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日本発、宇宙ベンチャーの挑戦No.2

衛星画像からインサイトを導く! 宇宙はマーケティングが進化する分岐点

2016/11/02

【30秒で分かる】衛星画像データによる新たなサービスとは


日本発の宇宙ベンチャーを訪ね、宇宙をどのように活用できるかを探る本連載。今回は、超小型衛星の開発などを手掛けるアクセルスペース代表の中村友哉氏と電通デジタル データアナリティクス事業部長の谷澤正文氏が、人工衛星から地球を観測した画像データ=宇宙ビッグデータとマーケティングの可能性について語りました。

(左から)アクセルスペースの中村代表と電通デジタルの谷澤氏

「超小型衛星が新しいインフラになる」という確信

谷澤:アクセルスペースと電通の協働で、超小型衛星のデータ解析を通じた新たなマーケティングソリューションの開発を行うことが決まりました(電通ニュースリリース参照)。電通にとって宇宙は未知の分野ではありますが、だからこそ常識にとらわれない新たな取り組みに果敢にチャレンジできると思っています。

ところで、宇宙ビジネスはここ数年で急激に高まりを見せています。中村代表がアクセルスペースを立ち上げた当時、この状況は予想していたのでしょうか?

中村:当時は、宇宙ビジネス全体がここまで盛り上がりを見せるとは思っていませんでした。「これからは宇宙ビジネスの時代だ!」とアメリカのITビリオネアよろしく思い立ったわけではなく、学生時代に仲間と築き上げた超小型衛星の技術を、何とかして役に立つものにし、社会に還元していきたいという思いが強かった。立ち上げのメンバーはそのときの仲間です。

われわれの技術の原点になっているのは「キューブサット」(CubeSat)という超小型衛星で、学生時代に私がエンジニアとして開発に深く携わったものです。2003年に打ち上げに成功して、世界で初めて大学生が手作りで衛星を打ち上げ、正常に機能したということで注目を集めました。

これを受けて世界中の大学が開発に取り組み始めたため、キューブサットは教育目的のプロジェクトという認識が広がりましたが、われわれとしては「超小型衛星は必ず社会の役に立つはずだ」という思いがあったんです。

谷澤:起業するだけでも相当の苦労があるはずですし、未知の宇宙ビジネスに乗り込むとは、かなりチャレンジングですね。

中村:もしも起業することが目的であれば、宇宙ビジネスはやらなかったと思います。あまりにもリスクが大きいですし、ビジネスモデルも描きにくいですし。われわれには経営の知識はなかったけれど、「超小型衛星が新しいインフラになる」という確信だけはあった。

「キューブサットの成功で日本は超小型衛星の分野において世界のフロントランナーになった。宇宙ビジネスというと欧米のイメージがあるが、東大と東工大の開発メンバーが集まったこの会社なら負けるはずがないと思っていた」と中村氏

北極海の氷が危険…。衛星画像で船の安全運航をサポート

谷澤:アクセルスペースの快進撃が始まったのは、ウェザーニューズとのプロジェクトがきっかけですね。

中村:そうですね。でもそれ以前は、顧客探しのために何十社も回りました。超小型衛星のメリットの一つは、従来の大型衛星の100分の1の予算で自社専用の衛星を持てること。導入時にはコストがかかりますが何年も使い続けられるので、長い目で見ればペイできます。

「安くなったんだし、きっとどこかが買ってくれるだろう」という思いもありましたし、訪問先でも「自分たちで衛星を持てるんだ!」と面白がってはもらえました。ですが、「ビジネスにどうやって生かすのか?」というところまでお互いに絵が描けませんでした。

谷澤:確かに、一企業が超小型衛星を持ってビジネスに生かすという前例はありませんでしたよね。

中村:そんなとき、ウェザーニューズの技術担当責任者の方とお会いする機会がありました。ウェザーニューズは世界各国の船会社向けに、気象・海象情報や船のパフォーマンスを加味し、一航海ごとに最適航路を提供するというサービスを行っていました。

当時、北極海の氷の融解が進み、新たな航路として利用できる可能性が注目され始めていました。船会社にとって北極海航路は航海距離を大幅に短縮できるチャンスですが、何の情報もなしに通ることはできません。氷塊は船体にダメージを与えるリスクがあり、最悪、事故に至る危険性があります。

現地の過酷な環境を考えると、地上のソリューションは使いにくい。かといって既存の人工衛星の画像を活用するとコストがかかり過ぎる。超小型衛星でしか、このビジネスを成立させることはできないだろうと直感しました。

北極海の氷塊の観測画像。質量60キロの超小型衛星「ほどよし1号」で撮影 ©AXELSPACE


谷澤:企業が抱えていた課題を、超小型衛星の強みを生かした提案につなげていったのですね。ところで、ウェザーニューズとのやりとりの中で印象に残っていることはありますか?

