FC今治からの挑戦状 #01

岡田武史氏が語る。スポーツが日本の未来にできること。

  • 岡田 武史
    株式会社今治.夢スポーツ 代表取締役会長
  • Hayashi pr2
    林 信貴
    株式会社電通 マーケティングソリューション局 局長

四国は愛媛県今治市。かつてサッカー日本代表として世界で戦い、監督としても2度ワールドカップで日本代表を率いたサッカー界の重鎮・岡田武史氏が、新たな挑戦の舞台に選んだ地だ。2014年11月、岡田氏は四国サッカーリーグのクラブ「FC今治」の運営会社「今治.夢スポーツ」の株式の51%を取得し、監督ではなく、オーナー経営者に就任した。同クラブはJ1、J2、J3リーグの更に下のJFLにも名を連ねない。

無名の地方クラブをあえて選び、チームの強化と昇格を目指すとともに、日本のサッカーを変え、地方を活性化しようとしている岡田氏。経営者として、行政、メディア、スポンサー企業とも向き合いながら1年半を過ごしてきた。

今、岡田氏にこそ、社会・企業とスポーツの新たな関係について聞きたい。2020年に東京オリンピック・パラリンピックを迎える日本。スポーツの社会的価値、文化的価値をどのように捉え、日本の未来づくりに生かしていくのか。電通マーケティングソリューション局の林信貴局長が、現地でインタビューを行った。

岡田氏(右)と林氏。今治市のみなと交流センターで
岡田氏(右)と林氏。今治市のみなと交流センターで
 

汗をかいてビールを一杯飲んで帰る満足感。
スポーツでライフスタイルを変革したい

林:いい景色がたくさんある町ですね。

岡田:いい所です、ここは。しまなみ海道から車で島に渡っても、美しい。

林:環境活動や次世代教育にも取り組んできた岡田さんが、この今治を選ばれた気持ちが少し分かったような気がします。岡田さんには世の中に知られていない面がたくさんあると思います。サッカー指導者のトップでいらっしゃるのはもちろんですが、今まで岡田さんと接してきた私の印象では「社会活動家」と表現した方がふさわしいと思っています。

岡田:いや、「社会起業家」と呼んでください。表彰もされたんですよ。

林:大変失礼しました。ところで、岡田さんは常に社会課題を俯瞰する視点からさまざまな活動をされていますね。その視点からスポーツの可能性の話を聞かせてください。

岡田:スポーツの力としてよく言われるのは、国境を超えた絆ができること。サッカーが好きな人同士で仲間になれる。でもそれ以上に、スポーツには人のライフスタイルを変革する力、価値観を変えていく力があると思います。

林:というのは?

岡田:これまでは、「モノを消費する」というのが私たちの行動の中心にありました。
ところが、今までは仕事の後や休日に消費行為をしていた人たちが、スポーツに親しむことで、心の底から満足して家に帰っていく。そういうライフスタイルが広がっていく。

週末にスポーツクラブでテニスをする。サッカーで汗を流す。汗をかいてビールを一杯飲んで帰ってくる、そんな、モノを消費するだけでは味わえない幸せなライフスタイルを定着させたい。そのためにスポーツというのはとても有効な手段です。

林:消費としては少なくなるけれど、生きる上での満足度は上がっている。

岡田:そうです。今の資本主義社会には皆、何らかの行き詰まりやギスギスしたものを感じているんじゃないか。それは「目に見える価値」を大切にし過ぎているからのような気がするんですね。

林:目に見える価値とは、商品の売り上げとか、GDPとか、株価とか、そういう数字で測れる価値ですね。

岡田:そう。その逆にある価値が「信頼」とか「共感」とか「感動」です。これはとても大切な価値だけど、経済活動ではなかなか表現できない。でも、スポーツならつくり上げることができる。

こういったものを「見えない資本」(※)というのです。「目に見えない資本」が大切にされる社会をつくっていかないとダメで、このままじゃもたない予感がします。

※「今治.夢スポーツ」のアドバイザリーボードで多摩大学大学院教授・田坂広志氏が提唱(著書:東洋経済新報社『目に見えない資本主義』)。

 
岡田氏
 

財務諸表や営業成績では測れない資本を認める

林:これはスポンサーの在り方にも関係が深い話ですね。

岡田:はい。今までのクラブのスポンサー企業には「売り上げがどのくらい上がるのか」という価値観で判断してもらっていたと思う。電通のビジネスも、まさにそれ。

しかしこれからは、財務諸表に表れない形で「共感したからお金を付ける」「感動をしたからスポンサーになる」という形が大切になっていくのではないでしょうか。

もちろん、この通りにしたら、経営者は株主に訴えられるかもしれない。でも、目に見えない資本が認められる社会をつくるための対象が、スポーツであり文化だと思う。

僕はできるだけ目に見える価値でスポンサーにお返しする努力はしているが、今FC今治に付いてくださっている企業は、共感してお金を出してくれる。それを何とか大切にしたい。
実はそれが企業のブランディングや信頼につながり業績向上につながるのです。

林:なぜ見えない資本を大切にすることが重要なんでしょう?

