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京都発 日本の伝統で未来を創るたくらみ

2017/03/10

    日本が世界に誇る千年の都・京都。歴史と伝統が根差す地で、その“力”を生かした、あるイノベーティブな取り組みが活気づいている。「GO ON(ゴオン)」と呼ばれるこのムーブメントは、京都の工芸をはじめとした“伝統産業”によって、未来を創ろうとするものだ。

    しかしそれは、伝統をそのままの形でつなげることではない。むしろ生活様式の変化で、従来の伝統産業の生態系は崩れつつある。ただしそれらの構成要素を一つ一つ分解すれば、グローバル時代に求められる唯一無二の「日本的な価値」に転換することが可能だ。例えば伝統工芸なら、「技術」「素材」「ストーリー」に分解して、他の産業やクリエーターと連携する。それにより、日本的な価値を持った新しいイノベーションを生み出す。伝統の力を、未来へひそかに忍ばせていく“たくらみ”だ。具体的な取り組みを見ていきたい。

    「GO ON(ゴオン)」
    左から、辻徹氏、細尾真孝氏、八木隆裕氏、小菅達之氏、松林豊斎氏、中川周士氏

    京金網「金網つじ」

    辻 徹(つじ とおる)
    「脇役の品格」という理念の下、時代を超えて職人が受け継いできた技術を守りながら、新しいものづくりに挑戦している。

    西陣織「細尾」

    細尾 真孝(ほそお まさたか)
    300年以上前から続く西陣織の「細尾」。自社ファブリックを海外一流ブランドに提供。2016年MITメディアラボのディレクターズフェロー就任。

    茶筒「開化堂」

    八木 隆裕(やぎ たかひろ)
    日本最古の手作り茶筒の老舗。高い気密性を持たせる技術のみならず、使うほどに味が出る茶筒は海外でも多くのファンを持つ。

    桶指物「中川木工芸」

    中川 周士(なかがわ しゅうじ)
    卓越した木桶の技法を受け継ぎ、国内外で注目を集める。生み出された「シャンパンクーラー」は、ドン・ペリニヨン公認となる。

    茶陶「朝日焼」

    松林 豊斎(まつばやし ほうさい)
    開窯は1600年。2016年に十六世松林豊斎襲名。小堀遠州の「遠州七窯」に数えられる茶陶の名門。

    竹工芸「公長齋小菅」

    小菅 達之(こすが たつゆき)
    1898年の創業以来、「竹工芸の価値を高める」という理念の下に「古典と現代の融合」を創作理念とした竹製品を生み出している。

    「GO ON」のスタートは6人の“後継者ユニット”

    始動は2012年10月。きっかけは、京都の伝統工芸を担う6人の若手後継者がユニットを組んだことだった。西陣織の「細尾」、竹工芸の「公長齋小菅」、桶指物の「中川木工芸」、茶筒の「開化堂」、京金網の「金網つじ」、茶陶の「朝日焼」という、伝統工芸6社の“若旦那”たち。彼らはそれぞれ海外に進出したり、各自の技を新領域に広めたりと挑戦をしていた。そんな同じ志を持った6人が集まり、伝統工芸を分解することで、従来の作品にとらわれない新たな価値を追求した。

    まず行ったのは、彼ら固有の伝統工芸の「技術」を使い、海外デザイナーと連携して新たな商品をつくる「Japan handmade」。木桶の技術を使ったスツール、金網の技術を取り入れたワインストッパー、西陣織からなるファブリック(織物)などが生まれた。作品は海外で支持を集め、上海やパリ、ミラノ、ニューヨークの展示会に出展。木桶のスツールは英国のビクトリア・アンド・アルバート博物館でパーマネントコレクションとしても収蔵された。

    また「Beyond KYOTO」というサービスでは、6人が京都の観光コンシェルジュとなり、工芸が生まれる過程や文化的背景を旅行者に案内。伝統工芸の「ストーリー」を抽出し、街と連携させた。

    6人による挑戦の道のりは決して平坦ではなかったが、京都の伝統に新たな光を当て、今後への可能性を示した。その結果、現在は6人だけでなく、さまざまな京都の伝統産業が多彩なジャンルと連動し始めている。まさにGO ONムーブメントは進化の真っ最中だ。

    企業と6人のコラボ、続々と展開中

    「伝統工芸の分解」というコンセプトに基づいた6人の活動は、企業とのコラボ事例も生んでいる。
    彼らは企業に対して、どのような価値を提供したのか。ここでは、二つの事例をピックアップする。

