「Björk Digital」VR公開収録とトークでひもとく人間とテクノロジーの未来

日本科学未来館で開催中のVR展示プロジェクト「Björk Digital ―音楽のVR・18日間の実験」(7月18日まで)のプレイベントとして、ビョークによるライブパフォーマンスとトークショーが6月28日に繰り広げられた。

パフォーマンスでは、最新アルバム『ヴァルニキュラ』の楽曲「クイックサンド」を歌うビョークを360度VR映像で捉えたライブストリーミングを敢行。この試みは、ビョークとDentsu Lab Tokyoのコラボレーションであり、ライゾマティクスリサーチによるAR/VR演出技術と、P.I.C.S.の映像制作協力のもと行われた。この映像はアーカイブ化され、進化しながら、今後予定されている世界各都市での巡回展に作品として展示される予定だ。

ビョーク
(c)Santiago Felipe
全世界に初めて配信された360°VR映像はDentsu Lab Tokyoで限定公開されている

「悲劇のような物語の感情伝達に、VRはピッタリだと直感したの」

地球を模したジオ・コスモスがシンボリックな存在感を放つ館内。そのスペース中央にセッティングされた、VR撮影機器の数々。MITメディアラボのネリ・オックスマン教授が3Dプリンターで約60時間をかけて制作したという不思議なヘッドピースをかぶったビョークが現れ、中央に立つと、場内の空気は一変。誰もが固唾をのんで約10分間の事件を見守った。

ビョーク
(c)Santiago Felipe

「何が起きているのか?」。観衆は正直よく分からないながらも、ビョークの圧倒的なオーラと「見逃してはならない何かが起きている」緊張感に包まれる。パフォーマンス終了後、たった今全世界に発信されたVR映像で、初めて何が起きていたかを理解した。

作品の中で、会場は宇宙空間へと昇華。「クイックサンド」特有の弾けるリズムに合わせ、ビョークが歌いながらアクションをつける度、1000万画素超の高解像度でジオ・コスモスに投影される地球は変化を繰り返す。身に着けたマスクとジオ・コスモスに投影される地球は、まるで有機物のように呼応し合い、時に混じり合い、乗り代わる。

ビョーク
(c)Santiago Felipe

この曲が収録された新アルバム「ヴァルニキュラ」は、ビョークにとって初となる全編を通したストーリー性のある作品。特に「クイックサンド」はストロボのようなリズム感、焦燥感、母娘間の緊張を表現した曲だとか。「私は、まだ知られていないテクノロジーを取り入れて表現することをとても楽しむけど、ただ使うだけではなく、そこにしっかりした背骨がなくちゃいけないわ。『ヴァルニキュラ』には強い物語性、『クイックサンド』にはかき立てられる感情という芯があるので、VRが合うと思ったの」と、後のトークショーで語っている。

これまで幾多の先鋭的なテクノロジーを取り入れ、その理想と世界観を表現し、世界をインスパイアし続けてきたビョーク。そんな彼女はここ数年、いち早くVRに注目し、ビジュアル制作に取り組んできた。そして2015年、歌唱するビョークの口の中を360度撮影するという、同アルバムの楽曲「マウス・マントラ」のMVをDentsu Lab Tokyoとライゾマティクスリサーチのサポートで制作したことが、今回の試みのきっかけになった。

「コラボレーションにおける私は、忠誠心の厚いバンドメンバーみたい」

日本初となるビョーク本人参加のトークショーでは、ファシリテーターとして日本科学未来館の内田まほろ氏、Dentsu Lab Tokyoの菅野薫氏、ライゾマティクスリサーチの真鍋大度氏、P.I.C.S.managementのTAKCOM氏らも登壇。この実験的プロジェクトに対する感想や、コラボレーションへの取り組み、さらには彼女が抱く地球の未来への展望などが、Q&Aの形式でビョーク本人の口から語られることとなった。

ビョーク
(c)Santiago Felipe

メタリックピンクのエプロンやヘッドドレスにお色直しをしたビョークは、先ほどとうってかわり、イノセントな雰囲気をまとって再登場。内田氏の「実験の成功おめでとうございます」の言葉に、はにかむような微笑みで「Thank You」と答え、トークはスタートした。

