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バーチャルリアリティーがもたらす未来No.2

新たなメディア装置がコミュニケーションを変貌させる

2017/02/07

メディアアーティストそして研究者として最新のテクノロジー開発に取り組み、VRコンソーシアムの理事を務める落合陽一氏と、20年にわたってVRの可能性を確信し取り組んできた電通の足立光氏が、VRがもたらすイノベーションを展望する。

左から、落合陽一氏、足立光氏
左から、落合陽一氏、足立光氏

テレビとは視点が真逆

足立:私は20年前にVRと出合ってから、その可能性を信じていろいろ取り組んでいたのですが、遂にVRの時代がやって来たとワクワクしています。フェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEOが、スマートフォンの次のプラットフォームはVRだと語っているように、おそらく多くの人が想像するよりもはるかに早く、VRが世の中のインフラを支配する未来が訪れるのでは、と感じています。

落合テクノロジーはかなり進んでいて、僕はリアルな現実世界だと認識するに足る視覚解像度、臨場感は5、6年のうちに実現されるのでは、と考えています。そもそも現実を完全に再現できなくても閾値はあって、ある一定を超えたらこれでいいじゃん!となって、テレビとリアルな体験の間にVRが入り込んでくる。2020年の東京オリンピック・パラリンピックは、かなりの人がVRで見ることになるのではないでしょうか。

足立:VRのあの「没入感」は、ものすごい技術革新です。そしてこればかりは、体験してみないと、頭でいくら想像しても絶対に分からない。先ほど、ももいろクローバーZ(ももクロ)に自分たちのライブのVRコンテンツを初体験してもらったのですが、想像以上のリアクションで、いやすごかった。自分たちのステージに、幽体離脱したように別の自分たちがいる、というのが鮮烈だったようです。

ちなみに僕も、「ももクロと一緒に、ももクロのライブを見る」という貴重な経験ができました(笑)。

落合VRは「一人称」の映像。かつてはテレビをはじめみんなが一つのスクリーンを見る三人称の映像しかなかったけど、テレビ電話のような対話型の二人称、さらにVRのような一人称が登場した。視点の動きがテレビとVRでは真逆で、全く新しい映像の技法が生まれつつあります。VR映像ではカメラが動くと視点の方向が固定され、カメラを固定すると視点を変えようと見回してしまう。これは三人称映画の意図とは逆です。

足立:フレームによる制限、つまり画角がないことも大きな違いです。視聴者側には首を動かす行為が生じ、何を見るのか自由に選べるようになる。情報量も圧倒的に増え、その半面、作り手の意図通りに視点をコントロールすることはできなくなる。おっしゃる通り、作り方がこれまでの映像とは全く違う。制作側にしたらものすごいチャレンジです。

落合一人称映像については、もはや映像というコンテンツだけの議論ではなく、新たなメディア装置そのものの議論が必要かもしれませんね。

足立:まさにVRとは何か。一般的に「仮想現実」と訳されていますが、私はむしろ「実質再現」という方がしっくりきます。つまり、VRの本質は「限りなく現実のものと区別がつかない状態に置き換えること」で、その“考え方”そのものがVRではないでしょうか。

落合陽一氏
 

テクノロジーで“場の空気”をつくる

足立:落合さんの作品や研究は、テクノロジーで“場の空気”のようなものをつくっていますね。

落合物質とイメージの間に、おそらく物質でもイメージでもないものがあって、それをどう3次元の空間に構成するか、というのにすごく興味があります。コンピュテーショナル・ホログラフィーという分野ですが、僕個人としては最近はここばかり開拓しています。

足立:仮想空間ではなく、現実世界の中に、実在しないものを生み出している。

落合例えば「幽体の囁き」という作品では、廃校の校庭に古い椅子と机を並べて、そこにかつての教室のざわめきを再現しています。椅子に座った人にだけ、部屋の雑踏音や誰かのしゃべる声が耳に入ってくるという、廃校の雰囲気を生かした、ちょっと“幽霊感”のあるプロジェクトです。

足立:気持ち悪いけど、すごい!(笑)

落合仕組みとしては、遠くにある指向性のスピーカーから、ビーム状に超音波振動子を飛ばして空間に焦点を形成することで、その焦点でのみ聞こえる音を発生させる技術を開発したんです。何もない空中に自由に音源点を配置することができる。これをさらに進化させたのが「ホログラフィックウィスパー」という作品ですが、コンサート会場のような騒がしいところでも、狙った人の耳の中に、ささやくような音を聴かせることができます。hci(インタラクション分野の権威ある学会)にも通ったし、国からも賞をもらったので多少のお墨付きになってます。

