イキですてきな仲間たち―電通を創った男たちⅡ― #26

日本のテレビCM史の流れを変えた異才 ― 今村昭物語(8)

  • Odajima nobuyuki pr
    小田嶋 伸幸

今村昭は、いかにしてダイアローグ型CMを創り得たのか

 

さて、「人造人間」CMは世界に通用したとは、ひとまず言えるだろう。映像主体のアイデアの具現化は、言語を問わず、理解・共感してもらえる。電通が世界でも通じるCM、映像コンテンツを生み出していく契機にもなった。今村さんに聞いたことがある。

─「ロボットCM、大成功でしたね。でも、どうしてもトビー門口をバターンと倒れさせたかったのは、なぜなのですか?」

「ああしないとサイト・ギャグの演出にならないのでね、だからさ」

「サイト・ギャグって、なんですか?」

「簡単に言うと、ほぼビジュアルのギャグ、絵だけ、行為で見せるギャグ。つまり、ほんとうには見ないとわからないギャグだね。基本はサイレント映画時代のギャグ、つまりパントマイムだな。いろいろな役者がやっていて見るだけでわかる。だいいち音ないしさ。テレビのダニー・ケイ・ショーでも、よく出てきたよ」

「テレビの巨泉×前武ゲバゲバ90分でやっていたようなやつですね」(注・この番組は日本テレビで1969年~1971年に放映された人気のバラエティー)

「そうそう! それに対して、言葉だけの、声できかせるギャグはバーバル・ギャグと言う。だから書き出したり、話しても、ある程度はわかる」

「三船(敏郎)さんの、例の ─ 私は性格俳優じゃなくて体格俳優である、との名言?はバーバル・ギャグなのですか?」

「まあ、ね。たんなる駄じゃれを超えているものねえ…」

わたしは今村さんの頭の中を想像してみた。たぶん、映画界はもちろんだが、アメリカ・日本のテレビ界も含め、ありとあらゆる要素、パーツが入っていて、応用自在に取り出し、組み合わせるのだろうなあ。

今村名が著者として入る唯一の著作。あらゆるギャグと笑いを分析している
今村名が著者として入る唯一の著作。あらゆるギャグと笑いを分析している

ところで、ほどなくして、そのバーバル・ギャグ的なCMを続けて制作することになるとは、思っていなかった。それが1975年の「メルシャンワイン・ミニサイズ」CMである。条件がまずあった。主演タレントは、女優松坂慶子と決まっていた。クライアントはプロモーションの顔として契約済み。今村さんは、はたと困った。キッコーマンの仁科明子と同じケースである。今回は15秒スポットだ。単に美女がニッコリ、なんとかが新発売になりかねない。能のないCMは作りたくない今村さんは、考えた。で、電通映画社のキタヤンと、演出の関谷宗介がやって来た。

─ 松坂慶子とは対照的なサブキャラをつけたいんだ、それでバーバル・ギャグ的にして目立たせたい。── わたしはワインに詳しい宇宙人アニメ・キャラの女の子をからませよう、とか案をだしたが、…ン?って感じになって、キタヤンが、なんだ、それなら、うちの水森亜土でいいよ、になった。キタヤンこと、喜多村寿信プロデューサーが劇団「未来劇場」も制作担当なのは、前に紹介したが、水森亜土は、その看板女優なのであった。文字通りの看板で、イラストレーターでもあり、ほんとに劇団のポスターやチラシ、看板を描いていた(このひとは現在も健在で、コンサートを開催したりしている)。

かくして、なんとかクライアントを説得し、撮影した。松坂慶子が、このくらいの小さいワインが出ました、と指でサイズを示すと、すかさず、日本には珍しいタイプのコメディエンヌ、水森亜土がからみ、え、え、小さい!? ミニ? ─ このくらい?と、かなりの早口ではしゃぐ。美女は、鷹揚に受ける。

と、いうCMができたが、この組み合わせはよほどおもしろかったのだろうか、商品認知度は高く売れた。おまけに、ACC秀作賞まで受賞してしまった。

評価が高いと、すぐ次作を、というのもCMの常であるが、キタヤンが、松坂が出ているのに、もうひとつ色っぽくないなあ、と不満だった。あら、そう?というので、今村さんは次作をなんと二人の入浴シーンに企画してしまった。ミニのワインは旅先の温泉で楽しむという趣向である。山の湯のセットを作り…、しかし、なにか芸がない。彼女らが入浴中の窓の外を、熊(ぬいぐるみ)が、なぜか通り、ふたりがキャーっと悲鳴、という撮影になった。

これはこれで、おもしろいCMだが、(どこがバーバル・ギャグ的かはわからないが)、オンエアはされたものの、もう結構でございます、になってしまった。

第2弾は入浴シーンに
第2弾は入浴シーンに

─ しかし、嘆くところに、またも次がきた。ニッカウヰスキーの、「ヒゲのLビン」CMである。ネーミング通りのLサイズ、お得用、ニッカとしては低中級価格市場を押さえたい切り札だった。