菅野氏によると、このプロジェクトの準備には約1年間を要した。「誰かとコラボレートするときはいつも、双方が相手にどんなものを提供したいのか、じっくり時間をかけて練ることにしているの」とビョークが語るように、菅野氏と真鍋氏は数回にわたってニューヨークやアイスランドへさまざまな機材やシステムを持参し、ディスカッションを重ねた。

AR映像のテクニカルとライティングデザインを担当した真鍋氏は、ビョークが描くコンセプトの明確さ、こちらが提示したマトリクスに対する直感的な意見は、目の覚めるようなものだったと言う。一方、VR撮影とジオ・コスモスに投影する映像を手掛けたTAKCOM氏も、彼女の気さくかつ的確な物言いに感銘を受けたそう。彼女のバイオグラフィーにおいて繰り返されるコラボレーション、コンセプトとビジュアルのバランスについてのスタンスは2人にとっても関心事のようだ。

「音楽制作に対してはかなり頑固だけど、誰かと映像を作るときの私は忠誠心が厚いの」と自負する背景にあるのは、6年間ザ・シュガーキューブスというバンドに在籍した経験だ。ビジュアル制作チームにおける自分の役割は、歌詞の持つ感情と映像を合致させることだと自覚する。「毎回直感でクリエーターやテクニックを選んでいるから、どれとして同じ作品はなく、新たな挑戦をするときはいつもワクワクと同時に“正しい怖さ”を感じているわ。それに、ギブアンドテークな関係で物事を進めることが大切だと思うの」。コラボレーションの醍醐味は、チームワークを楽しみ、互いに触発、成長し合うことなのだ。この「クイックサンド」のビジュアルは、この夜の配信で完結ではない。「Björk Digital」の展覧会とともに、進化させていくのを彼女は楽しみにしている。

「新しい技術を使った表現は、火星に立って泣いてみるような感覚よ」

菅野氏は、度重なるディスカッションの中で彼女が口にした「新しい技術をつかって表現するときは、そこにエモーショナルなつながりをいかに乗せるかを大事にしている」という言葉が、この試みの肝になったという。それはなぜ?という問いに返ってきた答えはこうだ。「何十年もの間、ミュージシャンとして活動する自分に与えられた役割は、人間くささを伝えること。手段が生楽器でも、最新のテクノロジーでも、それはブレない指針なのよ」

トークショー
(c)Santiago Felipe

ビョークはテクノロジーを、人間の感情を伝えるツールの一つと捉える。「例えば初めて電話機が登場した時、人類は“人間らしい触れ合いが失われる”と脅威を抱いたでしょ? でも現在は、電話のみならずテレビ電話やメールまで使い分けて目の前にいない他者とコミュニケートできる社会になった」。VRというテクノロジーも、将来的にはわれわれが誰かと関係を築くための日常的な手段になるはずだと。「だから、どんなツールであれ、それを使ってどんな感情を伝えるのかを模索するためにやっていくわ。その経験は…そうね、初めて火星に降り立って、そこで泣いたり笑ったりしてみるようなものかしら」

多様な最先端技術を採用し、プリミティブな感情表現を紡ぐビョーク。彼女は、現在の人間と地球が抱えるさまざまな問題を、どう感じているのだろう。トークを締めくくる問いに、地球の未来に危機感を感じているのは自分だけではないし、悲観的な人もいるけれど、地球を元の姿に戻すことは絶対に可能だと断言する。「でもホウキや雑巾だけで地球をキレイにはできないし、大昔のような洞窟に戻っての生活には満足できないでしょうね。実現に必要なのは、最新のテクノロジーをクリエーティブに活用すること」

ビョークが見据えているのは、テクノロジーが自然と人間をつなげ、3者が共存する未来。その思いを知れば、一見ファンタジーのような彼女のコラボレート表現の数々を、新たな角度から享受できるだろう。


後日、Dentsu Lab Tokyoの菅野氏は、「Dentsu Lab Tokyoは、テクノロジーと表現について、実際のプロジェクトを通して研究と開発を行うチームです。テクノロジーと表現について一緒に挑戦するとしたら、おそらく世界で最も相応しい表現者の一人であるビョークとこのような取り組みを実施して、一緒にディスカッションを行えたことは本当に恵まれていることだと思っています。ビョークとは今後も様々なコラボレーションをやろうと話しています。ここで得られた経験を様々なプロジェクトに生かしていきたいと思っております」と語った。

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