イキですてきな仲間たち―電通を創った男たちⅡ― #04

タフでクールな情熱的法務部長
野崎隆也(3)

  • Okada
    岡田 芳郎

言葉と遊び

 

野崎隆也は芝居好きだった。隆也が入社して数年たったころ、電通とフジテレビの芝居好きが集まって芝居の勉強会をやろうという話が持ち上がり、仕事が終わってから電通の会議室で本読みなど始めた。隆也は中心になり世話役を引き受けて、マルセル・パニョルの「ファニー」やサミュエル・ベケットの「ゴドーを待ちながら」などをテキストに読み合わせに夢中になった。そのうち本格的に劇場を借りて公演をしようと話が発展した。シロウトばかりの集団で、演出を決め配役を決め、衣装・照明・音楽・効果そして舞台監督を決めた。隆也は制作責任者として皆をひっぱっていった。グループの名前は“トルソー”と名付けられた。3カ月以上の稽古期間を経て、次の年には八丁堀の社会福祉会館のホールを借りて上演にまで漕ぎつけた。そこに至る2年間をどうにか持ちこたえたのは隆也の優しさと持久力によるものだと仲間の一人が述懐している。ひとつのものをみんなで協力して創り上げる芝居の愉しさ、興奮、感動は一度味わった者にしか判らない不思議な魔力があるという。学生時代、音楽をやっていた隆也も、この公演ですっかり芝居の魔力に取りつかれたにちがいない。その後もしばらく「トルソー」の活動はつづいた。メンバーは皆個性が強く、難しい話を延々と語り続けるという哲学と文学のかたまりのような連中ばかりだった。その中で隆也はリーダー格だったが、時に冗談をいっては若い社員を笑わせたりして場をなごませていた。

トルソー解散後も、会社が終わった後これらのメンバーの誰かと芝居を見に行くのが隆也の楽しみだった。トルソーの仲間だけではない。社内のさまざまな部署の芝居好きと一緒に劇場をまわった。俳優座劇場,転形劇場T2スタジオ、状況劇場赤テント、青山劇場、文学座アトリエ…。とくに別役実の芝居は必ず行った。芝居を見に行くとき、会社の近くのそば屋で簡単に食べ、劇場にかけつけることもあるし、芝居のあと劇場の帰りの駅の近くで食べ軽く飲むこともある。劇場へいそぐ道は隆也の最も心弾む時間だった。

野崎隆也は山男だった。学生時代から山に登っていた。赤倉、岩岳、乗鞍、槍ヶ岳,穂高、八方尾根…。後に妻となる衣枝とも山登りの趣味を通じて親しくなった。

法務部メンバーと山行
法務部メンバーと山行
 

1982(昭和57)年の秋、職場の仲間8名で栃木県の鬼怒沼、標高2,000メートルに向かったことがある。山登りの一行は、雨の降る中,急勾配の山道を乗り越え、息を切らしながらも頂上の湿原にたどり着いた。ところが、最後尾を登っていた一人がなかなか到着しない。途中で体力を消耗し尽してしまったようだ。このことを知った隆也は、わずかの休息をとることもなく軽い足取りで今登ってきた山道を引き返した。落伍した仲間をふもとの温泉小屋に収容するためだ。同行の一人がこのときの隆也の姿をメモに残している。「さりげないリュックの上の雨具、 いかり気味の肩をやや前にすぼめ、 空をさす傘を片手に踏み板を渡り、 急ぐでもなく、 霧の中に消えていった人」。

頂上に残った者たちは昼食を済ませてから下山し,件の温泉小屋で隆也たちと合流した。笑顔でみんなを迎えた隆也だったが、さすがに疲れ果てた様子だった。隆也はタフで、心優しい山男だった。

ホームコースでゴルフを楽しむ
ホームコースでゴルフを楽しむ
 

野崎隆也の趣味を記していったらきりがない。芝居に並ぶ大事な音楽鑑賞、30代後半から熱中したゴルフ、次第にハマっていった囲碁、若さで滑った強引なスキー、息子とのコミュニケーションでもあった野球、そして書道、園芸、骨董、読書、どれも隆也という人間を形づくる大事なものだった。これだけ幅広くハンパでない趣味をもつマルチ人間は電通でも珍しい。だから彼の視野はいつも広く、思考は奥深く、話は楽しく新鮮だった。

人事、法務という、ともすれば狭く、閉鎖的になりがちの部署にいて、さまざまな部署の人たちと付き合い、世界を広げたのは隆也の天性の豊かな人間性と慶応ボーイのファイティング・スピリッツのもたらしたものだろう。

清濁相混じる電通の大きな流れの中で、野崎隆也は清流だけに棲んだキライはあるが、それにしても「イキですてきな仲間たち」の一人だったことは間違いない。

(文中敬称略)

〈 完 〉  

このエッセイは、『野崎隆也追悼文集「不立文字」』より、野崎衣枝、進藤邦夫、寺村正三、阿部邦雄、長縄源太郎、出久根正樹、高浜政明、岩本洸、たかはしたけし、高木正幸、田代貞之、水谷勝人など10数人の文をもとに岡田芳郎が構成しました。

◎本連載は、電通OBの有志で構成する「グループD21」が、企画・執筆をしています。
◎次回は7月16日に掲載します。

プロフィール

  • Okada
    岡田 芳郎

    1934年東京都生まれ。早大政経学部卒。56年電通入社。コーポレート・アイデンティティ室長、電通総研常任監査役などを務め、98年退職。著書に『社会と語る企業』(電通)、『観劇のバイブル』(太陽企画出版)、『日本の企画者たち~広告・メディア・コンテンツビジネスの礎を築いた人々~』(宣伝会議)など。

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