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DMCラボ・セレクション ~次を考える一冊~No.60

スタジオジブリの宣伝と、実験。

2016/09/16

皆さんは宮崎アニメで何が好きですか?

最後の長編映画、「風立ちぬ」も劇場に足を運びましたが、私はやっぱり「ルパン三世カリオストロの城」や「風の谷のナウシカ」など比較的古い、いや初期というべきか、作品が好きです。

今回取り上げるのはスタジオジブリの代表取締役社長であり、同スタジオに入社してからの全作品のプロデューサーを務められている、鈴木敏夫さんの『ジブリの仲間たち』(新潮社)。

上に挙げた初期の2作品の後、スタジオジブリが設立され、(バルス祭りで有名な)「天空の城ラピュタ」以降の宮崎駿監督と高畑勲監督のアニメーションの制作を行うようになります。

ジブリの仲間たち

初期の作品から最近のものまで、いずれも今も繰り返しテレビでも放送され、不朽の名作として親しまれていますが、本書でも書かれているように、初期の作品は公開当時の興行成績があまり良くなく、「魔女の宅急便」を最後に解散という話も取りざたされていたそうですから、今では想像できません。

そういった危機的状況から立ち直り世界に認められるアニメスタジオとして今まで続けて来られたのは、まさに鈴木さんの手腕があったからこそ。記されている一つ一つの作品でのエピソード、取り組み、全てが興味深く、宣伝に携わるものへの示唆に満ちています。

言葉を投げかけ、環境を提供することで、監督やスタッフの心はどう動くか。作品はどういう方向に進んでいくか。僕はいつもそれを考えて行動してきました。僕がやってきたのはある種の“実験”だったのかもしれません。(P.276-277)

シネコン時代の今と違い、単館形式の映画館ばかりだった時代にいかに人を説得して上映館数を増やしてもらったか、大きな予算を取ってプロモーションを行っていったか。

ジブリ映画の制作協力、以前は電通と博報堂とが作品ごとに交互にプロモーションのお手伝いをしていたのですが、今では両方が一緒に行っています。

両社の関係者について、実名や良いところ悪いところをありのままに語りつつ、人となりや仕事の進め方なども生き生きと書かれながら、いかに仕事してもらうか、どうやって説得していったかという人の動かし方。

競合する会社も含め一緒に協力して物事を進めていく「チーム鈴木」をつくる彼の力。

広告関係の話から引けば、「天空の城ラピュタ」で始まった本格的な企業とのタイアップ。弊社との作業だったようですが、初めての経験で試行錯誤をしながら、上手な形の組み方を見いだしていき、以後の作品での宣伝露出に生かされていきます。

ジブリ流ぶれないコミュニケーション術

そしてキャッチコピーを書いているのは、「となりのトトロ」「火垂るの墓」の時からほとんどずっと糸井重里先生。

ジブリ映画のコピーには、普通とちがった方法論がある。映画(つまり製品、商品がこれだ)が完成する前に、コピーができているというのが、他の商品広告との何よりのちがいだ。(後略)》(P.85)

制作初期に作品の本質を捉えたキャッチコピーが生まれることで、制作・宣伝・興行、皆が一致団結して一つの方向に向かうための旗印になる、これがジブリがぶれないコミュニケーションを行える秘訣のようです。

サブコピーはご自分たちで考えるようですが、その時の考え方も当を得ています。

鈴木さんは、『いいコピーというのは、何かの拍子に偶然出てきた言葉なんだよ』と言ってましたよね。『それはだいたい、最初に言った言葉のことが多い。でも、何回も話し合っていると、往々にして最初の言葉を忘れてしまう。そういうときはいったんそこへ戻らなきゃいけないんだ』って(P.152)

物事の本質を捉えたコピーというものが、作り手の言葉の中に潜んでいて、コピーライターがそれを拾い上げて磨くことで生まれることは、よくあることです。

そして鈴木さんはとてもロジカルな方でもあります。

「もののけ姫」公開時、目指す配給収入は60億円。当時日本映画の最高記録は「南極物語」の59億円です。それまでのジブリの最高記録は「紅の豚」の28億円。

皆が及び腰になっている中、彼は自ら、過去上映してきた作品の、直接宣伝費+タイアップやパブリシティーなどの露出を金額換算した”間接宣伝費”の金額と、配給収入の金額がほぼ一致していることを見いだして「宣伝費=配給収入」の法則を打ち出し、目標の配給収入を得るためにはそれと同額の宣伝を行えば達成できる、と宣伝スタッフを鼓舞します。

われわれもPR作業の中で、露出を広告費換算することは一般的ですが、自らそれを行い、しかも配給収入との関係性まで導いてしまうなどということは、なかなかできることではありません。

実際に「もののけ姫」は目標をはるかに上回る113億円の配給収入をたたき出します。

“プロデューサー見習い”川上量生さんが混乱した、映画の制作過程

ドワンゴ創業者で、現在はカドカワ代表取締役社長の川上量生さんが鈴木さんのところに“プロデューサー見習い”として入った(当時はびっくりしましたっけ)際のエピソードももちろん記されています。

その経緯ももちろんですが、川上さんとライカリール(※広告でいうビデオコンテ。絵コンテをつないでつくったものを、できた映像にどんどん差し替えていくようです)の話がさらに面白く。

鈴木さんはライカリールを変える度に関係者みんなを集めて見せ、その映画のテーマは何だと思うか聞くそうです。川上さんが最初に見て、その映画のテーマやシーンの狙いを論理的に分析したものの、カットが足されたものを見直す度に自分の意見がどんどん変わることに、混乱してしまったそうです。

脚本や絵コンテが決まっている。だから、そんなに変わるものではないと思っていたら、実際には大違いだったんですね。

映画というのは、絵コンテの段階で“ここを名シーンにしよう”と思っていても、うまくいかないことがあるし、逆に思わぬところが名シーンになったりもする。だから、こうやって何度も見直すんですよ。最終的にどんな映画になっていくのかを、ちゃんとつかまえておかないと、宣伝もうまくいかないんです。(P.234)

「長編映画からの引退」をした宮崎駿監督ですが、ただいま短編映画の制作中。
鈴木さんはここでも実験をひとつ、初めにこう言ったそうです。

いままでどおり普通に作るのは、宮さんとしてもおもしろくないでしょう。3DCGに挑戦してみるというのはどうですか?(P.286)

その言葉に燃え上がり、紙と鉛筆から離れて取り組む新作。楽しみですね。

電通モダンコミュニケーションラボ