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Experience Driven ShowcaseNo.78

感覚を工学する。「体験」は拡張できる!:前田太郎(前編)

2016/12/19

「会いたい人に、会いに行く!」第14弾は、大阪大学大学院情報研究科教授で、サイバネティクス研究の第一人者である前田太郎教授に、電通イベント&スペース・デザイン局の日塔史さんが会いました。東大の学生時代から、さまざまな科学・人文領域の研究を横断しながら、人間への興味とAIへの興味を融合させてきた、その思考、試行のプロセスに迫ります。

取材・編集構成:金原亜紀 電通イベント&スペース・デザイン局
(左より)日塔氏、前田氏

 

動くシステムとしての「人」をつくりたい

日塔:私が電通で所属しているのが、イベント&スペース・デザイン局エクスペリエンス・テクノロジー部という所で、テクノロジーでイベントや空間での体験を拡張していくことを研究しています。

個人的にもそういう興味が強く、テクノロジーと人間の感覚との関係に関心があり、先生の記事や論文を幾つか拝見してお会いしたいと思っていました。特に前田先生の「前庭電気刺激」(注1)によって人間の平衡感覚をコントロールする映像に、衝撃を受けました。

(注1) 前庭電気刺激:Galvanic Vestibular Stimulation(GVS)。耳の後ろの頭部乳様突起部に小型電極を設置し、微弱な電流を流すことで平衡感覚に影響を与える技術。サムスンが今年3月のSXSWで展示したVRデバイス「Entrim 4D」もこの手法を活用している。

 

このことは後ほど(後編)じっくり伺いますが、まずは先生の専門とされている研究の内容について、ざっくばらんに教えていただければと思います。

前田:研究分野をざっくり言うと、一番はサイバネティクスです。サイバネティクスというと「サイボーグでもつくっているのか?」と思われそうですけど、どちらかというと「人間機械論」という考え方、つまり人間も一つの有機機械であると捉えれば、人間研究も科学や工学の土俵に乗るぞという考え方ですね。自分がやっているのは、まとめてしまえばそれであるといえます。

一番の研究の動機のルーツは、人をつくりたいということ。何で人をつくりたいかというと、子どものころはロボットをつくる博士になりたいと思っていて。ロボットをつくるってどういうことだろうと思っているうちに、何がロボットをつくる際に難しい要素なんだろうと考えると、人をつくれないから(ロボットをつくるのも)難しいんだなと。だから人をつくれるように、人が分かる勉強をしようと思いました。

東大では、機械や電気は自分ででも勉強すれば分かると。一番難しそうなのは制御だと思って、計測と制御をやっている学科に行きました。それがシステム屋としては、ある意味正しい判断だったとも思っていて。結局動かせるものをつくれるのはシステム屋だけです。もとから「動くシステムとしての人」に興味があったからそういう分野に進んだし、そもそも人間に興味があったので人工知能を勉強したかったけど、学部でなかなか教えてくれない。だから、サークルをやって学園祭に出し物を出すぞとなった。

先輩たちのプログラムで人工知能の紹介をやっているときに、今でいうヘッドマウントディスプレーをつくった。最初はコンピューターの世界に入りたいということでつくりましたが、自分ではソフトウエアは先輩ほど書けないけれど、ハードには自信があったので、次はプログラムじゃなくて離れた世界に入ろうといって、カメラを載せた戦車をつくってラジコンで動かしながら、その視点を持ってきて戦車の中で操縦しているように思えるものをつくりました。

顔の動きに合わせてカメラが動くという装置をつくってデモをしていたら、OBらしい先輩が産業技術総合研究所の名刺を渡してくれて、これをテレイグジスタンス(注2)というんだ、と教えてくれて、結局そこへ就職することになった。

(注2)テレイグジスタンス:人間が実際に存在する空間とは別の空間を、高い臨場感をもって体験し、行動する技術。人間の存在感そのものを空間へ拡張する研究。

前田:学部時代の卒論でやった研究はニューラルネットの研究で、最近になってディープラーニングで随分話題になりました。私が卒論をやっている最中に、ようやくディープラーニングの前身になるバックプロパゲーション(注3)が話題になり始めたころだったんです。これを学んだら、なぜ人間がある空間に入ったような気がするのかをうまく説明できるんじゃないかと考えた。なぜ人は空間に入ったときに、その空間が曲がって感じるのか。

(注3)バックプロパゲーション:誤差逆伝播法。多層階層型ニューラルネットワークの学習方法で、教師あり学習のアルゴリズム。1986年にスタンフォード大学のラメルハート教授らが発表。

 

日塔:え? 曲がって感じるんですか。

前田:ええ。錯覚の研究なんですが、人間の空間の知覚は物理空間に対して曲がっているんです、万人共通で。この曲がりがあることは分かっていたので、ヘッドマウントディスプレーを使ってテレイグジスタンスするときには、世界の曲がり方が普段と同じかどうかを測る。これはテレイグジスタンス以前の時代の両眼による奥行き知覚の一大研究だった。それでテレイグジスタンスをやっているときに、人間の知覚の方に興味が出た。そうするとそれは、心理物理学の世界なんですね。そこから、バーチャルリアリティーの中で錯覚の話をやり始めるという研究に入っていく…。

