アド・スタディーズ 対談 #06

リサーチの思想とは何か

―原点から調査の今を見つめ直す―③

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    吉田秀雄記念事業財団
 
 
 

前回に続き、長年にわたってアカデミズムと実務の世界で調査に携われた梶山皓氏と、データ解析からブランドまで幅広くマーケティングの世界を主導してこられた片平秀貴氏に、リサーチの世界の大きな流れとそこに生まれている問題点や課題をご指摘いただくとともに、 調査とは一体何なのか、その原点を探りながら、今後のマーケティング活動における調査の思想、位置づけ等についてお話しいただいた。

 
 

 
 
 

調査の自由度が拡大

 

片平:なんか年寄り同士の「昔は良かった」みたいな話になってきそうなので(笑)、ここで話の流れを少し変えて、こういう事態に対して何が必要なのか、その辺に関するアドバイス、あるいは、何かよくなったところがあればお話しください。

梶山:プロフェッショナルな伝統が調査の現場で失われているとすれば残念ですが、問題ははっきりしていますから、調査に携わる人たちが危機意識を共有して、新しい人にも教育をしっかりやれば解決できると思います。むしろ、これからは推計統計学のパラダイムとは一味違う調査技法がどんどん出てきてほしいと思います。

例えば、解釈学的なアプローチは再現性や反復性では限界があるかもしれませんが、マスサーベイよりも人間や集団の個性を生き生きと描き出すことができるわけで、そのレベルをさらに高めていってもらいたいし、仕事の現場での使い方についてもサゼスチョンがほしいです。

それと先ほどのベイズ統計学ですが、ネットの世界ではスパムメールを取り除くベイジアン・フィルターが話題になりましたが、他にもベイジアンネットワークやMCMC階層ベイズなどいろいろなモデルがあります。アルゴリズムや計算のプロセスは難しくて私の手には負えませんが、マーケティング・サイエンス学会の方々などがPOSデータやログ解析データの分析を手掛けて次々と報告しており、これから普及していくと思います。

何年か前に電通の調査マンが状態空間モデルを使って広告効果を分析していました。このモデルも難解ですが、エッセンスは連続的に動いているものの状態を新しい観測値で絶えず追跡していくモデルで、驚いたのはその予測の切れ味です。新聞社にいた時に販売部数や広告段数の月次データを分析して報告する仕事をしていたのですが、いちばん困ったのが、時系列データを各変動に分解できてもそれらを組み合わせて予測することができなかったことで、当時にこのモデルがあればと思いました。状態空間モデルは自然科学の分野で主に使われて成果を挙げているようで、マーケティングや広告の問題解決にも役立ってもらいたいと期待しています。

以前はマスの傾向がつかめれば良かったのですが、最近はニーズがどんどん局所化しています。天気予報が好例で、地方単位ではなく自分の住んでいる町の予測が求められている。ネットの予報を見ると、面白いことにサイトの閲覧者が情報提供者にもなっていて、専門機関による気象確率と閲覧者の主観情報の両方を使って精度を上げています。「個」を重んじる傾向は学問にも現れていて、これまでの経済学が市場全体の動きを扱っていたのに対し、行動経済学は個人の行動を分析していますし、神経経済学も個人の脳の局所の血流量や電磁気を測っています。マーケティングでは消費者の共通性よりも異質性の方に目を向けています。分析が個別化、局所化しており、それと並んで大局的な見方も求められているわけで、調査もそうした流れに対応できるように変化していく必要があります。調査の思想からみると、調査の目的が彼岸の「真理」に近づくことから「個」の問題解決へと向かっていて、調査の社会的な有用性がますます問われている気がします。

片平:調査というとランダムサンプリングがすぐ頭に浮かんできます。調査会社のメーンビジネスの一つでもあるわけですが、それが劣化している一方で、さまざまな人間行動に関するデータがほぼ無料で手に入る時代になっていますから、たぶんマーケティング・サイエンスがこれから本領を発揮するような気がします。しかも、人間に焦点が当たるようになると、何を知るための調査なのかがはっきりしていれば、どれを組み合わせて、どのくらいのコストで情報の先の知識を得られるのかといった自由度は、つい10年前とは比べものになりません。

梶山:最近は人間に付着させるウエアラブルなディバイスで、店に来たお客さんや店員の動きを測るシステムも開発されているようです。生体反応を測るデバイスと場所ビーコンを組み合わせて人の動きや仕事の内容を調べるようになっています。ICTの発達で本当にいろいろな調査ができる時代になってきたと思います。個人情報の問題がありますから、サンプルになる人の了解をとる必要はありますが。

片平:実は今、実用化している人たちというのは、市場調査系でもなければマーケティング・サイエンス系でもなく、応用工学系の人たちで、彼らは小さいベンチャーを立ち上げては驚くようなことをやっています。

梶山:ビジネスになっているのですか。

片平:この間聞いたのは、もともと原子力工学をやっていたような人が、3種類ぐらいのデータを組み合わせると、一人ひとりの人間行動が見えるという研究を進めているということでした。

梶山:どのくらい正確なのか知りたいところですが、昔のメッシュデータがものすごく発達したようなイメージですね。

片平:そうですよね。例えば、薬がどう効くかということも、細胞を1つのセルにして、あるルールを当てはめると何か再現できるといったように、基本的にはきちんとやれば何でもできるようになっていると思いますが、ここでもやはり問われるのは、何を知りたいのかということです。

