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スポーツで社会の課題を解決するNo.2

【対談】為末大×樋口景一 第2回
過去を理解することが未来の飛躍につながる

2014/02/06

前回に引き続き、元プロ陸上選手であり現在は指導者やコメンテータなど幅広く活躍する為末大さんと、電通・CDCコミュニケーションデザイン・ディレクターの樋口景一さんが、社会の様々な課題に対してスポーツの力で何かできることがないか、その可能性について語り合いました。

 

【スポーツのモチベーションマネジメントを企業活動へ】

為末:スポーツのモチベーション設計が組織に生かせるのでは、という意見は、たしかにそうかもしれないなと思います。

人がスポーツに向かうとき、おおまかに言うとそのモチベーションは2種類あります。優勝するとか結果を出すというように、何かを達成するためにがんばる「目的型」と、とにかくそれ自体が好きで、好きだからやるという「夢中型」です。

目的型の人は、目的を達成するまで歯を食いしばってでも努力しますが、達成したり「もう無理だ」と思ったりしたらそこでプツッと切れてしまう。一方、夢中型の人は好きでやっているので飽きるまで続けられるんですが、やっぱり好きなだけで限界まで、毎日痛みや苦しみと向き合ってまではやらない。

だからプロの選手だと、この両方を自分の中でうまくマネジメントできる人が、ハードな競技生活を長く続けられるのかなと。

樋口:プロスポーツの世界では、そういうモチベーションマネジメントの研究は進んでいるんですか?

為末:いえ、それぞれが体感してはいると思いますが、体系化されてはいませんね。僕も引退してから改めて考えたことで。

樋口:ビジネスの領域でも、人の働きをマネジメントするための策がいろいろな組織やチームで取り入れられ始めていますが、僕は今のところ、短期的に捉えたメソッドばかりな気がしているんです。長期的にといっても、小さな目標の達成と褒賞を積み重ねて長く持たせる方法がほとんどで、中長期的な視点では体系化されてはいないように思います。

その部分、中長期的に人がどう成長して、どう仕事に対して向き合うかを考えるにあたっては、スポーツに一日の長があるんじゃないかと。

為末:中長期的な視点は大事ですよね。それがないと、方向性が定まらない。

がむしゃらだけど“詰められていない”選手って、いるんですよ。常に一生懸命なんだけど、場当たり的というか。長期の目標がぼんやりとでも見据えていながら、それだけだと毎日をがんばりきれないから短期の目標もあるという、この両方の設定がスポーツでは重要ですね。

それから、将来への見通しだけでなく、履歴もけっこう重要だと思っています。どこまで登ってきたかを度々振り返れる、過去の履歴と時間軸を把握していないと、ぶれてしまうので。

樋口:過去を振り返る、ですか。それは興味深い視点です。企業だと現在と未来を見ていることが常で、あまり過去を話題にすることはないので…。でも本当は過去からの連続が現在であり、未来へ続くわけなので、未来を計画するにしても時間軸を踏まえて考えるべきですよね。

【本来持つDNAから新規事業を考えなければ成長はない】

為末:過去をどう捉えるかによって、未来の見え方も変わると思うんです。

ちょっと話が飛ぶかもしれませんが、僕らが身体に何らかの刺激を受けたとき、それを脳が理解するまでにはわずかなタイムラグがあります。星の光が、今見ていても実は何万光年も前の光だったりするように、僕らの中でも、少し遅れて定着された記憶を元に未来の物事を判断していると思うんです。

樋口:なるほど。

為末:実際に選手と話をすると感じることなのですが、例えばオリンピックに出場して「失敗してしまった」と思っている選手と「大きな学びを得た」と思っている選手とでは、未来の描き方が全然違うんです。

なので、逆説的ですが、未来を変えたければ過去のできごとの捉え方を変えるというのは、スポーツの世界ではある程度有効だと思います。未来ばかり見ていると、連続性がなく固定化されたイメージの中で取り組み続ける、というようなことがよくありますね。

樋口:すごく面白い話ですね。企業では近年、競争環境や市場環境の移り変わりが激しいので、「非連続的な思考で模索しないと成長がない」と思われる傾向が大きくて。新規事業を立ち上げるにしても、過去とはまったく切り離した何かを始めようとするんです。

でも、これがなかなかうまくいかない。しかも恐ろしいことに、そうやって考える新規事業はどの企業でも似通ってしまうんです。時間軸を加味しないと、未来観が固定されていくというのは、アスリートの世界でも同じなんですね。

為末:そうですね、自分の過去に目を向けないと、やっぱり自分ならではの強みを伸ばしたり、飛躍したりできないんだと思います。

樋口:企業でも、本来どんな事業を始めるにしても、そこにその企業のDNAがなければうまくいかないものだと思います。そのDNAの延長線上に、まだ世の中に提供できていない付加価値を生み出す何かがあれば、それが新規事業になりうるということなんだと。だからそのためには、やはり過去を振り返って自社の実績や文化からDNAをひも解かなきゃいけない。そうしないと、その先に生み出すものがうまくいくはずはないですよね。

でも、僕が呼ばれるような案件では、わりとそこを断ち切って進めようとしている場合が多くて。だから僕が最初に話すのは、過去のことなんです。皆さんのDNAがどこにあるのか、そこから考えないと答えはないという話をよくします。

為末:そうなんですか。

樋口:過去を見ないまま、未来や新規といったことを考えると他社と似てしまいますよ、と言うとすごく驚かれますが、でもそういうことですよね。自分が持っている過去の特殊性にこそ価値がある、とはなかなか気づきにくいんですね。

本質的に備わっているものは何なのか、という見極めがあって、それを元にどういう時間軸で成長のモデルを描いていくのか。それはアスリートの場合でも企業の場合でもやっぱり近しい気がします。

為末:成長に向けた時間軸の捉え方を、スポーツを題材に体系化できたら、ビジネスの領域にも展開できそうですね。

(第3回へつづく)