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世界のクリエーティブ・テクノロジストに聞くNo.8

20年前からIoTを教えていました:トム・アイゴ

2016/11/25

Dentsu Lab Tokyoではテクノロジーを用いて表現する人をクリエーティブ・テクノロジストと呼んでいます。この連載では、世界中のクリエーティブ・テクノロジストに仕事・作品についてインタビューし、テクノロジーからどんな新しい表現が生まれるか探っていきます。

テクノロジーを万人へ:トム・アイゴ氏

クリエーティブ・テクノロジストへのインタビュー、7人目はトム・アイゴ(Tom Igoe)氏です。ニューヨーク大学の芸術学部にて、修士課程であるITP(Interactive Telecommunications Program)を担当しています。

彼は、人間とコンピューターの接点をマウス以外にも広げる、フィジカル・コンピューティングを提唱しました。インターフェースをキーボードやマウスだけでなく、熱や光センサーなどに拡張することで、コンピューターの活躍の場を広げました。

またコンピューターの簡易版、Arduino(アルディーノ)の開発者の一人でもあります。Arduinoは、はんだごてを使わずともコードをつなぐだけで回路が組め、プログラムを読み込ませることができます。触ると光ったり、近づくと音楽が鳴ったりする機器がつくれます。ギークでなくとも、パソコンの一部品をいじれるようにしました。
IoTが話題になるずっと前から、物とコンピューターの関係性について教え続けるトムさんに、フィジカル・コンピューティングとは何か取材しました。

(今回の取材はオンライン通話により行いました)

 

トム・アイゴ氏
 

バーチャルと現実世界を結ぶ:Physical Computing

木田:ここに、トムさんが2004年に出版した書籍『Physical Computing』があります。これは多くの学生の教科書になっています。トムさんの提唱されたフィジカル・コンピューティングについて教えてください。

『Physical Computing』は、Tom Igoe氏とDan O'Sullivan(ダン・オサリバン)氏による共著。こちらから、序章が読める
 

トム:これは身体で感じられる物理(Physical)世界と、コンピューターのバーチャル世界とをつなぐという考え方です。たとえば、近づくと赤外線センサーが感知して動くおもちゃをつくったり、触る位置によって異なる音が出る彫刻をつくったりすることです。

これまでコンピューターへの入力はマウスやキーボードを用いてきたため、指先のクリックでしか物理世界からの入力ができませんでした。フィジカル・コンピューティングでは、センサーを使って光や音を感知させることで、物理世界とコンピューターとの接点を広げます。エンジニアでない一般の人が、電子工作の要領でコンピューターをいじることができます。

フィジカル・コンピューティングは、私が教えているニューヨーク大学芸術学部ティッシュ・スクール・オブ・ジ・アーツで生まれたものです。現学科長のDan O’Sullivan(ダン・オサリバン)先生が、1992年にフィジカル・コンピューティングの授業を始めました。

木田:20年以上も前に始まったとは驚きです。

現在のニューヨーク大学。重視するのは自分の手を動かすこと
 

トム:では、フィジカル・コンピューティングの歴史をお話しします。
きっかけはダン先生や生徒が、キーボードやマウスにとどまらない機器で物をつくりたかったということ。そこで、授業ではコンピューターを通じた身体表現ができるようなツールを紹介していました。触ったり音をたてたりといった身体表現を感知できる、電子部品やマイクロプロセッサー(半導体チップのこと。コンピューターの頭脳にあたる)などを扱いました。

黒いチップがマイクロプロセッサー
 

トム:木田さんが持っている『Physical Computing』という本は、1995年から行われていた授業をもとにしています。私がITP (“Interactive Telecommunications Program” =ニューヨーク大学芸術学部で、技術の創造的な使い方を探求している2年間の院のプログラム)に参加したのは1995年です。当時の担当はダン先生でした。1998年に彼から、授業で一緒に教えようと誘われたのです。二人でウェブ上にフィジカル・コンピューティングについて書きため、2004年に本にしました。

当初は、基礎的なものも含めてさまざまなマイクロプロセッサーを使用していました。プログラミングの知識がない人にも分かりやすくするためです。

木田:執筆当時、プログラミングがいまのように普遍的になると予想していましたか?

トム:はい。私の考え方は、1979年にITPを始めたRed Burns(レッド・バーンズ)の考え方をもとにしています。1967年、SonyからPortapakカメラが発売されました。この時代において、比較的手に入りやすい初めてのビデオカメラでした。これを見た彼女は、このビデオが時代を変えると考えました。メディアは少数の専門家が制作するものから、誰もが制作できるものへと変わっていくと。彼女はPortapakの使い方のワークショップを行うなど、学び場をつくっていきました

創設者のRed Burns。率先してテクノロジーを使った
 

木田:授業にくるのは、芸術学科の生徒が中心でしたか? 

