ミレニアルズと「未来のスキル」 #12

テクノロジーの視点から日本文化の「盛る」DNAを考える(後編)

  • Profile kubo dentsuho
    久保 友香
    東京大学大学院 情報理工学系研究科 特任研究員
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    能勢 哲司
    株式会社電通 ビジネス・クリエーション・センター 事業開発室
  • 14580463 1225228107497344 1248304897 n
    天野 彬
    株式会社電通 電通総研 メディアイノベーション研究部 研究員

新世代のデジタルネイティブ世代=「ミレニアルズ」の取り組みから“未来のスキル”のかたちを模索していく本連載。後編も、東京大大学院の特任研究員・久保友香さんとともに、なぜ今「盛る」ことがここまで盛り上がっているのか、メディア環境、私たちの心理、そして日本的な価値観や美意識などの観点から考察していきます。


インタビュー後半のトピック
・人気アプリSnapchatやSNOWはなぜ火がついた?
・内面重視だからこそ「盛る」という逆説
・日本的な「盛る」文化のグローバリゼーション
・若年層コミュニティーにもぐり、マーケティング的な視点の解像度を上げるべし
・みんなが「盛る」時代に?~盛りと現代人のアイデンティティーのこれから~
・インタビューを終えて

 

人気アプリSnapchatやSNOWはなぜ火がついた?

天野:最近はSnapchatやSNOWなど、いわゆる「動画フィルター」が使えるメッセージアプリが流行しています。犬のように加工されてかわいく映っている女の子の自撮り写真をSNS上で見かけますが、これも前半でお話しいただいた「ナチュラル盛り」に合致するのではないでしょうか。顔認識で犬の耳や鼻が付いたり、口を開けると舌が出たりするので、アプリで遊んでいるだけというエクスキューズを暗示させながらナチュラルに自分をかわいく盛っています。

久保:私も同じように感じます。2003年に花鳥風月というプリクラが登場し、画像処理がなければできなかったレベルの「盛り」が可能になりました。もちろん、その前から画像処理ができるプリクラはありましたが、技術があればヒットするのではなく、その技術が女の子の希望と一致することがヒットの条件です。それにマッチしたのが花鳥風月でした。

そのころ、「前略プロフィール」(前略プロフ)というホームページ作成サービスが流行して盛った顔写真を多くの人にまで見せる文化が隆盛しますが、一方で、「ナルシストと思われたくない」というせめぎ合いも起こります。その葛藤を解消する方向性として、「きれいでしょ」ではなく「盛れているでしょ」と見せることで、ナルシスト感なく、より良い自分を表現する文脈が生まれてきました。

今までは動画できれいに盛れるアプリはなかったので、動画でありながらかわいく盛れる画像処理を達成していることがSNOWの人気の理由でしょうね。もう一つ、個人の特定という視点からもSnapchatやSNOWは絶妙で、動物などが合成されることにより知っている人だけしか誰の写真だかわからないようになっています。

この二つのアプリは、そのフィルターを見慣れている人にしか、その先の内容をつかみづらいようになっているため、大人が入ってこられないコミュニティーで、同世代の子たちとだけコミュニケーションできる、聖域ともいえる場所です。上の世代と隔絶したコミュニティーをつくることは、大人の文化や社会へのひとつの反発、反抗のかたちでもありますね。

天野:最近、カリフォルニア工科大で認知学を研究するスティーブン・クウォーツ氏が書いた「みんなが何に対してクールと思うか」ということをテーマにした本(「クール 脳はなぜ「かっこいい」を買ってしまうのか」)を読みました。そこでは、「クール」「かっこいい」の背後には既存の価値観に対する反発があると論じられています。例えば、iPhoneを世に出したAppleにもカウンターカルチャーの価値観が根付いており、それがクールさの源泉でもあるという主張です。日本においては、そうした反抗から新しい価値観を生み文化をつくり出していくのは、若い女の子に託されているといっても過言ではないかもしれません。

内面重視だからこそ「盛る」という逆説

能勢:2003年から盛る文化が見られるようになったとのことですが、それが求められた背景とは何でしょうか。生活者側のマインドの変化にはどういった要素がありましたか。

久保:若い女の子が盛る理由の一つには、努力が報われる世界をつくれることがあります。元の顔という生まれ持ったもので評価するというのは、原始的ですよね。振り返れば、かつては腕力の強い人がリーダーになりましたが、そのうち道具を所有する人、さらに道具を使いこなす人…といったように評価の基準が変わってきました。