岡田:多様性を認めることにつながるから。

たとえば、営業成績がダントツいい社員がいるとします。もう一人、売り上げはそんなに良くないヤツがいる。普通なら成績のいいヤツの方が「優れている」という価値観ですよね。

ところが、売り上げがいまいちの社員は、周りの人たちに愛され、親しまれている。そうすると、この社員は、売り上げの数字には表れない、「目に見えない資本」を持っているわけです。

数字だけでこいつは能力がないと決めつけるのはやめて、職場の雰囲気を良くしているなどの「目に見えない資本」も同じくらい認めなくてはならない。それが「多様性を認める」ということですね。

林:スポーツにもそういう力があるということですね。

岡田:そう。多様性を認めることができるのがスポーツの素晴らしさだと思う。人には多様性があることを前提に、国や言語を超えて信頼・共感を生み出す、そういう資本を認めさせる力がスポーツにあるのではないかと思います。

岡田氏と林氏

戦っても殺し合わない。スポーツは世界平和に貢献する

岡田:他にもスポーツにはいろいろな力がありますが、僕はその中でも社会課題の解決に貢献する力を強く持っていると思っています。

2020年のオリンピック・パラリンピックに向けて東京は「世界平和に貢献する」と、多少ベタでも宣言した方がいい、と僕は言っている。

入場式は国別じゃなくて、競技種目ごとに出てくるとか。それぞれの競技のメイン会場で、ファンを集めた「ファンフェスタ」を主催して、国境を超えた交流会を行うとか。サッカー会場のファンフェスタに行ったら、日本伝統の「蹴鞠(けまり)」が体験できるとか。

日本の文化を広めながら、国境を超えた交流を行うなどは、アイデア次第でしょう。スポーツはそうすることで「平和に貢献する力」を発揮できる。

林:全く同感です。2020年のレガシーは東京や日本国内ではなく、世界に向けて残していけることが大事になってくるように思います。例えば文武両道という言葉があります。中国で生まれて、ほぼ日本にしか残っていない概念ですが、日本はスポーツが学校教育での「体育」として人間形成の役割を果たしてきました。そのような価値を見直し、世界に発信するのもレガシーのひとつなんじゃないかと。

岡田:スポーツ本来の意味からすると、体育は全く逆の価値観です。行き過ぎるとよくない。しかしスポーツと体育の両方から、日本独自の新しい価値を生み出し広げていくのも大事かもしれません。

林:なるほど、そうですね。スポーツの効用は他にもありますか。

岡田:『闘争の倫理:スポーツの本源を問う』という、元ラグビー日本代表監督の大西鐵之祐さんが書いた本があります。その中で大西さんは「人間は戦争になって自分の仲間を殺されたら、捕虜を殺してしまったりする。人間の本性は恐ろしい。そこに行く前にくい止める理性はスポーツで養える」といったことを書いています。

人間は闘争本能をむき出しにすると、獣みたいになってしまうけど、それを抑えるのが理性の力です。この力を養うのもスポーツの大切な役割です。「ルールを守って、やっちゃいけないことをやらない。理性を失わないことが大切。そのためにスポーツが役に立つ」と説いています。

そして、スポーツでの交流は、本当に人と人とのつながりをつくってくれる。僕の会社「今治.夢スポーツ」は中国の人たちと交流を深めているのですが、サッカーの力があってこそです。

岡田氏
 

スポンサーは何のためにお金を出すのか? 2020に向けて

岡田:「今治.夢スポーツ」の企業理念は、スポーツのことではなく、「次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する」というものです。

消費の拡大という目に見える方向ではなく、見えない消費を体現したい。

林:最近、クライアントもそういったアプローチを模索していると思います。中には、広告看板などの露出だけがその意義ではないと感じている企業も多い。「何のために協賛金を払っているのか、再定義したい」と。