トム:実は、社会科学、政治学、文学などさまざまな学部に所属していました。介護などを行う作業療法士もいました。学生誰もが人生において、テクノロジーの影響を受けていたためです。
そしてテクノロジーをエンジニアだけでなく全ての人に教えること、それがITPのミッションでした。

木田:社会科学などの学生も受講しているとは興味深いです。彼らは何をつくるのですか?

トム:たとえば社会科学の調査のため、交差点の通行人を数えるカウンターをつくった学生がいました。どの学科の学生も、必ずデジタルツールを開発していますね。

木田:では、トムさんがフィジカル・コンピューティングの考え方でつくった作品を教えてください。

AIDS: A Living Archive

 

トム:これは、一番誇りに思っている仕事です。ニューヨーク市立博物館で、この街の歴史に関する展示会に携わりました。
ろうそくに触れると、AIDSで亡くなった方の人生が映像で流れます。1997年の作品です。
1980年代、AIDSに関して分からないことだらけだったなか政府の研究が遅れ、数千もの人々の命が失われました。テクノロジーを使用して重大な歴史を人々に伝えられたならと思っています。

 

フィジカル・コンピューティングを体現したArduino

トム:プログラミング環境を誰もが理解できるように変えるため、2005年にArduinoの開発が始まりました。これ以降、SparkFun, Adafruit, Switch Scienceなどからも新しいツールが発表されていきました。

Arduino。PanasonicやGoogleなど、さまざまな企業で用いられている
 

木田:トムさんもArduinoの開発に取り組まれたのですよね。この装置を使えば、光や熱センサーなどから現実世界の入力を受け取り、音、動きなどの出力ができます。温度が25度以下なら光を消す、などの細かい制御もプログラミング言語を使って指示できます。物理世界とコンピューターをつなぐフィジカル・コンピューティングを体現していますね。

Arduinoは、はんだごてを使わずともコードをつなぐだけで回路が組めます。よってエンジニアでなくても、誰もが機器をいじれます。
サイトから2000円ほどで買え、抵抗器などの入ったスターターパックも取り寄せることが可能です。

Arduinoの他にも、Flash、Processing、openFrameworks、Cinderなど、テクノロジーで表現をつくる上でさまざまな技術が現れ、一部は消えてきました。フィジカル・コンピューティングを教える身として、感じている大切なことは何でしょうか?

トム:ツールは、必要があって生まれます。テクノロジーとは、その必要の地平線上にあります。
要望は変化するので、必要とされなくなったときに消えていくのです。開発者が真に気を付けるべきなのは、顧客が本当に必要なものを理解することです。

木田:ではArduinoはどのような必要を満たしているのでしょうか。

トム:Arduinoは他の人が書いたコードを公開することで、知識のあまりない人にも何ができるかを明確にしました。コードを見ることで「私にも、それならつくれる」と勇気付けられるのです。

公式ページのForumでは他の人のコードや疑問などが毎日投稿されている。そして「Arduinoだからこそできたプログラムだね!」「こんなコードにすれば解決できるよ」などのコメントが返ってくる
 
Arduinoには初心者向けのサンプルコードも入っており、LEDの点灯などの基本的な動作がすぐにできる
 

木田:最後に、いま一番つくりたいのは何ですか。

トム:社会的な事象に興味を持っています。数年前からアメリカで経済格差がどんどん広がっていると思いますが、少しでも縮めたいです。もちろん容易でないことは分かっています。
楽しみとしてつくるなら、時計をつくります。以前、メールが届くと1キロバイトにつき15秒、秒針が進む時計をつくりました。時間ではなく、メールを開かねばならない不安を示すわけです。主観的な時間に興味がありますね。

Email Clock
 

【取材を終えて】
エンジニアでない人にこそ、テクノロジーが必要だった

右:著者の木田東吾氏
 

コンピューターをキーボードやマウス以外でも動かそう。そのような挑戦が、エンジニアでない人にまで広がったことに驚きました。それは、むきだしの回路や抵抗器に向き合う専門的な話だからです。けれども授業には社会学科の学生などが集まり、デジタルツールを開発しました。トムさん本人も、そもそもは劇場で照明とプロジェクションデザインを担当していた人。テクノロジーは、一見エンジニアとはほど遠い所でも役立つのです。
ITPがテクノロジーを万人へというミッションを持っていたからこそ、フィジカル・コンピューティングは領域を越えて広がったのだと思います。

これまでの記事でも、テクノロジーが異分野を巻き込む例をみてきました。たとえば前回のCinderは、コードの書けないデザイナーも参加できるプログラミング環境でした。これからも詩人兼エンジニアの方など、領域をまたいだクリエーティブ・テクノロジストに取材します。テクノロジーはどの分野とも関われるので、分かりやすく伝えることがますます重要になるでしょう。
この連載は、エンジニアでない人への橋渡しになることを目指します。

 

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