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Dentsu Design TalkNo.99

魅せる「伝統の価値」とは?(前編)

2017/09/15

10年にわたる海外勤務を終え、京都に赴任した電通京都支社の各務亮さんは2012年、伝統工芸を扱う6社と、日本の伝統工芸の新たな価値を発信していくプロジェクト「GO ON (ゴオン)」をスタートしました。そこから立ち上げた、新ブランド「Japan Handmade」がミラノやパリで好評を博すなど、今注目を集めています。今回は一緒にプロジェクトを推進してきた西陣織老舗「細尾」の12代目 細尾真孝さん、各務さんの戦略ブレーンとして関わっているソナーの岡崎孝太郎さんを迎え、日本の伝統の未来を俯瞰しつつ、京都から世界に仕掛けていくたくらみを紹介します。

魅せる「伝統の価値」とは?(前編) 登壇者全員
(左から)ソナー 岡崎孝太郎氏、細尾 細尾真孝氏、電通 各務亮氏


京都の伝統工芸の価値を世界に伝える

各務:今日は細尾12代目の細尾真孝さんと、アカウントプランニング専門会社ソナーの岡崎孝太郎さんと共に、伝統の価値とは何か、そして、その伝統をどのように未来につなげていけばいいのか、ディスカッションしていきたいと思っています。

私は5年前に海外勤務から電通京都支社に異動して、そこで触れた「京都の文化」にとても感動しました。そして京都の伝統業界がこの20年間で大幅に縮小していることを知り、その魅力を海外に発信するお手伝いがしたいと、伝統工芸6社の若旦那衆とGO ONというプロジェクトを立ち上げました。

国内外の企業やクリエーターに伝統工芸の技や素材を提供して、今までにない新しい価値を生み出そうという活動です。中でも細尾さんはGO ON結成前から、海外のインテリア・ファッション業界とコラボレーションするなど、先駆的な取り組みを行っています。

細尾:西陣織には、1200年の歴史があります。特に京都に都が置かれていた1000年間で、天皇や貴族といった層の権力の象徴として、その美しさを追求し続けてきました。現代のように誰でも西陣織に触れることができるようになったのは、戦後になってからです。この西陣織をひとつの「素材」として捉え、海外のマーケットに売り込む事業を8年前に社内ベンチャーとして立ち上げました。

例えば、高級ブランドのクリスチャン・ディオールは銀座を含む世界100都市の店舗の壁紙や、椅子の張り地に西陣織を採用しています。さらにシャネルやブルガリ、ルイ・ヴィトン、国内ではザ・リッツ・カールトンや宝飾品を扱うミキモトがカーテンやクッションに採用しています。

他にも、現代アートやバイオテクノロジーなどともコラボレーションしました。パナソニックとは、金や銀を織り込んだ「箔」という織物の通電性を利用して、人が触っている間だけ音が鳴るスピーカーを搭載したウエアラブルな織物の開発にも取り組んでいます。

魅せる「伝統の価値」とは?(前編)細尾氏

各務:GO ONを始める前から、伝統工芸の後継者たちと、一緒になって挑戦を始めていたんですよね。

細尾:そうです。もともと僕は家業を継ぐ気がなくて、ずっとミュージシャンをしていたんです。8年前に伝統工芸をクリエーティブ産業に転換させたいと思い立ち、実家の西陣織を継ぐことにしました。

西陣織は1200年間ずっと国内だけを市場としてきたため、世界の人は西陣織の技術・素材・ストーリーをほとんど知りません。これは見方を変えれば、大きなチャンスだと思ったんです。

そこでまず、手探りでミラノサローネに出展したのですが、初めてということもあって当然うまくいいきません。でもフッと横を見ると、同じように悪戦苦闘している日本人がいたんです。それが今のGO ONのメンバーです。

伝統工芸の世界は、横のつながりがほとんどありません。ですから、彼らの名前は知っていても面識はありませんでした。しかし同世代が自分と同じような思いで、海外に挑戦していると知って、一緒に伝統工芸の在り方を変えていこうという話になったんです。

