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中国市場に進出するブランドはどう戦うべきか?Isobar Asia Pacific CEOインタビュー

2017/01/20

2014年に米ニューヨーク市場への上場も果たした中国Eコマース最大手のアリババの影響力は同国内にとどまらず、東南アジア、米国などでも存在感を増しています。2016年11月11日の「独身の日」、恒例の大型セールイベントでアリババは、24時間の総取引額が178億ドルと昨年を大きく上回り最高記録を更新しました。激変する中国市場。Isobar ChinaとAsia Pacific CEOを務めるジェーン・リン・バーデン氏に、電通アイソバーのCEO・得丸英俊氏、グレッグ・スマイリー氏を交えて日本企業の進出が増える中国でのデジタル・ブランディングの最新事情について考えていきます。

(左から)グレッグ氏、ジェーン氏、得丸氏

(左から)グレッグ氏、ジェーン氏、得丸氏

日本からは見えない中国デジタルマーケティングの進化

得丸:日本の電通アイソバーでも海外企業の日本進出、日本企業の海外進出の相談を受けることが多くなってきています。中国をターゲットにするブランドにとって、デジタルマーケティングがどのくらいの重要度を占めているのかについて考えていきたいと思います。

ジェーン:中国におけるデジタルマーケティングの重要性については、どれだけ中国のデジタル経済が強大になっているかを理解していただくのがよいと思います。中国デジタル経済の発展には、三つの柱があります。第1の柱はEコマース、第2の柱はモバイル、第3の柱がブランドコミュニケーションです。順番に紹介していきたいと思いますが、まず、一つ目の柱であるEコマースの発展がめざましい。

中国は巨大なデータ社会になったといわれます。中国内でやりとりされるデータはすごい勢いで増えており、2030年までに世界全体の20%を占めるとみられています。そのころには10億の人間とデバイスがネットにつながる予想です。このような環境で企業が成功するには、「データをものにする」ことがマストなのです。

以前通りローカルビジネスにこだわり、Eコマースから切り離したブランド戦略を続けている企業は、中国に来てもほとんどが失敗しています。逆に成功しているブランドは、Eコマースを初めから導入したブランド。そういった事実が、中国での成功においてEコマースが切っても切れないという証明になっています。

モバイルの利用率の高さがデジタル経済の成長を下支え

グレッグ:2本目の柱はモバイルです。中国でモバイルからのEコマースが急速に発展していますが、ジェーンさんはその理由をどのように見ていますか?

ジェーン:中国経済の発展は、デジタル経済を反映したものですが、その主軸はモバイルです。これは、中国人のITリテラシーが高いから急激に発展したわけではないのです。中国は長年、情報インフラ整備が遅れていたのですが、携帯通信網が先に発達しました。必要に迫られたこともあり、インターネット普及率はデスクトップ経由よりモバイル経由の方が高く、そのためEコマースでもモバイルがリードする状況にあります。

地方の住民にとっては、買い物をするにも、ちょっと良いものを買おうと思ったらモバイルが唯一の入手チャネルであり、しかもほかの方法より安価だったのです。多くの消費者がモバイルでものを買い始めたことで、ブランドもEコマースにシフトしたというのは、ごく自然な流れでしょう。

中国のEコマースは速いスピードで成長しており、アリババグループが11月11日の「独身の日」(編集注:日本のバレンタインデーやハロウィンのなどのような位置づけの日)を記念して行うセール「双十一」(ダブルイレブン)の2016年のデータでは、顧客の約82%がモバイルで、2010年の5%から大きく伸びました。2019年までに中国のEコマースは今の3倍になると考えられており、そのほとんどがモバイル経由になるとみられています。

得丸:独身の日はリアル店舗も含めて、いたるところでセールが行われていると思いますが、昨今モバイルでの消費は非常に活況ですね。モバイル上・オンライン上ならではの特徴としてユーザーが好んで購入する商品の傾向などはあるのですか?