元の顔よりも、道具を使いこなす努力が評価されるように基準が変わったのには、情報通信技術が大きく貢献しています。インターネットによって、誰もが不特定多数の見ているステージに上がれるようになりました。すると、女の子たちはステージに上がるための手本を求め、、元の顔が良い人よりも努力でかわいくなった人に注目するようになったのです。特に、携帯ブログや読者モデルが登場し、女の子だけの世界ができたこともその変化を後押しする役目を果たしています。

能勢:そしてスマホの普及とSNS利用者増で、盛った自分を見せる環境が整ってきましたね。

久保:古代から強い化粧で盛っていた人に、神事で歌や舞いをする巫女さんが挙げられます。巫女さんは、不特定多数の人から見られる特別な女性であり、神の妻として個性を隠すために化粧をしたという説があります。そのような意味では、今は、リアルでもバーチャルでも状況が一変し、誰もが不特定多数の目にさらされるようになっているので、盛ることのニーズが増していると言えます。そして重要なこととして、盛るという行動は外見を重視しているように見えますが、女の子たちは盛ることで外見を隠し、均一化することで逆に内面を表現していると考えられます。それは、江戸時代の遊女が顔を白塗りにして、「ありんす言葉」を使って同じ姿になる一方で、芸事を頑張って勝負する、外見を一緒にすることで、内面で勝負するということにもつながる視点です。

能勢:今はリアルとバーチャルの距離が近くなっていて、ネットで人気になるにはリアルでも人気者じゃないといけないというお話がありました。それも今の論点につながるのでしょうか。

久保:そうですね。ネット上でも、コミュニティーの中の人同士には、お互いの内面が見えているので、リアルな人気者がネットでも人気者になると思います。今は、外見の基準だけでなく、同じコミュニティーであっても、例えばInstagramではリア充の写真を上げるのもOKだけど、Twitterでは非リア充の人がいるから上げないとか、暗黙のマナーを守ることも重要になっています。

日本的な「盛る」文化のグローバリゼーション

天野:日本は「若さ」を重視する文化だといわれます。例えばヨーロッパでは大人の女性の成熟が価値としてうたわれる一方、日本では、「娘と並んで歩ける若いお母さんがいい」といったアンチエイジングの価値観も広く共有されているようです。こうした日本的な価値観と盛りの関係性についてはどう思われますか?

久保:先日、私が「日本の女の子はなぜそっくりなのか?」について書いた記事を読んだという、フランスの化粧品会社のマーケティングマネージャーの方が訪ねてきました。研究結果を交えて話したところ、フランスも日本の女の子化しているという指摘が出てきたのが印象的でした。

能勢:同じような格好をしていることを指して「量産型女子」と指摘するネット上のネタもあるくらいですからね。

久保:フランスでは、弁護士になったら「シャネルでメークして、シャネルの服を着ないといけない」というような、身分と外見を合わせることが重視される風土。しかし、最近それが変わってきているという話をしてくれました。ある高級家具店にTシャツとジーパンで来た人がいたので、店員が商品を売らなかったら、後でその人がビル・ゲイツだったことが分かったとか。

日本だと、若い女の子がユニクロの服でシャネルのバッグを持つことは珍しくなく、格差はなくフラットです。そうした感覚にフランスも近づいているそうです。

その時、アイデンティティーの話になったのですが、フランスの人が生まれつきのアイデンティティーを大事にする一方で、日本人はコミュニティーで共有するトレンドを守り(同化し)つつ、その中で個性を出すという、創造するアイデンティティーを大事にします。ネットのコミュニティーができたことで、個人主義的なフランス人もそれを意識せざるを得なくなったと言います。そういう中で、日本の女の子的なものを取り入れるようになっていくのかもしれません。

天野:日本的なスーパーフラットな価値観が国際的な広まりを見せているということですね。先進各国ではグローバル化によって価値観が横並びしつつあるという観測とも合致する考え方だと思います。

久保:日本の若さ志向に関連するエピソードとして、幕末に英国大使として来日したオールコックは「日本は子どもの楽園」という表現を残しました。それは、大人も子どものおもちゃを使って遊んだりするようなことから来ているのですが、今は子どもがスマホの使い方を大人に教えるというようなことが世界中で起こっています。

能勢:「盛る」のテクノロジーとその思想が、若年層から他の世代に広まっていくことも考えられそうですね。

久保:若さ志向と盛る文化の関係という意味では、日本では美の基準に「はかなさ」という視点もあります。例えば江戸時代の美人画に描かれている高位の遊女などは、スポンサーから支援を受けている間は豪華に盛ることができましたが、支援が途絶えれば盛ることができなくなりました。浮世絵には、盛ることの美しさとともに、盛ることができなくなるはかなさというものも同時に表現されていました。

