loading...

2016年クリエイター・オブ・ザ・イヤー受賞者 菅野薫氏に聞く 「課題全部入り」にいかに立ち向かうか

「届く表現」の舞台裏 №17

  • 菅野 薫

2017/08/16

2016年クリエイター・オブ・ザ・イヤー受賞者 菅野薫氏に聞く
「課題全部入り」にいかに立ち向かうか

「『届く表現』の舞台裏」では、各界の「成功している表現活動の推進者」にフォーカスします。今回は、2016年クリエイター・オブ・ザ・イヤーを受賞した電通の菅野薫氏に、大きな課題への立ち向かい方を伺いました。

菅野薫氏
 

このたび、日本広告業協会から大変栄誉ある賞を頂き、非常に光栄に思っております。振り返ると、2012年に受賞した「クリエイター・オブ・ザ・イヤー特別賞」は「クリエーティブ・テクノロジスト」という新しい職能を提示したことを評価していただいた感がありました。14年の1回目の「クリエイター・オブ・ザ・イヤー」の受賞の時は、「Sound of Honda/Ayrton Senna 1989」をはじめとした仕事で、デジタルテクノロジーという新しい表現の方法を使って、情緒的なブランドのストーリーテリングをした点を評価していただきました。そして今回は、テクノロジーは確かに表現のための一手段として多分に活用していましたが、よりトータルなクリエーティブの企画やディレクションを評価いただいたように思います。

というのも、今回の受賞理由として特に評価していただいた、「リオ2016大会閉会式の東京2020フラッグハンドオーバーセレモニー」は、今、広告会社が直面しているあらゆる方向のコミュニケーション課題が全部含まれているようなプロジェクトでした。たった一度しか本番のない一大イベントであり、デジタルクリエーティブでもあり、映像の企画制作でもあり、グローバルに向けたコミュニケーションでもあった。まさに巨大な「課題全部入り」の広告プロジェクトだったと思っています。

こういう複合的な課題に取り組むに当たって一番重要だったのは、適切なチーム編成でした。明らかに個人の力、一つの才能で対応できるプロジェクトではなかった。佐々木宏さんと椎名林檎さんという全く違う才能のお二人がクリエーティブスーパーバイザーでいらっしゃったのも絶妙だったと思いますし、MIKIKOさんに振り付けだけでなく、フィールドにおける総合演出に参加していただいたのも大きく方向を決定づけました。普段、作品を制作する事前の段階でアイデアを言語化して他者に説明し承認を得るということをしないアーティストの方々と、佐々木さんと僕のように「ビジネス的な説明責任を果たしながら、大きなアイデアを実現する」という広告の世界の技術を持つ者たち。この異なる文化が共存するチーム構成が実はとても大きな発明だったように思います。僕と1歳違いの椎名さん、同い年のMIKIKOさんという同世代3人が、大先輩の佐々木さんと一緒のチームになったという点もありそうでなかったところです。何より制作に関わった全ての人が、世界に誇る最高のプロフェッショナル。そのそれぞれが自分の領域で最高のパフォーマンスを出せるような企画とディレクションをすることを一番意識しました。

リオ2016大会閉会式の東京2020フラッグハンドオーバーセレモニー
Photo:フォート・キシモト

およそ10カ月の制作期間で、ものすごい時間と量の思考とディスカッション、国内外の、いろいろな関係者の方々に対してのプレゼン、更に考え抜いてのプレゼン、の繰り返し。その過程は本当に大変でしたが、個人的な経験から、こういうたくさん考える大変さはいい結果が出る大変さだ、の直感がありましたし、本番の瞬間が頂点の状態であるために必要なプロセスなので、最後まで諦めずにやりきる強い意志が持てました。プロセスにばかり意識的になるべきではないと思います。クリエーティブは、結果が全ての世界ですから。

現地では、本番の会場で一度も事前リハーサルのできない一発勝負でした。オリンピックの閉会式では大風と大雨。パラリンピックでもまさかの雨。直前まで絶えなかった想像を絶する量のトラブル。もう一回やれと言われたら、同じことはもうやれないですね。一度きりしかないから、できることもあります。

リオ2016大会閉会式の東京2020フラッグハンドオーバーセレモニー
Photo:フォート・キシモト

制作過程で向き合い過ぎたからか、本番を終えるまで、どういう評価が頂けるかさっぱり想像できなくて、正直あんなにポジティブな評価を多く頂けるとは思っていませんでした。とにかく終わったというだけで、安心して膝から崩れ落ちるような感じでしたし。リオにいたから日本のメディアでの報道とかは見られていなかったのですが、一番うれしかったのは、リアルタイムでソーシャルメディアでやりとりしていた会社の同期たちの応援だったり喜んでくれている声でした。終わった瞬間からは、いろいろな方からたくさんの声が絶えず届きました。それこそ地球の真裏にいるみんなが同じ瞬間を共有している。まさにオリンピックやパラリンピックらしい瞬間だな、と思いました。

今までになかった種類の仕事に関わるたびに、広告制作で獲得した技術の可能性を強く感じますし、その技術でやれることを更に拡張したいと思う。この先も、クライアントや社会から与えられるお題とかお願いに対して、さまざまな角度の鮮やかな発明をしていきたい、期待に対して圧倒的な高さで応えることができる技術を常に持っていたい。今代表を務めているDentsu Lab Tokyoという組織はまさにそのためのチームです。ここに所属することで各人が自分らしい高度な知識や技能を獲得し、チームとしてのソリューション力が高まること。それだけを目的にしています。絶えず自分の専門性と技術を磨いておかないと、大きな課題には立ち向かえませんよね。そして課題はどんどん高度化しているし複合化している。個々人が高い技術を持つことと、そうした専門家同士が適切なチームを組んで応えていくこと、この双方が今後一層求められていくと思っています。

Dentsu Lab Tokyoのメンバーたちと
Dentsu Lab Tokyoのメンバーたちと