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映画館、web、テレビで同時公開?『リップヴァンウィンクルの花嫁』のプロモーション手法とは

2016/06/16

3月26日公開の岩井俊二、原作・脚本・監督。黒木華主演の映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』。同作では、製作段階からコンテンツ展開・プロモーションまで、“作品の魅力を引き立てる”という命題をぶらさず、メディアやデバイスの多様化が進んだ現在ならではのコンテンツ配信・メディア展開が行われました。

同作のプロデューサーであり、「日本映画専門チャンネル」と「時代劇専門チャンネル」を運営する日本映画放送の編成制作局長、宮川朋之氏と、プロモーション施策のクリエーティブディレクターを務めた電通の菊池創造氏に、その舞台裏について話を聞きました。企業のマーケティング活動にも通じる、これからのコンテンツとメディアの在り方とは。

撮影協力:ユーロスペース
取材協力:PR Table このプロモーション事例に関するエピソードは、PR Tableでもお読みいただけます。

映画だけど、どこかリアル。その空気感を創出する

――映画のプロモーションというと通常、広告会社が関わることは少ないですが、今回はどのような座組みだったのでしょうか。

宮川:あまり知られていないと思うので映画をつくる際のオードソックスな流れも交えてお話しすると、まずは作品をつくる製作委員会ができます。本作でいうとロックウェルアイズ、東映、BSフジなど、日本映画専門チャンネルを含めて8社(※)です。

※RVWフィルムパートナーズ = ロックウェルアイズ、日本映画専門チャンネル、東映、 ポニーキャニオン、ひかりTV、木下グループ、BSフジ、 パパドゥ音楽出版

そして撮影が始まると宣伝プロデューサーという役割を立てて、ターゲットやプロモーション戦略を練って劇場内、テレビ、雑誌などを使い実際に宣伝活動をします。

菊池:僕が関わったのはそのずっと後の方ですね。

宮川:はい。当初はオーソドックスな手法で宣伝活動を進めていたのですが、みんな好き勝手なことを言っていくうちに収拾がつかなくなり、「まとめてくれる人がいないとまずいぞ」と。最後の最後に、菊池さんに白羽の矢が立ちました。

菊池:公開の3カ月ほど前でしたよね。何社かにプロモーション案を聞くということだったので、僕もすぐに提案に行きました。高校生のころ『リリイ・シュシュのすべて』に出合って以来、岩井俊二さんの大ファンで、仕事でもショートフィルムを岩井さんに作っていただいたこともあったせいか、思いのこもったポエムみたいな企画書でしたね。映画の感想から入っていきましたから。

宮川:それがとても良かった、結果的に。それまではいわば点として散らばっていたような物語の魅力や特色を、菊池さんがコンセプトという形でひとつの線につなげてくれました。言葉にすると「この物語にはあなたがいる」という、全体をゆるく包むようなもので、縛った感じのこうじゃなきゃダメだというコンセプトではないのが良かったです。

――プロモーションのコンセプト策定の他に、施策としてどのようなことを考えていったのですか?

菊池:今回は20代の女性がターゲットだったので、具体的には例えば若者の街・渋谷に事件を起こすという企画でウエディングドレスを着た女性が列をなしてスクランブル交差点から作品を上映しているユーロスペースまで行進するということや、一つではなくたくさんのコピーを用意していろいろな人が等身大で共感できるようなクリエーティブを制作するといったことです。

先のコンセプトと同じく「この物語にはあなたがいる」というメインのコピーをつくり、あくまでも受け手それぞれに委ねた仕立てにしています。どこかに自分の存在を意識することができて、その結果、物語全体がみんなの生き方を肯定してくれる。作品自体にも、もともと「この世界はさ、本当は幸せだらけなんだよ」という岩井さんが考えたコピーもあったので、その二つのブリッジとして若者と物語を共有することをやりたいなと思いました。

菊池:また、劇中ではSNSが一つの鍵になるのですが、今の人たちが当たり前に使っているサービスやリアルな世の中のことが映画には詰まっているので、それらとみんなの日常の中にある要素を重ねたいなと思ったんです。「こういう生き方の人もいるし、こういう考え方をしている人もいるよね、その誰にとっても物語のどこかに自分を見つけられて、みんなの背中を押してくれる物語ですよ」ということを伝えたかった。

利益より理想をとる。それが全5時間作品を生んだ

――今回は業界として類を見ない試みがいくつもあったということですが、菊池さんが関わったプロモーション以外にどのような点が違ったのですか?

