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待っていても、はじまらない。―潔く前に進めNo.9

あえて図々しく人を巻き込む。熱と愛を持って。

2016/12/22

「新しい何かを目指す人がいたらその人の役に立ちたいと思うし、まだ誰も見つけていないものを見つけたいし、みんなが無視してるところは引っ張り出したい。今しかできないこと、今しか感じられないことを形にしなければと気持ちがかき立てられる日々です」

そう答えてくれたのは、今という時代の空気を捉えた作品を世に送り出す映画プロデューサーの枝見洋子さんです。この12月に、“アラサー、ハタチ、女子高生”の3世代の女性の生き方を浮き彫りにした映画「アズミ・ハルコは行方不明」が公開。蒼井優さんと高畑充希さんが並ぶ映画のポスターをご覧になった方もいらっしゃると思います。

映画「アズミ・ハルコは行方不明」
メガホンを取ったのは、この連載にも登場いただいた松居大悟監督。松居さんの紹介で、2015年に、僕は枝見さんと知り合いました。若手であっても自分のやりたい企画を次々と実現している枝見さんから、きっと、前に進むヒントを伺えるはずだと、僕の書籍『待っていても、はじまらない。―潔く前に進め』(弘文堂)の「番外編」として対談をお願いしました。
(左から)映画プロデューサーの枝見洋子さん、著者・阿部広太郎
 

枝見さんは、1986年生まれ。2008年、日テレアックスオンに入社し、2012年に、映画「桐島、部活やめるってよ」でプロデューサーデビュー。 同作は日本アカデミー賞最優秀作品賞ほか多くの映画賞を受賞。そのほか、2015年、ドラマ「永遠のぼくら」、2016年、連続ドラマ「ゆとりですがなにか」などでプロデューサーを務めました。枝見さんの潔く前に進むための3カ条はこちらです。

 

これをやらないと後がないと常に思う。

「中学のころは、何かにすごく熱中するとかがなくて、自分からオリジナルで発信するというよりは、いつも友達に憧れてまねして、誰かを追いかけてる感じでした。何か好きなものとか、自分を説明するためのものが欲しいなと思ってたんです。何かを持たないとこの先、生きていけないという焦りがすごくあって。その時に出合ったのが映画『リリィ・シュシュのすべて』でした。それを見て映画しかない、これを頼って生きていこうと思いました。他に本当に何もなかったんですよ」

人は、自分の仕事を選ぶとき、何かしらの原体験に左右されると思います。枝見さんが映画の仕事をしたいと考えるようになった理由。それは、もともと映画が好きだったわけでも、ご両親によく映画館に連れていってもらっていたわけでもなく、生きていくために自分も「これ」という何かを持ちたい、そう願った時に映画に出合ったというのが印象的でした。

後がない強さ。それは思い込みを持つ強さと言い換えられるかもしれません。枝見さんは、「私は映画をつくる!」という思いから、早稲田大学の第一文学部演劇映像コース(当時)に進学し、映像コンテンツ製作会社である日テレアックスオンに就職しました。ただ、配属されたのは制作の部署ではなく、映画事業部のデスクだったそうです。

「求めていた環境とはまったく違って、どうしようかなと。近くに映画をつくってる人たちがいるのに、そこには入れなくて。当時、毎月プロデューサーだけが集まって企画会議をしてたんです。デスクは会議に参加しないんですけど、企画書を出させてください!と頼み込みました。箸にも棒にもかからない日々が続いたんですけど、その中に『桐島、部活やめるってよ』があって。そこからぐんと変わりましたね」

やばい、このままだと、このままで終わってしまう。後がないから、常に前向きで貪欲。チャンスを見つけて、突っ込んでいく。そこから状況を変えていく。枝見さんの突破力の秘密が垣間見えました。

枝見洋子さん

 

面白い人の近くで居場所を見つける。

映画をつくりたいと思えば、プロデューサーではなく、監督を目指す道もあったはずです。なぜ枝見さんは、プロデューサーとして映画づくりに携わろうと思ったのでしょうか?

