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世界のクリエーティブ・テクノロジストに聞くNo.7

好きだ。好きだ。好きだ。そしてプログラミング環境をつくっていた:アンドリュー・ベル

2016/09/16

Dentsu Lab Tokyoではテクノロジーを用いて表現する人をクリエーティブ・テクノロジストと呼んでいます。この連載では、世界中のクリエーティブ・テクノロジストに仕事・作品についてインタビューし、テクノロジーからどんな新しい表現が生まれるか探っていきます。

 

プログラミング環境Cinderを開発した、アンドリュー・ベル氏

クリエーティブ・テクノロジストへのインタビュー、6人目はアンドリュー・ベル(Andrew Bell)氏です。テクノロジーを用いた特殊映像を得意とし、Nike+での視覚効果の担当などを行いました。また産業界から生まれたプログラミング環境、Cinderの開発者でもあります。

バーバリアン・グループによるCinderを紹介するビデオ「Cinder: A Creative Coding Toolkit

アンドリュー氏は、この4月にデザインスタジオのRare Volumeを創業し、テクニカルディレクターに就任。デザインとテクノロジーを軸にした仕事を受け持ちます。また、Cinderにより2013年のカンヌライオンズ(創造的な広告・企画を表彰する祭典)のイノベーション部門でグランプリを受賞したことでも有名です。

クリエーティブ・コーディング(コードを書くことで、新しい表現を探求すること)の腕で世界を渡り歩いてきた彼のキャリアを追いながら、ビジネスで汎用されるプログラミング環境Cinderについてインタビューします。

(本取材はオンラインでメッセージのやりとりを行いました)

 

退社した、仕事を提案しに戻った、そして起業した

木田:まず、Rare Volumeを創業するまでのキャリアを教えてください。クリエーティブ・テクノロジストとして、どんな仕事をしてきましたか?

アンドリュー:初めの仕事は、映像制作ツールのAfter Effectsのプラグインを書くことでした。次にAdobeにて、フォトショップ(画像編集ソフト)の開発チームでインターンをしました。初めてのフルタイムの仕事は、ロサンゼルスのMethod Studio(CM、アニメなどの映像表現の専門集団)での映像表現のテクニカルディレクター。そこからニューヨークに移り、バーバリアン・グループ(テクノロジーに特化した広告会社)で働き始めました。

この転職は、転機でした。バーバリアンはコンセプトを持って考えることを教えてくれました。映像制作だけしていても、コンセプトから考えるような機会はありません。さらに、プレゼンの方法も学びました。プログラムによって、グラフィックを描き始めたのもここからです。クリエーティブ・コーディングの新しい世界が開けました。

Robert Hodgin(バーバリアン・グループの共同創業者。アンドリューさんとはCinderを共につくった仲間)は良き同僚です。協力して音楽を映像化したMagnetosphereというプロジェクトは、iTunesの機能としてまだ使われています。

これがOpenGL(Open Graphics Libraryの略。画像をサクサク描画するための命令の集合)を用いて3DのCGをつくった初めての仕事で、Cinderの原型となりました。
また、男性誌EsquireでAR(拡張現実)が特集されたときにもCinderは使われました。

Magnetosphereでは、音楽に合わせた映像を制作。Robert Hodginとの共同プロジェクト。
Cinderを活用したCenterStageは、家電をディスプレーに表示。タッチして背景を選ぶことができ、購買後のイメージが鮮明に分かる。
 

木田:Adobeでの初めての仕事から、ずっと映像表現に関わられていますね。「好きだ」「つくりたい」という気持ちが、キャリアに表れているようです。

アンドリュー:その後バーバリアン・グループを去り、The Mill(映像制作の専門集団)のデジタル局をつくりました。今はMill+(The Mill内で横断的にスタッフを集め、映像に限らずテクノロジーを生かした制作を行う集団)の下にあるんじゃないかな。ここが転換点となって、クリエーティブ・コーディングの力を映像表現に応用できました。そして、The Millのこれまでの仕事がタッチスクリーンで見られる“Mill Touch”をつくりました。

パネルをタッチすれば、The Millの制作してきた映像作品をフレームごとに見ることができる。
 

アンドリュー:でも、Cinderに集中したくなってバーバリアン・グループに連絡したんです。100%の時間をCinderのオープンソース化(ソースコードを公開し、誰でも見られるようにすること)に注ぐことを条件に会社に戻りました。バーバリアン・グループの寛大な貢献のおかげで、私が知る限りでは広告会社がつくった最大のプログラミング環境ができました。

