えぐちりかの世界 #02

タガが外れているほうが面白いものができるでしょう?

えぐちりかさんは、アパレルブランドから木村カエラさんらアーティストの楽曲ビジュアルまで、多彩なアートディレクションを手掛ける気鋭のクリエーターです。女性ならではのしなやかな感性で、どこか艶っぽい、生命力のあるデザインを生み出し続けています。えぐちさんの作品に共通する、独特の“らしさ”や世界観は、いったい、どこからやって来るものなのか…。大切にしていることや具体的なクリエーティブ手法、そして二人のお子さんを育てる中で変わったことなどについてお聞きしました。

えぐちりかさん

目指しているのは、想像を超えること

――えぐちさんの作品には、なまめかしさや生命力のような、なにか独特のチカラが息づいているような気がします。こうした作風は、どのようなところから生まれているのでしょうか?

えぐち:うーん、そういった印象について自分ではよく分からないのですが…。いつも、まずは自分が見てみたいと思うものをつくるようにしています。どんな制作でも、目指しているのは想像を超えること。オリエンプラスアルファで「この商品って、こんなに面白かったんだ」「こんなにキレイになるんだ」というところまで持っていけたらいいなと。やっぱりクライアントもスタッフも、みんなでどんなふうに仕上がるんだろうってワクワクしながらつくるときって、いいものが生まれやすいやすいですよね。

そしてアイデアを考えるときには、予算や制作期間など、さまざまな条件をいったん忘れて考えるようにしています。自分が会社員だということも、つくっているものが広告だということすら忘れちゃう(笑)。だってタガが外れている方が面白いものができるでしょう? 最初から広告だと思ってつくるのではなく、純粋にその商品の魅力を伝えられればいいと思うんです。

「見てみたいもの」「時間をささげてもいいと思うもの」に全力を出す。意識して作風やカラーをつくろうとすることはなのですが、そういうつくり方がもしかしたら “らしさ”につながることはあるのかもしれません。

えぐちさんが学生時代につくっていた作品「バーンブルックのたまご」シリーズ。ガラス製のたまごをモチーフにした一連の作品で、第20回「ひとつぼ展」(公募展)でグランプリや、岡本太郎現代芸術大賞展で優秀賞を受賞。
えぐちさんが学生時代につくっていた作品「バーンブルックのたまご」シリーズ。ガラス製のたまごをモチーフにした一連の作品で、第20回「ひとつぼ展」でグランプリや、岡本太郎現代芸術大賞展で優秀賞を受賞。

当たり前を覆す提案とは

――作品というよりえぐちさんご自身にも、並々ならぬ生命力があるように感じます。その考えや思いを実現するため、具体的にやっていることなどはありますか?

えぐち:好きという気持ちがエンジンになることが多いです。物づくりも家庭のことも好きだから頑張れちゃう感じで、逆に興味がないことはまるで頑張れない(笑)。だから常に生命力がみなぎってるわけではなく、けっこう怠け者ですし、どちらかと言えば一日中寝ていたいタイプです(笑)。
でも仕事としてやるからには、情熱をかけてやりたい。そういうものは必ず人の心に刺さると信じているので。仕事の種類や大小は関係なく、まずは自分自身がのめり込めるアイデアを見つけたいから時間をかけて考えたり、たくさんビジュアルを作った方が面白ければ頑張って作ったり、見た人に「やばい」と感じてもらえるところまで高めるようにしています。

えぐちさんが装丁を手掛けた「ACC CM年鑑2016」。「生み出す年鑑」をテーマに、クリエーティブの産みの苦しみと達成感を、出産に例えて表現している。各扉ページでは、今年生み出されたCMを赤ちゃんに例えてコミカルにビジュアライズされている。
えぐちさんが装丁を手掛けた「ACC CM年鑑2016」。「生み出す年鑑」をテーマに、クリエーティブの産みの苦しみと達成感を、出産に例えて表現している。各扉ページでは、今年生み出されたCMを赤ちゃんに例えてコミカルにビジュアライズされている。