 

調査の原点を再考するとき

 

梶山:仮説力がますます必要になっているということですね。

片平:そう、仮説力とか、理念とか、哲学といったところがどんどん浮き彫りにされてくる気がすごくします。

梶山:こうした実証分析の分野では工学的なセンスも問われますから、これからの調査マンは新しい知識や技術の動きに寄り添っていかなければなりませんね。片平さんの世阿弥の本に「老後の初心」が強調されていて、若い人にばかり期待してはいけないのですが(笑)。

それと、最近話題になっているビッグデータですが、何がビッグであるのかも含めて、調査の面からはいろいろと課題があります。ネット通販や銀行の構造化されたデータと、SNSのチャットやGPSのような不定型なデータとでは調査方法も分析方法も違うはずです。データを使う目的をはっきりさせ、膨大な情報から本当に役立つものだけをリアルタイムで引き出すことが求められていて、そういう意味ではサイエンスの力がますます大きくなりそうです。

片平:マーケティング・サイエンスについて言えば、非常に奥が深いというか、出てきたインプリケーションが実務の人に刺さらなかったら何の意味もありません。

梶山:もちろん、それはありますね。

片平:アメリカのトップクラスのジャーナルで採用されるのは、キャリアとしてはいいけれども、では日本の消費者がどのぐらい幸せになるんだみたいなところに来ると、これはほとんどやめたほうがいい(笑)。

アメリカではプロフェッショナリズムが進んでいますから、実際の現場とはどんどん乖離しています。まだ日本のほうがいい。日本はマーケティング・サイエンス学会でも実務家の比率が相当上がっていますが、アメリカではどんどん減っています。それこそ計量生物学や計量心理学、あるいは数学など、論文になりやすいというのでどんどんイミグレートしてくるという状況です。すると、そうしたものはどこでどう使われようが関係なくなりますから、ますます人間行動の実態からは離れてしまいます。調査環境の自由度が増しているわけですから、ビッグデータをしっかり料理できる職人やヒーローが出てきてほしいと思いますね。

梶山:調査には実証的な方法と解釈学的なアプローチがありますが、工学でよく使われるシミュレーションはあまり見たことがありません。これからは新しい調査の方法も必要で、人間への関心と共に新分野へのチャレンジ精神が重要になってきます。

片平:マーケティングではマルチエージェントシステムを用いたシミュレーションが出ていて、ショッピング行動などを分析していますが、実用化はこれからだと思います。僕は原点に帰って調査票調査を見直すことも大切だと思います。実は1年ぐらい前にわれわれ自身がやった調査がありました。それは何かというと、外食のレストラン探しのときの口コミでした。その調査の結果わかったのは、一般的に他人の評価情報は効かず、効くのは事実情報だということでした。

要するにメニューやルックス、開店時間や店のロケーションといった事実の情報です。これも実際やってみてわかったことですが、実証的な仮説として評価されましたから、昔ながらのアンケート調査も捨てたものではないと実感しました。このことは、調査会社にとって回答者のクオリティをどう担保していくかという課題を解決する糸口になるのではないでしょうか。

しかも、調査票1枚で、予算や期限内に本当に自分が知りたいことをシンプルで正確に聞かなければなりませんから、調査する人は相当鍛えられるはずですよ。本当に助動詞が少し違うだけで全然ニュアンスが違いますからね。だから調査マンは、職人であり匠であることが求められるのです。

梶山:日本のビジネスはもの作りやサービスの質にものすごくこだわりますが、それは調査の世界にも当てはまりますね。

片平:何事もそうなっているような気がします。合目的な勉強だけに追われ、基本中の基本を飛ばしていますから、僕は社会人に古典を読むゼミをやろうと思っています。やはり調査の世界でも、その原点を見直す時期に来ているのかもしれません。今日は本当にありがとうございました。

〔 完 〕

※全文は吉田秀雄記念事業財団のサイトよりご覧いただけます。


 

梶山 皓

(かじやま・こう)
1946年生まれ。69年慶應義塾大学経済学部卒業。同年日本経済新聞社入社。東京本社広告局、日経広告研究所、役員直属企画調査部を経て82年退社。87年より獨協大学経済学部教授、同大学図書館長、学長を歴任、現在名誉教授。日本広告学会会員。日経広告研究所客員。専攻は広告論、マーケティング論 著書に『広告入門(第5版)』(日本経済新聞社)、『消費感覚論-家庭文化とビジネス文化』(中央経済社)、『日本人と国際コミュニケーション-国際ビジネスの中の日本人』(産業能率大学出版部)など多数。

   

片平 秀貴

(かたひら・ほたか)
1948年生まれ。国際基督教大学卒業。75年東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。大阪大学経済学部助教授、東京大学経済学部助教授を経て、89年から2004年まで東京大学大学院経済学研究科教授。この間ペンシルベニア大学ウォートン・スクール、カリフォルニア大学バークレー校、ストックホルム・スクール・オブ・エコノミクス等で客員教授を歴任 現在「丸の内ブランドフォーラム」代表 著書に『世阿弥に学ぶ100年ブランドの本質』(ソフトバンククリエイティブ)、『モノづくり原論』(共著 東洋経済新報社)など多数。 

プロフィール

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