足立:これだと音環境がものすごく自由に設計できる。エンターテインメントからビジネスまで、応用の可能性は測り知れないですね。

「幽体の囁き」
「幽体の囁き」
 

落合触れる映像、というのもやってます。去年発表した「Fairy Lights in Femtoseconds」では、“物質性のある映像”を実現しました。

足立:妖精が宙を飛び回っていて、しかも指で触れる。世界の注目を集めましたね。

落合空中に、1000兆分の1秒という長時短パルスレーザーで、物質性を持つ3次元のホログラム映像を描き出しています。とても高速で熱を伝えないまま消えていくため、生物に触れてもそれほど危険がない程度の積算エネルギーになります。触るとザラっとした感触がして、形が変わるなどインタラクティブ性もあります。

「Fairy Lights in Femtoseconds」(画像をクリックすると別サイトで動画をご覧いただけます)
「Fairy Lights in Femtoseconds」(画像をクリックすると別サイトで動画をご覧いただけます)
 

足立:VR空間でお絵描きができるものとしては、HTC Viveのチルトブラシがありますが、それが現実世界でできてしまう感覚ですね。

落合「音響場」と「レーザー場」を同時に発生させることによって空中で見えない力を発生させてものを動かしたり、あるいは空中であるところだけ触覚をつくり出したり、他にもいろいろやっています。物質とイメージの間の境界線がだんだんあやふやになってくるのを狙ってるんです。

足立:触覚や音など、VRでも応用できそうですね。

落合もちろん、VRの中でどう空気感をつくるかにも興味がありますし、VR空間と現実世界、両方でいろいろやってます。「映像と物質のジャンプステップ」と僕はよく言うのですが、物質から映像に変わる、映像から物質に変わる、これを繰り返していくと、相乗効果で新しい表現が飛び出してくる。一度、物質的な質量から分離して考えると、考え方が柔らかくなるし、あり得ないようなロボティクスを思い描いたら今度はそれを3Dプリンターでそれをリアルな物質として出力してみる…こういうことがすごく大事だと思います。

足立光氏
 

VRでアーティストは自由になる

足立:VR空間の没入感をさらに高めていくためには、何が必要でしょうか。視覚と聴覚はカバーされているので、次は触覚とか。オキュラスタッチなど、もうすでに実用化が進んでいます。

落合やはり仕事用途となると触覚でしょうね。手で使うものは触覚が重要です。あと、光はものすごく重要です。何から何まで触るわけじゃないので、目で見て分かる空気感っていうものは触覚よりも臨場感が大きいです。例えば特定の光が一つの方向だけから来るのでは、顔を動かすと違和感が発生する。僕はライトフィールドが専門の一つですが、光の分布にこだわることで、いつまでも見ていられるような自然な感じが得られます。

足立:究極的には、「五感」で感じることができるあらゆるエッセンスの精度を高めていきたいですね。

落合最近VRをやっていてすごく思うのは、勝負を決めるのは、もう新しさではなく、作り込みの差。やっぱりオキュラスやVive、ソニーなどプラットフォーマーが作ったものはクオリティーが高い。スマートフォン(スマホ)のゲームアプリなら素人でもつくれるのと違って、VRではやっぱりライティングやテクスチャーなど、技術的な精度がものすごく重要になってきます。

足立:ももクロのライブコンテンツでも、極限まで臨場感を追求してみました。でも、まだまだ足りない部分はあります。

落合今、音や映像は、人間の目や耳のスペックが基準になっている。テレビや映画も、人間に合わせたテクノロジー。でも僕は、人間の感覚を超越した、より解像度の高いものを3次元で表現できれば、その先に何か面白い世界が広がるのではないかと考えています。

あと、ライブについては、僕はVRでアーティストはもっと自由になれると思ってます。フィジカルな存在から一度切り離されることでできることがたくさんある。だって、どうせ触れないんだからどんなふうになってもいいじゃないですか。

足立:確かに、VRを記録ではなく、エンターテインメントと捉えると表現の幅が広がりますね。

落合アーティストを丸ごとデータに変換して、フィジカルな存在から一度切り離してしまう。今だってライブ会場では、ほとんどの人が画面の上で大映しになったアーティストのビジュアルを通じて楽しんでるんだから、そもそもデータになってしまってもいいんじゃないかと思うんです。

