おじいとおばあの沖縄ロックンロール #03

ただ今、青春まっただ中

  • 武藤 新二
    株式会社電通 CDC クリエーティブ・ディレクター/プランナー

結成わずか5カ月足らずで出演した「沖縄国際映画祭」のステージ。その2カ月後には、BEGINと共演を果たし、10月には観光客でにぎわう国際通りでストリートライブを開催しています。平均年齢70歳のおじいとおばあのコーラス隊の勢いは止まりません。

こうした華やかな活動だけではなく、地域の学校や老人施設などを慰問し、歌を通して元気と勇気を届けていくことも大事な役割だと考えています。これまでに、うるま市立与那城小学校の「平和の授業」や浦添市の介護老人保健施設のイベント、嘉手納基地内の教会でのコンサートなどに参加して、たくさんの人たちに歌や踊りを披露しました。

生き生きとした表情で歌うメンバー
生き生きとした表情で歌うメンバー

ただ一方的に歌って聞かせるだけでなく、最後には聴衆も一緒になって歌って踊って盛り上がるというのがお決まりになりつつあります。おじいとおばあがひたむきに歌う姿を見ていると、自然と笑顔になって癒やされ、胸がキュンとなる。そのうち、一緒にリズムをとって歌いたくなる。気が付けば、いつの間にか自分も体を動かして踊っている。そんな光景が目の前に広がるのです。

終わってみると、口々に「元気をもらった!」「若返った!」という言葉が発せられ、メンバーも、周りのスタッフも一段と笑みがこぼれます。日々の練習に加え、こうした特別な体験を通して、メンバー自身もどんどん変わってきました。

拙著『おじいとおばあの沖縄ロックンロール』(ポプラ社)の中では、何人かのメンバーについて紹介をしています。このコーラス隊の活動によって、皆さんが一様に活力や健康、生きがいを取り戻したと語ってくれました。生活の張りや適度な緊張感に刺激、人と交わることによって誰かに役立っているという喜びが、大きな変化として表れているのでしょう。

決して医学的や科学的に証明されていることではありませんが、この1年近くメンバーと接してきて、本当に皆さんが生き生きと輝き始めたのは間違いありません。人は年老いても、これほど変われるもんなんだと驚くことばかりでした。そんなエピソードの一端をいくつか紹介します。

■歌うことはできないと、諦めていた

必至で歌詞を覚えるメンバーとノリノリのステージ
必至で歌詞を覚えるメンバーとノリノリのステージ

ONE VOICEの課題曲「ファンキー・モンキー・ベイビー」をソロで軽快に歌いこなす、山内英世さん(66歳)。普段は物静かで控えめですが、ちょっとした一言が面白かったり、服装が奇抜だったりして、スタッフの間では注目のおじいです。

話を伺うと、山内さんの人生はどこか劇画のような展開でした。九州の大学に進学し、卒業後は地元沖縄の銀行に入行。システム部門に就きました。仕事が終わる夕方5時からもっぱら一人でグラスを傾け、たった2時間でウイスキーのボトル1本を空け、その上5箱のタバコを吸ったというから、その不摂生ぶりは尋常ではありません。

そして、65歳の定年を目前に胃潰瘍を患い、あごの手術と立て続けに大病のつらい経験をしました。「実は歌うことはもう絶対できないだろうと諦めていたんです。それがONE VOICEに入って毎週練習しているうちに、口が開けられるようになり、声も出るようになる。そのうち、しゃべれるようにもなってきたんで自分でも驚いています」

山内さんは「いまだに、か行がうまく発音できない」と話します。上あごを切除する大手術を受け、退院したときは口を少ししか開けられず、しゃべることもできなかったそうです。偶然、高校の同級生がコーラス隊のメンバーだったことで、「リハビリを兼ねて歌ってみたらどう?」と誘われました。

自分ではまさか歌うなんて想像もしていなかったロックンロール。まして、普通にしゃべることもままならない状態の中です。「もう歳だから無理無理」「そんなこと若い人に任せておいて」という気持ちを持っていたら、こんな奇跡は起きなかったでしょう。挑戦に年齢なんて関係ない。このエピソードはそう教えてくれます。

当の本人はといえば、踊るのは苦手としながら「チークダンスだったら得意なんだけどなぁ」とおどけるほど、何も変わらぬかのように自然体。自暴自棄なサラリーマン生活、大病からの復活と多難な人生を経てONE VOICEに参加したことで、持ち前の茶目っ気を取り戻し、第二の人生で「晴れの日」を楽しんでいるようです。

■息子さんとアーティスト同士の交流

若い世代も巻き込んで活動するONE VOICE
若い世代も巻き込んで活動するONE VOICE

ノリノリのツイストダンスを披露し、コーラス隊のダンスパートの中心的な存在が富名腰雅子さん(74歳)です。イベントのステージでは一番前で、膝はゆらゆら、腰を振り振り。ときおり勢い余ってぶつかったり、息を切らして足がもつれたりしていますが、無邪気に笑いながらステージを盛り上げてくれます。

「ついハッスルして、膝が痛いことを忘れてしまってね。ジャンプも2回しちゃって…」と照れ笑いをしますが、何だかいつも楽しそうです。富名腰さんの膝が痛いのは1年ほど前に大きなケガをしたからです。うっかり足を踏みはずし、階段から落ちて足を骨折してしまった。50日間も入院し、退院できたときには歩くことができず、車椅子でした。

