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おじいとおばあの沖縄ロックンロールNo.2

83歳にして、まだまだ中堅

2016/11/09

65歳以上のおじいとおばあのロックンロールコーラス隊「ONE VOICE」。第二の人生を「ロックに生きる」ことを目指して、若者向けの歌を歌っています。

楽曲を歌うだけでなく、ステージで踊ったり弾けたりして、「これまでの合唱団の常識を覆すぞ」「既定の枠なんかにゃ、収まらない」「永遠に走り続けるんだ」といった熱い意気込みもあり、まさにロックンロールスピリットを感じることができます。

ステージで歌ったり、踊ったりするメンバーたち
ステージで歌ったり、踊ったりするメンバーたち

そうかと言って、特別な人たちをメンバーとして集めたかというと、全くそんなことはありません。どこにでも居そうなおじいとおばあたちです。これまで普通に暮らしてきて、仕事でも家庭でも普通に頑張ってきた人たち。

拙著『おじいとおばあの沖縄ロックンロール』(ポプラ社)の取材を通して、そんなメンバーたちの素顔やこれまでの人生をのぞかせてもらい、とても驚いたことがあります。皆さんそれぞれが各様の人生を送りながら、65歳を過ぎてもなおたくさんの生きがいを持っているということです。

例えば、趣味やボランティアに打ち込んでいたり、まだまだ学ぼうと挑戦していたり、人に何かを教えていたり…。どこからそんなエネルギーが出てくるのか、不思議なくらい。ひょうひょうとしながら、第二の人生を謳歌しているのです。さらにコーラス隊で歌うことが加わったのですから、その秘めたるパワーといったらすさまじく、圧倒されてしまいます。

誰かに説教したり、自慢したりするつもりなど、彼らにはさらさらありません。自分の身の丈サイズで、自分たちの世界の中で思いっきり楽しんでいる。とはいえ、自分一人に閉じこもっているわけでもなく、人と関わることも結構好きなんです。

特別な人の、特別なことではなく、本当に普通のおじいとおばあの話。だからこそ、たくさん人たちから共感され、明日からのヒントにもなるのではないでしょうか。

■メンバー最高齢じいは、弁当をぺろっと完食

メンバーの練習シーンと本番で歌う雄姿
メンバーの練習シーンと本番で歌う雄姿

月曜日がグラウンド・ゴルフ、火曜日は囲碁、水曜日はONE VOICEの練習。そして木曜日にボウリングと合唱に通い、金曜日はまたグラウンド・ゴルフ。土曜・日曜日に何も予定がなければ囲碁。

これがコーラス隊メンバー最高齢、寺戸知行さん(83歳)の一週間のスケジュールです。実に多趣味。それでもって、一つ一つの趣味も中途半端ではなく、徹底して楽しんでいます。たとえば、65歳から始めたボウリングはアベレージが180という腕前です。

しかも所属する地元のボウリング部では部長を務め、沖縄の大会で優勝したことがあるとか。メンバーには90代も多く、寺戸さんは「まだまだ中堅」だそうです。学生のころから続けている囲碁は三段です。それでもって歌歴も長い。地域の合唱部にも入って16年続けているそうです。

体重は若いころから変わらない53キロ。それほどスリムなのに、イベントのときにメンバーやスタッフの多くが食べ残していた弁当をぺろっと完食します。身体の具合も基本的にはどこも悪いところがないそうです。

とはいえ、エネルギッシュでギラギラしている感じかといえば、そうではありません。どちらかというと穏やかで物静か。練習の時は、控えめな印象さえあります。ところが、本番のステージなど、ここぞの場面では先頭に立って踊り、さらりと歌いこなす。抜群の存在感を発揮するのです。

この緩急のある様子に、いつも感心させられます。気負わず、奇をてらわず、長く続けていくことで自分の楽しみを次々に見つけていくためのすべを、寺戸さんは長い年月をかけて自然と身に付けてきたのでしょう。まさに83歳にして、このバイタリティーを保ち続けている秘訣はここにあるといえます。

■歌と重量挙げで、東京オリンピック出場が夢

ふだんの姿とコーラス隊としての熱唱シーン
ふだんの姿とコーラス隊としての熱唱シーン

メンバーの中にバリバリの体育会系が一人います。元高校教員の屋良博之さん(65歳)です。実は屋良さん、若いころは重量挙げの選手として鳴らしたそうです。それも大学3年のときには全日本チャンピオンにも輝いたことがあります。

