IoT時代のエクスペリエンス・デザイン #04

「エクスペリエンスの最適化」(オプティマイゼーション)
---AIと直接向き合うことによって生じる
「ペインポイント」を解消するための4つの「S」

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    朝岡 崇史
    株式会社電通デジタル エグゼクティブ・コンサルティング・ディレクター
 
IoT時代のエクスペリエンス・デザイン書籍

 

エクスペリエンス4.0の世界におけるマーケティングのゴールイメージは、サービス(ブランド)を提供する企業が、AIによる「知識」の蓄積VS.人間の「意識」という能力の特性を見極めた上で両者の役割分担と分業体制を確立すること。さらにエクスペリエンスが豊かなものになるようファインチューンすることである。この活動は1回で終わるわけでなく、企業(ブランド)によるサービス提供が続く限り、永続的に続く。

企業のクリエーティビティーが問われる時代が来る

エクスペリエンス4.0における企業側の人間の役割はAIができない「新しい発想や価値」を軸に、企業のお客さま接点において「エクスペリエンスを最適化」し続けることである。

これを企業間競争に置き換えた場合、企業の競争優位はエクスペリエンスをデザインする能力、つまり「クリエーティビティー」で決まる、ということを意味する。右脳型の発想力、アイデアの突破力が企業の差別化ドライバーになるのである。

人間ならではの「新しい発想や価値」について考えよう

それでは、AIができない人間ならではの「新しい発想や価値」とは何か?

特に4つの「S」に注目している。「センス(Sense)」「セレンディピティー(Serendipity)」「サステナビリティー(Sustainability)」「セキュリティー(Security)」の英語の頭文字「S」から始まる4つの概念である。

「センス」は気の利いた応対、を意味する。お客さまの感情の機微を察知し、コンピューターとお客さまとのコミュニケーションを円滑にする。人間は本来、自分の価値観や感受性、美意識に沿う形で外部からの情報を得たいという根源的な欲求を持っている。過干渉や、逆にアドバイスが欲しいタイミングで的確なアドバイスが来ない、といったときにフラストレーションを感じるのもこのためだ。日本のように「空気を読む」不文律の文化があるコミュニティーでは「センス」を求める傾向は一層強くなる。

「セレンディピティー」とは偶然に幸運を手にしたり、予想外のものを発見したりすることを意味する。「セレンディピティー」こそ、デジタル社会の最も本質的な価値ではないかと考えている。読者の皆さまもネット検索をしていて自分が想定していた以上の役に立つ情報にたどり着く、ネット通販サイトを見ていて思わぬ掘り出し物を探し当てる、という経験がおありだろう。

「セレンディピティー」は論理的なデータ解析や学習の繰り返しだけでは決して生まれない。手にするチャンスがあるとすれば、それを得ようと願う意志の力が何より大切である。19世紀の生化学者・細菌学者でワクチンの発明で名高い、ルイ・パスツールは「観察の領域において、偶然は構えのある心にしか恵まれない」という箴言を残している。つまりは旅に出なければ「セレンディピティー」は起きないのである。「セレンディピティー」は人間のアクティブな好奇心に対する報酬である、と考えることもできる。

「サステナビリティー」とは、「持続可能な」「ずっと保ち続ける」という意味の英語である。環境・社会・経済の3つの観点から、この世の中を持続可能にしていく取り組みと解釈されている。企業の観点からいうと、企業が事業活動によって利益を上げ続けるだけでなく、社会的な責任を果たすことで、将来においても事業を存続できる可能性を持ち続けることを意味する。

そして、「サステナビリティー」の考え方を突き詰めていくと、企業が近未来、お客さまにどういうエクスペリエンスを提供する会社になりたいのか、という第3回でお話しした「なりわいワード」の考え方に行き着く。エクスペリエンス4.0においては、すべてのインダストリー(産業)がサービス業になる。そして、企業は自社が提供するサービスを売ることがゴールではなく、売ってお客さまにどう感じてもらうかがゴールになるだろう。

往々にして企業の短期的な売り上げとお客さまの幸福感が必ずしも両立し得ないケースも出てくることも予想される。「人間ならではの新しい発想や価値提案」で乗り越えるべき領域である。

「セキュリティー」についてはお客さま目線で何が必要か考えることが必要だ。情報セキュリティーはもちろんだが、自動運転サービスでフィーチャーされる「交通安全」や、最近、頻繁にニュースになる「食の安全」(フードセキュリティー)もお客さまの「信頼」に直結するテーマだけにエクスペリエンスと密接な関係がある。