もう一つが、当たり前を疑うこと。「KOE」というファッションブランドのブランディングを担当したときは、あえてモデルさんに目を閉じて出演してもらうという制約をつくりました。人物撮影って、基本的に目を閉じているカットはNGになります。でもこのブランドは、地球環境や自分の心の声に本気で向き合っていくエココンシャスなブランドで「わたしの声をきこう」というタグラインができていました。だったら「KOE」の洋服を着るモデルさんには全て、目を閉じて心の声を聞いてもらうという条件を提案しました。時には常識やルールを疑ったり、それを逆手に取ると、まだ見たことのない表現や、より良い表現が生まれることもあると思っています。

また、エコを感じさせる撮影は自然の中で撮影される事が多いですが、あえてスタジオの中にセットを組んで、油絵のような書き割りの空で撮影してみるなど、「ど真ん中から少しずらす」ことも意識しています。自然を表現しているけど、1カ所だけずらすことで、ブランドのオリジナリティーやモード感を演出して、人が目を向けるような違和感を生み出したい。

多くの人が知っているもの、当たり前だと認識していることは、ずらしやすいと感じます。ずらすことでハッとさせ、新しい気付きを促していく。こういう工夫の積み重ねが、見ている人の価値観を変えることにつながるのではないかと思います。

左:「KOE」の2014AWの広告。スタジオ内に外の風景をつくり、モデルや動物たちまでもが目を閉じている。 右:「KOE」の2016春の広告。スタジオ内に左右対称のセットをつくり、静寂を感じる心象風景のような空間を制作。双子のモデルを起用して自分の心の声を聞いている様子を表現している。 環境に配慮しているファストファッションという、独特の立ち位置を伝えるビジュアルづくりに成功している。

左:「KOE」の2014AWの広告。スタジオ内に外の風景をつくり、モデルや動物たちまでもが目を閉じている。

右:「KOE」の2016春の広告。スタジオ内に左右対称のセットをつくり、静寂を感じる心象風景のような空間を制作。双子のモデルを起用して自分の心の声を聞いている様子を表現している。環境に配慮しているファストファッションという、独特の立ち位置を伝えるビジュアルづくりに成功している。

出産と子育てを経験し、人の喜びにつながるような仕事がしたいと思うようになった

――えぐちさんは2人のお子さんを育てながらお仕事に取り組んでいらっしゃるワーキング・マザーでもありますよね。出産の前と後で、仕事の取り組み方や考え方は変わりましたか?

えぐち:それはもう、大きく変わりました。出産する前は1日中、仕事のことばかり考えていたように思います。仕事が楽し過ぎて、土日も昼夜も関係なく、「ああしてみよう、こうしてみよう」といつも仕事が頭から離れなくて(笑)。そういう時期があって良かったと思いますが、子どもができてからは、土日は極力働かないようにしたり、オンとオフの切り替えをはっきりさせるようになりました。

その後も保育園問題に直面したり、子育てと仕事の両立の難しさに悩んだりと、誰もがぶち当たる壁にも、もれなくぶつかりました。自分の思い通りに事が運ばないことが多いからこそ、普通の毎日に心から感謝できて、日々の暮らしを今まで以上にいとおしく思っています。

もう一つ変化があって、ビジュアルインパクトだけではなく、人の気持ちをあたたかくするような表現がしたくなったんです。暮らしを豊かにするものに関わりたいという思いも強くなり、それがベネッセこどもちゃれんじベビーの教材デザインや、小学館から発売した著書『パンのおうさま』の創作などにつながっていきました。

