loading...

あなたの会社を変える「専門人材」No.7

「ほぼ日」に学ぶ、個の生かし方と組織のスケール(後編)

2016/06/17

前編では、「ほぼ日刊イトイ新聞」を運営する東京糸井重里事務所の取締役CFO、篠田真貴子氏に、ほぼ日でのプロジェクト運営と同社「らしさ」を浸透させるための秘訣について聞きました。引き続き、採用を含めた人材育成の取り組みと、専門性の見つけ方を伺います。

暗黙知か明文化か 会社のビジョンの共有方法

神野:ここまで、ほぼ日の運営の仕方やプロジェクトの生まれ方、糸井さんの語ることが源となってほぼ日らしさができていることなどを伺いました。今年1月、糸井さんは「夢に手足を。」というコピーと短い文章を掲載されましたよね。糸井事務所が「どういうことをしていく会社なのか?」を言葉にしたと。こういった、声明のような発信も多いんでしょうか?

篠田:あの言葉自体は、もともとはある日の「今日のダーリン」に書かれたものなんですね。それに対してものすごい反響があって、あらためて翌日に糸井が続きを書いて掲載し、現在のような別ページに残したんです。

でも、私が入ったころはあのような言語化や発信はしていませんでした。糸井や社歴の長いスタッフは、理念や方針を言語化するのをむしろ躊躇するところがあったと思います。こういうものって言葉にした途端に、変えてはいけない真実であるかのように扱いたくなってしまって、状況変化が起きたときにチーム間で解釈の齟齬が生まれたりしますよね。組織の規模が小さいときは、方針を短い言葉にまとめるメリットよりも、デメリットやコストの方が大きいから、「とにかく俺を見てろ」で回してきたんだと思います。

でも今は、それでやっていける規模を超えています。そんな認識から、あの言葉も生まれたのかなと思います。

神野:それは、篠田さんが入ってからの間に糸井さん自身も変わったということ?

篠田:そう思います。私の入社当時から、糸井は「自分が引退しても会社が生き生きと続くようにしたい」と話していましたが、切迫度がこの数年で格段に上がっていると思います。その変化と並行して、言葉にして残すことが大事だという方へ変わってきています。

先ほど紹介した「水曜ミーティング」(※毎週糸井さんが社員に向けて話す場、前編参照)も、自分の成長を見せ続ける場だと話していたことがあります。そばで見ていて、100人未満くらいの規模だと企業の成長と経営者の成長はタンデムなんだなと感じます。

ほぼ日流の人材評価ノウハウ

神野:ここまで話を聞きながら考えていたのですが、例えば数十人の若い企業だと30歳くらいで部長になるけれど、それ以降はずっと肩書も上司も変わらないということがありますよね。そこでモチベーションになるのは、やはり企業の成長なんだろうと。企業が成長するから、仮に肩書は変わらなくても仕事の幅や深さが充実していく。

篠田:そう、肩書なんかよりも、企業と人が育つことが本質だと思いますね。

神野:そこで必ず出てくるのが、評価です。個人の成長をどう測るか。ほぼ日では、どうしているのですか?

篠田:神野さんが先ほど言われたような、仕事の幅や深さで測ろうとしています。大まかには3段階、割とクリアな基準があるんです。まずは、いちメンバーとして十分か。次に、プロジェクトをしっかり回せるか。そして、複数プロジェクトの管理ができたり、社外からご指名が入ったりするくらいになっているか、ですね。各段階の中で、一人一人を評価していきます。

ほぼ日はウェブメディアなので、企画やコンテンツの数が物理的に制限されることがなく、一人一人が成長すればそれだけ世の中に送り出せる仕事の総量は増えていくんです。だから他者とポジションを取り合うとか、そういった発想がありません。評価も周囲と比較したものではなく、自分自身の仕事の幅や深さの変化という評価になります。

前と比べて、こういった仕事ができるようになった、周りもそう認めてくれた。そういう比較がいちばん実質的でうそがなく、本人の成長実感としても強いんじゃないかなと思います。

神野:プロジェクトマネジメントのスキルなど以外で、ほぼ日ならではの評価の考え方はありますか?