    パナソニック×GO ON

    伝統と最新。二つの“技術”を合わせて日本ならではの家電デザインを

    GO ONの6人と手を組むことで、「京都伝統工芸×家電」を具現化したのがパナソニック。同社の社内カンパニー、アプライアンス社は2015年11月から、外部の視点を取り入れて新たな家電デザインを研究する共創プロジェクト「Kyoto KADEN Lab.」(京都家電ラボ)を開始。第1弾として、GO ONと共に日本ならではの新しい「家電の価値」を追求していった。

    プロジェクトに至った背景について、当時のアプライアンス社デザインセンター所長・中野二三康氏(現パナソニック テクノロジー&デザイン部門デザイン戦略室室長)は、「家電事業がグローバル競争を戦う中で“日本”を意識し、自分たちのDNAを見詰め直す必要性があった。こうした意識でわれわれは“J”コンセプトシリーズにチャレンジし、日本の文化力、モノづくりの強み、日本人の感性の奥深いところをより学びたいと感じていた。GO ONとの出会いはタイムリーだった」と振り返る。

    プロジェクト開始から約1年後の16年10月には、京都伝統工芸とIHやLEDなどの最新技術を組み合わせた新型家電のプロトタイプ10点を発表。10月29〜31日、京都市下京区の「京都もやし町家」で展示会を開いた。茶筒とスピーカーの技術を組み合わせ、ふたの開閉に合わせて音をオンオフするコンパクトスピーカー「響筒」や、竹工芸の編み目細工とLEDを組み合わせた照明「竹コロ」などが並んだ。

    制作の手応えについて「伝統から生み出された数々の新しいカタチは、テクノロジーが決して前面に出ることなく、次代につながる新しい豊かさを感じることができる」と中野氏。同年11月には東京でも一般公開し、さらに今年4月には、イタリアの国際見本市「ミラノサローネ」への出展も計画している。

    今回はプロトタイプであり非売品となるが、中野氏は「研究活動で得られた新たな視点や感性は、順次製品デザインに反映させていく。また今回は先端技術を応用し新しい体験価値を創ることにもトライした。今後はこのように新カテゴリーを生み出すことにもチャレンジする」と展望する。京都伝統工芸と家電の融和は、さらに加速していく見込みだ。

    銀釉/お茶の豊かさを五感で感じる器
    銀釉
    お茶の豊かさを五感で感じる器
    響筒/手のひらで音を感じ、表情を楽しむコンパクトスピーカー
    響筒
    手のひらで音を感じ、表情を楽しむコンパクトスピーカー
    竹コロ/竹の隙間からこぼれる光をめでるLED照明
    竹コロ
    竹の隙間からこぼれる光をめでるLED照明
    月灯/影と光を楽しむLEDペンダントライト
    月灯
    影と光を楽しむLEDペンダントライト
    水甬/IHからの非接触給電によって水を冷やす木桶
    水甬
    IHからの非接触給電によって水を冷やす木桶
    網香炉/体験、記憶を膨らませる香炉
    網香炉
    体験、記憶を膨らませる香炉
    カンナ屑ノ灯/木くずから透ける光と、澄んだ木の香りを楽しむ照明
    カンナ屑ノ灯
    木くずから透ける光と、澄んだ木の香りを楽しむ照明
    織ノ響/音と織で空間をつくるパーティション
    織ノ響
    音と織で空間をつくるパーティション
    銀砂ノ酒器/IHからの非接触給電で金属粒を冷やし冷酒を楽しむ木桶
    銀砂ノ酒器
    IHからの非接触給電で金属粒を冷やし冷酒を楽しむ木桶
    燗酒器/桶の制作技法で作られたIH対応の木製かんどっくり
    燗酒器
    桶の制作技法で作られたIH対応の木製かんどっくり

    積水ハウス×GO ON

    伝統工芸の「ストーリー」を主軸にマンション居住者へ“暮らし”の提案

    6人とのコラボにより生まれた「京都伝統工芸×マンション」という形。積水ハウスでは、2015年5月から分譲マンション「グランドメゾン京都御池通」の販売を開始、そのブランドパートナーに起用されたのがGO ONだった。

    同マンションは、御池通と麩屋町通が交わる京都の中心に立地。その絶好のロケーションを生かし、街並みや歴史、文化と調和した暮らしの実現をコンセプトに掲げていた。そこで建物内の随所に取り入れたのが、彼らのプロデュースした伝統工芸だ。