「情報」も「食」も「交通」もセキュリティーを支える仕組みがお客さまからは目の届かない、ブラックボックスになっていることに大きな問題点がある。企業が各種の「セキュリティー」を保証するのは当然のこととして、高度成長期に公衆衛生や交通安全の教育がさかんに行われたように、それらについて草の根的な啓発活動を行うと同時に、その仕組みをできるだけ可視化してお客さまに腹落ちさせていく努力も大切だ。「セキュリティー」に関するトラブルが発生した時、エクスペリエンスに深いペインポイントを刻むことで、結果、致命的なダメージを受けるのは、他ならぬ企業だからである。

4つの「S」と「人間の16の基本的欲求」の関係

ところで、米オハイオ州立大学の心理学・精神医学教授スティーブン・リースは、6000人以上の被験者を対象に研究を進めた結果、人間には「16の基本的欲求」があると主張している(『本当に欲しいものを知りなさい---究極の自分探しができる16の欲求プロフィール』角川書店 宮田攝子訳 2006年)。

リースの「16の基本的欲求」について、アクティブ・パッシブ、生理学的視点・経済学的視点・社会学的視点・認知心理学的視点の2×4=8セルに分類し、4つの「S」とのひも付けを行ったのが【図1】である。

図1 4つの「S」と「人間の16の基本的欲求」との関係

 

こういった整理をしていくと一目瞭然だが、「センス」や「セレンディピティー」と関係性が強い「ロマンス」(美しいものを求めたい)、「好奇心」(知識を得たい)は、認知心理学的視点×アクティブのセルに属し、「サステナビリティー」や「セキュリティー」と関係性が強い「理想」(社会正義を追求したい)、「安心」(心穏やかでいたい)もすぐ下の、認知心理学×パッシブのセルに属する。

このことはAIが学習の繰り返しによって人間の基本的欲求のうち生理学的な欲求、経済学的な欲求は充足できるかもしれないが、社会学的な欲求になるとその能力が怪しくなり、認知心理学的な欲求まではカバーできない可能性が高いことをあらためて示唆しているといえよう。

広告やデザインの業界にとっての業態転換のヒントがある

以上、エクスペリエンス最適化のための4つの「S」の考え方と第1回でお話しした「エクスペリエンス×IoT」のメカニズムを踏まえて、お客さま・AI・企業の「理想的な関係」を整理し直したのが【図2】である。

企業があらゆるブランド接点において「センス(Sense)」「セレンディピティー(Serendipity)」「サステナビリティー(Sustainability)」「セキュリティー(Security)」の4つの「S」をうまくマネージし、「エクスペリエンスの最適化(オプティマイゼーション)」を行うことでお客さまとの間で「愛着」が育まれる。

最後に一言、付け加えたい。4つの「S」を巧みに配剤しながら豊かなエクスペリエンスを構築することは、極めて高いクリエーティブ能力が要求される。CXO(チーフ・エクスペリエンス・オフィサー)やエクスペリエンス推進部のような専門部署を置くことで企業がインハウスで取り組むことも十分に可能だが、お客さまインサイトに対する知見とクリエーティビティーにたけた専門的な集団が新たに勃興する蓋然性も否定できない。マスコミュニケーションが退潮傾向にある中で、広告やデザインの業界が見いだすべき活路は他ならぬエクスペリエンス・デザインの領域ではないだろうか。

 

プロフィール

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    朝岡 崇史
    株式会社電通デジタル エグゼクティブ・コンサルティング・ディレクター

    エクスペリエンス・デザインを専門とするコンサルタント。
    大学生時代は東大野球部で選手・主務として活躍。
    1985年、電通入社。クライアント企業の経営層と向き合い、電通らしい右脳型のアイデアを武器に事業やブランドのコンサルティングを提供するソリューション型サービスを実践。ブランドコンサルティングを行うコンサルティング室長を経て現職。日本マーケティング協会(JMA)のマーケティング・マスターコース・マイスター(2011年~)。
    著書に「拝啓 総理大臣殿 これが日本を元気にする処方箋です」(東洋経済新報社 共著 2008年)「エクスペリエンス・ドリブン・マーケティング」(ファーストプレス 2014年)、「IoT時代のエクスペリエンス・デザイン」(ファーストプレス 2016年)がある。

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