中村:顧客は何を、どんなふうに考え、どういったところに投資するのか。宇宙という特殊な舞台といえども、ビジネスの本質は他と同じ。その大事な点をあらためて認識する機会になりました。

それまでは、実績が一つできれば次の顧客開拓につながっていくだろうと思っていたので、ウェザーニューズの衛星が無事に打ち上がってから他の企業に赴いたところ、「それはウェザーニューズだからできたんですよ、現状うちでは衛星を使ったビジネスの絵が描けず、そんな思い切った投資は難しい」と言われてしまいました。

エンジニアが陥りやすい考えなのですが、「いいものをつくれば必ず売れる」というわけではないんですよね。技術力だけではダメ。いくらいいものでも、顧客が欲しがるものでなければならない。そのことをひしひしと感じました。

超小型衛星のため、工場を持たずにオフィスのフロアの一角で設計・製造が可能。専用衛星はオーダーメードになるが、製造設備がそばにあることでトライアンドエラーをしながらスピーディーな対応ができる

宇宙ベンチャーが盛んなアメリカでは安全保障上の制約があり、外国人スタッフの受け入れを行うことができない。そのため、アクセルスペースでは採用活動を行うと応募者の多数が外国人という。世界各国から優秀な人材が集まれば、企業の成長のチャンスにもつながる。現在はイタリア人とフランス人のスタッフが在籍

衛星画像から得られる情報は、新たなマーケティング手法になる

谷澤:マーケティングの考え方の例えに「ドリル」があるんです。「お客さんはドリルが欲しいのではなく、壁に穴を開けたい。そのためのソリューションを見つけることがマーケティングである」と。衛星も同じで、ニーズさえ把握できればいろいろな可能性が広がると感じます。

中村:顧客は衛星が欲しいわけではなく、衛星によってもたらされる価値を享受したいんですよね。そこで行き着いたのが、「アクセルグローブ」(AxelGlobe)という地球観測網のプロジェクトです。われわれ自身が専用衛星を持ち、衛星から得られる画像、さらにそこから抽出できる情報だけを顧客に提供していくという仕組みです。

2017年に3機の衛星を打ち上げて特定の地域を毎日観測するサービスからスタートさせ、2022年までに衛星を50機にすることが目標です。

これにより、年間数ぺタバイト(2の50乗、1000テラバイト)規模の画像データが取得できる見通しで、世界中で人間が経済活動を行うほぼ全ての領域の情報を毎日得ることができます。

谷澤:観測画像は、具体的にどういったところで活用できるとお考えですか?

中村:例えば農業なら、穀物の生育状況を確認することで、収穫適期を把握できる他、水や肥料の管理も行うことができると考えています。

また、プラントやメガソーラーなど、大規模なインフラのモニタリングにも役立てられます。これらの他にも、森林、都市計画や防災など、あらゆる分野における応用が可能になると思っています。

サウジアラビアの砂漠につくられた円形農場 ©AXELSPACE

アメリカ・オクラホマ州に並ぶ世界最大級の原油タンク。貯蔵量の情報は、原油価格に影響を与えるほどだといわれる。衛星などを利用し、公的機関の発表より早く貯蔵量の推定値を発表している会社もある ©AXELSPACE

「衛星画像」に「何か」を掛け合わせることで、新たな価値が生まれる

谷澤:ビッグデータの時代が到来したといわれていますが、そのデータで何ができるのかまではまだ想像しきれていない顧客が多いと感じています。中村代表は、データを提供することでどのような効果を目指していますか?

中村:われわれは、ただデータを提供したり、特定の業界で役立ててもらったりというよりは、「あらゆるもののプラットフォーマーになりたい」と考えています。なんというか、宇宙におけるApple社のような存在を目指しています。

iPhoneを例に挙げると、Apple社はハードウエアやOS、基本機能を提供し、アプリ開発者はそれをベースにそれぞれ独自の付加価値をつけて販売していますよね。そうしたモデルをつくることができればと。

というのも、衛星画像のみで解決できる問題は、ほとんどないと思っています。「宇宙」に「何か」を掛け合わせることで、新たな価値が生まれるはずです。

アクセルグローブで実現させたいことは、さまざまなビジネスのベースを生み出すこと。そういった意味では、われわれが担う部分は大きいと思っています。

谷澤:電通は御社との協働を通じて、宇宙ビッグデータをクライアントの課題解決や社会そのものの課題解決につなげていきたいと考えています。電通に期待することはありますか?

中村:多種多様な企業との関わりを持っておられると思いますので、宇宙ビジネスを縁遠く感じている企業とのハブのような役割を担っていただけると非常にありがたいですね。

それから、われわれはどうしても「超小型衛星や宇宙ビジネスはこういうもの」といった固定概念から抜け出せません。御社はさまざまな視点をお持ちですから、セオリーにとらわれない自由なアイデアを共有してもらいたいです。

谷澤:それは私たちの得意とするところですし、電通のクリエーティブ力やプランニング力によって、さまざまな発想や解を導くことができると思っています。「宇宙代理店」として、共に宇宙を身近に感じられるビジネスを模索していきたいですね。

例えば、「宇宙一効率的なAI農業プロジェクト」を日本で立ち上げ、アクセルスペースの宇宙ビッグデータ活用技術とそこに参加してくれる農業団体、地方自治体、協力企業などでチャレンジし、成功したらそのノウハウを世界に輸出するみたいなことができればと思っています。