花より団子! 暖かい春の木漏れ日の元、焼きたてのトーストサンドを一口…。

…なんだこれ! ものすごくおいしい! パンってこんなにおいしいの!?

それが、私のバルミューダとの出合いでした。

バルミューダといえば、ハイスペックなのにオシャレな家電として昨今人気のブランド。トースターで焼いたパンは感動を呼ぶレベルですが、それだけでなく、その北欧家具のように美しいフォルムは、他の大量生産家電とは一線を画す雰囲気を醸し出しています。

バルミューダのプロダクトには「一点モノ」「クラフト家電」「ハンドメード」「職人渾身の作品」…、こんなキーワードが浮かんできそうですが、実は驚くほどに合理的な経営マネジメントの下で作られていることを、ご存じでしょうか。

今回は『バルミューダ 奇跡のデザイン経営』(守山久子著・日経BP社)より、デザインと経営のちょうどいい接合点はどこなのかを、バルミューダ社長 寺尾玄氏が持つ哲学から読み解いていきたいと思います。

バルミューダ 奇跡のデザイン経営

自分が欲しいデザインから、ユーザーの人生を思うデザインへ

バルミューダが、まだあまり売れ行きが良くなかったタイミングで、自分好みのモダンデザインではなく、「ユーザーの人生に寄り添ったデザイン」へのシフトが明確にあったといいます。

人生に寄り添う…と聞くと非常に大げさに聞こえるのですが、例えば、同社の加湿器「Rain」。これは珍しい壺型のフォルムが特徴です。

加湿器といえば水を入れるタンクがあり、普通なら、
「どれくらい容量があればいいだろう」
「どうすれば持ち運びやすいだろう」
といった視点での議論が、デザインの過程でなされるところです。ところが同社は違いました。

「そもそも、水を入れるタンクを取り出す手間自体が、その人の人生を無駄にしているのではないだろうか?」

そんな独自発想から、タンクと加湿器本体が一体化したデザインが生まれたといいます。家電はヒーローでなくてもいい、とも語る寺尾氏。室内の椅子や、机、あるいはそこに住まう人。これら主役を引き立てる家電があってもいいのではないか。ついつい、デザインにこだわったポイントというのは、人に見せたくなるものですが、あえてそこを「どう消すか」ということにもこだわっているんだそうです。

「バルミューダが議論するのは『使うユーザーの人生』について。工夫を生み出す立脚点が違う」(P.66)

製品開発のための、4つのステージ管理術

バルミューダでは、徹底したユーザー視点で、アイデアの着想から製品化までを一気通貫で進めてきたそうです。当然、本気のアイデアを実現するためには、並大抵の技術では不可能です。ある時は、空気清浄機のプロペラを試作で100個作り、レンダリングは製品当たり2000枚にも達するといったこだわりよう。

しかし、これではひとつひとつの製品への投資がばくち的になってしまうことは自明であり、明確な管理指標を作ることへと着手しました。

①コンセプト確立ステージ
②技術確立ステージ
③製品確立ステージ
④量産確立ステージ

これらのステージを踏むことで、当然工数は増大し、従来の1.5倍の開発期間がかかってしまうほど。寺尾氏を含む役員直々に、技術面・財務面で非常に細かいチェックが行われる体制なのだそうです。しかし、そこまでして行うこの管理の目的は、単なる製品単位での品質向上とコスト削減だけではないといいます。

試行と実践の同時並行で「イノベーションは作れる」

ステージ管理の真の目的…、それは「革新的な技術確立」であると、本著には何度も繰り返し出てきます。ユーザーの人生に寄り添ったデザインの実現には、高度な技術が必要です。しかし、さまざまな技術を生み出すための基礎研究は、大手メーカーならまだしも、それ単体で行うことへのハードルというのは非常に高いものであると想像されます。

だったら、全ての製品開発を単体で走らせるのではなく、試行すべきテクノロジーをポートフォリオ化し、製品すべてを横串で管理することで、時間とコストを集約してしまおう。つまりは、基礎研究と製品開発を同時に行うことで、超効率的に他社に負けない技術の確立を目指そう…ということに他なりません。この非常に合理的かつ高度な取り組みについて、同社社長の寺尾氏はこう話しています。

「よりたくさんのイノベーションを『量産』していきたい。目標は組織の管理ではなく、イノベーションの管理だ」(P.110)

経営の 守・破・離 のお手本のようなバルミューダ

モノ作りから軸足をブラさない同社の製品は、その魅力からパブリシティーで取り上げられることも多々ありました。ところが、伝達の広がり、そして、媒体視点で編集されるその情報に限界を感じていたといいます。世界観を伝えるのは広告だ、と気付いたという2014年から、対売上2%を広告へ投資するといった取り組みを行っているそうです。

徹底した技術・コストの管理を基盤としつつ、こだわりの人生設計デザインの実践、そして広告への攻めの投資へ。本著は、総合的な経営・マネジメントの視点で、大変学びのある“おいしい”一冊となりました。