DMCラボ・セレクション ~次を考える一冊~ #58

2000万部超えの大ヒットマンガ「暗殺教室」を生んだ「弱者の仕事論」

今回紹介するのは、世にも不思議なビジネス書です。
なにせ、累計2000万部を超える大ヒット作『暗殺教室』を生み出した漫画家・松井優征さんと、世界的に注目を集めるnendoを率いるデザイナー・佐藤オオキさんの対談本ですから。
松井優征、佐藤オオキ著『ひらめき教室 「弱者」のための仕事論』(集英社新書)です。

『ひらめき教室 「弱者」のための仕事論』

最初に、お二人を簡単にご紹介します。
まずは、松井優征さん。
今年7月、『暗殺教室』は完結を迎える第21巻が発売されたばかり。このマンガはアニメ化、映画化もされたので、ご存じの方も多いかと思います。実は『魔人探偵脳噛ネウロ』に続く連載2作目というのだから驚きです。
そして佐藤オオキさん。デザインファームnendoの代表です。大学では建築を学んでいたというバックグラウンドを持ち、現在はなんと約400ものプロジェクトを抱える大人気デザイナーでいらっしゃいます。

二人に共通するのは、広い意味でのものづくりです。
「ものづくりに関して考えることが、ほとんど共通している」(P.5)という佐藤さんの言葉通り、対談形式でつづられるこの本の多くがあうんの呼吸で進んでいきます。
ものを生み出す際、どんなことに気を付け、どんな流儀を持っているのか?
共にヒットを連発するクリエーターですから、その会話にはこれからの時代に求められるヒントが隠れているはずです。

まずは自分の弱さを認めるところから始めてみる

この本のサブタイトルにも表れていますが、大事なキーワードは「弱者戦略」。
最初は、「こんな売れっ子の二人のどこが弱者なんだ!」というツッコミ待ちかもしれないなと思っていたのですが、どうやら違いました。本当に、お二人は弱者としての自覚からいかにして勝っていくかをトコトン考え抜いて徹底しているのです。

松井:「自分に大した才能がない」が、僕の漫画家としての基本戦略なんです。
(中略)他に天才はゴロゴロいるんだと自覚するところから、本当の意味での漫画家人生が始まったんだと思います。
それでは大して才能がない人間がこの業界で生き抜くにはどうしたらいいか。そのためには他の能力を磨く。「生き抜くためなら何でもするぞ」という覚悟を持つ。そして考えて考え抜く。そういう姿勢を身につけました。(P.78-79)

自らの絵が下手であると実感させられた経験が原点にある、と語る佐藤オオキさんも同様です。自分の才能の無さ、弱点をまず認めてみる。そこから、周りを見渡して戦い方を考える。それを徹底する。
精神論に聞こえてしまうかもしれませんが、お二人にとって全ての原点であるように感じました。

「やりたいことがない」大歓迎

デザイナーも漫画家も、世間からすれば「自分がやりたいことを突き詰める」職業に見えます。ですがこの点に関してもお二人は独自の方法論を持っています。
「やりたいことがなくったって、いいじゃない」という考えなのです。

松井:やりたいことがあるかないかでいうと、僕はない方で、お客さんが求めるもの=自分のやりたいもの、という考え方なんですよね。
(中略)やりたいことがしっかりある人って、自分にはわりともろいように思えて。そのやりたいことがなくなってしまったら、そこから何も生みだせなくなってしまう気がするんですよ。

佐藤:確かに「やりたいことがある」は、やりつくしてしまって、完結してしまう恐れはありますよね。その点、「やりたいことがない」は、かなり持続性のあるモチベーションになります。何が来ても楽しめちゃいますし。(P.82)

なんて素直な意見なのでしょう。
先ほどの弱者戦略から続く考え方ですが、「世の中でやっていくにはこうじゃないといけない」という思い込みは捨てて、自分の弱点と向き合ってきたからこそ、逆に「何が来ても楽しめる」という強みを見つけられたわけです。

クライアントの先の未来を描けるかで、勝負は決まる

「お客さんの求めるもの=自分のやりたいもの」な姿勢は、佐藤さんも同じです。では、そのクライアントが求めている新しいアイデアは、一体どのようにして生み出されているのでしょうか?

