イキですてきな仲間たち―電通を創った男たちⅡ― #22

日本のテレビCM史の流れを変えた異才 ― 今村昭物語(4)

  • Odajima nobuyuki pr
    小田嶋 伸幸

続・今村昭はいかにして多様なCMを生みだしていったのか

 

─ こんどは、レナウンの他のCMも見てみよう。1969年、「シリーズ肌着」60秒。出演はコント55号。つまりタレントCMである。コント55号は、分類すれば漫才だが、それまでの話芸漫才と違い、体芸?というか、アクション芸?というか、突っ込みがスゴイ、大アクション・ギャグを得意とする人気の新星コンビだった。

コント55号
 

CMでは、欽ちゃん(萩本欽一)がシリーズ肌着を着て効用、機能を自慢すると、二郎さん(坂上二郎)はオヤジのお下がりの古下着を着ており、穴だらけなのを、風通しがいいですなあ、とかツッコミを入れる。あっという間にコンビはぶつかり合ったり、跳び上がったり大アクションになる。途中コンビの肌着は入れ替わり、さらにアクションが盛り上がる。タレント特性を実にうまく生かし、商品を訴求している。

このCMは同年のACC秀作賞、広告電通賞第3部門優秀賞を受賞した。CMクリエーター、プランナーとしてタレントでも、キャラクターでも、俳優でも、いや動物でも素人でも、「出演者」を理解するのは重要な条件だし、資質でもあるだろう。

例えば、前回触れた鈴木清順監督との「ピッコロ」では、出演者は2歳半の赤ちゃんだが、監督と今村は、演技ができない赤ちゃんだから、動きだけを追うため2日半もカメラを回している。これも出演者への理解だ。

加えて、今村昭は連載第1回ではとくに触れなかったが、幼少時からそうとうのお笑い好きであった。紹介した今村昭の「映画ノート」には記載はないが、彼は6歳までの間に観た映画を3本記憶していた。これが全部お笑い系なのだ。漫画映画「フクちゃんの潜水艦」、「エノケンのざんぎり金太」、「エノケンの鞍馬天狗」で、おまけにギャグまで覚えていた。後に、この連載の通り、膨大な映画体験をするために、コメディ映画への理解はもとより、なんの映画が、前のどんな映画のパロディなのかまで、すぐにわかり、そのおもしろがり方はひと一倍、ハンパでない。

こういう人間性の人物が、もしもCMクリエーターになったらどうするというのか? そう、今村昭は、この後、続々と笑えるCMも企画、制作していくことになるのだが、それを語るのは、もうすこし先になるだろう。

いきなり時間が飛ぶが、今村昭はそんな笑うCMの仕事と、映画・漫画・小説・テレビなどのコンテンツから集めまくった、笑いの要素と型を分析し、一種の文化論にまでなっている『ギャグ&ギャグ』(1985年。講談社発行)という本を出している。

そしてこの本自体が、読むと笑える。(語り手は、いまでも読み返すことがある)著者名は、石上三登志ではない。石上三登志+今村昭になっている。共著だが、むろん、一人なんだから今村である。後にも先にも、今村本はこれ1冊。この名にした理由は、この本の原稿の初出誌が、当時の電通クリエーティブ社員ならご存知の社内誌「クリコミ」だからである。書かせたのは山川浩二(当時、クリエーティブ総務次長。CM評論家)。

「ギャグ&ギャグ」表紙
「ギャグ&ギャグ」表紙

─ さて、コント55号CMのすこし前になるが、今村はレナウン「ウルトラソックス」60秒を手がけている。商品特性は、いままでないほど履き心地が良く、スムーズ、耐久性も高いというもの。そこで今村は当時日本のCMになかったナンセンス・ギャグCMを企画した。つまり、あまりにも履き心地がいいので脱ぎたくなくなり、とんでもないシチエーションでいろんな人々がソックスだけを履いている、そういう場面だけがつみ重ねられるという、まあひとを食った企画だ(なあ)。

商品が出ずっぱりなので、企画はすぐに通ってしまった。が、お金がなかった。ソックスの単価は安く、そんな予算はない。

レナウン「ウルトラソックス」TVCM
 

このCMは、1968年のACC技術特別賞、翌年のIBAファイナリストに入っているが、語り手は、CMより制作舞台裏の方がギャグに思える。お金がないので、出演はスタッフがすることになった。任侠の喜多村寿信プロデューサーはアイスキャンデー屋、レナウン宣伝部の今中久夫さんはサウナの客(裸でソックスだけ履いている)、今村本人はプールに落ちる男(ソックスを脱がない)、体重計にソックスだけ履いて乗り、目盛りが気にいらず、脱がないはずのソックスを脱ごうとする男は小林亜星・・・の筈だったが亜星さんは逃げ回った。小林亜星は当時から、あの体型だった。

(わからない読者は、先輩に聞くか、TBSのBS放送でやっているドラマ「寺内貫太郎一家」をご覧ください)。亜星さんは、真吾ちゃんに頼めよ!と回した。電通映画社の松尾真吾監督(体型が似ている)は、穏やかに、そういう役は山川さんがいいよ、と回した。電通の山川浩二(やはり体型が似てる)は、もっと亜星さんを説得せよ!と元にもどした。

(左から)今村さん、亜星さん
小林亜星さんと

で? ── 結局、今村本人がいちばんのっていた、このギャグ部分だけはカットになった。が、小林亜星は代わりに音楽で出ることにして、このCMの音楽を全部自分の声でつくった。ドラム、ベース、トランペットを声だけで真似、三重録音する。これが不思議に、このユニークなCMには合った。

かくして、あまり注目されないが、日本のギャグCMの元祖になるであろう、レナウン「ウルトラソックス」タイトル・脱ぎたくない篇が誕生し、実は「イエイエ67」のように、後のCMに影響したのではないかと、語り手は愚察する。