今の女の子たちは、プチプラコスメやプリクラを使って、一人の力でお金をかけずに盛ることができるようになりました。民主化されたテクノロジーで永久に盛ることもできそうなのに、盛ることの終わりがくることを常に予感しているという複雑なメンタリティーを持っています。「LJK=ラスト女子高生」という言い方に表れているように、高校を卒業したらカラコン卒業、プリクラ卒業と自分たちで終わりの瞬間のはかなさをつくり出している面があるんです。

若年層コミュニティーにもぐり、マーケティング的な視点の解像度を上げるべし

天野:先ほどのフランスのお話、そして日本のファション文化のアジアへの広がりを考慮すると、こうした「盛る」文化がグローバルに広がる可能性も考えられそうです。盛るという視点から、今後のビジネスや社会へのヒントはありますか?

久保:Googleのエリック・シュミット会長は、リアルとバーチャルの世界をうまく渡っていける者が未来の世界で優位に立つと言っていますが、まさにそれを先導するのが日本の女の子たちだと思います。

リアル世界では個人は企業や学校などに守られていますが、バーチャル世界では個人が公にさらされていて危険な面も存在します。だからコミュニティーの外の人からは均一的で個人が特定できないようにして、コミュニティーの中の人同士では分かる個性を出すようにしているのではないでしょうか。前編で紹介した「守破離」「均一化」「擬態」がまさにそうです。

彼女たちにマーケティングをするならば、そのコミュニティーの中に深く入り込む必要があります。外からでは分かりません。それはマーケティング戦略にとっても重要な視点です。

プリクラのヒット商品を多く生み出した、フリューの企画者にお話を聞くと、常に女の子たちとコミュニケーションすることで、完全に女の子脳になって考えています。プリクラの新機種は変化が細かすぎて、ユーザーでなければ「どこが変わったの?」と思うレベルです。しかし、女の子脳になっているメーカーの人にとっては、その変化がユーザー目線で分かっています。コミュニティーごとに文化があり、そこに入り込んで解像度を上げていかなければ着目すべき変化に気付けません。

能勢:今、盛っている世代よりも下の世代が成長したとき、盛るのでしょうか、それとも反動で盛らないのでしょうか。

久保:今後は“自然な人工物”としてのナチュラル盛りが進むでしょう。技術的にいえば、加工量、計算量は増えていくことになりますが、見た目としてはより盛られていないかのようになっていくはずです。

天野:盛るという現象は今後も続いていく一方、テクノロジーの宿命として一層不可視化していくことになるのですね。

みんなが「盛る」時代に?~盛りと現代人のアイデンティティーのこれから~

久保:基本的に盛ることの原動力は「遊び心」であり、遊びだからこそ人の好奇心によって、常に新しい技術が取り入れられます。江戸時代は白塗りで目を細くすることが盛る作法でしたが、明治時代になってアイラインが輸入され、目を大きく見せるようになりました、今はプラスチックコスメによって、自然に盛ることが目指される…といった変遷を描いています。

天野:「盛る=遊び」という視点に賛成です。そしてそれはきっと、自分のアイデンティティーで遊んでいるということを意味しているのではないでしょうか。私たちにとって一番関心があるのは、自分自身のことに他ならない。だからこそ、自分のイメージで遊ぶことには尽くせぬ快感があるのでしょう。

今後、テクノロジーの進化で人間が働く時間が減り、暇な時間が増えるといわれています。そのとき、自分と向き合う時間が増える中で、自分のアイデンティーを操作すること、自分のイメージで遊ぶことがさらに盛んになるのではないでしょうか。

久保:そうですね、今後は国民総芸能人化するようになるのではないでしょうか。誰もが不特定多数の人に情報発信ができるようになり、それに伴う評価基準が形成されて、誰もが有名になる機会を手に入れるようになっていきます。

天野:今、マイクロインフルエンサーという人たちが注目されています。例えばInstagramで芸能人ほどではないけれど、1万人から10万人くらいのフォロワーがいる一般人です。100万人のフォロワーを持つ人よりも、マイクロインフルエンサー10人のほうが影響力があるといも言われているのですが、こうしたトレンドも示唆的です。

能勢:そうした人たちも含めて、みんなが盛るようになると、アドバイザリー的なことが仕事になるのでしょうか?

