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「誰も取り残されない」イベントを考えるNo.1

これからのイベントに、「みんなのイベント」をインストールしよう!

2023/02/20

2021年に障害者差別解消法の一部が改正されたことで、これまで「努力義務」とされていた民間事業者による合理的配慮の提供が「法的義務」となることが決定しました(※)。

※改正法は、公布の日(令和3年6月4日)から起算して3年を超えない範囲内において政令で定める日から施行される。詳細はこちら


今、「誰も取り残されない」ことを目標に、社会は大きく動き出しています。

電通と電通ライブは2022年、“誰も取り残されないイベント”の実現を目指す「みんなのイベント・ガイドライン」を一般公開しました。国籍、年齢、性別、障がいの有無などに関係なく、多様な人々が、誰一人取り残されないイベント運営には、何が必要なのでしょうか?

パラアスリートとして長年活躍し、さまざまな形でイベントに携わってきた、大日方邦子さんと共に考えます。

メイン画像

<目次>
社会に障壁を感じる人は、もう「マイノリティ」ではなくなっている。

「みんなのイベント・ガイドライン」は、作って終わりではいけない。

多様性を受け入れることは、本来あるべき姿に近づいていくこと。


社会に障壁を感じる人は、もう「マイノリティ」ではなくなっている。

イベントまでの流れ
「みんなのイベント・ガイドライン」では、“誰も取り残されないイベント”を実現するための7つのポイントが、イベント参加までの流れにそって紹介されている。

野村:イベント運営において「みんなのイベント」であることがなぜ必須なのか。大日方さんと共に、現在の日本のイベントの課題について考えていきたいと思います。

まず、障害者差別解消法が改正されたことで、行政だけではなく民間企業においても、合理的配慮が「努力義務」から「法的義務」になりましたね。これをきっかけに、大きく社会が変わっていくだろうなと予測しています。

大日方:そもそも、この「障害者差別解消法」ができるまでに、日本ではかなりの時間がかかっているんですよ。国連で「障害者権利条約」というものが2006年に採択されたのですが、日本が批准するまでには時間がかかりました。権利条約は、障がいのある人もない人も同じように生活できることを目的としていますが、日本ではそのための国内法の整備が遅れていました。差別の禁止や合理的配慮を、わざわざ法律で制定しなくても「お互いに分かり合ってうまく回っている社会だよね」と考える方々も多かったんです。

野村:その「自然とやらなきゃダメだよね」と考えられていたものが、法規制へとシフトしたというのは、社会情勢の変化があったからでしょうか?

大日方:それもあると思います。これは障がい者に限った話ではありません。現在、日本の全人口のうち、「65歳以上」の比率がすでに30%近い。3人に1人が高齢者という時代になっており、しかもこの比率は今後さらに大きくなっていく。生活の中でお困り事を抱える人の割合が大変多くなっていってしまいます。

野村:確かに、今日本には、障がいのある方だけでなく、高齢者など、生活の中で何らかのお困り事を抱えている方は非常に多い。例えば、私が数えてみたのですが、障がい者、高齢者、LGBTQ+などの方は6,400万人くらいになります。さらにベビーカーを押した方や、訪日外国人、病気の後遺症で困っている人などを加えていくと、もっともっと増えていく。

大日方:だから、もう「マイノリティ」ではないですよね。なんらかの困難があるというバリアは、障害そのものに原因があるのではなく、社会とのかかわりの中で障害が生まれると考えたほうが良くて、「希少な人」に特別な対応をしてあげているという考え方ではないんです。

ちょっと視点を変えてみてほしいんですけど、 私が車いすを使っているから障がいがあるのではないんですよね。例えば、建物の2階に行く方法が階段だけだと、私はそこを車いすで上がることは難しいですが、スロープやエレベーターなど段差を解消する設備があれば車いすでもアクセスできる。これは「社会が障害を作っている」ということになるんです。

つまり、障がいは社会の側にあるという考えで、誰もがアクセスできるように工夫していきましょうというのが「障害の社会モデル」の考え方なんです。国連「障害者権利条約」の中にも明記されていますが、「段差のある建物に入れないのは、足に障害のある人自身がなんとかすればいい問題なんだ」ではなく、「段差を作っている社会が、その人の求めに応じて工夫や整備をしていきましょう」という、こういう考え方です。

野村:今回の「障害者差別解消法」改正も、その考え方がベースにあると思います。ただ、「障害者差別解消法」の中でいわれている合理的配慮は、「配慮を不提供することは禁止します」という考え方ですが、この「合理的」という部分はさまざまな捉え方ができるので、難しい面があります。