では、その後のイエイエはどうしていたかというと、3年かけて3作が制作されている。

1967年後半は、「太陽とイエイエ」60秒。これは1作目で登場した、ニットを組み合わせて(その数640パターン)楽しむというコンセプトをさらに明確にする意図だった。

つまり、コーディネートの定着を図ったのだ。今村は1作目を「ポップアート・ミュージカルのようなもの」とも自己批評しているが、2作目はそれを進めることにした。

演出監督は岩本力の続投。二人は打ち合わせで、日本のポップの元祖的な、江戸の浮世絵を活用することにする。CMでは、写楽の役者絵から、コオ~デネイトォ、♪なんていうバルーン(英字)が出てきたり、北斎の「赤富士」が噴煙を上げ、爆発したりする(ずっと後だが、黒澤明監督も「夢」で、赤富士を爆発させる)。モデルのパレード、音楽もさらに勢いがいい。ちなみに、CMのカットを止めて、よく見ると、赤富士爆発の、浮世絵署名には、北斎画号ではなく、岩本力、とある。演出家の署名入りCMなんてのは、たぶんこれだけであろう。

夏の太陽を背景に、イエイエ・ガールズがパレードを展開するボルテージがスゴイため、次々に天変地異を起こす、「太陽とイエイエ」はこうしてオンエアされ、商品も爆発的に売れた。のだが、広告賞はとくになかった。

関係者なら、わかると思うがCM界とはめざといのだ。「イエイエ67」に刺激された当時のCM界は、続けとばかりにエンターティンメントへ方向転換、亜流もいれば、本物も出るという時代へ進んだ。注目はそちらへいき2作目は、埋没してしまったのだ。

1968年、第3作「蝶とギャングとイエイエ」60秒。ここでレナウンは商品を進化させた。具体的には主にニット色で、真昼の原色的展開から、アメリカのローリング・トゥエンティ(1920年代の空前の好景気を背景とした、社会現象を言う)を意識する、重厚で華麗な色彩展開を加味したのである。

アメリカの1920年代となれば、ギャング映画 ─ のパロディ的な展開かな、と今村はすぐに発想した。だが、この独特な色彩をどう表現するか?演出監督の松尾真吾と相談し、東京コマーシャル・フィルムのアニメ監督、島村達雄を起用した。島村は個人作家としても「幻影都市」「透明人間」などの短編アニメを制作する新感覚のアニメーターだ。

実はこのすこし前、今村たちはレナウンの企業CM「ワンサカ娘68」を制作しているが、島村はここで初起用されている。

(このCMは同年の広告電通賞 ─ 制作者賞を受賞している)新しい才能を探索してくるのも、また、CMクリエーターの資質、才能ではあるだろう。しかも、今村は連載第1回の通り無類の作り手好きである。

かくして、このCMは初の全編ナイトシーンとなり、冒頭、深夜の街に「アンタッチャブル」のようなクラシックカーが疾走、グレタ・ガルボのごとき女ボスが率いる6人のイエイエ・ガールズが手に手にマシンガンと銃を撃ちまくる。撃つのは弾丸ではなくアニメの蝶である(蝶弾というべきか?)。ガールズたちも蝶にメタモルフォーズする。つまり全編鮮明な色彩感が残る設計だ。小林亜星の音楽が、さらにダイナミックで活劇!という感覚である。ラストでモードを再確認させるため6人が留置場風に勢ぞろいするが、このシーンは語り手からすると、ずっと後の映画「ユージュアル・サスペクツ」のトップシーンを先取りしてるなあ、と言えば、そうか、と、うなづいてくれるひともいるかも知れない。

このCMは、同年のACCブロンズ賞を受賞した。また「昭和のCF200選」に入っている。

イエイエは、激動するTVCM界に返り咲いたのだ。続く4作目「虹のイエイエ」は、さらにまた、新しくなった商品を表現するべく、がらりと企画路線を変えている。レナウンの倉庫で商品オリエンを受けた今村たちは困惑した。スタイルはフィット&フレアで同じだが、カラーは完全なソフト調、パステル風になっていた。そこで今村は、それを虹を着るようなもの、と置き換え、蜃気楼の世界を、イエイエ・ガールズが闊歩する企画にした。表現コンセプトはSF風ファンタジーである。

これを理解できる演出監督は、電通映画社の浜田雅也しかいない、と口説き落とし起用。

アニメは島村達雄。さらに番外編的に、「イエイエ部隊」60秒がある。イエイエの商品展開は、パンタロン、ドレスにまで広がり、これに特化したCMである。パンタロンの美女軍団が、大都会を行進する、ちょっとミュージカル映画の群舞を思わせるような爽快感が感じられる。多様、多彩なCMを生みだしていく今村昭。しかし彼は、まだパワーを出しきってはいない。次回、ついに演出にのりだす今村昭を追う。

(文中敬称略)


◎本連載は、電通OBの有志で構成する「グループD21」が、企画・執筆をしています。
◎次回は10月22日に掲載します。

プロフィール

  • Odajima nobuyuki pr
    小田嶋 伸幸

    慶応義塾大学法学部卒。1974年、電通入社。今村昭CD、林靖夫CDなどの薫陶を受け、コピーライター、CMプランナー、CD、を務める。在社中、別名で書評、エッセイ、音楽アーチストのプロモーション、広告小説(商品が登場する小説)なども制作していた。現在の電通ダイレクト系各部門の源流になる部門創設メンバーのひとりで、インターネットをふくむダイレクトクリエーティブも手掛け、2010年ダイレクトビジネス局次長相当を最終として退社。いまは個人事務所を主宰。

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