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加藤菊造と「営企」の青春譜(2)

イキですてきな仲間たち―電通を創った男たちⅡ― №36

  • 濱田 逸郎

2016/12/11

加藤菊造と「営企」の青春譜(2)

電通小樽支局の日々

 

入社した建設会社の体質になじめないものを感じていた加藤菊造は、日ならずして退職し、故郷の小樽に帰って運送会社などのアルバイト生活に日を送っていた。配送先の一つに電通小樽支局がある。なんとそこに早稲田スキー部の先輩で、一緒の下宿で暮らした佐藤正明がいたのだ。佐藤との旧交を温めていると、小樽支局が社員を募集するという。そもそも新聞記者志望だった菊造は渡りに船とこれに応募。上京し吉田秀雄社長の面接を受けて即座に採用が決定した。こうして昭和29年5月、電通社員としての人生を小樽支局で歩み始める。

その秋、北海道に猛烈な台風が襲来した。洞爺丸台風だ。青函連絡船の沈没などにより伊勢湾台風、枕崎台風に次ぎ戦後第三位にランクされる大惨事だった。犠牲者の中には小樽市民も数多く、黒枠広告をいただくためにご自宅を訪ね回ったのが、菊造の本格的営業デビューであった。黒枠広告とは新聞社会面に掲載されるお悔やみ広告のことだ。悲嘆にくれつつ葬儀の準備にてんてこ舞いの遺族を訪れ、広告スペースの営業を行う。「これから先の会社人生が思いやられるな」。坂の多い小樽の街を上り下りしながら菊造はそんな思いに駆られていた。

7年を過ごした小樽支局時代に担当したメインのクライアントに池田製菓がある。主力商品の「バンビキャラメル」は、ディズニーアニメの「バンビ」に出てくる小鹿のキャラクターにより爆発的にヒットした商品だ。小樽に本社を置き、北海道にとどまらず全国的にも知られた同社は昭和27年の段階で商標使用権をディズニーと契約するという極めて先進的な企業だった。アニメのキャラクターが子どもやファミリーの心をとらえるという事実は、この時強く菊造の心に印象付けられた。

昭和30年代半ばに水に溶かして飲む、粉末ジュースのブームがあったことをご存じだろうか。東京の小学生だった筆者も春日井のシトロンソーダ、ワタナベのジュースの素などのCMをよく覚えている。北海道では池田製菓もこのブームに乗って粉末ジュースに進出した。

20代後半の若き営業であった菊造は、このとき新製品のパッケージデザイン開発を手掛けている。デザイナーをディレクションする立場だ。広告主の課題に向き合い、従来なおざりにしていた業務にも積極的に取り組む菊造のスタイルはこのころからその萌芽を認めることができる。クリエーティブ業務は菊造の好きなジャンルでもあった。

昭和33年、28歳の加藤菊造は同じ職場の同僚渡辺節子と結婚する。5歳年下の節子は業務の傍ら、小樽支局の同僚の求めに応じて広告のモデルを務め、SPイベントにも駆り出されるなど、電通小樽支局のアイドル的な存在であった。こうして結婚した美男美女カップルの間には、のちに一男一女が生まれている。

昭和40年ごろの小樽支局
昭和40年ごろの小樽支局
 

仕事の勘所がわかってくるにつれ、東京で仕事をしたいとの思いは募ってくる。菊造が電通に入った年に始まったのが神武景気だが、結婚したのは岩戸景気と呼ばれる戦後有数の好景気のさなかだった。戦後の荒廃から脱した日本は、既に着実な経済成長の道を歩み始めていた。テレビや週刊誌など新しいメディアが生まれ、三種の神器と呼ばれた白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫を筆頭に電化製品が急速に家庭に浸透するなど、消費生活は大きく様変わりしようとしていた。それは当然、広告への追い風であった。

当時の電通には若手社員対象に、創業者の雅号を名前に冠した「八火賞」という論文コンクールがあった。この論文に応募し入選したことで、菊造の本社勤務への道が開かれた。

本社転勤については、エピソードがある。
寒さの募る冬の夜のことである。菊造は上司と居酒屋で酒を飲んでいた。営業スタンスの違いから反りの合わない上司だった。普段、興奮して言い募ることのない菊造だが、なぜかその日は意見が対立し言い争いになった。

上司と別れたあと、その理不尽さに腹の虫の収まらない菊造は支局に戻り。上司の机の上の書類をすべて床にぶちまけてしまった。翌日、退職願を懐に出社したところ、案の定その上司に会議室に呼び込まれた。
内ポケットの退職願を確認し覚悟を決めて会議室のドアを後ろ手に閉めた菊造に上司が告げたのは意外な言葉だった。

「加藤。お前に本社転勤の内示が来ているんだ」。

小樽支局から札幌の北海道支社への転勤はあっても、本社に直接転勤するというのは前例がない。

この逸話は営業企画局で菊造の部下であった日根野眞弓が本人から直接聞いた話だが本当だろうか。あまりにも出来過ぎた話だと思う。とはいえ、菊造は話をいたずらに誇張することの無い人柄だ。

(文中敬称略)


◎本連載は、電通OBの有志で構成する「グループD21」が、企画・執筆をしています。