大日方:そうなんですよね。例えば、障がいがある人が、企業に入社することになったとします。仮に施設の改修や働くための環境整備に、何千万もの費用がかかってしまうとしたら、それは本当に「合理的か?」ここは大変判断が難しいと思うんです。事業者・障害者どちらか一方の要望や事情のみを考慮するものではなく、双方の建設的な対話から相互に理解・納得し、その手段や方法、代替手段の検討されたものが合理的配慮です。

だから、しばらくの間は判断がつかないことが多くて大変だと思います。それでも、これからいくつものケースを積み重ねて、「双方にとって過重な負担のないように、合理的配慮・調整ができる方法はなにか?」という事例を重ねていかなくては、「誰も取り残されない」社会の実現には至らない。そういう意味で、今回の法改正は、一人一人が「誰も取り残されない」社会を、深く考えるスタートにもなっていると思います。

大日方邦子氏

「みんなのイベント・ガイドライン」は、作って終わりではいけない。

表紙
「みんなのイベント・ガイドライン」はPDFファイルとして一般公開されている。最新版のダウンロードはこちら

野村: そのような社会の変化を背景に、さまざまな国際的な大規模イベントで貴重な経験を積んだことで、私たちイベント関係者は“誰も取り残されない”ということの大切さや大変さを痛感したんですよ。多様性に気づかせてもらえる機会がとても多かった。

そこで、これまでの実体験から得た豊富な知見をもとに、「何かできることはないか」と動き出したことが、「みんなのイベント・ガイドライン」作成の発端となりました。

ガイドライン冊子というと分厚い印象があるかもしれません。でも「みんなのイベント・ガイドライン」は“エントリー編”のような位置づけで、誰もが分かりやすく、平易なものを目指しています。「こうすべき」ではなく、あくまでも「こうするとできるよ」というスタンスで、「みんなのイベント」のあるべき姿を7つのポイントに分けて説明しています。まずは、イベントを主催・運営される方々の視点、考え方を変えていきたい。そういうきっかけになればいいなと思っています。

大日方:これまでこんなにも参加者を取りこぼしていたんだ、と気づくきっかけにもなると思います。チェックリストのように使ってもいいかもしれないですね。

野村:そうなんです!まさに、今後は「これで取り残してないよね」と確認ができるようなチェックリストも足していく予定です。

7つのポイント
イベントを構成する要素を7つ(※)に分類し、それぞれの「誰かのお困りポイント」と、それを解決するための「みんなのイベント実現ポイント」を分かりやすく解説している。
 
 

①会場選定:「みんな」が利用しやすい会場って?
②イベント・広報:「みんな」にイベント情報を知ってもらう広報って?
③事務局・チケット:「みんな」が応募、購入、申し込みできる仕組みって?
④移動・輸送:「みんな」が安全・安心の会場までのアクセスって?
⑤会場内運営ハード編:「みんな」が快適に過ごせるイベント設営って?
⑥会場内運営ソフト編:「みんな」が等しく楽しむためのホスピタリティって?
⑦配布物・コミュニケーションツール:「みんな」が理解しやすいコミュニケーションって?

大日方:この7つの要素で、③に当たる話なんですが、最近は二次元バーコードなどの電子チケットが主流になってますよね。チケット発券の手間がなくなって、良い面も確かにあるんです。でも、うちの母なんかは80歳で、二次元バーコードが何なのかも分からない。母のようにスマホを使いこなせない人はイベントに参加する機会を失ってしまいますよね。

野村:そうですね。だから今は、デジタルのシステムにアクセスできない人たちのために、アナログな手段による情報提供も並行して行う、いわゆる「情報保障」が多くの企業の課題になっています。

今後、電通や電通ライブでも、情報保障に関するソリューションを開発していく必要はあると感じています。実はこのガイドライン、Uni-Voice(ユニボイス)化しまして(※)、音声でも聞けるようにしています。目で読めない人にも、ちゃんと情報保障していきたいということで、対応しました。

※Uni-Voice(ユニボイス)
「Uni-Voiceコード」にスマホをかざすだけで、印刷物の内容を読み上げてくれるソリューション。特定非営利活動法人 日本視覚障がい情報普及支援協会(JAVIS)が開発した。Uni-Voiceの「一般向けの多言語対応スマホアプリ」はiOS/Android両方に対応しているが、「視覚障がい者専用スマホアプリ(ボイスオーバー/Siri対応)」は、iOS対応。Androidは未対応(2023年2月現在)。
https://www.uni-voice.co.jp/

 