ジェーン:いえ、モバイルだから買う・買わない、ということはありません。中国人はほとんど何でもモバイルで買うんです。

ちょっと興味深いのは、ここ半年で英国製品の購入がブームになっているということです。ポンドの下落をきっかけにUKブームが起こり、日本で買い物していた中国人のマネーが英国に流れたようです。これには、もともと英国のものはオンラインで購入しやすいという素地があったことも影響しています。プロダクトやファッションに限らず、家も土地も、クルマも、想像できるほとんどのものは、オンラインで買えてしまいます。

得丸:でも、クルマは試乗してから買うのでは?

ジェーン:ふつうなら、そうですよね。でも中国人は、しないんですよ。彼らは非常に高額のクルマを、オンラインで買ってしまいます。購入前にスペックを確認できればよいという考えなので、オンラインで購入する人が増えています。

得丸:日本人からは考えられないですが、車以外の製品も含め、この感覚は日本のマーケターにはなかなか分からないことですね。

Jane

WeChatはアプリではなく、もはやプラットフォーム

ジェーン:もう一つ重要なのは、メッセンジャーアプリWeChatのモバイルコマースに対する寄与です。日本にはLINEがありますが、中国市場に進出するクライアントには「WeChatはチャットソフトではない」と口を酸っぱくしてお伝えします。ここにあらゆるアプリが乗り、WeChat上で何でもできるようになっていて、もはやOSであり、プラットフォームと言っても過言ではありません。その一つが、課金・送金システムです。

今、私は財布を持たずに出掛けることがあったとしても、スマートフォンを持たずに出掛けることは絶対にありません。支払いは全部WeChatでするからです。レストランでも、マッサージやタクシーの支払いも、場合によっては、ホームレスにカンパしたいときも使います。ホームレスがQRコードを出して、私のアプリで読み取って10元送金、なんてことも実際にあり得ます。誰も彼もがモバイルコマースに対応できているイメージです。中国のオンライン決済の87%はモバイルによるもので、ここにWeChatが大きく寄与しているのです。

グレッグ:日本はまだまだ現金決済がとても多いといわれています。

ジェーン:最近ドイツに行ったのですが、中国に比べたらモバイル決済はほとんど使われてないようでした。スマホで払おうとする中国人観光客が増えたからなのか、店員に「あなたちゃんと現金持っている?」と心配されてしまいました(笑)。

得丸:地方でも、モバイル決済の利用は進んでいますか?

ジェーン:もちろんです。農家のお父さんも使っています。中国では13〜14歳になると故郷の村を離れ、都心の学校に入る子どもがとても多いのですが、村に残った親は、子どもに毎月仕送りをします。それをWeChatで済ませるんです。そもそも日本のようにどこにでも銀行ATMがあるわけではないので、その影響もあります。

得丸:ということは、モバイルからの売り上げは都心と地方では差がないですか。

ジェーン:デスクトップ所有者が減る分、地方の方がモバイル決済率が高く、さらに地方のモバイルユーザー1人あたりの購入金額は、都市部より高いです。Isobar Chinaで行った調査では、地方でモバイル決済を利用したことがある人はまだ50%程度ですから、成長過程にあります。

また、政府が地方に人を移して都市化させる計画を推奨していることもあり、将来Eコマースの伸びしろは地方部にこそあるのです。

ハイブランド志向から国内ブランド志向へ

得丸: ここまで市場としての中国のEコマースについて見てきましたが、少し角度を変えてブランドコミュニケーションに話を進めていきたいと思います。日本に住んでいる立場から見ると、中国人には観光客の爆買いやハイブランド志向の印象がどうしてもあるのですが、中国国内も踏まえて実際にはどのような消費傾向があるのでしょうか。

ジェーン:とにかく、今まで見たことがない輸入品が欲しい。ここ3年くらいで、中国消費者はハイブランド志向からプチブランド志向へと一気にシフトしました。以前なら有名ブランドというだけで「お買い物リスト」入りできましたが、それはもう過去の話です。今ではスマートフォンさえあれば、あらゆる珍しい商品が購入できますから。