拡大縮小も自在だし、分裂したり、ドローンになって空を飛んだり。巨大化したももクロの百田ちゃんが空を飛んでる、とか、EXILEが180人になっているよ、とか(笑)。慣れないうちは抵抗があるかもしれないけど、肉体がやれることよりVRで演じる方が実はエンターテインメントとしてはもっと楽しい。ライブ会場だって、VR空間なら自由に設計できますよね。

足立:VRならではの、ライブの新しいプロデュースの形がありそうですね。ぜひ落合さんと一緒にやってみたいです。

落合陽一氏
 

コミュニケーション領域がキーワード

落合でも、ライブのようなエンターテインメントもいいけど、VRが本当に普及するためには、やはりコミュニケーション領域がキーワードになると思う。みんながスマホのような簡易的なツールを用いて、VR空間で会話できるようになれば、VRは一気に広がります。

足立:面白いものから、便利なものに変わる瞬間ですね。

落合そう。今はまだ「メディアアートの段階」で、技術的な新規性やメディア批評性を持った表現なんです。これで数百万人が感動しているかもしれない。でも、それが実用的なツールになって、社会に組み込まれて、さらにみんなでやる、という引力が働けば、一気に数千万人規模に広がる。その瞬間当たり前のものになる。

足立:私も、VRは基本的にソーシャルな領域へと進化すると考えています。フェイスブックのデモを見てすごい、と思ったのが、VR空間の中でザッカーバーグ氏がスマホを取り出し、メッセンジャーで奥さんが出てきて一緒に自撮りして、それを投稿していた。そういう活用法が、結構早いスピードで広まるかもしれませんね。バーチャルとリアルの接点の設計が、キーになってきそうです。

落合コミュニケーションを取るためには、お互いに視線や表情が見えることも重要です。今のところ、視線は赤外光反射で簡単に捉えることができるけど、表情は映ってない部分をAI(人工知能)で復元するしかない、そのへんの高速性も重要になる。使い方ももっと簡単にするべきだし、例えばスマホのように音声で操作できるような工夫が必要です。

足立:あと、空間のメモリー化というか、失われた場所や空間、その時代にふっと戻れるあの感覚もいいなあ、と。例えば、同窓会は、昔の教室にみんな集合ね、とか。これから2020年に向けて急激に変貌する日本で、場の記憶のアーカイブが持ち得る価値は計り知れない。

あらゆる産業の基盤へ

足立:体験を共有できるVRは究極のイメージ伝達手法で、広告コミュニケーション業界にとっても非常に重要なテクノロジーです。今、時代はエクスペリエンス。広告コミュニケーションも企業が一方的に伝達するのではなく、生活者を主役とした体験型が主流になってきています。

VRで、イベント参加や海外の工場見学だって自由にできる。自動車なら試乗体験ができるだけでなく、実際にドライブしてキャンプ場に行けたりもする。好きなタレントと一緒においしいお店に出掛けたり、ブランドやCMの世界に入り込んだり。そんな広告表現が当たり前になってくるかもしれません。

落合エクスペリエンスデザイン、人間のトータルな体験の設計が重要になってきます。

足立:VRの未来はAR(拡張現実)やAIとも融合しながら、いわゆる「MR」(ミックスドリアリティー)として、よりシンプルで便利な形へと進化して、最終的にはあらゆる産業の基盤になっていくのでしょう。すでに海外では、巨額の資本が動いていますね。

落合グーグルやアリババなど世界の名だたる企業から14億ドル以上の資金調達をしたマジックリープが、どんなMRデバイスを開発してくるか気になっています。幹部からは「ヨウイチ、いつ大学の研究に飽きるんだ。俺らと一緒のことをやってるんだから、飽きたら来いよ」などと言われたりして。あのへんの技術革新にはすごく興味があります。

足立:すごい、とりあえず行くべきじゃないですか! でも、VRのビジネスは始まったばかり。日本にも、多くのチャンスがあると信じています。豊富なコンテンツに加えて、2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催国であるアドバンテージと、世界に誇る多くの企業が存在します。

私たちも、VRというイノベーションを人々の生活やあらゆる業態にプラスすることで価値を生み出すために、組織横断チーム「電通VRプラス」をスタートさせました。なんだか偉そうな言い方ですが、私たちこそVRの未来をつくり出していきたいです。落合さんともぜひこれからいろいろ一緒にやっていきたいですね。