岡田:やはり、現状に行き詰まりを感じているんですね。

林:一昨年、ブラジルワールドカップの日本代表の応援キャンペーンを企画、実施しました。「夢を力に」というキャッチコピーをつけて、サッカーをやっていない人も、代表選手が奮闘する姿を見て自分の持っている夢を追いかけていこうと、単なる代表応援にとどまらないキャンペーンを行いました。

それに対し、多くのスポンサーが「協賛する価値がある」と賛同してくださいました。日本代表の試合を通じて日本の社会に価値観をつくっていくことができたわけです。

岡田:スポーツは、まさに夢を力に変えることができますね。

林:私事ですが、娘が中学卒業時のレポートのテーマに選んだのが、日本代表の長友選手の書いた本でした。その本の中で、ミスしても自分を客観的に見つめ直す機会にして、常にポジティブ思考で乗り越えていくという長友選手の姿勢を知って、娘はえらく感動していたんですね。サッカーの日本代表選手が送り出すメッセージは、目に見えない価値を与えてくれると、痛感しました。

岡田:長友君も役に立つんですね(笑)。

林:2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、スポンサー企業はどのような価値づくりをしていこうか、思いを巡らせているところだと思います。岡田さんが今、今治でしていることは、その模範例というか、解答になるんじゃないかと。

岡田:スポンサーが、広告・宣伝費をかけて自社の宣伝をする。または社会貢献の活動を行う。その目的は、業績を上げることだけじゃないんですね。

企業活動は、必ず社会に役立っています。言い換えれば、必ず誰かを「笑顔」にしている。

例えば電通だったら、スポンサーを呼んできてくれて、僕が笑顔になる。そのスポンサーは、FC今治のいい試合を見て、笑顔になる。その試合を見に来たお客さんも、笑顔になる。

誰を笑顔にしているのかを考えることで、その企業の価値が見えてきます。そうなると、従業員のモチベーションがガラッと変わる。「うちの会社は、こんなすてきなことにスポンサードしているんだ」と社員が誇りを持ってくれる。

売り上げの数字にはすぐに出てこないけれど、従業員のモチベーションを上げている。そのことに、企業の人たちは気付いてきています。

林:確かにここ数年、そういう意識がクライアントに強く出てきていると感じることがあります。

岡田:数字に表れないといっても、そういう価値を大切にしていくことで、結果的には事業が成長するんですよ。広告・宣伝費を目前の売り上げのために使わなくても、結果としてちゃんと売り上げは上がります。

これはCSRなどと非常に似ている。「社会貢献は利益が出なくなったらやらない」と思っているかもしれませんが、実は社会貢献をきちんとやっている企業こそが、ちゃんと利益を生み出している構造があるんですね。

心から社会貢献をやることで、社員のモチベーションが上がるし、企業の存在価値がハッキリしてくる。そうしたら「気が付いたら売り上げが伸びている」という結果になっているはずです。

林:まさに岡田さんがFC今治のオーナーとして、今やっていることがそれですね。次回はFC今治のことについて具体的にお話を聞かせてください。


 

FC今治に関する問い合わせはメールアドレス fcimabari@dentsu.co.jp(電通スポーツ局宛)まで。


みなと交流センターの屋上で今治城を望む
みなと交流センターの屋上で今治城を望む

プロフィール

  • 岡田 武史
    株式会社今治.夢スポーツ 代表取締役会長

    1956年生まれ。大阪府立天王寺高等学校、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学でア式蹴球部所属。大学卒業後、古河電気工業に入社しサッカー日本代表に選出。 引退後は、クラブチームコーチを務め、1997年に日本代表監督となり史上初のW杯本選出場を実現。その後、Jリーグの札幌や横浜での監督を経て、2007年から再び日本代表監督を務め、2010年のW杯南アフリカ大会でチームをベスト16に導く。中国サッカー・スーパーリーグ、杭州緑城の監督を経て、2014年11月、四国リーグFC今治のオーナーに就任。日本サッカー界の「育成改革」、そして「地方創生」に情熱を注いでいる。2016年JFA副会長就任。

  • Hayashi pr2
    林 信貴
    株式会社電通 マーケティングソリューション局 局長

    1963年生まれ。1988年株式会社電通入社。以来ストラテジー、クリエーティブ両方のセクションを経験、CDCのエグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクターを経て現職。経営、事業レベルでのコンサルティングや商品サービス開発、企業ブランディング、商品広告キャンペーンなどコミュニケーション領域での企画制作など、さまざまな業界のクライアントに対して川上から川下まで幅広くソリューションを提供。また近年はメディアやスポーツコンテンツの活性化、価値創造など広義のマーケティング領域の課題にも取り組んでいる。

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