消費者の気持ちには変化が起こっていて、以前なら中流層の人たちは、ハイブランドを買うことで経済力を見せつけていたのですが、もうお金は十分にあり、それを誇示する必要はありません。そこで中流層の人たちは、例えば日本でもめずらしい地方農業製品などを買うことで、自分の審美眼を誇示するようになってきました。店舗も広告もないものをネットの口コミで探して購入し、「ほら、日本の高原のリゾート地でしか売ってない、すごくおいしいバームクーヘンを買ったのよ」といったふうにソーシャルで自慢するのです。同じ日本製品の買い物でも、東京のデパートで買ったものとはまったくマインドセットが違ってしまいます。

得丸:ブランドストーリーだったり、買うまでの過程だったりが、すごく重要になってきているようですね。日本の消費者も同じ道を通りましたが、中国の場合はそのスピードが段違いに速く、あっという間に消費者の気持ちに変化が起きてしまった。

グレッグ:そこできっとSNSが大きな役割を果たしているでしょうね。購入したもの・受けたサービスについて投稿するとか、ネットの口コミで商品購買意向が上がるといった話がありますが、ブランド側としても、どのように消費者間でブランドストーリーが拡散しているか、またどのような気持ちの変化があったかを可視化することが大事ですね。

ジェーン: Eコマースのおかげで、Tmall(天猫、中国のモール型オンラインショッピングサイト)から小さな予算で始めてブランドを成功させる例が多くなっていますが、成功のキーはソーシャルメディアの運用です。たった2年で国内第2位に上り詰めたあるオレンジの農家直営ブランドは、ゼロからの立ち上げで、宣伝はソーシャルのみでした。中国国内ブランドの例ではありますが、ソーシャルのアクティブさをよく表していると思います。

Isobar China調べでは現在の中国のソーシャルメディアの普及率は83%で、米国の70%よりも高いです。検索エンジンのBaiduはペイドサーチが強過ぎるということもあって、検索結果をうのみにせず、検索とソーシャルを合わせて情報を入手するのが当たり前になっています。

グレッグ:オンラインの口コミで見つけたものはオンラインで買うほうが、導線としては自然です。オンラインマーケティングが盛んになるのも頷けます。

ジェーン:実体経済としては、実店舗の売り上げはオンラインの9倍とまだ大きいですが、それでもオンラインは上昇し続け、実店舗がだんだん落ちてきています。製品のSKU(一つの品番当たりの、サイズ・色などを単位とした在庫)はオンラインのほうが豊富なので、オンラインへの消費者の移行はとどまるところがありません。中国の消費者にとっては、買うに値するコンテンツであれば、ショップはいらないんです。

日本のブランドは、過去には中国で展開するなら巨大なインフラがなければダメだと考えていたと思いますが、それも今や不要です。今なら小さなブランドで、デジタルチャネルだけでいいのです。そして、有名ブランドであったとしても、ストーリーをうまくつくっていくことが、口コミを盛り上げるためには欠かせません。高級ブランドも消費者の急速な気持ちの変化にとまどっているのが現状でしょう。

得丸:ただストーリーがあればいい、というわけでもないですよね。消費者の審美眼が上がってきているのであれば、品質に対しても、内容についても、厳しくなるのは当然です。

ジェーン:そうなんです。ある高級ブランドは何年もかけて中国市場に取り組み、数年前にかなりの成果を上げました。その翌年、中国国内かつ期間限定で打って出た商品のデザインというのが、漢字のロゴをあしらったものでして…。海外ブランドなのに漢字ロゴが入っているのなんて不自然だし、目立ち過ぎるし、と中国人には大不評でした。高級ブランドでも気付いていないのが、中国人はもういかにもブランド製品というものを買わなくなり、もっと微妙なものを好むようになっているということです。この層は自分たちの審美眼にとても自信があるので、ブランドが目立たないような、もっと巧妙な工夫が必要です。

得丸CEO

「70%の確実性で決断すること」が中国での勝ちパターン

得丸:中国においていわゆる有名ブランドは、今後どのように振る舞っていくべきか、これは大きな課題ですね。ジェーンさんはどうアドバイスをされていますか。

ジェーン:まず、スピーディーに不確実なままでも物事を進められる体制を組むことです。私はいつも、100%を求めないで、「70%の確実性で早く行動すること」が大事だと言っています。

