「漫画」と「アート」と「広告」と

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    しりあがり寿
    漫画家

キリンビール宣伝部から漫画家、さらにはアーチストとして昨年は「回・転・展」「ゆる和」などの個展を開催し、大好評。さまざまなジャンルで活躍する、しりあがり寿さんに話を伺いました。

二足のわらじを履いた訳

もともとファインアートというよりは、人気商売的な絵の世界に行きたかったんです。多摩美のグラフィックに入ったのも、例えば絵にしてもイラストだったり、たくさんの人に見てもらえるような方が好きだったんですよ。広告も同じような世界じゃないですか。たくさんの人が見て、笑ったり、楽しんだり。だから、いつかは漫画家になりたいなと思っていましたけども、卒業時点で特に漫画を描くという道もなくて、そのときに、キリンビールに受かっちゃったんです(笑)。

しりあがり寿氏
しりあがり寿氏

あの頃は、広告が面白かったですよね。会社へ入ったのは1981年ですけど、糸井重里さんの「おいしい生活。」が出てきたあたりだったし。何かショートの映像で面白いものをつくろうと思ったら、それこそ広告をつくるしかないという時代でした。結構忙しかったので漫画は週末にちょろちょろと描くだけでしたけど、13年間、二足のわらじを履きましたね。

会社を辞めたのは、やっぱり年齢的に36歳ぐらいで管理職みたいなのが見えてきて、宣伝の仕事で現場から離れたらつまらない気がしたんですね。それに比べて、漫画の方はまだ描いていないことがいっぱいある。あれも描きたい、これも描きたいのに、今まで時間もないし、会社に多少遠慮もあったかもしれないし。だから、思い切って会社を辞めて。

僕、もともと、個性を押し出すとか、そういうのが嫌いで、毎回やることを変えても、残るようなものが本当の個性じゃないかなみたいに思っていたんです。例えば、ビールのブランドだと本格的で大人のイメージだとか、芸能人だったら清純派だとか本格派だとかいろんなイメージづくりがありますよね。作家の場合は、そういうイメージをつくったら、それに縛られちゃうじゃないですか。だから、何やってもいい人になりたくて、描くたびに絵柄を変えていたんですね。

まあ、流されて、みたいな感じですけど。これをやりたいというのがないんです。言われたら、それに合わせると何かができるだろうみたいな感じで。

メディアの違い、受け手の違い

広告、アート、それから漫画などエンターテインメントとかメディアの世界というのは、何が違うかというと、つくる方は何も変わらないんですよね。つくり手は何一つ変わらないけど、お金を出す人たちが変わる。広告はクライアントが出すし、漫画とか音楽とかメディア的なものは、100円のものを1万人に売る世界ですよね。一方で1万円のものを1人に売るアートみたいな世界もある。そうなるとおのずと、自分が何をやりたいかというのは別にして、その作品を買ってくれる人のことも考えざるを得ない。

昨年はアートばっかりやっていましたし、広告もちょっと増えたけど、今、漫画は少なくなっています。ほとんど新聞だけですし。といってもほぼ毎日なんで大変ですけど(笑)。そこらへんは、その時その時で変わりますね。

制作作法とか接し方みたいなものは、それぞれで違います。漫画でも、『ガロ』みたいな雑誌に描くときと「朝日新聞」に描くときとは、出版社がどうのというより、その先にいる人が違うので、やっぱり変えます。広告だって、目的も違うし、受け手も違いますし。メディアとかジャンルで変えるというよりは、作品ごとに少しずつ変わっているんじゃないですかね。あくまでも自分が描きたい、自分が描きたくないものは描かないみたいな一線は、まだ守れているような感じはしますけど。

昨年アートでやったことは、漫画の初期にやったことと似ていて、パロディ-をもとにして、漫画って何だろう、みたいなことで、おちょくって、人に疑問を持たせるようなことをしていたつもりなんですけど。「回・転・展」でも、回っている間だけアートになるやかんとかも、回ったら芸術で、止まったらただのものに戻るなんて、ヘンでしょう? それを美術館でやるとそれっぽく見える。

みんなに、「えっ?」というか、疑わせるようなことが、すごく好きなんですね。

さっき、人に合わせていろいろやってきましたとは言いましたけど、何十年もやってくると、自分の好きなもの、自分の性癖みたいなものが、昨年にかけて、案外出てきたな、という感じはあります。

「しりあがり寿の現代美術 回·転·展」  東京、愛知、兵庫で16~17年に開催
「しりあがり寿の現代美術 回·転·展」 東京、愛知、兵庫で16~17年に開催

架空と現実

僕は、どちらかというと、今メディアから離れたいんですよね。それで、アートやイベントに行ったところはあります。バーチャルリアリティーとか好きだけど怖いんですよ。ああいうものは、作品を絵に描くというよりは、お客さんの頭の中に架空の物語をつくって、そこで遊ばせてあげるわけですね。それが最近多過ぎるような気がして、もうちょっと現実を見た方がいいんじゃないかと思うんです。

それで、例えば「いいよね」とか熱く語っている人の後ろから膝カックンしたりとか、ちょっと待てよというところでチクッとほっぺたを刺してやりたいとか。現実に引き戻したい、というのはありますね。

自分自身のことでいうと、エネルギッシュじゃないですよ。いつも体調悪いといって早く帰ったりするし、かと思えばすぐ飲みに行っちゃったりするし。一方、ひょうひょうともしていないですね。うじうじ考えるし、悩むことは悩むし。

「回・転・展」のときは老師の姿でね。あんなふうになればいいんですけどね。何かの道を極めたような、達観なんか全然できないし。ただの心配性のおやじみたいな…。

負けず嫌いなので、ギャーッとか、ウワーッとか、つらいとか言うのって、恥ずかしいじゃないですか。いつでもへらへらしている方が、ゆとりがあるように見えて、いいじゃないですか。あまり弱音を吐くと、ちょっとね。といって、他人と勝負はできない。気が弱いんでしょうね。だから、人と違うところへ行って生きのころうとしちゃうんでしょうね。

プロフィール

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    しりあがり寿
    漫画家

    1958年静岡市生まれ。1981年多摩美術大グラフィックデザイン専攻卒業後キリンビールに入社し、パッケージデザイン、広告宣伝などを担当。1985年単行本『エレキな春』で漫画家としてデビュー。パロディーを中心にした新しいタイプのギャグマンガ家として注目を浴びる。1994年独立後は、幻想的あるいは文学的な作品など次々に発表、新聞の風刺4コママンガから長編ストーリーマンガ、アンダーグラウンドマンガなどさまざまなジャンルで独自な活動を続ける一方、近年では映像、アートなどマンガ以外の多方面に創作の幅を広げている。

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