アド・スタディーズ 対談 #05

リサーチの思想とは何か

―原点から調査の今を見つめ直す―②

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    吉田秀雄記念事業財団
 
 
 

前回に続き、長年にわたってアカデミズムと実務の世界で調査に携われた梶山皓氏と、データ解析からブランドまで幅広くマーケティングの世界を主導してこられた片平秀貴氏に、リサーチの世界の大きな流れとそこに生まれている問題点や課題をご指摘いただくとともに、 調査とは一体何なのか、その原点を探りながら、今後のマーケティング活動における調査の思想、位置づけ等についてお話しいただいた。

 
 

 
 
 

調査の基本とは何か

 

片平:実はマーケティングリサーチというか、市場調査のカバレッジの中には、新しい仕組みや新しいベネフィットを発見したとき、その正しさやそこから出たおもしろい仮説をもう一度確かめてみるという役割があると思います。 

統計調査と人間行動へのアプローチは全然違いますが、研究者や実務家にとって大切なことは、働きかけようとする対象への関心というか、感動というか、そのあたりの真面目さではないでしょうか。

梶山:今、理論的な問題と現場のあり方の両方を示していただきましたが、たしかに調査の中には人間の顔が見えないようなものがありますね。論文でも、先行研究と仮説があって、調査と結果があって、モデリングの説明と分析があって、結論が出てきて、インプリケーションで研究成果を述べて、足りないところはリミテーションに書き残すというお定まりのスタイルが多い。ある種の形式論理は貫かれているのですが、読んでいてさっぱり面白くない。

つまり、サンプルになった人たちの性格や状況よりも、分析の技法や検証過程に関心があるということです。調査では因子分析がよく使われますが、ある因子構造を仮定して因子や因子負荷量を求めると、もうその因子が世の中に実在しているかのように議論がどんどん展開していく。中には、ある特定の因子を抽出するために質問文を作っているのではないかと感じられるものもあります。調査対象者になった人間にはほとんど関心が払われないということです。

片平:まったくそうですね。

梶山:因子分析の共通性や回転軸は数学的な仮定に基づいており、因子の数も研究者が決めているものですから、事実の説明というよりは仮説の性格が強いですね。多くの因子をうまくネーミングし、それらの因子で事実をきれいに説明していると、かえって心配になります。因子分析の結果が出たら何らかの方法でもう一度観測にかけて調べるぐらいのことがあってもいい。

片平:もっとひどいのが平均をとるということです。これも分析手法としては基本的なものですが、実はいろいろな実態を含んでいますから、平均だけを問題にすると、こういう人を中心に世の中ができていると勝手にそう思い込んでしまいます。

梶山:統計学の根底には実在論的な科学観のようなものがあって、どこかに母集団とそれを示す平均や分散の「真の値」があることが暗黙の前提になっています。それを代表するのが富士山のようにきれいな形をした正規分布で、よく使う回帰分析や因子分析はみんな正規分布と直線を仮定しています。そういう考え方がある種の理論負荷になっていて、何でも平均で見たがることになるのかもしれません。

片平:たくさんサンプルをとって母集団が1つの場合は、かなり正規分布が成立する環境はあるとは思いますし、そこから発達してきた方法論は一つの姿勢として尊重しなければならないと思いますが、統計学がいいか、悪いかというよりは、一つの見識として基本をしっかり押さえていなければなりません。そのあたりが研究者の姿勢としてもちょっと甘くなっています。

梶山:たしかに基本的なレベルで気になることがいろいろあります。実験室的な調査では、サンプルを無作為に配分して実験群と統制群を前もって等質化しなければなりませんが、この無作為配分の手続きをきちんとしている研究が意外に少ないのです。各群の被験者の属性がよく分かりませんから、その後の分析の良し悪しも判断のしようがない。さらに初歩的なことですが、被験者に明らかに偏りがあるまま調査をしているものがあります。被験者がある科目の受講生や院生だったり、女子大生に大きく偏っていたりするのですが、人間の感情などを調べる時にこうした人だけを調べても一般化はできません。

片平:それは実験計画法を勉強していないということです。何を知りたいのかという根本的な自分への問いかけが曖昧になっています。仮説がおもしろくないというのはあまり知りたくないということですね(笑)。

例えば、スマホの使い方がテーマになったとき、どういう仕組みでだれに聞けば一番早いかを考えるわけですが、非常に複雑な実験計画を立てて、いろいろな問いに答えさせることがあります。これも調査の悪いくせだと思います。これもあれも聞いておけということになると、調査票が膨れていってしまうからです。しかし、どのくらいシンプルに核心に迫れるかが調査の基本です。

つまり、調査のプロではなく、人間のプロでなければならないということです。本源的に人間のどういうところをどう聞いたら一番簡単にわかるのかというところを理解していないと、とんでもないことになってしまいます。

梶山:難しい仕掛けをつくってしまう傾向はたしかにあります。私が被験者だったら参るだろうなと思うような難しいものが時々ありますが、それでもちゃんとデータが取れています。被験者も協力的なんですね。

片平:難しい仕掛けでやるというのは、これもあれも必要だと考えるからですが、どういう問いかけをするかも重要になります。面接のときなども、その人のbehaviorを絡めてその人の本質を理解できるような質問をすることが大事ですが、ここでも人間を見る姿勢が問われています。

 