日本人の感性を武器に世界に出る

各務:私も彼らの話を聞いているうちに、熱い思いが伝わってきて、自分もその壮大な夢の一部になりたいと思いました。

GO ONのコンセプトは、細尾さんが当時取り組んでいた、西陣織を素材として海外に輸出するという手法を明文化したものです。つまり伝統工芸品を物としてではなく、技術・素材・物語に分解して、他の産業の中に忍び込ませるということです。

このコンセプトから事業計画をつくり、資金調達して商品を開発し、海外展開するということを続けてきています。最初は、その方法が分かりませんでしたので、岡崎さんに協力していただきました。当時、岡崎さんに「ルールを変えなければダメだ」と言っていただいたことが印象として残っています。

魅せる「伝統の価値」とは?(前編)各務氏

岡崎:そのときは、日本人の豊かな感性で生み出したものを世界のプラットフォームに入れてしまえば、海外の企業やクリエーターはそこから二度と抜けられなくなるという話をしたんだと思います。

各務:そうです。それを僕らは「忍び込む」と表現して、「忍び込むクリエーティブユニット、GO ON」を掲げました。

岡崎:参考にしたのは、クリスタルガラスで有名なスワロフスキーです。彼らはアルプスの水の力でガラスを削る機械屋さんに始まって、カットデザイン、液を塗布して虹色に輝かせたりする技術を開発し特許化し、ブランドとして進化しながら今に至っています。完成品はスワロフスキーとして、ハリウッド映画やアカデミー賞の装飾など芸術や文化の世界にも浸透しています。

実はスワロフスキーの商売の源泉になっているのは、ガラス細工ではありません。平らな石の裏に塗ると絶対に離れない糊(のり)なのです。その糊という技術があるから、スワロフスキーは世界中で使われるようになった。

それを京都で実行しようとしているのが、西陣織から着物や帯という枠を取り払った細尾くんです。視点を少し変えることで、ルールを大きく変えることができると思います。

魅せる「伝統の価値」とは?(前編)岡崎氏

細尾:最初に岡崎さんにお会いしたときは、話すことの1%ぐらいしか理解できませんでした(笑)。ですが、言われたことはずっと引っ掛かっていました。

岡崎さんは、「日本のような四季がある国は少ないし、京都はそれをめでる文化を1000年以上も育んでいる。そこが一番の強みになる」と言った。

それを聞いたときは、本当にそうだなと思いました。例えば、一口に「白」といっても、日本にはいろんな白があって、それぞれに呼び名があります。それを季節の移り変わりなどに応じて使い分けて、着物の柄に落とし込んだり、和歌に詠んだりします。

日本人はそういう敏感なDNAを持っていて、常にそれを感じる訓練をしている。そこが一番の武器になると、岡崎さんに教えてもらいました。

各務:つい先日、細尾さんがオープンされた宿泊施設「HOSOO RESIDENCE(ホソオ・レジデンス)」は、四季の感性という京都独特の価値観を体現されていて、すごく感動しました。

細尾:約100年前の京町家をリノベーションしてホテルにしています。飛鳥時代の版築という伝統的な左官の技術を駆使し、庭には白砂利を敷き詰めて、そこからの反射光を室内に取り込んでいます。室内が薄暗いため、明るさに対する感覚が敏感になるのです。

これは先ほどの色の話と同じで、かつて日本人は、月明かりのような1ルクスにも満たない世界でも光の変化を感じていました。その世界観を感じてもらえるような宿になっています。

各務:ホソオ・レジデンスよりも前につくられたのが、西陣織の工房に併設したショールームでしたよね。今は海外からも、たくさんのお客さまがいらっしゃっています。

細尾:そこも京都の町家を改装した場所で、一番古い部屋は200年前のものです。

今、世界中のラグジュアリー層がプライベートジェットで京都を訪れています。彼らは、伝統工芸の持つ世界観に関心を持っています。そこで工房をショールーム化したのです。今では観光の流れも変わって、クラフトツアーが増えているようです。

各務:細尾さんが取り組んでいることを横展開しようと、普段は入っていけないような“ものづくりの現場”を案内する、コンシュルジュサービスのプロジェクト「Beyond KYOTO」も立ち上げました。

※後編に続く
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