木田:直近では、Rare Volumeを創業されましたね。起業をして目指すことについて、教えてください。

アンドリュー:Rare Volumeは、テクノロジーに重きを置いたデザインスタジオです。強みは、注文に応じたデザインとプログラムを両方提供すること。パートナーとしてRobert Hodginがインタラクション・デザインを、Jonathan Kimがクリエーティブディレクターを、Allison Keileyが制作チーフを務めています。テレビ放送で使われる質の高いデザインや表現手法を、小売業や美術館などで使われるインタラクティブな展示に応用できないかと試行錯誤しています。

Rare Volume(デザインとテクノロジーのスタジオ。コーディングを操り、インスタレーションや映像制作を行う)
 
 

プログラマーとデザイナー、各自が集中できる環境

木田:アンドリューさんは、Cinderというコーディング環境をつくりました。C++を用いたグラフィックに特化した表現を、簡単に使えるようにしたのですね。

これまでDentsu Lab Tokyoでは、新しい表現を追求できるプログラミング環境であるProcessingopenFrameworksの開発者にインタビューしてきました。Cinderは、既存の環境とどう違いますか?

 
 

アンドリュー:Cinderは「業務上の必要性」から生まれました。開発当時、私はバーバリアン・グループでRobert Hodginと勤務していました。彼はProcessingには長けていましたが、C++での開発経験はありませんでした。そこでCinderでは初め、Robertにとってつくりやすい環境を整備していました。

しかし同時に、ビジネスで納品物をつくるときのコードの最適化を簡単に行おうともしていました。私は高校生のときから、Hai Nguyenと共にC++のライブラリー(よくある処理を楽に行えるよう、あらかじめ用意されたコードのこと)をいじっていました。Hai Nguyenは現在グーグルにいて、Cinderコミュニティーに今も多大な貢献をしてくれています。

彼と私が映像業界でテクニカルディレクターとして働いていたときに、このライブラリーを発展させていきました。
VFX(Visual Effectsの略。コンピューター処理を用いた映像の特殊効果のこと)用につくっていたライブラリーにクリエーティブ・コーディングの考え方を取り入れ、結果、完成したのがCinderです。

木田:最近ではAIをはじめとして、いろいろな新技術のトピックが出てきています。テクノロジーとクリエーティブの間にいる人間として、今気になっているトピックは何ですか?

アンドリュー:今、没頭しているのが、クリエーティブ・コーディングの仕事にデザイナーを連れてくることです。今までクリエーティブ・コーディングの仕事では、クリエーティブな部分はプログラマーが担当していました。なので、開発者がテクノロジーとクリエーティブの両方に責任を持ち、まるでバンドを一人で仕切っているような状態でした。Cinderはこの状況を打破し、プログラマーが、プログラミングのできないデザイナーと協力できるようにつくりました。よって、ProcessingやopenFrameworksではデザイナーへの教育が行われていましたが、Cinderは教育を追求はしてこなかったのです。

私が今わくわくしているのは、デザイナーがビジュアルに、プログラマーがプログラミングに専念し、分業できるツールをつくること。一人のプログラマーができることより、両者が協力してできることにずっと興味があります。この考え方がCinderを生む背景にあり、またRare Volumeの考え方の土台ともなっています。

木田:今、つくりたいものを教えてください。

アンドリュー:Rare Volumeは既に誇れる仕事をしていて、皆さんに公開できる日が待ち遠しいです。Cinderをクラウドコンピューティング下(インターネットなどを利用して、どんなパソコンからでもサービスが利用できる状態)で走らせていて、この仕事はわくわくするようなイノベーションにつながっていくと思います。例えば、テレビ番組が始まるときに流れるタイトルデザインなどに応用できるでしょう。

ただ、デザインとコーディングを掛け合わせていく探求はまだ始まったばかり。会社としても産業としてもまだまだなので、この探求の進むことが一番楽しみです。

木田:アンドリューさんのキャリアからCinderの歴史まで、一つ一つ答えてくださりありがとうございました。

 

【取材を終えて】
テクノロジーをブラックボックスにせず、積極的に異能を取り入れる

アンドリューさんの話を聞いていて面白かったのは、Cinderの利用者をプログラマーだけにとどめなかったことです。「分業」を視野に入れ、コードの書けない人も参加できるよう目指していました。

プログラミング環境をつくるだけでなく、そのプログラミング環境がいったいどういうふうに使われるのか、使われるべきなのか、ということも含めての設計。テクノロジーを使って何か新しい表現をつくろうとする際、分からないからブラックボックス化するのではなく、積極的に「異能の持ち主」を招き入れて試行錯誤できるプロセスをつくり上げることが、成功への鍵なのだと感じました。

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