loading...

組織vs.クリエイティブNo.2

信じる力と、信じさせる力

2022/06/08

現在、進行中の「クリエイティブは、武器になる」の連載(詳しくは、こちらをご覧ください)と並行して、クリエイティブの新たな可能性を見いだし、育てていくために、「企業」として、「組織」として、いかに取り組んでいけばいいのかを探っていこう、という本連載。クリエイティブの現場を取り仕切る方々に、お話を伺っていきます。

組織vs.クリエイティブ タイトル 
「組織」と「クリエイティブ」。この相反するものを、真っ向対決させてみたい。規律や利益を重んじる組織(企業)、自由に個のアイデンティティを追求するクリエイティブ。二つの融合に、ブレークスルーのヒントがきっとあるはずだから。組織とは、経営戦略の要。その戦略に、クリエイティブというものをいかに組み込んでいくべきなのか。電通2CRP局の兼崎MD に聞いた。

文責:ウェブ電通報編集部

兼崎知子(かねざきともこ)氏:京都大学法学部卒。アメリカNY州にて幼少期、ティーン時代を過ごす。電通に入社以来、中山幸雄氏、三浦武彦氏に師事。2011年CD となり、21年よりCRプランニング局 局長(MD)。マネジメントのみならず、花王BEAUTY BRANDS 、グローバル案件のECDとして、求められれば現在もプロジェクトに参加。現場大好き、局員と話すのも大好き、クリエイティブ大好き。趣味はドラマを見ること。京都やパリの街を行き当たりばったりに歩くこと。そこで、知らないモノやコトと出会うこと。建設ラッシュの新しいホテルに泊まること。本を読むこと(最近、積ん読)、彫金、刺しゅう、糸づくりなどの世界にひとつしかない手しごとに触れること。
兼崎知子(かねざきともこ)氏:京都大学法学部卒。アメリカNY州にて幼少期、ティーン時代を過ごす。電通に入社以来、中山幸雄氏、三浦武彦氏に師事。2011年CD となり、21年よりCRプランニング局 局長(MD)。マネジメントのみならず、花王BEAUTY BRANDS 、グローバル案件のECDとして、求められれば現在もプロジェクトに参加。現場大好き、局員と話すのも大好き、クリエイティブ大好き。趣味はドラマを見ること。京都やパリの街を行き当たりばったりに歩くこと。そこで、知らないモノやコトと出会うこと。建設ラッシュの新しいホテルに泊まること。本を読むこと(最近、積ん読)、彫金、刺しゅう、糸づくりなどの世界にひとつしかない手しごとに触れること。

クリエイティブとは、自らをさらけだす仕事

「クリエイティブとは『今日よりも明日の方が良くなる、と思わせる力』のことだ」と兼崎氏は言う。そのためには、10年後、30年後を見据えてストーリーを描いてみることが大事、だと。「アイデアとは、自らの経験や思いから生まれるもの。でもそのストーリーは、独り善がりなものであってはならない、といつも思っています。クリエイティブは、自らをさらけだす仕事です。だから、独りよがりな押し付けになってしまう恐れもある。それではクライアントからも、世の中からも、心が震えるような共感は得られないと思います」

「尊敬するコピーライターの著書にこんな一節があります」と兼崎氏が教えてくれた。「サーカスは、『信じる』でできている。じぶんや仲間たちに対して、ちょっとでも不信感があったら、なんにもできない仕事。あの素晴らしいパフォーマンスは『勇気』でできていると思ってましたが、それよりも『信頼』が必要だったんです」

サーカス

なるほど、と思わず膝を打つ話だ。世の中が見たいと思っているものや、クライアントの今後目指すべきビジョンにクリエイティブ表現を合致させるためには、アイデアをぶつけあって、高めあうプロセスが大切だと、兼崎氏は言う。

「そのプロセスを共有するために最も大切にすべきは『信頼』だと思います。背中を預けられる仲間にこそ、ホンネでぶつかれると思っています。クリエイターからの提案は、しばしばわがままと捉えられてしまうんです。表現に落とし込むと、大人の事情のようなものも含めて、何か足りないとか、感覚的にふに落ちないといったことを感じてしまうものだから。でも、仲間である社内のビジネスプロデューサー(営業担当)やクライアントに、思いをぶつけて押し通そうとしたところで理解も共感もしてもらえません。その前に信頼関係があってこそ、こいつの話、聞いてやろうか、その提案に乗っかってみようか、という気持ちになっていただけるのだと思います。もちろんデータを活用することもできます。それも、信頼の醸成方法のひとつ、と捉えています」

ものさしは、どこにあるのか?

そんなクリエイティブと組織は、いかに共存していくべきなのでしょうか?という本稿のテーマに切り込んでみた。すると「まずは、目的に忠実に本気でけんか(議論)することでしょうね」という意外な答えが返ってきた。

「以前は、営業ともストプラ(戦略立案を担当する部署)とも、クライアントとも、本気でぶつかっていました。ひととおり白熱したあと、ひとりになってクールダウンして、あの人の言うことにも一理あるなぁ、みたいな感じになって(おそらくは熱くなっていた相手も)、後日、思ったことを持ち寄るとアイデアが昇華されて、不思議なことに突破口が見つかったりするんです。お互いに課題を感じていること、なんとかしようとしていることを共有したことで信頼関係が生まれているんです」

すごく、分かる。チームプレーとは「分業」のことではない。あなたのバッティングフォーム、ここがおかしいんじゃないの?と、年下の、控えのチームメートが指摘する、みたいなことだ。信頼関係がなければ、そんなことはできない。「組織論」となると、体制図であったり、権力の分配であったり、あるいは仕事や会社への愛情みたいな精神論だったり、にいきがちだ。「そういうことよりも、なんらかの『核』を共有することが大事なのだと思います」と兼崎氏は指摘する。

