「きっかけのデザイン」がビジネスチャンスを生む

ミレニアルズと「未来のスキル」 №13

  • 西村 琢
  • 能勢 哲司
  • 天野 彬

2017/04/14

「きっかけのデザイン」がビジネスチャンスを生む

「2011年度にアメリカの小学校に入学した子どもたちの65%は、大学卒業時に今は存在していない職業に就くだろう」といわれるほどに仕事の未来が不透明なこの時代に、新世代のデジタルネイティブ世代=「ミレニアルズ」の取り組みから“未来のスキル”のかたちを模索する本連載。

 

今回登場いただいたミレニアルズは、ソウ・エクスペリエンスの社長である西村琢氏。同社では「体験ギフト」の企画・販売を手掛けており、モノではなく体験をプレゼントするという、新たなコミュニケーションを生み出している。こういった事業の発想はどこから出てくるのか、その原点をたどると、同社の取り組みとして知られる「子連れ出勤」にもつながる。西村氏の考えをひもときながら、ミレニアルズの思考回路や信念を明らかにしていく。

 

「モノからコトへ」の中で、伸びる体験ギフトの市場

 

乗馬やパラグライダー、陶芸や木工、エステやボディーケアなど、世の中にあるさまざまな「体験」をギフトとして贈る−−。05年に創業したソウ・エクスペリエンスは、新たなプレゼントの概念を生み出した企業のひとつ。ギフトはチケットになっており、贈られた人はそのチケットを店舗に出せば、体験を受けられる。ジャンルや価格帯に合わせてリストアップされた幾つかの体験の中から、好きなものを選べるタイプの商品もある。

ここ1年で取引が約3倍に増えるなど、同社の事業は急激に伸びているとのこと。西村氏は、「“体験ギフト”という商品のコンセプトと、世の中の価値観や動きがマッチしているように感じます」と語る。

なぜ今、体験ギフトが世の中にマッチするのか。能勢哲司氏(電通ビジネス・クリエーション・センター事業開発室)が注視するのは、世の中の求める価値観が「モノからコトへ」と移り変わっている点だ。

「この1〜2年で“モノからコトへ”という文脈がすごく増えましたよね。たとえば音楽市場でも、CDの売り上げは以前ほどではないけれど、ライブの動員は増えていて会場が足りないといいます。体験ギフトが求められる背景には、そういったものがあるのではないでしょうか」

西村氏
西村氏
 

SNSに代表されるデジタルなコミュニケーションが増える一方で、人は「コト」を求めている。その背景にあるものとして、西村氏はこんな実感を述べる。

「やはり“身体性”が大事なのだと思います。SNSに投稿するにも、実際の体験や遊びに基づくネタが必要ですし、むしろSNSが出てきたことによってそういったものの必要性が高まったのではないでしょうか」

西村氏の言う「身体性」は、この事業を始める上でのキーワードでもある。05年の創業当時、もちろん世の中に「モノからコトへ」という文脈はなく、体験ギフトという概念も明確には存在しなかった。そんな中、彼はいろいろな事業アイデアを考える上で「身体性」をテーマにしたという。

「どんなにデジタルになっても、脳化社会(養老孟司氏が著書『バカの壁』にて提唱)になっても、人の体はなくならないですし、体を使うことは絶対に避けられないですよね。僕もインターネットが大好きですし、今後さらに普及するのは間違いなかったのですが、それでも、半ば直感的に身体性をテーマにしようと。事業として伸びる可能性を感じたというよりは、自分の興味が勝っていたんですよね。自分の興味のど真ん中でないと続かないですから。今考えると全く地に足着いてないですけどね…。とにかく僕が楽観的なタイプなので(笑)」

 

なぜ体験を「ギフト」にしたのか。その裏にある考え

 

身体性を元に、体験の持つ価値を事業の柱に据えた西村氏。さらに面白いのは、それをギフトという形式にしたこと。そこには、こんな考えがあるという。

「僕もそうですが、人って自分からはなかなか動けませんよね。“やってみたいな”と思っても、相当意識しないと新たに踏み出せない。内側からアクションを起こせません。でも、他者や外部からの強い働き掛けがあると、動けることもあります」

だからこそ体験をパッケージ化して、本人はお金を払わなくてもよい「ギフト」の形を取った。他者がギフトとしての体験を贈ることで、チャレンジするきっかけができる。体験ギフトは、そんな「きっかけのサイエンス」を構造化したものだという。

 

能勢氏も「いつかやりたいと思っていても、自分からはなかなかできません。でも体験ギフトはタダですから、使わないともったいない。有効期限もありますから。実はそれが、きっかけを生み出す仕組みそのものなんですね」と同調する。

さらに、SNSが流行したことで、こういったきっかけが生まれやすくなったと西村氏は感じている。

「みんな自分の体験をSNSにアップするので、誰かを誘ったり、あるいは“誘ってください”と言ったりしやすくなりましたよね。僕は人が何かに興味・関心を抱いている状態がすごく大事だと思うのですが、SNSはそれを可視化してくれます。あの人はこれが好き、こういう趣味があるというタグ付けがしやすく、しかもその情報が常に最新なので、誘う・誘われるというきっかけが生まれやすくなりました」

SNSのリサーチをする天野彬氏(電通総研メディアイノベーション研究部副主任研究員)も、リアルの体験に及ぼすSNSの効果を感じているという。

「SNSによって、自分がした体験を手軽に残し、しかもそれを簡単にシェアできるようになりました。それまでは、体験とは時と場を共にする人としか分かち合えなかったものだったことと比較すれば、体験自体の持つ価値が向上したとも言えるでしょう。このようなシフトは、確実にコト重視の価値観を強める要因としても捉えられるはずです」