「大学では映画サークルに入って映画をつくろうと思ってたんですけど、自分の中から何かを出そうとするときよりも、『この人の近くにいたい』と思ったときの方が、パワーが出ると気づいたんです。そんな自分を認めるのは割と悔しいし、自分の中から出てくるものにすごく期待してたんですけど、あんまり出てこなくて、勝負するのが怖くもありました。だけど映画制作の近くにはいたくて、すてきだなと思う人たちのそばにいられる理由をつくろうと思ったときに、プロデューサーになろうと思ったんです」

魅力的な人の近くに自分の居場所を見つける。それは、その人の近くにいられる理由をつくることでもあります。だからこそ枝見さんは、大学の時も、見聞を広げるために積極的に海外旅行に出るなど、豊かな人であろうと心掛けたといいます。必要とされるための工夫は、実際にプロデューサーになってからも続けたそうです。

「『桐島、部活やめるってよ』の監督の吉田大八さんと、脚本家の喜安浩平さんと、3人で脚本の打ち合わせをしていた時、私が何を言っても二人のレベルにまでボールが届かない感じがあって。でも、恥を捨ててでも思ったことはちゃんと言うようにしていました。100個投げて、そのうちの1個でもじわっと届けばいい、そんな気持ちでいました」

コピーライターの僕が、仕事をする上で心掛けていることを思い出しました。それは、「他人事」を「自分事」にする努力を怠らないということです。仕事の内容によっては、自分と距離のある案件もあります。それをそのままにすると、心のこもった言葉や考えは生まれてこない。だからこそ、なぜだろう? どうしてだろう? と考え続けるし、時には分からないことを正直に伝えて、相手へ質問を重ねていきます。

そうして自分事にする努力をした方が、年齢や年次に関係なく、相手も正面から向き合ってくれる。そして、そこに自分の存在意義という居場所が生まれるのだと思います。続けて枝見さんは、プロデューサーとしての決意を教えてくれました。

「私がこの人のやりたいことを手伝いたいとか、かなえてあげたいという、そういう献身的な想いじゃないんです。その人が何か面白いことを成し遂げるのを一緒に見たいというちょっと身勝手な感じなんです」

面白い人と、自分なりのやり方で肩を並べる。その努力の先には、同じ居場所から眺められる、見たこともない景色が広がっているのかもしれません。

 

あえて図々しく人を巻き込んでいく。

枝見さんのこれまで世に送り出してきた映画やドラマを見ていると、一つ一つ着実に、確かな手応えとともに実現している印象を受けます。企画は、思い付くことはできても、形にするのが難しいもの。その実現力は、どこから来るのでしょうか?

「私自身に、すごく図々しい部分はありますね。2013年、公開されたばかりの松居大悟監督の映画を見終わった後、偶然劇場で監督にお会いし、『私と次の映画をつくりませんか?』といきなり話し掛けたり。デスクなのに企画会議に企画を出していたのも、ある意味図々しいと思います。やりたいことに対する行動力やパワーは、図々しいくらい持ち合わせているんだと思います(笑)」

枝見さんの指す、「図々しい」という言葉には確かな熱量を感じます。その理由も続けて話してくださったことで納得できました。

「全ての人に対して図々しくなれるというわけではなくて、やっぱり人は選びます。図々しくいくけど、代わりに私はあなたのことが本当に好きだし、絶対に途中で投げ出したりしない。一緒にやったら絶対にうまくいくみたいな、そういう根拠のない自信があります」

熱と愛のある図々しさは、人を巻き込み、実現へと向かっていく。それは僕も同じでした。2012年に実現した、居酒屋「甘太郎」の「太郎割」キャンペーン。この仕事は、頼まれたわけではありませんでした。ある日、Facebookで、名前に「太郎」と付く人は割引しますというニュースを発見。僕の名前は、広告の広に太郎で、広太郎です。太郎の広告をできるのは自分しかいない! 勝手に運命を感じた僕は、ラブレターのような企画書を1週間で書き上げ、Facebookで送信。そこから企画書がひとり歩きし、クライアントの役員の方まで届き、実現しました。

燃えるような強い気持ちがあれば、巻き込まれた方の心にも、いつの間にか火がついて、一緒にプロジェクトを成功させたいと思うようになるかもしれません。枝見さんの実現力は、気持ちの入った巻き込み力のたまものなのだなと思いました。

以上が、潔く前に進むための3カ条です。枝見さんから教わったこと、それは、後がないと思うことは前向きな力を生むこと、面白い人の近くに居場所をつくることで見られる景色があるということ、そして熱と愛のある図々しさは、実現へと向かうこと。日々の仕事に生かせるヒントがたくさんありました。

著書『待っていても、はじまらない。-潔く前に進め』の刊行記念コラムも、今回で最終回です。この連載を読んでいただいた皆さん、本当にありがとうございました。もし、著書がお手元にある方は、ソフトカバーをとって裏表紙をご覧いただけたらうれしいです。秘かにメッセージを書きました。どうか皆さんが、潔く前に進めますように。また、お会いしましょう!