安易な調査姿勢

 

梶山:片平さんの場合、マーケティング・サイエンスに正面から取り組んでこられたわけですが、やはり、人間尊重的な視点からの解釈的なアプローチに比重が移ってきたということなんですか。

片平:いや、僕はわりと30年前と変わりませんねと言われていますよ(笑)。それは何かというとマーケティング・サイエンスは主に数量を取り扱いますが、数字や数量の大本には生々しい現実があるはずです。

例えば、回帰分析にきれいな点があるとすると、僕はその点のうちの3つでも5つでもいいから必ずリアリティを見てこいと言ってきました。1つの点が1人の人間だとすればその人に会うべきだし、3つか4つ会えばだいたい実感が湧くだろうと思っています。数量にまとめればまとめるほど積み残したものというか、それを生み出している人間に働きかけてなければならないということです。

梶山:理論と実感が結びついていないと、本当のことがわからないということですね。

片平:例えば今、ほとんどの人がSuicaを使っていますが、池袋駅を夕方の5時に出る人の動きや移動エリアも確認できます。しかし、それは一人ひとりの図で、全体の傾向としてまとめると何かのモデルになるわけですが、そのうちの2人でも3人でもいいから会って、そのときの状況はどうだったのかと聞いてくることが重要で、それは新宿に買いものに行くという流れだと勝手に判断するのは非常に危ないと思います。

回答者のクオリティーも危惧しています。聞いて驚いたのは、トップクラスの調査会社の方々がうちには30万人のモニターがいますと言います。その人たちは問題を出すとザーッと答えを送ってきますが、彼らは、パソコンの前に座ってあらゆる調査に答えまくっている人かもしれません。回答を商売にしているわけですが、そうした人を除去するのは難しいということです。

梶山:お互いに了解してビジネスが成り立っているということでしょうか。

片平:要するにスピードと安いコストで、思ったとおりの結果になってほしいということですよ(笑)。

梶山:新聞社にいた時にたくさん調査をやりましたが、その頃の調査マンはプライドが高いというか、サンプリングにしても厳しかったですね。当時は数量化理論の林知己夫先生がこの世界の教祖みたいなもので、マスサーベイが社会で大きな力を持っていた時代です。アメリカは日本以上に厳しいと言われていましたが、ランダムサンプリングの理念からはほど遠いメールサーベイが多くて不思議に思ったものです。今はネット調査で同じような問題があります。公正なサンプリングが難しくなっている事情はありますし、ネットが安くて使いやすいというメリットはありますが、サンプル設定や回収サンプルの偏りを軽く見ることはできません。最近はこうしたことをほとんど気にしない新人類もおられて、例えば高齢者のユーザーが多いサービスの調査なのに60歳以上の人を含まないパネルを使っているケースもあります。ネット調査が高齢者になじみにくいのは何となく分かりますが。

片平:属性でスクリーニングしても、大本の例えば2万人が全部プロの回答者だったりするということもあるかもしれませんね(笑)。

梶山:質問の中味にも驚くこともあります。具体的な話は控えますが、ネットのアンケートなどではとうてい探れないようなデリケートな質問をどんどんしている。ちゃんとデータが採れているのが不思議です。行動経済学や心理学では「利他」という言葉を気楽に使いますが、翻訳用語と思っているのでしょうか。利他は最澄の「山家学生式(さんげがくしょうしき)」に出てくる「忘己利他(もうこりた)」の利他で、慈悲の極みというか、仏教の特別な言葉ですから、人にちょっと親切にしたぐらいで利他なんて言わないでほしい(笑)。

片平:市場調査論とか社会調査論の勉強では、サンプルの設定の仕方とか、調査票のつくり方とか、実際の分析手法に入る前の基本作法を徹底的にやります。

アメリカでもこういう聞き方にするとこういうバイアスが入るとか、これとこれとはどっちのほうが望ましいのかといったことを実習しますが、その辺が抜けているようです。

第3回(最終回)へつづく 〕

※全文は吉田秀雄記念事業財団のサイトよりご覧いただけます。


 

梶山 皓

(かじやま・こう)
1946年生まれ。69年慶應義塾大学経済学部卒業。同年日本経済新聞社入社。東京本社広告局、日経広告研究所、役員直属企画調査部を経て82年退社。87年より獨協大学経済学部教授、同大学図書館長、学長を歴任、現在名誉教授。日本広告学会会員。日経広告研究所客員。専攻は広告論、マーケティング論 著書に『広告入門(第5版)』(日本経済新聞社)、『消費感覚論-家庭文化とビジネス文化』(中央経済社)、『日本人と国際コミュニケーション-国際ビジネスの中の日本人』(産業能率大学出版部)など多数。

   

片平 秀貴

(かたひら・ほたか)
1948年生まれ。国際基督教大学卒業。75年東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。大阪大学経済学部助教授、東京大学経済学部助教授を経て、89年から2004年まで東京大学大学院経済学研究科教授。この間ペンシルベニア大学ウォートン・スクール、カリフォルニア大学バークレー校、ストックホルム・スクール・オブ・エコノミクス等で客員教授を歴任 現在「丸の内ブランドフォーラム」代表 著書に『世阿弥に学ぶ100年ブランドの本質』(ソフトバンククリエイティブ)、『モノづくり原論』(共著 東洋経済新報社)など多数。 

プロフィール

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