佐藤:クライアントの問題を解決しようとするとき、マーケティングの発想で言うと、これまでこのクライアントが何をしてきたかを確認するんです。そうやって「過去」の情報を整理しながら、一歩先の「未来」を示す。(中略)
でもそういう問題解決の仕方だと、過去からの流れの延長線上でしかないので、アイデアとしての爆発力はない。(中略)自分の理想としては、まずポーンと先を見ちゃうんですね。

松井:すこし先ではなく、何段階か後の「未来」を見る?

佐藤:そうです。現状の問題に対する答えではなく、先にいくつも答えを想像してしまう。Aの1、Aの2、Aの3…その答えの中で、一番相性のいい質問に返ってくる。(P.108)

ポイントは、未来から逆算する思考法と、その未来を一つに絞らない柔軟さなのではないでしょうか。
本の中では、「きれいなハートを描いてくださいとクライアントに言われたら?」「新しい冷蔵庫をデザインするとしたら?」などなど、さまざまな思考実験が繰り広げられます。どれもこれも、両者から本当にユニークな視点で生み出されたアイデアがずらずら出てきます。きっと今ある課題やデータを追い続けるのではなく、ドラえもんのようにポーンと未来を描いてしまって「こんなのがあればいいのにな」と逆算で発想しているからこそ、他と違うユニークな視点が次々発揮されているのでしょう。
…ぜひ見習いたいところです。

「暗殺教室」を生んだマーケティング戦略

ちょっと個人的な趣味が入りますが、「暗殺教室」本当に大好きなんです。特に20巻と21巻は涙無くして読めませんでした。
この本を読み始めた一つの理由は、あの作品がどんなプロセスで生まれたのか、知りたかったのです。
ご存じない方のために本当に簡単に説明しますと、3年E組の生徒たちが謎の生物=殺せんせーの暗殺を目指す話です。ざっくりですみません。
一見すると、かなり異端児なマンガなのでは?と思ってしまいますが、松井さん本人は「普通の学校もの」「(野球に例えると)一球目だけ変化球で入って、あとはセオリー通りに組み立てているだけ」と、こともなげに語ります。

松井:ただ「暗殺」と一言加えて入り口を変えるだけで、全然別の世界が開ける。『暗殺教室』は自分の中で王道というかど真ん中に近いんですよね。今、王道を行く漫画が減っていて、隙間をつくような漫画が増えていまして。
(中略)もっと単純明快に、「あいつとあいつがやり合う」みたいな、すっきりとわかりやすく、多少ベタでもど真ん中の漫画が求められているんじゃないのか。『暗殺教室』を描く前ぐらいに、そう考えていたんですね。(P.27-28)

弱者戦略をフル活用して、今の漫画界をしっかり見つめて導き出された結論が、極めてど真ん中の王道を行く…というのが実に面白いところです。実際、『暗殺教室』はとても王道な学園モノ系であり、敵と戦って成長していくバトルモノでもあります。
弱者として自分の武器を磨き上げ、柔軟な発想と優れたマーケティング目線を兼ね備えたお二人のお話は、ただ読んでいるだけでもこちらの固定観念がどんどん崩されていくような感覚に襲われます。対談形式で読み進めやすい一冊ですので、みなさまぜひご一読を。

プロフィール

  • Fujita profile r
    藤田 卓也
    株式会社電通 第3CRプランニング局

    東京大学大学院 工学系研究科を修了後、2012年電通入社。3年目のコピーライターとして、コピーやCM制作だけでなく、デジタル領域の企画なども手がける。

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