篠田:正式な評価の考え方というより感覚値なのですが、「どのくらい遠くのお客さんまで見据えられているか」という軸があります。読み物でも商品でも、プロジェクトをしっかり運営できるレベルの人なら、買う人の喜びだけじゃなくて、買う人の隣にいる人まで視野に入っているんですね。えばユーザーがこの商品を職場で使っていると、同僚が「それなに?」と聞くかもしれない、なぜならここがちょっと面白いからなんていうシーンをたくさん思い浮かべられる。

さらに仕事の幅を広げられる人だと、「今の世の中で手帳とは、書くことはどう感じられているか」といった、買う人をとりまく世の中のムードのようなところまで視野に入れている。そういう、お客さんの広がりをどこまで見通せているかというのは、ほぼ日の軸のひとつかもしれません。

お客さんをどこまで見通せているかといっても、市場のニーズだけから発想することはなくて、どんな企画でも必ず「あなたは、それ本当に面白いと思ってやってるの?」ということが問われますね。

神野:つまり、自分のやりたいことと世の中に求められていることが近づくというのが、ほぼ日における成熟だということですね。それは非常にクリアですし、規模の拡大にも耐えられるのではないでしょうか。

篠田:そうだといいですね。ところで神野さんはこの指標をクリアだと言いますが、この感覚を今まさに成長中の人に分かってもらうのは難しいんですよね。本人は、自分はできていると思いがちだから。それはどんな評価軸を持ち出しても同じかもしれませんが…。

神野:たしかに、そこはどう評価するにしても、難しいところですね。

ほぼ日はどうやって採用ミスマッチを回避している?

神野:篠田さんは昨年、リンクトイン創業者の著書『ALLIANCE アライアンス―人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用』の監訳をされました。終身雇用の契約でもない、かといって完全なフリーエージェントでもない、アライアンスという雇用形態がシリコンバレーで実践されつつあると。

中途採用で企業にジョインすると、専門性を期待されている一方で、カルチャーや働き方の部分では暗黙的に「うちの会社らしさを身に付けろ」と求められるようなきらいがある。そんなことを考えていた折、ここで提案されている「企業と個人がフラットな関係で働く」というのは興味深かったです。お互いに要求と期待をクリアにしないと成り立たない。

篠田:そう、そしてそこでは必ず企業の方が力が強いから、より企業の方がフラットであることを意識しないといけないんですね。

神野:ここまで伺ってきた話は、ほぼ日における仕事の進め方が中心でしたが、『アライアンス」で示唆された考え方も踏まえて、採用や雇用関係についても少しお聞きしたいと思います。

ほぼ日での仕事の仕方は、会社の目指す方向性が明確で、乗組員一人一人も自分の貢献できる分野やはたらく動機を認識している、いわばお互いをよく分かり合っている大人と大人の関係のようにも感じますが、そうした関係は採用時から始まっていたりしますか?

篠田:そうありたいですが、試行錯誤を続けていまして、採用にはすごくエネルギーをかけています。当社は基本的に人が欲しいときに職種別採用をかけているので、その意味では専門人材になります。結果的にそこで新卒や第二新卒の人を採ることもありますけれど。

まず、採用における関係づくりにおいて大きな要素は、基本的にほぼ日でしか採用告知をしないことですね。読者やそのお知り合いが応募を検討してくださるので、当社が大事にしていることに共感している方が応募することになり、かなり有効なスクリーニングになります。それから、書類選考では複数の作文や第三者からの推薦状をもらいます。さらに、昨年夏から始めた商品開発の採用では最終選考として1泊2日の合宿もしました。

神野:それは、力の入れようが分かりますね。

篠田:合宿には候補者が10人程度、こちらも糸井を含めて7~8人参加しました。たった1泊で商品開発ができるわけではないのですが、チームの中で他者とどのように価値を生み出そうとする人なのかは、ずいぶん分かる。そこから、当社のカルチャーが合うかどうか、かなり判断しやすくなります。

ここで、先ほど出たフラットな関係がすごく大事になります。私たち企業の側が、こういう個性のわが社ですけど選んでもらえますか、という意識を持つ。そうすると、採用時やその後の誤解から生じるダメージが少ないと思いますね、お互いに。

以前は能力や機能重視で採用したこともあるんですが、うまくいかないケースもありました。やはり組織の中で仕事をする以上、周りの力もつぶさずに引き出して、最低限「1+1=2」以上にならないと意味がない。それを考えると、特に中途の人はカルチャーの部分で選び合う発想が大事だと思います。