大日方:それは、絶対にニーズがあると思いますよ。視覚に障がいのある方がイベントを主催することも当然にありますし。それに、今は視覚障がいの有無にかかわらず、多くの人が読み上げソフトを使うので、このガイドライン自体が画像形式だけではないことにも価値があると思います。

野村:ありがとうございます。本日ぜひ伺いたかったのですが、大日方さん自身が、イベント会場でお困りになったことを教えていただけますか?そういうご意見からも、ガイドラインをより良くするヒントが見つかれば……。

大日方:以前ある会場にスポーツの試合を観にいった時、車いすの観客が10人並べる専用スペースがあったんです。けれども、そのスペースの近くに車いすが入れるようなトイレは一か所しかない。みんなが同じタイミングでトイレに行くわけにはいきませんよね。休憩時間に行こうとしても、10人が集中してしまう。結局、試合中は「いつトイレに立てばいいんだろう」とそればっかり気になってしまって。

でも、実際にはその近くにもう一つ、誰にも使われていない多目的トイレがあったんですよ。ただ、そこは選手が移動する導線の都合上、観客はシャットアウトされてしまっていたので、使えなかったんです。私もイベント運営を手掛ける立場の時もあるから、試合が始まってしまったら、動線を変えるのは難しいのは分かります。でも、主催者側があらかじめ気づいていれば、それを考慮した動線設計はできたはず。そういうことをなくしていきたいんです。

野村:とても参考になります。ガイドラインは、作って終わりにしてしまってはいけないと思っていまして、これからもいろいろな方の声を聞き、検証を重ねることで、このガイドラインをどんどん改訂し、「みんな」のものにしていきたいです。

野村朗子氏

多様性を受け入れることは、本来あるべき姿に近づいていくこと。

大日方:大人ってついつい既存の枠の中で考えちゃうけれども、出会いや、触れ合う機会を増やしていくことで、「そもそもいろんな人が世の中にいるでしょ。 当然来場者の中には車いすの人もいるよね。じゃあ、こういう人にはこういうサービスができるようにね」って、本来のあるべき姿に徐々に近づくんだと思うんです。

例えば、最近すごく良いなと思った事例があります。私は渋谷区で教育委員をやっているんですが、渋谷区って、パラスポーツにものすごく力を入れているんです。日常的に小学校にパラアスリートが遊びに来たり、講演に来たりということを、もう何年も続けているんですね。それで、あるとき渋谷の子どもたちの間でバドミントンがすごく流行しているのを知ったんですよ。理由を聞いてみたら、とあるバドミントンのパラアスリートが、子どもたちの間ですごいヒーローになっているらしくて。その選手に憧れてみんなバドミントンをやっているんです。これはなかなかちょっと新しいなと。プロ野球選手やサッカー選手への憧れでそのスポーツがブームになることはありましたけど、「あ、パラアスリートへの憧れが、スポーツの人気に火がつけることもあるんだ」と、ハッとしたんです。

でも、よくよく考えれば自然なことなんですよね。子どもにとっては、障がいがあるとかないとか関係ないんですよ。ただただかっこいいから憧れるんです。日常の身近にいるかっこいいアスリートが、たまたま車いすに乗っていた、というだけなんですよね。

野村:今伺っていて思ったのは、多様性のある社会とか、誰一人取り残されない社会というのは、国がそういうメッセージを送ったり、法律を作るということだけでは足りなくて。やっぱり今の渋谷区のお話のように、実際の教育の現場だったり、仕事の現場だったり、家族間のコミュニケーションだったりとか、そういう草の根から、リアルな経験を重ねていくことが大切なんですよね。

大日方:そう思いますね。よくよく考えてみると、「みんなのイベント・ガイドライン」に出てくる視点というのは、そんなに特別なものじゃないんですよね。例えば、「疲れた時に休めるスペース」があれば、誰もがうれしいですよね。

野村:本当にそうなんです。ガイドラインに「『みんな』の中には、どんな人がいるのだろう」というページがあるんですが、「みんな」の気持ちって、そんなに特別な気持ちでもなくて、身近なものなんですね。「誰にでも起こりうるお困り事なんだ」という視点を誰もが持つことが、「みんな」のためになると思います。

「みんな」の中には、どんな人がいるのだろう

大日方:そう、「誰も取り残されない」社会の実現って、難しいようで、実は「当たり前のこと」だったり、「自分のこと」だったりするんです。今回の法改正をきっかけに、多くの人がこのことについて考えるようになれば、より良い未来につながっていくと思います。社会も、ガイドラインも、完璧なものというのはなかなかできないし、完璧である必要はないと思う。でも今は一歩というか半歩進んだ感じ。みんなでどんどんアップデートしていきたいですね。

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