「歴史は今に生かす“実用品”。映画化で若い世代に情報発信」磯田道史

  • Isoda michifumi pr2
    磯田 道史
    いそだ みちふみ
    国際日本文化研究センター 准教授

歴史の表舞台だけでなく、舞台裏で活躍した人物にもスポットを当て、さまざまなメディアで示唆深い発信を続けている歴史学者・磯田道史氏。歴史を学ぶ意義や意味、氏の原作による映画「殿、利息でござる!」などについて話を聞いた。

市井の人たちにこそ学ぶべき点がある

「どうして歴史を学ぶのか」と学生に聞かれたとき、僕はよく「彼氏や彼女と別れたときに、どうして別れてしまったんだろうと考えないですか?」と返します。過去の言動を振り返って、これが原因だったのかもしれないと考えるでしょう。それを国のレベルで捉えると一国史、世界レベルで捉えると世界史であり人類史です。僕たちは普段、とても狭い認識の中で生きていますが、歴史を学ぶと、時間や空間を飛び越えて広い認識を持つことができます。時間や空間を移した過去に、人類はどういう対処をしてきたかというふうに見るのが一番重要です。

でも、歴史は参考にならないという人もいますね。なぜかというと、教科書に書かれた歴史の大半は、特殊な生涯を送った権力者の歴史だからでしょう。ドラマや映画になるのも、殿様以上の人たちばかり。そんな人たちと比べられても役に立たない、というのは一理あります。

ごく普通の日常を生きる僕たちにヒントを与えてくれるのは、やっぱり市井の生活者の姿を描いた歴史だと僕は思っています。権力のない人たちが、時代の状況によって苦しい目に遭ったとき、どう解決を試みたのか。たとえそれが失敗だったとしても、その生きざまや人間模様を通して、僕たちは自分を客観視し、生き方のヒントを得ることができるのです。

歴史学者 磯田道史氏

歴史と科学技術、過去と未来 偏りのないメディア発信を

生活者を対象とした歴史は、民衆史といった名称で研究が続けられていますが、一般の方にはほとんど知られていません。そんな中、下級藩士に注目して著した『武士の家計簿』(2003 年)が10 年に映画化され、階級的にはもっと低い、農民が主役の映画「殿、利息でござる!」(原作:『無私の日本人』、12 年)がこのほど公開になりました。これらの映像化には、僕もかなり意図的に、一緒につくっているつもりで関わっています。できるだけ多くの人、特に若い世代に、僕たち生活者と同じ立場の過去の人の姿を知ってほしいからです。歴史の情報発信は、一般向けの新書でも1万~3万部程度の市場規模です。それがテレビ番組になると、視聴者は一気に広がります。映画になり、その後のテレビ放送やDVDなどを含めると、300万~500万人にも届きます。

歴史は本当に、自分たちが生活する上での鏡となり得るのか? そう考えた末に僕がたどり着いたのが、生活者の悩みや苦しみにひたすら寄り添う視点で歴史を描く叙述の仕方であり、広く届けて考えてもらうという意味での映像化なのです。

ただ僕は、最近の歴史ブームにはいささか危惧も持っています。例えば僕の子どものころは科学が漫画やアニメの大きなテーマで、発明や技術の力で世の中の問題を解決していました。片や、今の人気作品の多くは日本や中国の古典を舞台にしたり、ハイテクな手段を登場させず非常にフィジカルな方法で戦ったりしています。それらもいいのですが、今の子どもたちこそ、歴史ばかり見ている場合じゃないだろうと思っているのも事実です。

1700 年ごろの江戸時代、確かに日本は世界においてもきらめいていました。それは、世界6 億人に対して日本人は3000万人、実に5%という人口比率からも明らかです。これが現在は2%、そして2100 年には0.5%にもなる予測がある。そのくらい日本の存在感が希薄になるかもしれない中、若い人が過去のきらめきにばかり心引かれているとしたら、国としての老化が始まっているようにも感じられます。

本当にいいのは、若い人が歴史にも科学技術にも、過去にも未来にも興味を持つことです。メディアも、そうした偏りのない発信が必要なのではないでしょうか。

映画「殿、利息でござる!」は全国で公開中
映画「殿、利息でござる!」は全国で公開中
 

今こそ“公”とはなにかを考える

映画「殿、利息でござる!」では、仙台藩の小さな宿場町に暮らす造り酒屋のあるじや農民らが、年貢を奪われるばかりではなく“藩に大金を貸し付けて利息を取る”という秘策に打って出ます。この話に僕が巡り合ったのは、映画「武士の家計簿」の映画を見たという方から「自分の地元にもこんな素晴らしい実話がある」とメールを頂いたのがきっかけでした。

調べ始めるとたくさんの史料があり、僕はそれらを読むにつけ、私財をなげうってでも町を守ろうという、後世に対する彼らの責任感に泣けて泣けて。「公(おおやけ)」とはなにか、皆でしっかり食べていける世の中をつくるとはどういうことかを、公共という概念が揺らいでいる今を生きる人たちにこそ考えてほしくて、映像化を視野に入れて本にまとめました。

すると、日本人も捨てたもんじゃない、こういう価値観に共感し、反応してくれるのだと実感する出来事が起こりました。出版後、本を読んで感動したという人の縁がドミノ倒しのように連鎖して、中村義洋監督にたどり着いた。東北の庶民が残した古文書が時空を超えて現代につながったのです。こうしてこの映画は世に出ましたが、さらに多くの人がこれに共感し、感動してくれそうです。破産覚悟で宿場を救うために大金を投げ出す男たち。こんな話に感動できる日本人の感性は、社会の精神的資産です。大切にしたい。

歴史はよく好き嫌いで語られますが、僕は歴史を実用品だと思っています。生きるのに欠かせない、必須アミノ酸。今、各国の力関係や経済状況が著しく変化し、既存の価値観も変わっています。戦国の勝者は、信長・秀吉・信玄などの強い者ではなく、自己犠牲をいとわず助け合った三河武士たちであったように、激動期は「助け合い」が生き残りの鍵であり壁です。「公の心に共感する日本人が多くいるように」と、期待しているところです。

「殿、利息でござる!」出演のために武士の扮装(ふんそう)をする磯田氏
「殿、利息でござる!」出演のために武士の扮装(ふんそう)をする磯田氏

プロフィール

  • Isoda michifumi pr2
    磯田 道史
    いそだ みちふみ
    国際日本文化研究センター 准教授

    1970 年生まれ。2002年慶応義塾大大学院卒。茨城大助教授、静岡文化芸術大教授を経て、16 年4月から国際日本文化研究センター准教授。03 年『武士の家計簿 「加賀藩御算用者」の幕末維新』で新潮ドキュメント賞、15 年『天災から日本史を読みなおす 先人に学ぶ防災』で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞。

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