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“新聞社力” “出版社力”が生み出す、新たなメディアの価値とは?

2016/06/22

昨今よく耳にする「若者の○○離れ」というマーケティング課題。その課題に対して朝日新聞社・光文社『JJ』・電通がタッグを組み、「紙離れ」が叫ばれる若者女子をターゲットに、イベントを中心とした施策を5年間にわたり展開しています。新聞社・出版社・総合広告会社という異分野のメディアが掛け合わさる魅力と効果とは?3社のコラボレーションを企画した電通の笠間健太郎氏、増田みずき氏、設樂麻里子氏、芦刈千穂氏に聞きました。

新聞社の課題解決に、雑誌から生まれた女子大生組織が乗り出した!

—朝日新聞社と光文社『JJ』編集部が開催する「Ready for Lady 春の学園祭」は、ファッション、美容、就活などのコンテンツを凝縮した大学生から新社会人までの女性をターゲットにしたイベントです。読者層の異なる新聞と雑誌がタッグを組んでいる点が特徴的ですが、企画がスタートしたきっかけは?

笠間:2011年に、朝日新聞社から電通に相談をいただいたのが始まりです。「若者の新聞離れ、若い女性の新聞離れと言われて久しいが、恒常的に続くこの状況に変化を与えるような企画はないか」という内容でした。それなら、当時私たちが立ち上げた「ハレ女委員会」と組ませてもらうのがぴったりではないかという話になりました。

設樂:ハレ女委員会は、現役女子大生約100名を集めた組織です。2009年から光文社の女性ファッション誌『JJ』の方向性の見直しをお手伝いした際に、『JJ』の理想的な読者像を規定しようという取り組みの中で「ハレ女」というキーワードが生まれました。今回のイベントコンセプトのベースにもなっていますが、「おしゃれ」「可愛い」といった外見的な魅力の追求だけでなく、内面的な自分を磨くことも同時に追求する。そのために積極的に人とつながり、ネットワークを広げていく、といった姿勢が「ハレ女」の特徴です。将来そんなハレ女になることを目指す、向上心の高い現役女子大生を集めて2010年に「ハレ女委員会」を発足させました。

以降、電通では彼女たちのインサイトや情報発信力を活用し、クライアントのマーケティング支援、メディアとの協業によるコンテンツ企画、広告企画などを展開してきました。朝日新聞社から話があった時も、彼女たちの読者(生活者)目線の生の声をヒントにしようということになりました。

 

—実際にはどのような声が集まったのですか?

増田:例えば「新聞を若い女性にアピールする」ためのブレストをした際には、かなり率直で自由な意見が出ました。新聞の形態という範囲に限っても「新聞のサイズが持ちづらい」とか「紙面が記事のジャンルごとに色分けされていたら、好きなカテゴリーの記事を拾って読みやすそう」とか。全部を取り込むことは当然できませんが、やっぱり、生の意見は斬新でしたよね。

こういった「リアルな声」の中には新しい発見もあり、朝日新聞社にもかなり手応えを感じてもらえました。

芦刈:この結果を受けて、相談元だった朝日新聞社メディアビジネス局(当時、広告局)から「定石の紙面特集だけでは、若い女性ターゲットに届かない。ならば彼女たちと共にリアルなイベントを一からつくることで、新聞を知ってもらうのはどうか」という提案をいただいたこともあり、「Ready for Lady」のイベント開催につながっていきました。

——ハレ女委員会だけでなく、雑誌『JJ』を巻き込んでいくことになったのは?

笠間:より若い女性に支持されるコンテンツにするために、ハレ女誕生時のパートナーでもあり、「ハレ女委員会」の連載をはじめとしてさまざまに協力をいただいていた『JJ』編集部にもイベントの共同開催を打診をしたところ、快諾いただきました。

——異業種とはいえ、ある種のライバル同士とも言える新聞社と出版社です。『JJ』が賛同した理由は何だったのでしょう?

