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Experience Driven ShowcaseNo.59

新しい生態系や常識を、建築でデザインする:豊田啓介(前編)

2016/04/11

「会いたい人に、会いに行く!」第5弾は、日本と台湾を拠点にする「noiz(ノイズ)」を共同主宰する建築家、豊田啓介さんに、電通イベント&スペース・デザイン局の西牟田悠さんが会いに行きました。デジタルネットワークが張り巡らされたIoT社会の未来を見据えて、さまざまな実験的作品やリサーチ活動を積極的に展開している豊田さんは、コンピューテーショナル建築のトップランナーです。その問題意識と、人間や社会の未来の捉え方に迫ります。

取材・構成編集:金原亜紀 電通イベント&スペース・デザイン局
(左より)豊田氏、西牟田氏

 

コンピューテーショナル・デザインって?

西牟田:豊田さんの、建築からデジタルデザインまで領域を広げていく手法が、僕らの考え方とシンクロする部分があって、今日はいろいろ深掘りできればということで、お時間を頂きました。

豊田:ありがとうございます。個人でもよくインタビューは受けているんですが、僕はできるだけ「noiz」という名前で発信するようにしています。「コレクティブである」ということが大事だと思っているので。目黒のこのオフィスも、固定したメンバーもいるのですが、プラットフォーム的な場として維持することを意識していて、ここに新しい知識や知見、感性が集まるようにしたい。

noizは東京と台湾をベースにしている建築事務所で、海外の仕事が多いです。特徴としては、言葉の定義がなくていつも困るのですが、コンピューテーショナル・デザイン、簡単に言うとデジタルデザインの新しい可能性を、実験的にかつ実践的にやっています。

一応軸足は建築だけど、情報科学みたいなものを前提としたときに、建築がどう変わっていくのか。アウトプットはインスタレーションや展示、プログラミングだけやることもあるし、コンサルティングという立場で関わることもある。そんな立ち位置だと、僕らの常識そのものが変わっていくので、それが面白くて日々実験をやっています。

 

デジタル技術は、生態系を変えるメディア(間を埋めるもの)

西牟田:前に、「建築の未来は、建築の領域の外にある」という話をされていましたね。ピクサーのような会社が建築の領域に入ってくると、建築界が変わっていくとも話されていた。建築の領域を広げていって、どんな未来を描いているのでしょうか。

豊田:技術がどんどん変わっているので、僕自身の考えも毎年変わっているというのが事実です。デジタル技術のことをみんな「ツール」と言うんですけれど、僕はちょっと違和感があって、英語で言うと「メディア」、媒体というか間を埋めてくれる充填物みたいにデジタル技術を捉えています。

これまで空気の中に埋まっていた生きものはこういう進化をしていたけど、突然エタノールの中につけてみましたと。そうすると、生態系自体が変わるわけじゃないですか。栄養のとり方、動き方、筋肉のつき方、骨格全て。そうなったときに生物はどう進化するか。それと同じくらい、周りの媒体(デジタル環境)が変わってきて、僕らのつかり方も生態的に変わっていくんだと思うのです。

デジタル環境が一気に実効性の分水嶺を超えたときに、人間がどう進化するのかという予想をしたいのと、そのためには促成栽培で進化の最先端を自分たちで体験してみたい。建築ってどうしても重厚長大産業なので、変化がむちゃくちゃ遅い。それが僕らのジレンマで、リサーチのレクチャーとかやっていると、「もっと変わろうぜ!」というアジテーションばかりになってしまう(笑)。

例えば音楽の世界では、デジタル技術が10~20年ぐらい先行して動いている感じがあって、ミュージシャンがひとりでコンピューターの中で技術を習得して、どんどん新しいものを生み出して、それがどうマーケットに影響して、ミュージシャンがそれをベースにどう変わっていったか。生態系の変化が先に起きている領域を参考にすることは多いですね。音楽業界ともコラボレーションしてみたいです。

 

「感覚」や「傾向」をデザインして、常識を変えていく

西牟田:われわれも空間や体験をデザインしていく仕事をしていますが、単純なハードだけのデザインでは終わらないことが多いです。むしろソフトの力で空間や体験をつくる仕事が、最近は多いと思っています。アプローチとしては、情報のデザインを一番コアにしているような気がします。