久保:どのように、どのくらい盛るのがいいのか、全員が自分の盛り具合を管理するようになると、マネージャーが不足します。マネージャーの役割をできる人工知能が必要になります。

能勢:最後に久保さんのスキルとこれからについて教えてください。

久保:強いて言うなら、多くの人が気にする「人と一緒じゃないこと」が、全く気にならないことでしょうか。ただ自分が面白いと思うことだけに時間を注いでいて、実用性とかビジネスとか、そういうことにあまり興味がなくて。でも逆にそのあたりに無頓着すぎて、周りがアドバイスしてくれることもありますね(笑)。

能勢:今後も「盛る」について、シンデレラテクノロジーについて研究は続けるのですか?

久保:面白いのでやりたいですね。そこを中心としつつ、リアルアイデンティティーとバーチャルアイデンティティーの関係や、もともとの関心領域でもある日本人の美意識なども包含し、工学的なアプローチでのリサーチを続けていきたいと思っています。


インタビューを終えて

久保さんが提唱するシンデレラテクノロジーは、「セルフィーマシン技術」「ソーシャルステージ技術」「プラスチックコスメ」の三つによって構成されています(前編参照)。それは女の子たちの日々の振る舞いを説得的かつ丁寧に説明するものであり、また社会の価値観の変化を見渡すための視点を提供してくれるものであると感じます。

テクノロジーこそが「盛り」を民主化してきたことを提起しましたが、今や毎日がハレの日を生きるミレニアルズ世代にとって、盛ることの重要性はSNSの浸透とともに揺るぎないものになっています。そして、「誰もがシンデレラになれる」という現代社会の豊かさこそを、私たちは認識する必要があるのではないでしょうか。

「今の若者は個性がない」「量産型だ」と尻込みしそうになるとき、そうした決め付け自体が戦略にはまっていることの証しであり、観察者はそこで起きていることの解像度をたゆまず上げていく必要があるということ。それはマーケティング戦略的にも重要であるというレッスンがありました。

若い女の子にとっては、それらも社会への一つの「反抗」であり、スティーブン・クウォーツ氏が述べるように、そうした態度こそが次の文化を生み出す原動力であるとすれば、私たちはこの盛ることの最先端を今後もなお注視しておく必要があるでしょう。

『Visual Culture』を著したRichard Howells氏によれば、デジタル写真に求められていることの本質は、撮影の手軽さや複製の容易さではなくイメージのマニピュレーション(操作)を行える点にこそあります。私たちがスマホでデジタルデータとしての自分を自由に撮影/保存できるようになったとき、それは自分自身のイメージをマニピュレーションしていく無限の楽しさへの扉が開いたことを意味しているかもしれません。そして、おそらくこの変化は不可逆性を帯びています。

「自分とは何か?」この問いへの答えは「ない」がゆえに、そうしたアイデンティティーをめぐる「遊び」のビジネス的なポテンシャルは今後より拡張していくと考えることができます。高度情報社会の未来に向けて、それはミレニアルズ世代にとっての重要な資質でありスキルなのです。

 

プロフィール

  • Profile kubo dentsuho
    久保 友香
    東京大学大学院 情報理工学系研究科 特任研究員

    2000年、慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科卒業。
    2006年、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程修了。博士(環境学)。
    東京大学先端科学技術研究センター特任助教、東京工科大学メディア学部講師などを経て、2014年より東京大学大学院情報理工学系研究科特任研究員。専門はメディア環境学。日本の女の子たちのビジュアルコミュニケーションにヒントを得た新しい科学技術分野「シンデレラテクノロジー」の理論構築に挑戦している。

  • Web
    能勢 哲司
    株式会社電通 ビジネス・クリエーション・センター 事業開発室

    中国上海市出身。電通で上海万博プロジェクト、自動車メーカー担当営業を経てクリエーティブブティックへ出向。その後、現在の事業開発領域ビジネスに従事。デジタルファブリケーション分野のビジネス開発からスタートアップ企業との協業、異業種とのネットワーキングに注力している。

  • 14580463 1225228107497344 1248304897 n
    天野 彬
    株式会社電通 電通総研 メディアイノベーション研究部 研究員

    1986年生まれ。東京都出身。東京大学大学院・学際情報学府修士課程修了。
    2012年電通入社後、マーケティング部門、新規事業開発部門を経て、2014年から現職。
    スマートフォンのユーザーリサーチを中心に、現在のメディア環境やオーディエンスインサイトを分析している。
    著書に『二十年先の未来はいま作られている』(2012年、日本経済新聞出版社、共著)、『情報メディア白書2016』(2016年、ダイヤモンド社、共著)。その他レポート執筆やセミナー講師など経験多数。

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