ようやく歩けるようになったときに「リハビリを兼ねて、やってみたら」とミュージシャンである息子さんがONE VOICEへの参加を勧めてくれました。いつも自分のライブに応援に来てくれて、一緒に踊って会場を盛り上げてくれる母親。そうした元気な姿を見ていたので、歩くのもやっとという姿を見て、息子さんとしては何とかしたかったのでしょう。

こうしてコーラス隊の一員となった富名腰さん。気が付くと、病院でのリハビリを3回通って、もう止めてしまいました。後は、歌と踊りがリバビリになったようです。今ではメンバーも誘って、息子さんのライブに出かけています。息子さんもONE VOICEの練習に参加したり、イベントのステージを見に行ったりと、あたかもアーティスト同士の交流をしているような親子関係が生まれています。

山内さん同様、富名腰さんの秘めたる挑戦心に感心させられます。もし自分がこの年代になって病気を患ったら、こんな自分の知らない世界にあえて突き進もうと思ったのだろうか…。ONE VOICEに出合う前の僕であれば、きっとそういう選択はしません。未知の世界への一歩が踏み出せない。でも、今は違います。この先そんな場面があったら、コーラス隊を思い出して、メンバーのみなさんが背中を押してくれそうな気がしています。

■みんなが思わず歌って踊りたくなる存在に

ONE VOICEの看板曲「人にやさしく」(ザ・ブルーハーツ)のリードボーカルを務める前花友克さん(65歳)は、「毎週水曜日の練習が待ち遠しくて、もう月曜からそわそわとしてしまう。火曜の夜は決まって早く寝るようにしとる。たまに練習が休みの週は、張り合いがなくなってしまって困る」と言います。

コーラス隊ではヒップホップダンスなどにも挑戦しているため「体力も必要」と毎朝腹筋をするようになりました。おかげで体重も順調に減って「メキメキと若返っとる」そうです。愛くるしい目をキラキラさせながら、そう語りかけてくれる姿がまるで少年のように無邪気で、こちらも元気が湧いてきます。

おばあと和むコーラスディレクターの狩俣秀己さん
おばあと和むコーラスディレクターの狩俣秀己さん

4歳の孫からに、叱れられてばかりの玉城政子さん(69歳)は、ONE VOICEに参加する前は、血圧が高く、数値を抑えるクスリが手放せなかったようです。今では標準値まで下がり、クスリを飲まなくなりました。コレステロール値も低くなり、体重も2キロ減ったとのこと。

「以前は、心の底から笑うということがなかったのに、今はいつも気が付くと自然に笑顔になっているんです。わが家も明るくなりましたし、ただ今、青春まっただ中という感じです」と茶目っ気たっぷりに話してくれます。メンバーの間では、「私たち若くなろうね」が合言葉なんだそうです。

これまで聞いたこともない歌に挑戦し、何度も失敗を繰り返しながら練習に熱中する。人前で歌って、拍手を浴びる。仲間とその喜びを分かち合う。それが気持ちを動かし、表情やしぐさだけでなく、醸し出す雰囲気を変え、活力や健康も手に入れる。

「人はこれほどまでに、輝けるもんなんだ。しかも、年齢に関係なく」と、コーラス隊のメンバーが本当に楽しそうに歌う姿を見ながら、つくづく感じます。歌詞を間違え、音程を外しても、なぜか見ているだけで心がくすぐられ、元気と勇気をもらえる。うまい下手を飛び越えて、おじいとおばあのひたむきの姿が何とも晴れ晴れしいのです。

メンバーの歌の練習をサポートする狩俣さん
メンバーの歌の練習をサポートする狩俣さん

古くからの友人であるコーラスディレクターをしている狩俣秀己さん(49歳)とよくこんな夢物語を話します。ONE VOICEが唯一無二のアーティストのまま終わるのでなく、たくさんのシニア世代が歌って元気になるような社会現象を巻き起こせられればいいなぁと。日本全国にONE VOCEのようなグループがどんどんコピーされていく未来を想像するのです。

「ただ見て楽しいだけではなく、みんなが思わず歌って踊りたくなるような、そんな存在を目指したい」。狩俣さんもまた目をキラキラさせて、無邪気な少年のように語ります。

 

プロフィール

  • 武藤 新二
    株式会社電通 CDC クリエーティブ・ディレクター/プランナー

    1992年、電通に入社。入社後3年半の静岡支社営業経験を経て、東京本社企画プランニング部門に異動。以後、広告企画制作にとどまらず、コミュニケーション全般の設計、商品や新規事業の企画、コンテンツのクリエーティブディレクションなど、仕事の領域は多岐にわたる。現在CDCに所属。これまでに、慶應義塾大学SFC研究所員(訪問)、大学や小学校での講師など、教育機関での活動も多数。出版関連では、重松清『夢・続投!』(朝日新聞社)、清水浩『脱「ひとり勝ち」文明論』(ミシマ社)、パパイヤ鈴木『カズフミくん』(朝日新聞出版)の企画に携わったほか、子ども向け絵本の制作も行う。著書に『アタマの体質改善』(日本経済新聞出版社)、『おじいとおばあの沖縄ロックンロール』(ポプラ社)。

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