2014年のNHK連続テレビ小説「マッサン」のモデルが、ニッカウヰスキー創業者の竹鶴政孝であり、夫人がリタである。

さて、ニッカLビンの主要顧客ターゲットは、サラリーマン層 ─ それもまだ偉くない中級クラス、一般社員層と想定され、商品性から男性と規定された。ニッカはウイスキー専業に近い企業であり、ものづくり本位で、広告宣伝にあまり熱を入れてきていなかった。ところが、この時は本腰を入れてきた。なんとしてもLビンをヒットさせたい、という。媒体予算も破格。今村さんのCR責任は重大である(!)。

絶対的なヒットを要請されるのは、CMクリエーター、ひいてはエージェンシーにはよくあることだ。CM担当としてはどうするのか?大物タレントを起用するか?高い認知度で、ある程度は期待できよう。定番の手法だ。販促と組むか?必ず当たるなら、売れるか?ただ、別のコストが発生する。なにか奇手を打つか?

今村さんは、ここでいかにも彼らしい、ある意味で正功法、かつ、大胆な企画を立案した。サラリーマン層の共感とペーソスと笑いをとるのが、酒場と自宅のウイスキーのシズルを醸す、と考えた(余談だが、語り手が今村さんと飲んだ経験値からは、彼は飲兵衛ほどではないが、かなり飲める方であった)。

で、サラリーマンの上司と部下の二人がいて、ウイスキーを仲介に会話する、というダイアローグ基本企画にした。ここでプレゼンに出したのが、室田日出男、川谷拓三である。

この二人は当時、東映の大部屋俳優で、だれも知らない。映画には出ているが、端役、脇役で一般は知らない。しかし、今村さんは、既にその演技力と存在感、仮にCMに出たら感を読んでいた。川谷が当時のヒットドラマ、「前略おふくろ様」に出ていたが、その演技もふくめ、さらに今村さんは、このドラマの原案・企画・脚本を務めていた新進気鋭の倉本聰を、企画と演出に引っ張ってきた。倉本聰だって、びっくりしただろう、CMなんてやったこともないのだから。── が、このへんが今村昭というCMクリエーターの面目躍如なのだろう。制作は電通映画社。プロデューサー、喜多村寿信。もうひとり監督は関谷宗介。かくてプレゼン企画作戦が始まった。

受けたニッカ側はある意味では当惑した。それはそうだ、まるきり知らない俳優二人に会社の運命を託すのか?しかし企画コンテは、まさに商品がど真ん中にあり、出ずっぱりであった。俳優はわからないが、これはまさに商品主体CMになる、と思ったニッカはGOを出した。―実は今村さんはここで、この二人がまもなく日本映画、テレビの主要俳優になります、みたいなボードでプレゼンしたのだが、…語り手から見ても、すこし大袈裟ではあった。

ともあれ撮影に入った。撮影前にサラリーマン役の二人がスーツを着たことがないことがわかり(俳優なのに?)、慌てて採寸、あつらえるとかはあったが、1日目…全ては順調、とは全然いかなかった。関谷監督は「本物で?ダミーで?」と聞いた。酒類CMだから、飲みシーンは何度ものテイクを撮る、普通はダミーだ。室田は「本物でやります」、川谷は「はい」とうれしそう。扮装は、Lビンの初紹介編で、タキシード姿だ。二人とも生まれて初めて着たらしく、もう満面の笑み。映画賞でも、もらわないと着ないからだろうか?

Lビンを室田が持ち、自分のグラスに並々と注ぐ。飲みたくて、川谷がいろいろLビンのことを誉めちぎる(つまり、商品説明)。しかし、川谷のグラスには、ほんのちょっぴりしか注いでもらえない。室田は、「カメラ!アクション!」で、あらら、一気に飲んでしまう。

「ヒゲのLビン」CM撮影シーン
「ヒゲのLビン」CM撮影シーン

─ スタジオ中が笑っていたのだが、やっぱり、というか、室田は完全に酔っぱらってしまい、初日は撮影中断になってしまった。ほぼ飲んでいない川谷は、降ろされる!と思っていたのだそうだ。

だれが全部、飲めなんて指示したんだい? と、スタッフ一同反省会になった。だれかが関谷監督の演出コンテを出してきた。そこにはこんな、ト書きがあった。「男っぽく、一気に飲みましょう」。 大部屋俳優の二人には監督の声は、神の声だったのだ。

…かくて翌日、再撮。こんどは倉本聰がメガホンを取り、3本撮る。これは傑作になるのだが、後に大事件が起こるのだ。

(文中敬称略)


◎本連載は、電通OBの有志で構成する「グループD21」が、企画・執筆をしています。
◎次回は11月05日に掲載します。

プロフィール

  • Odajima nobuyuki pr
    小田嶋 伸幸

    慶応義塾大学法学部卒。1974年、電通入社。今村昭CD、林靖夫CDなどの薫陶を受け、コピーライター、CMプランナー、CD、を務める。在社中、別名で書評、エッセイ、音楽アーチストのプロモーション、広告小説(商品が登場する小説)なども制作していた。現在の電通ダイレクト系各部門の源流になる部門創設メンバーのひとりで、インターネットをふくむダイレクトクリエーティブも手掛け、2010年ダイレクトビジネス局次長相当を最終として退社。いまは個人事務所を主宰。

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