増田:やはり、読者とリアルな場でつながれることに強い魅力を感じていただいたようです。普段は誌面の中で完結することが多い雑誌の世界観をリアルな場で伝えられるのは大きなメリットです。また、イベントが読者への還元にもなり、愛読者との絆をさらに深めることができるので、ぜひやりたいということでした。

新聞社と雑誌社、それぞれの強みを掛け合わせたイベントに

——今年で5回目の開催となったこのイベントですが、人気の理由は何でしょうか?

芦刈:来場者は毎年約2000人を集客しており、純粋にイベント自体をまるごと楽しんでもらっているという実感があります。例えば、一般的なイベントでは出展ブースで試供品をもらったら帰ってしまうケースもありますが、この「春の学園祭」(および「冬の学園祭」)では、一日中会場にいる方が圧倒的に多いのです。

これはイベントのコンテンツ企画はもちろんのこと、事前告知の方法から当日配布されるお土産袋や会場マップのデザインに至るまで、ハレ女委員会だからこそ分かる「今、若い女性が気になること、知りたいこと」を厳選して作り込んでいるからだと思います。

――具体的には、どのようなことがハレ女委員会から提案されたのですか?

設樂:イベント全体のテーマやコンテンツの内容についてなどはもちろんですが、細かい演出の部分でも、例えば「リアルイベントに参加する一番のモチベーションはSNSに写真をアップできるから」という声を反映して、意図的に“SNS映え”するフォトスポットを設置したり、SNSでの拡散も狙って、会場に隣接した飲食店にその時若い女性に人気の食べ物をオリジナルメニューとして加えたり、思わず写真に撮りたくなるような「Ready for Lady」のかわいいロゴをあしらったラテアートなどを用意したりもしました。

笠間:会場の配布物も作り直しましたよね(笑)。当初は、会場案内図やプログラムをポケットに入る大きさのものに仕上げていたのですが、ハレ女委員会から「それではせっかくの新聞社主催イベントらしさが出ない」という声が上がりました。そこで、彼女らの意見を反映してタブロイド版の新聞と近い紙質・サイズのものに作り変えたんです。

これが結果として好評をいただき、会場のあちこちで若い女性があたかも新聞を読んでいるような光景が見られて、それがさらに、SNSを通じて広がってゆく。彼女らの言う“らしさ”がどういうことなのか気付かされました。

――まさに当事者だからこそできる作り込みですね。他にはどのような点が特徴的だったのですか?

設樂:イベントの核となるコンテンツはゲストによるトークショーと、『JJ』モデルが総登場するファッションショーです。どちらも朝日新聞とJJだからこそ声がかけられた、来場者にとって憧れの的である話題のゲストで、しかも手が届きそうなくらい間近で見られるという点が魅力になっているようです。このゲスト選定にもハレ女委員会の声を反映し、毎年「旬」を捉えた方々をお呼びしています。

増田:会場の作り込みも含めてトレンド感を意識した一方で、一流の知識人や作家の先生による人生指南や知的好奇心を満たすトークセッションやワークショップなど、女性の「生き方」をテーマにしたコンテンツも人気でした。

ファッションと物販だけであれば、通常の女性向けイベントとは差別化が難しいですが、新聞社の視点で必ず「学び」も入っています。二つの異なる媒体をまたいだ企画だからこそ、生まれてきた魅力だと思います。

リアルとのコラボによる科学反応〜「新しい読者」「未知の広告主」にリーチ

——最初の課題だった「若い女性への新聞離れ」への処方薬としてはどんな効果がありましたか?