宮川:まずは3時間という上映時間の長さです。これは原作の魅力を殺さないということで結果的にそうなったのですが、このことがメディア展開に大きく関わっています。

菊池:元々は原作も短編だったので「120分、90分で小さい作品を作りましょう」と宮川さんが言っていたのに、岩井さん自らの手で原作が書き足され、それを映画にすると4~5時間ぐらい尺が必要だという話になったと聞きましたが。

宮川:はい。時間ありきで考えると、5時間のうち3時間分を捨てる発想になる。しかし岩井さんの「この3時間を捨てるのが、原作を書いている僕にとって苦痛で仕方ないです」という一言がいろいろなことが動き出すきっかけになりました。

例えば漫画原作を映画化すると、前後編にしても原作のいいところをほとんど捨てざるを得ないということが起きがちで、原作ファンががっかりするという話があるのは事実です。そのような背景もあり「じゃあ、岩井さん。5時間撮ったらどうですか」と。

――宮川さんがそう言ったのですか。

宮川:そうです。逆に岩井さんからは、5時間撮ってその一方をドラマにして、一方を映画にするという提案がありました。岩井さんはテレビと映画の垣根がなかったこともあって、すんなりとこの提案を受け取ることができました。

菊池:テレビ局との交渉も宮川さんが行ったのですよね。

宮川:はい。全6話のシリアルエディションとしてBSスカパー!で放送したのですが、そこのキーマンが映画『Love Letter』(岩井監督作品)のプロデューサーだったんです。

――話が戻りますが、映画に限らず作品を制作する際、最終形から逆算してプロセスを考えることが多いと思います。コンテンツありきで最終形を変えていくというのは難しいのではないでしょうか。

宮川:3時間版ができ、見たら素晴らしかったんです。一方で、いろんな人から「あなたの仕事は2時間版を岩井俊二に作らせることだ」と言われました。でも、2時間版を作っていただいたら、3時間版にくらべて、あまり面白くなかったんですよね。

映画の主人公は狂言回しというか、主人公が真ん中にいて、周りの人が物語を作っていきます。2時間にするために主人公の余白を切ってしまうと、主人公に感情移入して物語を追いかけるはずが、周りの人たちの動きだけが目に入ってきて全く面白くない。余韻がなくなっているというか。

菊池:ビジネスとして単純に考えると、短い時間で同じ料金を取ってたくさん上映する方がいいという中で、作品を壊さないために3時間を守りにいく。それがすごいなと思います。

宮川:守るというほどかっこいいものではないですし、昔は映画って長かったですよね。最初から意図したわけではないものの、その意味でも3時間の映画があってもいいかなと思ったし、理想と利益の二つの「理(利)」があった場合に、岩井俊二と組むなら利益優先で理想を失うより、理想を優先して利益を生む方法を考える方がいいと思いました。

――その理想を優先して利益を生む方法が、ドラマ版と劇場版に分けた計5時間の作品になったということですね。

宮川:その他にもウェブ配信限定のバージョンも作り、海外の映画館でもそれを公開して収益源の一つにしました。ちなみに、どれも物語は一緒ですがクライマックスが違います。映画版を見てからドラマ版を見た人が「クライマックスが違う」と話題になることも、岩井さんは密かに考えているんです(笑)。

菊池:さらに劇場版の公開前日には、ラジオの生放送もしたんですよね。

宮川:はい、あれは面白かったです。普通にラジオ番組として「オールナイトニッポン」に岩井さんや黒木さんらが生出演して、それを日本映画専門チャンネルとBSスカパー!でもテレビ番組として生放送するという企画です。ラジオ番組を映像で見るという。三つの放送局が絡むためCMのタイミングなどの課題はありましたが、最終的にはそれもドンピシャに合いました。

メディアの回遊で、コンテンツの面白さが倍増する仕掛けづくりを

――ここまで話を聞く中で、メディアによってコンテンツを変えるということは広告・マーケティングの手法としても非常に示唆に富んでいると感じます。

菊池:あるとき岩井さんが劇場版に対してウェブ配信版の役割はどうあるべきだろうと最後の最後までずっと悩んでいたのを見て、「この人はフォーマットの意識がないように見えて、実は物語の作り手として、誰よりも考えているんだな」と気付きました。

宮川:視聴者が違うバージョンを見ることによって、全ての感動が完結するみたいなことを生み出したかったんだと思います。同じ話なのにいろいろな発見があることが面白くて、作品が非常に愛すべきものになっていく。そういった効果を狙ったのではないかなと。

菊池:電通にもウェブやテレビCMの専門家が集まっている一方、意外と本当の意味で場所に合わせてコンテンツをチューニングして最適な形で出すことができていない気がしています。僕ら広告会社はテレビ局やウェブ制作会社などの所属に縛られないニュートラルな位置にいるはずなので、今回のような手法を僕らが作っていけるといいなと思います。

――昨今、生活者の可処分時間をメディア間でどう奪い合うか、あるいはシェアし合うのかという議論がある中で、セカンドスクリーン視聴などとはまた違った可能性が見いだせるのではないでしょうか。

菊池:最近はテレビを見ながらYouTubeを見ている人がいるとか、いろんなことが言われていますけど、どっちを見るかという議論だけではなくて、全部見たら楽しくなるというようなコンテンツの作り方をするのは面白いですよね。今回のような仕掛けをしていくと、視聴者はメディアをまたいで回遊することが楽しくなりますよね。

また、一本の動画をどこで配信するかという話ではなく、コンテンツのメッセージは変えずにメディアごとにどう最高のエンターテインメントとして成立させるかという考え方は新しいと思いますし、広告作品でもエンディングが違うぐらいのことはやってもいいのだなと気付きました。

宮川:取り合いではなくて、みんなで一個の物語を作っていく発想でいろんなメディアのことを考えるとすごくいいし、面白くなる。それを電通にやってほしいです。

菊池:ウェブ動画があるからテレビがいらないという議論ではなくて、全部あるからこそもっといい、という環境になるといいですね。