振り返ってみると、学生時代の部活でも仕事のプロジェクトでも、あのチーム、いい感じだったよな、という記憶には、何か共通の「ものさし」のようなものがあったような気がする。その、「クリエイティビティを測る『ものさし』って、なんなのでしょうか?」とさらに難しい質問を投げてみた。

ものさし

心を読むことが大事

編集部からの無茶ぶりに対して、兼崎氏はこんな話をしてくれた。「ある外資系クライアントの作業を長く担当していたのですが、彼らは『忘却率×購入率』という指標でCMなどの効果を測定したりするんです。これには当時、びっくりしました。普通、CMの効果測定というと、タイプちがいのCMを見せられてどれがよかったか、みたいなことをします。その会社はちがうんです。ある番組をまるまる見せて、何か記憶に残ったCMはありましたか?みたいな調査をする。驚くべきは、2週間後にも対象者たちをフォローアップして、今も覚えているCMはありますか?何が印象に残っていますか?といったことを尋ねてデータをとるんです」

心を読むことが大事、と兼崎氏は指摘する。それも、定量的に、だ。番組を見終えた直後は興味を持ったが、2週間後は忘れてる。その逆もある。ブランドやクリエイティブの価値というものをこのように分析してもらえると、とても分かりやすい。なんかいいよね、なんかダサいよね、といった瞬間風速的なイメージではなく、なぜ「なんかいいよね」と思ってもらって、その感情を記憶して、しかも、商品に手を伸ばしてもらえたのだろう?といったことを徹底的に分析するということだ。「クリエイティブは決して、魔法の手段ではありません。常に世の中から学び、それを進化させ、深化させていくのが、私たちの仕事だと思っています」

世の中のイメージ

「ありがとう」の一言に、びっくり

その外資系クライアントの話は、まだ続く。「ある洗濯用洗剤のCMで、男性タレントにその洗剤の使用者に対して『ありがとう』というセリフを用意したんです。洗剤って、関与度が極端に低い商品。クルマとか食品とか化粧品とかとは違って、はっきり言ってしまえばどれでもいい。でも、そこでブランドから『ありがとう!』と言われると、そうだよな、考えてみれば洗剤ってありがたい存在だよな、と気づかされますよね?」

クライアントも、さぞやびっくりしたことだろう。「そうか、私たちは『ありがとう』と言われる製品を、毎日、作っていたんだ」と。「同じことが、会社の若手育成みたいなことにも言えると思います。あなたのここの部分、とても魅力的だと思う。周りや先輩に遠慮することなく、どんどん伸ばしていって!と一声かけるだけで、やる気が湧いてくる」

言われてみれば、筆者にも経験がある。キミの、ここの部分は素晴らしいよ、と先輩から褒めてもらえると、なんだか勇気が湧く。そして大事なことは、自分のことをきちんと見てもらえてるんだ、という安心感が得られると、仲間のことやクライアントのことをもっと知りたい、微力ながらなんとかしてチームに貢献したい、という気持ちが生まれてくる。

大きなウソをつけ

大御所の映画監督のこんな言葉を、兼崎氏に教えてもらった。若いころから先輩たちが口にしていた言葉だそうだ。「大きなウソ、小さなホント」。なるほどなあ、と思った。新人の頃、先輩から言われた言葉がある。「広告は何をやってもいい。法律や人権に抵触しないことなら、誇大表現でもなんでもあり。でも、ウソだけはつくな」と。これも至言だが、「大きなウソをつけ」もまた至言だ。ウソの設定ですよーと、誰もが分かるフレームをつくっておいて、そこに父と娘のリアルなセリフなどを入れていく。

よくいわれることに「クリエイティブのジャンプ力」みたいなことがある。ジャンプしてください、お願いしますよ!といったことも、広告会社の人間はよく言われる。でも、ジャンプするには、まずしゃがまなければならない。そこで見えるのは、社会という地面だ。そして、大きなジャンプをするためには「自身の直感を信じる」力と、その思いを「信じてもらえる」チームメートの力が必要だ。
そのことを兼崎氏は、最後にこんな言葉でまとめた。「紅茶葉でいうところの、ジャンピング、みたいなことでしょうか?(笑)」

なんだそれ、どういうことだ?と思われた方はぜひ検索してみてほしい。兼崎氏が思い描く「組織vs.クリエイティブ」の姿が、イメージできるはずだ。

ティーポット

【編集後記】

兼崎氏の印象は、とにかく律儀な人だ、ということだ。インタビューの前に、当日はこんな質問をしますよ、というヒアリングシートをお送りするのだが、もはやインタビューの必要がないほどの回答を寄せていただいた。本稿も、その記述に準じて書いている。

その上で、いつものように、インタビューの最後にやや意地悪な質問を投げてみた。「平成不況や大災害、新型コロナなどを経験する中で、われわれはどこか『閉塞感』という言葉に甘えてはいないでしょうか?」と。

兼崎氏の答えは、とてもシンプルだった。「そのために私は、人との会話を大切にしています」。コロナ禍で、人と直接会える機会は減った。でも、リモートという手段もある。メールや手紙といった方法もある。「手触りのようなものって、人の心をもっとも動かすものだと思うんです。最近よくいわれるエクスペリエンスも、その手触りを生み出すクリエイティビティのことかな、と。それって、今も昔も変わらずクリエイティブ、もっといえば電通が目指してきたことだと思っています」

手触りや香り、空気感や温度……そうしたものを、いかに伝えていくか。クリエイティブというものの本質や魅力というものに、改めて気づかされた。

Twitter