日塔:かなり領域横断的ですね(笑)。

前田:一時期、あいつはもう工学に戻ってこないんじゃないか、という状態だった(笑)。

 

「つくれる」ということは、「分かる」こと

前田:一方で、じゃあずっと心理学にいたかというと、結局、どんなに人間を解析して論文を書いても、分かったことを使って物がつくれないと納得できなかった。それで結局、工学の分野に戻ってきました。つくれるということは、分かるということだという実感があるんです。根っこが工作少年なので。

そういう考え方から出てきたのがパラサイトヒューマンで、当時研究していた人間の錯覚現象をうまく人間に当てはめることで実現できると思ったんです。バーチャルリアリティーに近いんですが、バーチャルリアリティーと違うのは、人間に入ってくる情報と出ていく情報という観点で突き詰めると、人間をコンピューターの世界に入れるというよりも、人間が何をやっているかを外に取り出すということになっていく。結局人間は何をやっていて、どんなふうに動いているかをありのままに知りたい。似たような研究にはライフログがありますが。

日塔:ライフログは、単純に自分自身のセンサー情報、データを蓄積していく。

前田:蓄積するだけでしょう。もったいないですよね。僕は、自分と同じ体験をしている自分のコピーがいるんだから、そのコピーに自分を手伝わせればいいと思ったんですよ。それがパラサイトヒューマンの考え方です。

日塔:「パラサイトヒューマン」という言葉自体は、前田先生が提唱されたんですね。

前田:はい。パラサイトヒューマンというのはどういう研究かというと、ウエアラブルな感覚情報の計測器に近い。でも計測だけじゃなくて、計測している情報を変換して、逆に人間に見せることができるという仕掛け。ウエアラブルに、目のところにはディスプレーとカメラ、耳のところにはマイクとヘッドホン、手のところには触れているものに対する錯覚を与える装置をつける。行動の邪魔をしないということを徹底して、人間の感覚を同時モニタリングしながら介入できる装置がつくりたかった。それがパラサイトヒューマンのコンセプトで、自分の体の動きから何でも取れるようにすると、人体から離したときに(「アジのひらき」的な)「人のひらき」みたいなものが出来上がるんです。骨格と筋肉のない、言うなればモーターとフレームのないヒト型ロボットみたいなものが出来上がる。神経系と感覚系の認知モデルだけが在るんです。

日塔:それをつけると自分自身が、つけている人間自体がロボットみたいになるということですね。

前田:そうです。パワードスーツの「パワードしないスーツ」です、イメージとしては。着込めるロボットって、大体皆さんパワードスーツしか想像しないでしょうが、全く動力のついていないパワードスーツだと思えばいい。

 

寄生は共生、人馬一体のようにロボットが人を利することができる

日塔:先生の論文の中で面白いなと思ったのが、いろんなセンサー情報をロボット側、外部に持っていくんじゃなくて、人間自体に戻すという記述があって。

前田:そうです、そうです。

日塔:パラサイトというのは、人間の中に違う自分がいるみたいな感覚ですか? パラサイトというのは寄生するという意味だと思うんですが、言葉に込めた意味合いをお聞きしたいのですが。

前田:当時、寄生虫学側からも、寄生虫って体の中にいるけど、共生であって悪いことばっかりしているわけじゃないよねという観点が出始めていた。さっきから話しているロボットは、自力では動かないけれど、人に着てもらって動いていることによって、まるでヒト型ロボットのように活動ができているわけです。それどころか既存のどのロボットよりも、賢い動きをするわけです。自分で動かずに人に動いてもらっていますからね。

現在存在している中で一番高い知能を持っているのが人間なので、その高い知能のもとで、ヒト型に最適な動きをしている情報をずーっと取り込めるという意味においては、人の動きにまさに寄生しているわけですね。共生関係なので、人間を利することができる。

人馬一体というのかな。人が馬に乗っている状態で、まるで一つの生き物のように動いている状態を言うと。そのときに馬にとって人はただの重しなのかというとそうではない。もう一つの目であり、もう一つの頭であり、一体として動くときの相棒であると。そうすると人間は操られているのかと思いがちですけれど、むしろ人間が自然にそうした方がよいと思えるような情報をロボットは送っているんです。それがパラサイトヒューマンの設計思想です。

人間のコピーをつくったら、これは究極のインタフェースだろうと思ったんですよ。自分と全く同じ存在でないならば、本当のツーカー状態にはなれない。しかし全く同じ経験をしてきたロボットであれば、自分の複製がいることになる。それが最高のインタフェースで、それをどうやってつくるかという話ですね。

その装置は何をやるかというと、自分と同じ体験をする。自分と同じ行動をする。少なくとも着込まれてからはずっと一緒にやる。そうするとロボット側からも、人が何をやろうとするかの推定ができる。ディープラーニングでそれを全部学習したら、自分のコピーがつくれるんじゃないかという話です。十分命中率が高くなったと確信を持てたときに、人がそれからずれたことをやったときに、それを補正してやる。もちろん別の意図をやりたいんだったら、無視できるような影響の与え方ができればいいわけ。ウエアラブルにすることで、ロボットが人間に感覚を返すという方法です。

※後編につづく