芦刈:蓋を開けてみると、来場した女性たちの多くが「朝日新聞の紙面上のイベント告知がきっかけ」だと答えています。

入り口となった朝日新聞の告知広告は発行部数の多さや15段を使った露出の面でも集客への影響力は大きかったですが、『JJ』とコラボした紙面クリエーティブ自体も、彼女たちの目を惹くフックとしてかなり効いていると思います。

設樂:毎年、新聞広告でも同時期に発売される『JJ』の表紙と同じモデル・同じデザインのクリエーティブを作り、イベント告知をしています。また、同時に協賛社数社の広告も新聞に掲載されるのですが、それも同じく『JJ』の表紙と連動して、各社の商品を訴えるクリエーティブになっています。普段は新聞単体ではあまり出稿していない協賛社もいるのですが、この企画だからこそ乗ってくれるケースもあり、好評を得ています。

増田:協賛していただく企業にとって、朝日新聞への露出と『JJ』誌面への露出に合わせ、イベント出展がパッケージになった形も魅力です。普段はなかなか「読者」のリアルな姿は見えづらいですが、イベントでそのパワーと、雑誌やモデルへの「絆」を感じてもらえたことで、次の出稿につながったケースもあります。

芦刈:媒体間のコラボに加え、リアルという組み合わせによって、読者にも広告にも、面白い相乗効果が起こっています。この成果を踏まえて、朝日新聞社ではシニア層をターゲットにしたイベントを開催したところ、こちらも盛況でした。

――実際に今後もこのような取り組みは進んでいくのでしょうか?

芦刈:はい。例えば朝日新聞社では、これまでの5回のイベント実績を踏まえて、女性に支持される新たな取り組みとして、引き続き、若者世代だけでなく他の世代にも同様の企画で取り組みたいと、社内でプロジェクトを組んで検討中です。

培ってきた「新聞社力」「出版社力」を、別チャネルで生かす

――イベントの継続的な成功も踏まえると、新聞社と出版社がタッグを組むことや、紙面上だけでなく読者とリアルの接点を持つことなど、メディアにしばられないコンテンツの発信が今後のキーワードになりそうですね。

設樂:新聞や雑誌はマスメディアだからこそ、自社だけで全てを完結できてしまいがちです。しかし今回のように異分野の媒体が交差したことで、お互いの培ってきた資産をもとにそれぞれの強みを生かし合い、弱みを補完し合うという良い化学反応が生まれました。

また、毎回半年近くかけて主催の朝日新聞社、『JJ』編集部、ハレ女委員会、制作プロダクションの東北新社、電通が1つのチームになりイベントを作りあげています。「メディア・生活者(読者)の共創」「ユーザーオリエンテッド」という視点を常に意識しながら、何が課題なのか、どうすればターゲットに届けられるのかをチーム内で考えていくという、そのプロセス自体にもたくさんの発見がありました。

笠間:それから、長い時間をかけて信頼できる媒体として培かってきた価値も、改めて見直されているようです。例えば新聞社でいえば、全国津々浦々まで開拓された取材網や社外の人脈、スピード感と質が両立されたコンテンツを届ける取材・編集ノウハウなどがその一つです。SNSの普及などで誰もがジャーナリストになれてしまう時代において、「新聞社だからこそ社会に提供できる価値はそこなんじゃないか」と朝日新聞社内でも言われているそうです。

増田:出版社であれば、日々の取材で培ったターゲットインサイトを活用し、ターゲットの旬な「気分」や「気持ち」を捉えた独自の表現方法で、ターゲットの心を捉えるアウトプットができます。

つまり、よりカスタマイズされたターゲットに、よりカスタマイズされたメッセージを伝えることができることが強みですが、その力を誌面だけに留まらず今回のようなイベントや、場合によっては商品開発、メッセージ開発にも発揮することができます。また、その過程でマーケッター、クリエーター、プロデューサーの役割を一気通貫して担えることに魅力を感じてもらえる広告主が増えてきています。さらに、今回のイベントでも多くのモデルやタレントに登場してもらいましたが、アウトプットの伝達者としてのインフルエンサーを多く抱えていることも強みの1つです。  

笠間:それらが、まさに「新聞社力」「出版社力」ということですよね。その力をこれまでとは別の形の企画やチャネル、メディアに落とし込む時、媒体の新しい魅力や生活者へのアプローチ法を発見できるのではないかと考えています。