最近の中国では海外ブランドがどんどん国内ブランドに押されており、消費財シェアの70%が国内製品になってしまいました。なぜこのようなことが起こるのかというと、私は、組織とプランニングの在り方が原因だと考えています。

グレッグ: 日本でも同じ課題が見られますね。日本で戦う海外のブランドの中でも、日本国内で決定権を持つブランドの方が成功します。欧米と比べて、マーケットがあまりにも違うので、ローカル企業と同じ土俵で戦うには、それぐらい現地のマーケットへの投資が必要です。

ジェーン:これからは外国企業でも、中国国内で決定権を持つ組織をつくらないとビジネスの発展は難しいでしょう。本国からの判断を待った結果、タイミングを逃すということを実際に目にしています。日本の企業に必要なのは、特殊部隊をつくることです。 日本の組織をコピーしようとせず、スピードを重視して70%の正確性で、戦略をつくって実施する。それを、毎月レビューしてどんどん磨いていくのです。それが今中国で成功しているブランドの戦略です。

中国のデジタルマーケットがどんなに速く変化しているのか、その中に身を置いていないと絶対に理解することができませんし、これが分からないと、失敗します。例えば、中国で人気のスキンケアブランドは、5〜6年前のブランド旗揚げ時に4都市で実店舗を開きましたが、まもなく閉店してオンラインにシフトしたんです。そしてオンラインでの人気を確固とした後に、再びオフラインの実店舗を展開し始めました。彼らの商品発売サイクルは、速さが違います。ほとんど毎月新しい商品ラインが出ますし、今月発売の製品が不評だったら、翌月には販売を中止してしまうほどです。つまりオンラインでは一種のテストを行っていて、うまくいく商品のみ実店舗でも買えるようにしているんです。

得丸:日本企業は2年計画を携えて実店舗を開く、といったことが多いのですが、成功するブランドは、スピード感も、戦う土俵さえも違ってきているのですね。

グレッグ: 日本の企業は大きければ大きいほど組織が複雑で、部署ごとの立ち位置や力関係があったり、プロジェクトごとに別のチームがやっていたりと、決断を難しくしてしまう原因が多々ありますね。しかし、実店舗であえて販売しないというのは賢い決断ですね。

グレッグ

中国進出は“特殊部隊”でリーンスタートアップすることが鍵

得丸: 「越境EC」という言葉も浸透してきている中で、日本を含め海外企業はどのように中国市場で戦うべきでしょうか?

ジェーン:先のスキンケアブランドが良い例ですが、今中国で大きなブランドが何かやるならば、ひとまず全体で動かすことは考えずに、小さなブランドを一つか二つ、特殊部隊をつくってそこでオンライン展開してみることです。この場合、オンラインとオフライン両方でもいいですが、できれば100%オンラインでやってみることをおすすめします。というのも、やはり中国のプロモーション予算の8割はオンラインに費やされているので、費用対効果としてはオンラインにつぎ込むべきです。

得丸:まずオンラインマーケティングから始めてみて、随時、考えるということですね。

ジェーン:はい。年間計画などの見立てに時間をかけ過ぎずに、まずオンラインで施策を始めて、データを見ながら次の一手を考える。インフラとかその他のことは、やりながら考えればいいのです。このスタイルは、インターナショナルブランドのほとんどが、まだ気づいていないと思います。

得丸:最後の質問ですが、デジタルマーケティングではデータの取得と利用が欠かせません。これだけデジタルマーケティングが盛んな中国ではデータ収集が日本よりは容易だと想像するのですが、どのようにデータを使っていますか?

ジェーン:実はそれほど簡単ではありません。つまり、中国ではデータのフローは高いものの、透明性が低い。顧客の反応をトラッキングするのにも、ノイズを除去する技術やノウハウがなければ、マーケティング予算をすべてムダにしてしまうことになりかねません。そのためには、冒頭でも話したように、いかにデータをものにするかがこれから求められていることです。