買収したイギリスの会社で働いてみて #02

ロンドン通信:人材活用~特徴的なDANの人事制度~

  • Koyanagi takashi pr
    小柳 孝
    株式会社電通 ロンドン事務所 所長

先日、数少ない日本人の同僚と飲んでいる時の会話です。

小柳「こないだイタリア人のスタッフに『タカシ、この件の電通本社での担当者を教えてくれ』って言われて、『あーそれならAさんとBさんにメールしといてよ』って教えたら、『AさんとBさん?一体どっちなんだよ』って聞き返されたよ」

同僚「それって日本的な責任の分散で、海外では分かりづらいかもですね。ちなみにその概念って江戸時代にまでさかのぼるって知ってました? 江戸時代の町奉行には北町奉行と南町奉行がいて、交代制だったって。当時は、何でも一人に権力を集中させると良からぬことを始めるから、上がそれを未然に防ぐ意味合いがあったそうですが」

小柳「へー。でも何か分かるわ。本社でも担当とサブみたいに、複数でやること多いもんね。片方に何かあった場合でも何とかなるし」

チーム構成とレスポンシビリティー

電通イージス・ネットワーク(Dentsu Aegis Network、以降DAN)での一つのチーム構成は大体4~5人多くても10人程度が、本社でいうところの「部」のような単位です。特にグローバルチームの業務は多岐にわたり、これだけのクライアント×地域を、たったこれだけの人数でオペレーションしてるの?とびっくりすることも多いです。

特徴的なのは、チーム内での個々のアサインメントのされ方でしょうか。電通では、上述の日本的な責任の分散ではないですが、複数名で同じプロジェクトを手掛けることが多いように思います。一方でこちらでは、チーム内で複数のプロジェクトを回すに当たっては、一つのプロジェクトは一人がやる、というように、責任の所在を明確にすることが多いです。利点はその一人が自分の責任で業務を遂行して、うまくいこうがいくまいが、責任の所在が曖昧にならないこと。一方で、(さすがにある程度の引き継ぎはされますが)バカンスの間の進行が期待できなかったりもします。

その個人責任の功罪の例です。最近あるイギリス人の同僚(チームリーダーレベル)と飲んだときに、ちょっとした悩みとして話してくれたのは、チーム内の過度の競争と「サイロ化」の問題でした。彼のチーム内では、自分のKPI(例えば個人の新規扱い獲得数字)を上げるために、個々人が情報をコントロールして作業をしている状態で、それ自体は良いのだけれど、ともすればそれはクライアントにとっては偏った狭い視点からの提案になってしまうかもしれないと。そんなこともあって、彼のチームでは(実に日本的ですが)定例の部会のようなものを導入して、チーム内での情報共有を推進しているそうです。

責任の所在
 

DANグループ内での人材のモビリティー

このように個々人の責任が明確で、そのKPIに応じたボーナスが支給されるという明快な組織においては、会社の発展というよりは自分の評価や成功を追求し、自己のキャリアをどう開発していくのか、という視点が主流になります。海外企業は離職率が高いといわれます。DANでも、業界内外へのジョブホップはある程度見込んでいますが、さまざまな策を講じることで、できるだけ優秀な人材をグループ内にリテンションしようという目的の下で、人事システムを構築しています。

そのための一つの施策が、グループ内での人材のモビリティー(流動性)を高めること、です。ある優秀な人材に対して、DANグループ内での「縦」(企業間)や「横」(地域間)での移動のチャンスを与え、キャリア形成の機会を増やすことで、彼/彼女は新しい気持ちでパフォーマンスを上げることができます。さらにグループとしては人材流出の機会を防ぐばかりか、内部にさまざまな職能を持った人材を増やすことで、グループ全体としての提案力を高めることにつなげています。

一方で電通本社では、ある一定期間、同じ部署で同じクライアントや媒体社を担当することが多いです。さまざまな専門的知識と、担当社の各部署の皆さんとの深い関係と、そして何よりも信頼を構築し、広告に限らず、より川上のビジネスにつなげていくという考え方です。どちらにもメリット・デメリットあるように感じますし、何といっても日本は終身雇用が前提となっているので、必ずしも同じ視点では比較できません。ただ、このDANにおける人材のモビリティーという考え方は、非常に参考になると思いました。

人材のモビリティー
 

個人の評価とグループ内の協業効果

オーガニックグロースのために必要なことは、当たり前ですが、既存クライアントの扱いの維持と拡大、新規クライアントの獲得ということに尽きます。DANが高いオーガニックグロースを続けている最大の要因は、この二つの場合のいずれにおいても、傘下のエージェンシー間の協業が効果的・効率的に行われていることによりますが、最も重要なポイントはそれがシンプルに個人の評価・ボーナスにひもづいていることです。

既存クライアントの扱いの拡大ということでは二つの方法があります。担当エージェンシーとしては提供するサービスの幅を広げ(アップセル)、それに伴って対価を増やしてもらうことと、グループ内の他のエージェンシーを紹介して、新たなサービスを提供すること(クロスセル)です。特にクロスセルにおいては、グループ内の他のエージェンシーをもうけさせることで、自己のKPIや評価が上がるように制度化されていることが、うまくいっているポイントだと思います。これは、グループ内での競争を奨励するようなエージェンシーグループとは対極に位置しているのではないでしょうか。

グループ内での協業を推進することが個人の評価につながるというDANの制度的な下支えによって、グループ内の会社間の関係も非常に良く、コラボレーションを推進する空気があります。やはり誰しもギスギスした職場環境よりも、仲良く前向きに取り組める環境の方が好ましいのは当たり前で、特にDANで長く働いている人間ほどこの「コラボレーションの空気」が好きだと言います。それが結果として従業員のリテンションにもつながっているのだろうな、と感じています。

プロフィール

  • Koyanagi takashi pr
    小柳 孝
    株式会社電通 ロンドン事務所 所長

    1994年電通入社。新聞局書籍部(当時)に配属され、新聞1面のサンヤツ(3段八ツ割り)広告を扱うことから広告人生をスタート。2002年から海外メディア作業に従事するようになり、2006年から約3年間インドに駐在、当地でメディア事業開発に従事。帰国後、2011年の1年間はスイスのIMDビジネススクールで学ぶ。2012年からはイージス買収後のビジネスシナジーのプロジェクトメンバーに。2015年4月から現職。

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