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スマホの次はヒアラブル!No.3

「ヒアラブル」が切り開くユニバーサルなコミュニケーション

2017/02/08

数年後の冬の早朝。「日塔さん、朝5時です。今日はいつもより2時間早く起きる日ですよ。入眠時間は夜11時17分、睡眠時間は5時間37分。夜中の2時10分に少し目が覚めましたね。あなたの体温は36.2度で平熱。寝不足ですが一日頑張りましょう。外の気温は3.6度、昨日より1度低いです。午前は晴れますが、13時ごろから新橋では雨の予報なので傘を持っていくのを忘れずに」

このように言っているのは耳に着けているイヤホン。完全に耳の穴の中に入っているので、周りからは見えない。装着感もほとんどないので、24時間着けっぱなしでも問題ない。他に何もつけていないのに、心拍と体の動きから睡眠の時間や質まで正確に教えてくれる。夜中に地震があったときも知らせてくれるので安心だ。

これが聞こえているのはもちろん、私だけ。今日のように早く出掛ける日も、スマホのアラームみたいに音を立てないので、ぐっすり寝ている家族を起こさずにすむ。家を出ると、まだ暗い。でもイヤホンが勝手に気分に合った音楽を選んでかけてくれる。「One Perfect Sunrise」という大好きな曲とともに夜が明けてきた。やる気が湧いてきた!

「ヒアラブル」でココロとカラダのコンディションが分かる?

冒頭のストーリーは、(センサーの小型化やバッテリーの進化がまだ必要なものの)技術的にはほとんどが実現可能なサービスです。第1回で、「補聴器がすごい」とお話ししましたが、聴覚のウェアラブル化=「ヒアラブル」によって補聴器のメーカーが注目を集めています。

例えば、完全に耳の穴に「入る」補聴器はかなり前から存在します。2010年ごろにはさらに小さい耳の穴の中に「隠れる」タイプが登場しました。これは、外耳道の鼓膜の近くまで小型装置を入れるもので、いわゆる「Invisible In The Canal」(IIC)というタイプです。代表的なものにアメリカのスターキー「SoundLens」(日本での商品名は「オトレンズ」)が挙げられます。

オトレンズ
スターキー社「オトレンズ」のイメージ図

また昨年、デンマークのオーティコンはインターネットに接続可能な「Opn(オープン)」という補聴器を発売し、1月にラスベガスで開催された見本市CESの2部門でイノベーションアワードを受賞しました。これはIoTサービスに対応していて、例えば玄関のドアベルが鳴ったことを音声で教えてくれたり、天気予報や約束の時間を知らせてくれたりするそうです。これは補聴器以外のヒアラブル・デバイスにもあったら便利だと思います。

その他にも補聴器は、音の圧縮と増幅の機能、ノイズキャンセル、ハウリングキャンセル、指向性マイクなど、「サウンドテクノロジーの最先端を走っている」といって過言ではありません。このような機能は難聴者でなくても遠くの音を拾いたかったり、逆にうるさい場所で必要な音だけ拾いたかったりする場合に「聴覚の拡張」として重宝しそうです。

耳からの生体情報のセンシングに関しては、日本のサルーステックが市販のイヤホンで脈波などの生体信号を測位する技術を開発しています(なんとマイク付きでもないもので可能だそうです!)。社長の小川博司さんに話を伺ったところ、「脈波をとるに当たって手の指先などさまざまな試行錯誤を行ったが、耳は脳に近いためブレが少なく、正確な測定を取るには最適との結論に至った」とのことです(私とは違うアプローチから同じ結論を出されていたので、うれしく思いました)。

脈拍などの生体情報が取れれば、例えば声による感情分析と組み合わせることによりココロとカラダのコンディションが詳しく分かるようになるので、スポーツやヘルスケアで応用が期待できます。冒頭のストーリーのように、感情に合わせた音楽のレコメンドも夢ではありません。高齢化社会での健康管理でも力を発揮することでしょう。