えぐちさんが手掛けた、ベネッセこともちゃれんじベビーの教材。キッズデザイン賞を受賞。
えぐちさんが手掛けた、ベネッセこともちゃれんじベビーの教材。キッズデザイン賞を受賞。
えぐちさんの著書『パンのおうさま』(絵本)。第4回「街の本屋が選んだ絵本大賞」3位、第6回リブロ絵本大賞4位を受賞。
えぐちさんの著書『パンのおうさま』(絵本)。第4回「街の本屋が選んだ絵本大賞」3位、第6回リブロ絵本大賞4位を受賞。

――仕事と家庭のバランスについてはいかがでしょう? 時間を決めて勤務するなど工夫をされているのでしょうか。

えぐち:あまり細かくは決めていません。国や会社が標準化したお手本のバランスが、自分の家庭環境や職種でも当てはまるとは限りませんから。わが家ならではのカスタマイズでバランスを取るようにしています。ものづくりのエンジンを切らさないよう、産後はのんびりしながらも早めに復帰したり、夫と二人三脚で週の半分は残業をして、残り半分は定時で帰宅したり。海外ロケで1週間家をあけることがあれば、その後の1週間は自分が家族を支える。あまりカッチリ決めずに仕事の状況や、家族の状況に応じてやっていますね。

広告は数カ月で完成するものですが、子どもや家族は何年、何十年かけて育んでいくもの。一生完成しないサグラダファミリアみたいなものだと思います(笑)。だからこそ面白いし、やりがいもある。トライ&エラーを繰り返しながら、長い目で、柔軟にやっていくことが大切だと思っています。

えぐちりかさん

――出産したからこそできた仕事というのは、なにかありますか?

えぐち:たくさんありますが、木村カエラさんの楽曲「EGG」のお仕事は印象的でした。「37.5℃の涙」という病児保育のドラマの挿入歌のジャケットデザインの依頼だったのですが、ちょうど熱を出した次男を抱えて病児保育に預けにいくときに依頼がきて(笑)、すごくタイムリーだったのを覚えています。カエラさんというエッジーな存在に大きな愛をかけ合わせて、育児を含めて大切なものを抱えた全ての悩める人たちが、自分の殻を破っていけるようにと全体をアートディレクションしていきました。

木村カエラ「EGG」のジャケットビジュアル。ジャケットの中面では大きな愛を表現しながらも、ヌーディーでいつもより少し大人っぽい、新しい木村カエラ像を表現している。
木村カエラ「EGG」のジャケットビジュアル。ジャケットの中面では大きな愛を表現しながらも、ヌーディーでいつもより少し大人っぽい、新しい木村カエラ像を表現している。

私は出産や育児だけでなく、すべての経験がものづくりの引き出しになると思っています。カエラさんとのお仕事では、学生時代のガラスのたまごの作品をご存知で、今回たまごをモチーフにしてはどうかという提案もいただき、たまごをモチーフにビジュアル制作することになりました。そんな風に、過去の作品、幼少期の体験、恋愛、仕事、趣味、挫折。あらゆることが、わらしべ長者のようにつながっていくんですよね。

すべての経験が無駄にはならない事に気がついてからは、新しいことに踏み出すことも、失敗も怖くなくなりました。

今後は、人の人生の喜びにつながるようなものを、より多く手掛けていきたいと思っています。いつか、遊園地とかアミューズメントパークがつくれたらうれしいな。作品に人が集まり、集まった人たちがめいめいに思い出や物語を紡いでいく…。そういう発展の仕方って、子育てとも似ていて、究極のクリエーティブだと思うんです。広告ではなくて遊園地そのものを、いつか本気でやってみたいなあと夢見ています!

プロフィール

  • Eguchi kao
    えぐち りか
    株式会社電通 CDC アートディレクター

    電通でアートディレクターとして働く傍らアーティストとして国内外で作品を発表。
    2014年絵本「パンのおうさま」が発売。
    12年フィギュアスケート髙橋大輔選手の衣装を担当するなど、広告、アート、プロダクト、衣装などさまざまな分野で活動を展開。

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