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AI革命の「大分岐」で広告業界が動く~人を動かす次世代エージェントNo.1

AI時代到来!広告業界にチャンスあり?

2016/06/13

日本広告業協会(JAAA)第45回懸賞論文で金賞を受賞した論文の内容をリライトし、図版を増やして6回シリーズでお送りします。初回は「なぜ今、広告業界にチャンスがあるか?」をお伝えします。どうぞ「これでもか」というほどに希望に満ちた連載にご期待ください。

広告業界の課題~広告はいつも動いている

歴史を振り返ると、広告は常にテクノロジーの変化と共に「動いて」いる。「四マス広告」をみても、まず新聞広告と雑誌広告は印刷技術によって生み出され、次いでラジオ広告とテレビ広告は電波と受像機の技術によって誕生した。近年ではインターネット技術の進化によって広告は大きく変わった。広告会社各社は決算上メディア別の利益率を公表していないが、傾向としてテレビ広告の手数料率よりもインターネット広告の利益率は低く、特に運用型広告においてはテレビ広告の利益率の半分以下というケースも珍しくない。これは、われわれ広告業界が「テレビ」というテクノロジーの出現に対しては広告ビジネスモデル創出と広告市場形成において大きく貢献することができたが、「インターネット」というテクノロジーの出現に対しては、プラットフォーム企業(検索連動広告におけるGoogle、Yahoo!など)が独自に広告ビジネスモデルを創出したからではないだろうか。新しいテクノロジーに対して後手に回ると貢献度が低くなり、その分利益も薄くなる(もしくはなくなる)ということである。従来の広告業界が強みとしてきたマスメディアやマスプロモーションの広告市場が成熟し、もし広告業界に主導権がないままインターネット広告が成長した場合、今後広告市場の全体のパイが増加してもプラットフォーム企業の利益が増えるだけで、広告業界の利益が増加することはないのではないか。

しかし、テクノロジーは今も未来も変化し続ける。今ある強みが技術進化によって弱みに転じる「イノベーションのジレンマ」(※1)【図】にのっとれば、広告業界がインターネットに乗り遅れたのはマスを中心とした従来型テクノロジーのメディアに強かったからに他ならず、同様に現在インターネットに強みをもつプラットフォーム企業は、次のテクノロジーの変化に乗り遅れることになる。つまり、広告業界は次のテクノロジーの変化を見極めて、そこに広告ビジネスモデルを「動かす」ことができれば、現在のGoogleやFacebookのように大きく成長することが可能になる。

イノベーションのジレンマ
【図】「イノベーションのジレンマ」を広告にあてはめた場合のイメージ
(出典:クリステンセン氏の図をベースに筆者加筆)

それでは、その「次のテクノロジー」とは何だろうか。本稿は、近年進化が著しい「人工知能(AI)」であるとの仮説に基づいている。しかもごく最近、経済学者たちが展開しはじめた経済理論によれば、その変化は1800年前後にさかのぼる第1次産業革命以来の大変動になるため、AIのテクノロジーを導入するか/しないか、ビジネスモデルを構築できるか/できないかによって、大きな差が生まれる可能性が示唆されている。本稿は、そのような社会全体におけるマクロ経済への影響から広告産業の現状分析を経て、AI時代の広告のエコシステムの予測、最後に具体的なサービスイメージの提案までを、マクロ(経済と産業)⇒ミクロ(サービスイメージ)の順で、可能な限り具体的に示すことを目的としている(本連載では、経済を#1と2、産業を#3、サービスイメージを#4と5を中心に記載する予定です)。そして、最終的にはこのビジネスモデルを実行に移すことで広告業界、ひいては社会全体の発展に寄与することを目標にしている。

マクロ経済と広告費~AIについて経済学者たちが語りだした

2012年頃から深層学習(Deep Learning)の進化が顕在化して以来、ここ1年間は特にAIのニュースがない日がないほど「AIブーム」が加速している。例えば、2015年11月にはトヨタがシリコンバレーにAIの研究開発を担う新会社を設立し、5年間で10億ドル(約1200億円)を投じるというニュースが報道された。2016年4月12日には安倍総理より産学官の英智を集め、縦割りを排した『人工知能技術戦略会議』を創設する旨の発表があり、4月25日に総務省、文部科学省、経済産業省が合同で『第1回次世代の人工知能技術に関する合同シンポジウム』を開催、3大臣がそろって挨拶をした。日本でも学界だけではなく国政と産業界も、ついに大きく「動き」はじめたのだ。

以上のような個別の技術動向や企業動向は、あまりに変化が激しいため本稿ではこれ以上は深入りしないが、ここではニュースでは大きく取り上げられない「マクロ経済動向」に注目する。その理由は、広告業界は金融業界とともにGDPなどのマクロの景気変動に大きく左右される業界であり、「日本の広告費」も対GDP比率(1.2~1.3%程度)が基準値となっているからである。

一昨年、日本でも大ブームになったトマ・ピケティ氏の『21世紀の資本』(※2)は「r>g」(r: 税引き後資本収益率、g:経済成長率)によって格差が拡大することを、経済史をベースに定量的に論証したものだが、その中で「完全にロボット化された経済」について考察している。これは頭脳労働も含む経済的な生産活動において機械(AIとロボット)が人間の役割を果たす世界である(ただしピケティ氏は"完全な"ロボット経済は楽観主義がすぎるとしています)。日本を代表するエコノミストである早稲田大学の若田部昌澄氏は、2015年7月に経済産業研究所で「経済学者は人工知能の夢を見るか?『大格差』と経済の将来」(※3)という講演会を行った。本連載ではAIのマクロ経済における影響の研究に最も早く着手した駒沢大学の井上智洋氏の論考(※4)をベースに、「AIの広告業界への影響」を概観する。

※1:クレイトン・クリステンセン(伊豆原弓訳)『イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』(翔泳社,2001)
※2:トマ・ピケティ(山形浩生〈他)訳)『21世紀の資本』(みすず書房,2014)
※3:経済産業研究所,若田部昌澄「経済学者は人工知能の夢を見るか?『大格差』と経済の将来」(2015.7.13.)(http://www.rieti.go.jp/jp/events/bbl/15071301.html),2015.9.24.
※4:井上智洋『人工知能・経済成長・技術的失業~AIは仕事を奪うか?BIで遊んで暮らせる未来はやってくるか?』(講義資料,2015)