日本人の10人に1人以上が、本当は補聴器を着けた方がよい

上記のように補聴器はヒアラブル・デバイスとして大きな可能性を秘めているのですが、実は日本では高齢化が進んでいるにも関わらず必ずしも大きなマーケットになっていません。

日本補聴器工業会の「JapanTrak調査報告(2012年版および2015年版)」によると、日本人のうち10人に1人以上が本当は補聴器をつけた方がよいのにもかかわらず、実際に持っている人は難聴者の7人に1人にも満たないということです(日本の難聴者率は11.3%で、その中での補聴器保有率は13.5%)。欧米諸国では難聴者の補聴器保有率は日本の2~3倍以上のところが多く(ドイツ 34.0%、イギリス 41.1%。フランス 30.4%、アメリカ 24.6% )、その結果、補聴器メーカーの世界シェアは圧倒的に欧米諸国が大きいです。

その理由はさまざまありますが、これだけの高性能で精密な機械なので、値段が高いことが挙げられます(正規の専門店で購入すると安いものでも数万円、高性能なものでは50万円近くします)。

この社会的な課題を知った時、「量産効果」による可能性を直感しました。つまり古くは任天堂の横井軍平氏は「枯れた技術の水平思考」と言いましたが、ゲームウォッチは液晶の技術が枯れてきたところで思い切った量産に踏み切って値段を下げて成功したり、前回考察したiPodもハードディスクの技術が枯れてきたところで大量生産したことがアップルの世界一につながったりで、枚挙にいとまがありません。

つまりヒアラブル・デバイスも、万人向けのユニバーサルなものとして大量につくることによって値段が下がり、結果的に本当に必要な人に行きわたることが重要なのではないか?と思いました。

ヒアラブルが切り開くユニバーサルなコミュニケーション

例えば、上記で見てきた補聴器の機能を広くヒアラブル・デバイスに搭載することで、以下のような活用が可能ではないでしょうか。
ヒアラブルの3市場

さらに、これから日本は高齢化がますます進みますが、年齢を重ねると必然的に視覚や聴覚が衰えますので、「その他」と思っていた人もいずれ聴覚と視覚の拡張が必要になります(私も例外でなく、すでに近視ですし突発性難聴を経験しています)。また、日本は国策としてインバウンドに力を入れていますが、訪日外国人は文化や言語の問題で不自由を感じているので、ヒアラブルは同時通訳レシーバやガイドとして活躍できそうです。もちろんインバウンド客の中にも聴覚や視覚が不自由な方もいます。よって「高齢者」「訪日外国人」もヒアラブルが必要な方々だと考えられます。

ヒアラブルの+2市場

これらを「3+2市場」と名付けて整理すると、以下の図のようになります。

ヒアラブルの「3+2」市場

この話をすると、例えば「補聴器が利かない重度の聴覚障がいには対応できないのでは?」とか、「視覚障がい者は耳が頼りなのでそこに機器は付けないのでは?」といったご指摘も頂きます。

もちろんこの考え方は現時点では課題も多いことは確かですが、それ以前の大前提として「みんなが耳のデバイスを通じて一つにつながれる」「老若男女問わず国境も障がいも超えてコミュニケーションできる」という未来に夢を持っていて、これは文字通り「ユニバーサル・コミュニケーション」の可能性を秘めていると思っています。

なお、個人的には重度の聴覚障がいに対しては耳を経由した脳へのアプローチの可能性もありますし、視覚障がいに対しては耳を覆わないで直接骨から音を伝える「骨伝導」という方法もあると考えています。

最後になりますが、動物は鳴き声でコミュニケーションを取りますし、昔は犬とのコミュニケーションツール「バウリンガル」というおもちゃがヒットしました。「未知との遭遇」という映画のクライマックスでは宇宙人と電子音のような音でコミュニケーションをとっていたことが印象深いです。人間だけではなく、音を通じて「種」をも超えたコミュニケーションできる時代がやってくるかも知れませんね!