    さらに特徴的だったのが、同マンションの成約者や検討者を対象とした全4回のワークショップ。GO ONのメンバーが主力となり、京都の街に愛着を抱いて豊かな暮らしを実現するための提案や意見交換会が開催された。例えば第1回のワークショップでは、細尾氏と辻氏が京都の暮らしとものづくりについて参加者に話し、GO ONのショールーム見学も行われた。第2回以降も、京都の街や文化の中での暮らしをテーマに語り合いが進められた。

    伝統工芸を分解し「ストーリー」をピックアップしたことで、現代の暮らしの領域にも新たな働き掛けができたといえるだろう。

    GO ONコラボによる「グランドメゾン京都御池通」のエントランス
    GO ONコラボによる「グランドメゾン京都御池通」のエントランス
     
     
    広がるGO ON。活動は6人から京都全体へ

    GO ONの始まりは6人のユニットだったが、今やそのムーブメントは拡大。他の伝統産業でも進展している。

    “きものをもっと自由に”

    阪急うめだ本店「#playkimono」

    (2016年9月28日〜10月10日)
     

    「#playkimono」は京都が伝えてきた着物文化を、現代風にアレンジして大阪の百貨店から発信したイベント。ファッション感覚で楽しむ着物をテーマに、職人による現代的な着物の展示や、着こなし・コーディネートの提案が行われた。会場には、京都の有名人がおもてなしするバーやカフェも設置。インスタグラムと連動したキャンペーンも盛り上がった。

    京都の伝統が行き交うエンターテインメント

    東映太秦映画村「太秦江戸酒場」

    2014年からこれまで4回行われているこのイベントは、通常営業後となる夜の映画村を舞台に、江戸時代の京都を味わえる企画。目の前で役者による本物の殺陣や伝統芸能が行われ、老舗名店の料理やお酒も味わえる。さらには、伝統工芸の職人が当時の風景そのままに作業をしている姿も。時代劇を中心にあらゆる伝統が交差した空間は、毎回満員の人気ぶりとなっている。

    大学生が外国人に本物の「京都」を伝える

    京都大学「GENIUS TABLE in KYOTO」

    京都の文化を通じて、外国人観光客と地元の大学生や市民が交流する取り組み。鴨川のほとりや伝統工芸の工房など、京都の暮らしを感じられる場所に観光客を招いて昼食会を行っている。食は京都らしいお弁当を用意。グローバルな交流を生み出すだけでなく、学生や市民が地元・京都を見詰め直す機会にもなっている。

    デザイナーと協業し「現代の伝統工芸」をつくる

    伝統工芸職人+デザイナー「RIMPA400」

    前述の6人とは別に、京都の伝統工芸を担う職人6人が、2人のデザイナーと協業し、これまでにないプロダクトを開発する「RIMPA400」。京瓦、京漆器、陶磁器、京提灯(ちょうちん)、京表具、引箔(ひきばく)という分野に、デザイナーのアイデアを取り入れて、現代に生きる作品を製作。

    京瓦のフラワーポットや京提灯の技術を生かした照明などがその例で、既に海外からも注目を集めている。

     

    京都の伝統が未来にもたらすもの

    電通京都支社
    文化事業構想部 プロデューサー

    各務 亮 氏

    伝統を未来につなぐ、かたくななほどの強い意志を1000年以上にわたり継承し続ける街、ここ京都。そんな哲学がにじみ出るからこそ、人はこの街で出会うモノやヒトに魅了されるのではないでしょうか。

    電通京都支社 文化事業構想部 プロデューサー 各務 亮 氏

    一方、京都でさえ、グローバルな消費経済とは無縁でなく、伝統産業は後継者不足など危機的な状況に直面しています。GO ONのスターターとなった6社は、そんな逆境を巻き返すべく、老舗がのれんの垣根を越えてネットワークで世界に挑み、世界のラグジュアリー市場で高い評価を得てきました。

    最近は工芸にとどまらず、芸能、着物、和食、日本酒など、挑戦に共感・呼応する街の異業種との連携が次々生まれています。様式美に偏りがちな伝統が、そのジレンマを乗り越え、リアルな文化として再生するさまを目の当たりにしているようです。

    萌芽しつつある京都文化の新ムーブメントにグローバル企業や先端企業が掛け合わされると…そこには、まだ世にない新産業の誕生や、未来の日本の力が姿を現すのでは?とひそかに妄想を膨らませています。現在進行中の小さなプロジェクトが積み重なり、いつか未来の伝統に。そんな歴史づくりに、少しでも貢献できればとプロデュースを続けていきます。