神野:そのような考え方は、これからの企業と個人の関係性として、理想のひとつなんだと思います。この連載を通じて語っていることでもあるのですが、企業と個人との間に、業務内容や能力についてだけでなく、価値観や働き方についての相互理解があると、外部人材も初日から力を発揮できるようになると思います。その点において、ほぼ日で実践されている採用プロセスや「水曜ミーティング」のなどの活動は、企業と個人の関係づくりにおいて非常に有意義だと感じます。

「個の時代」に大切な二つの指標

神野:そんなほぼ日のCFOである篠田さんが『アライアンス」に出会い、世に広める役割を担ったというのは運命的なものを感じます。今の糸井事務所の規模だからできる部分もあるかと思いますが、さまざまな企業での業務経験がある篠田さんの目から見て、『アライアンス』で提示されている考え方は大企業でも生かせそうでしょうか?

篠田:そうですね、大企業の既存の部門にフラットになろうと提案しても、やはり積み重ねた実績と自負があるからなかなか難しい。でも、たとえば新規事業で、社内で異動した人も未経験の分野なら、個人と企業の力関係がもう少しフラットに収まりやすく、新しい関係性が築けそうです。

神野:先ほど専門人材の採用という言葉が出ましたが、ほぼ日でも法務などをはじめとしてたくさんの外部の人が関わっていますよね。外部のプロフェッショナルとうまく働いていくという点は、どう捉えていますか?

篠田:外部のプロフェッショナルとうまく働いていくことは、私たちにとって非常に深遠なるテーマですね…。社内では専門性が不足しているから外部のプロフェッショナルに頼むんですけど、最低限その外部の専門家のアウトプットが十分なのか、私たちが判断できないといけません。全然分かりません、というわけにはいかない。

今のところ、外部の専門家とうまく働いていていくのに必要な力が二つあると考えています。ひとつは、その分野の純粋な専門知識です。もちろん専門家には及ばなくても、「これはなぜこうなのか」と分からないところを認識して話し合える程度には知識が必要ですね。それがないと、リスクを見積ることもできません。

もうひとつが、専門性うんぬんを切り離した、事業体としての方針を社外の専門家に理解してもらう力です。当社の基本方針は、読者やユーザーに提供したい付加価値をぶらさないこと。その付加価値は定性的で言語化しづらく、私たちの説明力が問われます。この二つは、どちらも欠けてはダメですね。だから外部の人に専門性を十分に発揮してもらって、私たちの向かう方へと一緒に進んでいくのは、すごく難しいです。

神野:まさに日々最前線で活躍されている篠田さんならではの見解だと思います。

これまでの連載に登場いただいたPwCアドバイザリーの岡さんHBSの佐藤さんも、「現在は個の時代」だと語っていましたが、企業と個人がフラットな関係を築き、個々の自発的なモチベーションを保ちながら企業がスケールしていくさまは、ほぼ日にも強く感じました。最後に、読者の皆さんにメッセージをいただけますか?

篠田:先ほど、外部の専門家と働くときに必要な二つの力をお話ししましたが、個を生かすのも一緒だと思います。自分の専門性を追求することと、一方で機能面は置いておいて「自分は何を面白がり、どこへ向かうのか」を探すこと。その意識は、私にはすごく役に立ちました。

仕事はペーパーテストじゃないので、期待した成果が出ること以外にも、周りがどのくらい喜んでくれたかによって評価や手応えが変わりますよね。その意味では、相手との関係次第で、自分の付加価値が変わってくる。さらに、周りの喜びと自分の実感が一致するのかどうか、という問題もある。例えば、すごく喜ばれたのに私はイマイチ腑に落ちていないとか、その逆もあります。その都度、なぜ今回はそうだったんだろうと問題意識を持ち続けると、だんだん自分の専門性と興味の方向性の二つが見えてくるのではないでしょうか。そのためにも、打席には立ち続けてほしいですね。

神野:場数を踏み、内省し、その繰り返しですね。

篠田:そう。もし40歳を超えていたら、苦手だと知っていることをあえて選ばなくてもいいと思うけど、若い人はイヤだと思う仕事も「なぜイヤなのか」と言語化し尽くせるくらいまで経験したほうがいいです。それが、きっと次のステップに向けた学びになりますから。