その上、高校のウエートリフティング部の指導者としても全日本チャンピオンを12人も育てた実績があり、現在はオリンピック強化選手のコーチとして、息子さんたちを指導しています。そんなスポーツマンの屋良さんの趣味が、まさに歌うことです。仕事のストレスのはけ口として、カラオケに通いだしたといいます。

やるとなると何事もとことんが屋良さんの主義。那覇市文化協会カラオケ部会に入り、地元ののど自慢大会にも出場。尾崎紀世彦の「また逢う日まで」や「ゴットファーザー 愛のテーマ」などを熱唱し、決勝まで勝ち抜きました。それも2回もです。

また、15年前からはオペラも習い始め、今では地元でボイストレーニングを指導する立場にもなっています。重量挙げの指導をしているときに見せる険しい表情からは想像もできないほど、歌を歌っているときには温和な笑顔をのぞかせます。その姿は本当に気持ち良さそう。歌が好きで好きでたまらないんだろうということが素直に伝わってきて、こちらまで思わず歌いたくなってしまうほどです。

コーラス隊ONE VOICEに参加して、屋良さんの中では夢のプランが着々と練られています。まず、2020年の東京オリンピックで息子さんが選手として出場し、そのコーチとしてオリンピックの晴れの舞台を踏むことです。そしてもう一つは、その開会式でコーラス隊のメンバーとして歌を披露することです。

選手としても、そして指導者としても日本の頂を経験した。普通であればそれで満足するところでしょう。でも、それで燃え尽きず、次なる目標を見付けていく屋良さんには文句なしに脱帽してしまいます。

年を重ねてもなお、そのアグレッシブな姿勢を持ち続けることで、生きがいを自ら生み出し、誰もが最初から諦めそうな夢を堂々と語ることのできる人生の先輩を、誇らしく思わずにはいられません。

■青春を謳歌しているおじいとおばあの秘訣

ONE VOICEの看板曲「人にやさしく」の決めシーン
ONE VOICEの看板曲「人にやさしく」の決めシーン

一見、好対照の寺戸さんと屋良さん。でも、大事な共通点があります。それは何事もぶれずに長く続けていること。しかも定年後ではなく、現役のときからすでに始めています。仕事から離れ、何か夢中になれることをちゃんと見つけて、10年以上も打ち込んでいるのです。だからこそ、リタイア後も生きがいを持って、充実した暮らしを送っているのでしょう。

コーラス隊のメンバーに出会う前の僕は、定年後の暮らしぶりなど想像すらしませんでした。今目の前にあることで精いっぱい。まだまだ自分には関係ないこと。ずっと先のことと避けてきたのかもしれません。しかし、おじいとおばあの話を自分に照らし合わせて、ある種の焦りと危機感が芽生えてきたのです。

いま社会全体にも大きなうねりが押し寄せています。先月26日、総務省は2015年国勢調査の結果から、75歳以上の人口が初めて14歳以下の子どもを上回ったと発表しました。着実に高齢化社会に向かっていく日本。シニア世代が生き生きと暮らせる社会づくりが急務です。自分自身のこれからも含め、その秘訣が普通のおじいとおばあが集まったONE VOICEにはあると考えています。

歌って踊って、顔を火照らせ、目をキラキラとさせている姿は、青春そのもの。人生の第二のステージで青春を謳歌しているコーラス隊のメンバー。近くで接していると、そのエネルギーが伝わってきて、元気と勇気をもらえます。

目の前で満面の笑みを浮かべているおじいとおばあたちが、今なぜそうしていられるのかを考えたとき、こたえは現役時代からの生き方にありました。リタイアしてから慌てて何か夢中になれることを見付けたわけではなく現役のときから、仕事とは別の打ち込める何かを持っていたり、懸命に探そうとしていたりするのです。

片や、僕は今夢中になれるものが何かあるのか。それを探そうとしているのか。そう問いかけてみると、残念ながらこたえはノーです。このままでは、リタイア後に路頭に迷ってしまうかもしれない…。65歳になったとき、コーラス隊のおじいとおばあのように明るく元気でいられるかは、今の自分の生き方を見つめ直すところから始めなければならないことを教えられました。

メンバーの寺戸さんと屋良さんの話を聞くだけでも、刺激的で多くを考えさせられます。コーラス隊総勢40人近くいる人生の先輩たちの話をもっと聞けば、無限大に広がる学びがあるに違いないでしょう。

ロックを歌うコーラス隊でありながら、メンバー一人一人がこれまで歩んだ人生の物語も興味深い。そんな一風変わったアーティストであることが、ONE VOICEの魅力なのです。