なお、体験ギフトを提供するに当たり、同社では、どのギフトも事前に社員が必ず体験している。そうして、商品化するかどうかを決めていく。実際、はじかれてしまう体験商品もあるそうだ。

ソウ・エクスペリエンスの社内
 

「ギフトとして贈られた体験が、もしあまり良いものでなかったら、体験した本人だけでなくギフトを贈った人もつらい思いをします。だからこそ、社員が実際にやってみて、慎重に採用するかどうかを決めますね」(西村氏)

 

子連れ出勤を可能にしたのも「体験」にひもづく

 

体験ギフトのニーズは順調に高まっているが、その一方、同社は「子連れ出勤OK」という社風でも注目を浴びた。こういった仕事環境はなぜ生まれたのか。西村氏に聞いた。

「子連れ出勤については、“あるタイミングで解禁した”というより、“もともと禁止していなかった”という言い方が正しいかもしれません。最初に子どもを連れてきたのは僕でしたし、個人的には、職場に犬を連れてきてもいいと思っています。1日に何時間かは会社で仕事をするわけですから、なるべくその時間は社員に楽しんでもらいたい。であれば、社内の制度をより良くして、働くことを良いものにしたいですよね。それもやはり、体験価値を上げるという考え方につながっているかもしれません」

現在、ソウ・エクスペリエンスでは「“子連れ出勤”100社プロジェクト」として、子連れ出勤の可能な企業が増えるよう外に働き掛けている。

子連れで出勤の中井氏
子連れで出勤の中井氏
 

「待機児童の問題は深刻ですが、子連れ出勤を受け入れる会社が少しでも増えれば、ひとつの解決手段になり得ると思っています。100社と言わずも、子連れ出勤を受け入れる会社がそれなりに出れば、何%かの待機児童は減るはず。この取り組みだけで全て解決できるとは思いませんが、やる意味はあると思います」(西村氏)

西村氏は、「そもそもなぜ子どもを連れてきてはいけないのか、自分の中で特にその理由が見当たらなかった」という。世の中になんとなく存在する「会社はこうあるべき」という考えを一度排除して、仕事という“体験”をより良くすることに集中した結果だった。

ちなみに、西村氏は2児の父でもあるが、子育てにおいても“体験”との関連性を感じている。それは、先ほど挙がったきっかけのつくり方についてだ。

「最近、科学雑誌のニュートンを読んでるんです。ある日、子どもが宇宙に興味を持って僕に質問してきたとき、全然答えられなかったんですよね。それがショックで…(笑)。せっかく子どもが関心を持っているのに、親の無関心によってその興味をそぎたくなかったんです。親が子どもの選択肢を排除したり、何かしらの体験のきっかけをつぶしたりする権利はないと思う。それで、少しでも答えられるようにと読み始めました」

子どもの興味・関心に対して、親が余計な先入観を与えないこと。会社の働き方も、固定観念に縛られないこと。それらは、仕事も人生も「良い体験をしてほしい」という考えにつながっている。

 

未来に求められる、興味のインプット・アウトプット

 

今後の展望を聞かれて、西村氏は「体験というテーマに携わり続けていきますし、まだこの領域は伸びる手応えがあります」と話す。例えばイギリスでは「Experience Gift」というジャンルが既に確立されている。これから私たちの余暇時間が伸びていくと考えられている中で、それをいかに楽しむのかが更に重要性を増していくだろう。日本国内でもこうしたジャンルが根付いていく可能性は高い。

いろいろな贈り物がある中で、体験ギフトが一つのジャンルとして確立されること。その上で、ソウ・エクスペリエンスがそのジャンルのパイオニア的なブランドとして存在している姿を理想に掲げる。

「それに加えて、僕らでオリジナルの体験をつくったりコーディネートしたりする方にもシフトしたいですね。多くの体験ギフトに接して知見をためる中で、“こういう体験があればいい”と思うことも多くなりました。でもそのサービス提供者がいないケースがあります。ですので、こちらでオリジナルの体験を考えて、提供可能な事業者・プレーヤーと組みながらギフト化したいですね」(西村氏)

左から、能勢氏、西村氏、天野氏
左から、能勢氏、西村氏、天野氏
 

対談の最後、天野氏から西村氏へ一つの質問が投げ掛けられた。それは「未来で求められるスキルや、価値を生むものは何か」。西村氏はこんなふうに答えた。

「常に自分が関心あるものを3〜5つ持っていること。そしてそれを、1分、3分、5分の長さでそれぞれ他人に紹介できること。そのスキルですかね。この状態をつくれると、まずインプットが変わるはず。それまで気にならなかったニュースやSNSの投稿に興味を持つことも出てくるでしょう。可視化された情報やタグを見過ごさなくて済みます。さらに、その興味を人にうまく紹介できることで、新しいチャンスが生まれたり、自分の可能性が広がったりするかもしれません。」

西村氏のこうした未来洞察は、さらに大きなビジョンへと結びつく。いまよりもさらに人々の関心が可視化されるとすれば、より多様な体験へのきっかけが人々の間に生まれていくことになる。そしてそのような「夢中になる体験」が溢れていれば、人と人との争いもより少なっていくだろう。だとすれば、こうした体験ギフトの普及はまわりまわって世界平和にもつながっていくのではないか――そんな未来へのビジョンも語られた。

「きっかけのデザイン」は私たちの未来そのもののデザインでもあるのだ。