「届く表現」の舞台裏 #09

超絶の伝統工芸技術の復元から
世界ブランド構築への
マーケティングヒストリー

  • Kitamura tatsuo pr2
    北村 辰夫
    雲龍庵 棟梁

「届く表現」の舞台裏では、各界の「成功している表現活動の推進者」にフォーカスしてます。今回は、超絶技巧を駆使した輪島塗の作品で世界のセレブを魅了する北村辰夫氏にお話を伺いました。

北村辰夫氏
 

もともとは生活のためだったんです。僕は輪島の生まれではありますが父親は漁師ですし、一度都会に出て地元に戻り、見ず知らずの輪島塗の世界に飛び込んだのは、年齢的に遅いとされる21歳のときでした。そこから修業を重ねて自分の工房を持ったものの、結婚して子どもができ生活を支える重さを実感して初めて、自分の漆の世界をいかにつくるかの模索が始まったといえます。

伝統が重視される輪島塗の世界で、「よそ者」視点で実感したのが「自分たちはモノづくりのメーカーとして力をつけねばならない」ということ。海外のオークションでは最高峰の漆の仕事を下見会で実際に手に取ることができると知り、35歳の初めての海外旅行でロンドンのオークションに行き、そこで目にしたのが江戸時代の漆塗りの印籠(いんろう)。これに衝撃を受けたのです。実に精緻で驚くほど完成度が高い。日本でこの技術を継承している人を僕は知りませんでした。「今これをつくることができたら、このノウハウは全部自分たちのものになる」、そう思った私は、スタッフと研究を開始。3年の試行錯誤の末、自分たちなりにつくり上げた印籠の完成度を知りたくて、またオークションに行き、知り合いになっていたロンドンのビクトリア&アルバート博物館のキュレーターに見せたところ、驚かれることになった。

それから、海外の方々が頻繁にこの輪島の工房を訪れるような事態に。海外の美術館のキュレーターたちがバスに乗って視察に来たり、欧米の桁違いの大金持ちやその代理人たちからは突然電話が入るようになった。雲龍庵作品の購入を検討したいと直接この輪島の工房にお客さまが来るようになったのです。

このとき「ああ、技術は人を呼べるのだ」と実感しました。工房では印籠をはじめ細密な漆作品を丹念につくっているのですが、情報としてはどこにも出していません。雲龍庵にはホームページさえありません。ところが、世界にはこうした日本の工芸品を買いたくてアンテナを張り巡らせている一定のマーケットが存在しており、口コミで情報が流通していた。最強のツールは口コミです。そしてキーワードは「どこで買えるか分からない」。

一つの作品をつくるのに、5人から10人の手で、長いものでは5年くらいかけます。いらしたお客さまにはそうしたわずかな在庫品をお見せしたり、これからつくるもののプランを説明したりします。全て1対1の相対取引。購入を検討するからといったん帰国したお客さまが、チャンスを逃したくないと数日後に慌てて再来日して購入する、そんなこともある世界です。

「雲龍庵」北村辰夫   更紗蒔絵十字架 2007年  金沢21世紀美術館 蔵 ©Unryuan, KITAMURA Tatsuo   撮影:渡邉修  画像提供:金沢21世紀美術館
「雲龍庵」北村辰夫  
更紗蒔絵十字架 2007年  金沢21世紀美術館 蔵
©Unryuan, KITAMURA Tatsuo  
撮影:渡邉修  画像提供:金沢21世紀美術館

若い世代に技術の裾野を広げることはとても重要だと考えています。僕は近年、若手職人と「漆工研究会」というNPOを立ち上げ、技術の共有やマーケット動向の分析を始めています。昨年はこのNPOの若手職人や専門家らと一緒に、江戸時代の大名婚礼調度品の「貝桶一式」を復活制作するプロジェクトが完成しました。総勢約50人で約2年半かかりました。日本の最高峰の技術を復興させるのが目的でした。実はスポンサーはオーストラリアの方で、完成品はいずれ海外の美術館に寄贈される流れになります。こうした工芸技術の復活・継承には、今後は日本の企業の力もぜひお借りしたい。やはり完成品は国内に残したい気持ちがあります。今年5月には、「工藝立舎」という第2工房をオープンさせました。ここは、若い人たちが寝食を共にする、職人そして社会人としての独り立ちの基礎づくりの場にしようと考えています。

日本の工芸品のマーケットは世界に広がっています。お客さまは、見たことがないもの、想定外のものを求めています。技術が美をつくり、感動を呼びます。そして日本にはそうした圧倒的な技術がまだまだたくさん存在していると、私は感じています。

菊蒔絵貝桶一式 2015年 ポーリン・ガンデルコレクション(オーストラリア)毛利家旧蔵貝桶を基に制作。 貝合わせ360組は全て絵替わりで、金地に極彩色の草花文が緻密に描かれる。 ©KITAMURA studio
菊蒔絵貝桶一式 2015年 ポーリン・ガンデルコレクション(オーストラリア)毛利家旧蔵貝桶を基に制作。
貝合わせ360組は全て絵替わりで、金地に極彩色の草花文が緻密に描かれる。
©KITAMURA studio

プロフィール

  • Kitamura tatsuo pr2
    北村 辰夫
    雲龍庵 棟梁

    1952年石川県輪島市生まれ。85年北村工房設立。92年ロンドンのビクトリア&アルバート博物館に作品が買い上げられる。以降、ロンドン、パリ、シカゴなど海外で個展開催。最高峰の技術による唯一無二の漆工作品は世界的に高い評価を得る。現在は若手職人の育成にも力を注いでいる。

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