建築って「動かないもの」という常識が僕の中にはあったのですが、noizの「Flipmata」を見たときに変わった。単純にデザイン性で「面白いでしょ」ということではなくて、ちゃんと街の動きや人の空気、ある種の街の呼吸みたいなものをちゃんと建築にフィードバックしている感じがしていて。街の情報自体を捉えてデザインしています。

 
Flipmata(台北/2013、城一裕、Why-ixdと協働)
音響用ヴィジュアルコーディングソフト(Max/MSP)と3Dモデリング用ヴィジュアルコーディングソフト(Grasshopper)の構造の類似性から、それぞれのデータをスワップしてもいいじゃないかという発想で始まったプロジェクト。街や学校の音をグリッドパターンに、そしてアルゴリズムで新たに生成されたパターンを再度音に変換して街へと投げ返す、デジタルならではの情報と音とが交錯する新しいコミュニケーションの形を模索する。
西牟田:僕らの仕事として考えたときに、例えばお店をデザインしてくださいというとき、単純に目に見えるデザインだけじゃなくて、新しいサービスをデザインしましょうとか、中で動くアプリケーションをデザインしましょうとか、従業員の体験をデザインしていくことで新しいお店をつくるみたいなことも、お店のデザインの中に入るかなと。定義を曖昧に拡張していくと、デザインの可能性も広がっていく。

豊田:僕ら建築家は、3次元の固定した形をデザインする職能だと思われている。でもそのへんの常識も、社会がどんどん変わるとずれてきて、そのずれが面白い。デジタル技術を通すことで、これまで感覚的だったずれの部分がビビッドに見えてくるとか、客観的に見えてくるところにすごく興味があるのです。

経験のデザインも建築の一部だと思う。物をつくって、それが誘発する経験は、これまでの建築家は何となくあやふやにデザインを通して扱っていた。でもIoT環境でだんだん、連鎖のネットワークみたいなシステムが、より広く強くできるようになっていく。ここを動かすとこっちが動くとか、技術の動かし方で何か面白いこと、新しいチャンネルができるじゃないですか。

これまで1対1の機械論的な価値観で、1の入力に対して1の出力がなきゃ形ができなかったのが、コントロールできないというのも許容した途端に、これまでと全然違う操作ができるといったような、新しい関係性ができてくる。「何となくこういう傾向をつくれるよね」というような環境やシステムを僕らが立地的につくってあげると、実際にそういう傾向になっていく。感覚をデザインする、傾向をデザインする、間接的にデザインする技術というか。

常識を、いろんなレイヤーで変えてくれる、あるいは、例えばデジタルはふわふわしたのと相性が悪いところが面白いのでは、というふうになってくる。そんなことを僕らがまず先行して認識して、形とか実効性で社会に対して見せていって、それを皆さんと共有していくという流れができることが理想です。先鋭的なことを実践できる機会はまだまだそんなになくて、過渡期なんですが。

西牟田:いろいろな分野のプレーヤーの領域も、結構曖昧になっていきますね。
他分野のデータを共有できて、自分たちが得意なアプローチの仕方で他の領域のデザインもできるというふうになっていくと、今までその分野の人たちだけが持っていたある種のイニシアチブだったり、優位性みたいなものがフラットになっていき、匿名性が強くなっていく。誰がデザインしたかというよりは、何をデザインするのかというのが大事になってくるのかなと。

豊田:僕はどんどん違う可能性としての建築家像というのが出てくるのに興味がある。専門性をひたすら1カ所突き詰める人もこれまで以上に価値が出てくると思うんですが、それ以上に多焦点になっていくというか。建築家だけどデータ構造が理解できて、音楽の人とコミュニケーションできるとか、経済とコミュニケーションできる専門性を持っているとか、発生遺伝学の知見が建築に役立つみたいな話が、これからどんどん出てくると思います。

専門性の焦点が二つか三つあって、経済の数学が分かって、それをつなぐのがプログラミングでありデジタル技術ですという社会構造になっていくと思います。その人のアイデンティティーが、建築ですごい形がつくれるというよりは、建築なのに遺伝子工学が分かって、さらに経済の概念で何か形がアウトプットできるというようなことが、その人のデザイン力であり価値であるというような、そんな職能の在り方にすごく興味があります。

 

※後編につづく