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Dentsu Design TalkNo.100

魅せる「伝統の価値」とは?(後編)

2017/09/16

10年にわたる海外勤務を終え、京都に赴任した電通京都支社の各務亮さんは2012年、伝統工芸を扱う6社と、日本の伝統工芸の新たな価値を発信していくプロジェクト「GO ON (ゴオン)」をスタートしました。そこから立ち上げた、新ブランド「Japan Handmade」がミラノやパリで好評を博すなど、今注目を集めています。今回は一緒にプロジェクトを推進してきた西陣織老舗「細尾」の12代目 細尾真孝さん、各務さんの戦略ブレーンとして関わっているソナーの岡崎孝太郎さんを迎え、日本の伝統の未来を俯瞰しつつ、京都から世界に仕掛けていくたくらみを紹介します。

魅せる「伝統の価値」とは?(後編)登壇者全員
(左から)ソナー 岡崎孝太郎氏、細尾 細尾真孝氏、電通 各務亮氏


西陣織が最新テクノロジーと融合する

各務: GO ONは、クールジャパン的に海外に積極的に進出していくこと、逆に海外から京都に来てもらいラグジュアリーなコミュニティーを体験してもらうこと、そしてグローバル企業との連携にも挑戦しています。

次に何に取り組んでいくべきか、細尾さんが考えていることはありますか。

細尾:ひとつはテクノロジーとの融合です。西陣織は、9000本の縦糸を使う複雑な構造を持つ織物です。1本1本の糸をコンピューターでコントロールして、いろんな種類の糸を複雑に織り分ける技術もあります。

繊維の世界も進化していますから、半導体や生体センサーを織り込むこともできるようになりました。その結果、例えば生体センサーを織り込んだ布で車のシートをつくれば、居眠りすると、自動的に車を停車させるようなこともできるようになるでしょう。

ただし何よりも重要なことは、西陣織は1200年間、美しさを追求し続けてきたということです。ですから、テクノロジーを前面に出すのではなく、伝統工芸の美の中にテクノロジーをどう隠すかということに挑戦しています。

各務:リサーチにも取り組まれていますよね。

細尾:そうですね。某アウトドアメーカーのチームと一緒にモンゴルの遊牧民の住居ゲルのリサーチに行く計画があります。美しさの裏に機能性があるというアプローチから、西陣織で住宅をつくれないかなと思っています。

もうひとつ、取り組みたいテーマが「着物」です。着物は長方形の布を組み合わせてできている機能的な衣類です。帯も同様に1枚の布を、折り紙の要領で、立体的に組み立てる構造になっています。着物が最先端のテクノロジーと結び付くと新しい価値を生むのではないか、という発想でマサチューセッツ工科大学の教授と一緒にリサーチを始めました。

魅せる「伝統の価値」とは?(後編)細尾氏

岡崎:面白いですね。例えばディープラーニングを使えば、色の違いや織り方など、いろんなルールを一気に覚えさせることができます。そこから、AIがこれまで人間がしたことのない織り方をいとも簡単につくり出すでしょう。

僕らが経験してきたことと違う世界から、途方もない世界が生まれてくる可能性があります。僕らはそれを怖がるのではなくて、美の裏側にある数理みたいに、違う宇宙があることを理解した上で何をつくっていくのか考えることがGO ONの次のステージでしょうね。

もうひとつ重要なことは、言葉をつくることです。細尾くんが取り組んでいることを表す言葉は、まだありません。それを「クール」や「カワイイ」といった、なるべく海外の人も理解できるような独特の言葉を体系化する。その言葉によって、外国人が驚いて帰るだけではなく、自分の生活やビジネスに取り込むようになっていくと思うんです。

人間に大事なものは伝統工芸の中にある

各務:GO ONに取り組んでいるメンバーは、京都の伝統工芸の中でも先駆的な取り組みで実績を上げています。ただし日本全国では厳しい状況に置かれている伝統工芸も多いと思います。何かアドバイスはないでしょうか。

細尾:1000年や3000年といった長い時間を超えてきたという軸で見る必要を感じています。面白いなと思ったのが、2030年に人類が火星に行く計画が進んでいますが、火星に到着するまでに半年もかかるそうです。

そうなると、単なる移動ではなく生活になる。アメリカ的な考えでは、メンタルトレーナーをつけて、ジムを完備してという発想になるかもしれませんが、人間の心を落ち着かせるのはシルクの着物の肌触りの方がいいかもしれません。人間が何千年と身に着けてきたという実績がありますから。

人間にとって大事なものが何かという答えが、実は伝統工芸の中にあるのではないかと思っています。

各務:僕は織物や器などの伝統工芸が、もっとリアルな生活の中に普通に存在している世界を取り戻したいですね。京都のお料理屋さんでも京焼の器を使っているところは、意外と少ないですし。

岡崎:自分たちが想像できない未来に行くためには、まず試してみてネックになるものを見つけて、それを順番に変えていくということをしなければいけないでしょう。

京都の料理屋が伝統工芸の器を使わないのはなぜか。それは税金の問題もあると思います。茶道の家元が使うような器をそろえれば、とんでもない税金を払わなければいけなくなります。だから、各務くんが理想とする世界を実現するには、そういう制度面を取り払う必要がある。

でも京都はその実現が得意なはずです。例えば、ある料理組合に所属すれば、そこで出す茶器や食器に対しては税控除するということが考えられるかもしれない。

魅せる「伝統の価値」とは?(後編)岡崎氏

各務:今後、GO ONを進めていく上で、気を付けておくべき点はありますか。

岡崎:それはGO ONが、ボロもうけしたらダメだということです。文化はそこに住む人たちが長い時間をかけてつくってきたものです。だから売り上げばかりを追うのではなく、京都にいる人たちに恩返しをしなければいけない。

僕は江戸っ子ですが、祇園の旦那衆の弟分にしてもらって、旦那衆の次のポジションぐらいには入れてもらえたと思います。でも自分はよそ者だから、どこか離れていないとダメだと思っていました。そして今は距離を置いています。

各務さんは、しがみついているような感じがしますけどね(笑)。

各務:はい、京都にのめり込み過ぎてます(笑)。岡崎さんがおっしゃった、“ボロもうけしない”という商売哲学は、京都の美学ですよね。京都にはフェアな状態をキープしておくための、仕組みがうまく出来上がっていると思います。

しかし、時にそんな関係性がしがらみとなりイノベーションの妨げになります。そういう部分を、よそ者である自分がお節介してお役に立てればと思っています。

魅せる「伝統の価値」とは?(後編)各務氏

細尾:外の文化を取り入れていくことは、伝統を残していく上でも大切なことです。常に環境が変化していますから、それに対応するため伝統も異質なものを取り込んでいかなければいけないと思います。

その点、フランス人は伝統をつくり上げるのがうまい。ドン・ペリニヨンのブランド責任者に会ったとき、「おまえたちはそんなにいい物を持っているのに、世界に出すのがなんて下手なんだ」と言われました。

岡崎:ドン・ペリニヨンのシャンパンは、きちっと型を守っているところがすごいですよね。ロマネ・コンティは、畑の土がローマ帝国の土だから高額なもので1本150万円以上の価値がある。けれど、その隣の畑のワインはほぼ同じ土なのに区画が違うから1本3万円程度なんですよ。こんなふうにもう変えられない“時間”に価値を置くという方法は、フランス人が得意です。

細尾:GO ONのメンバーに朝日焼の16代目がいます。そこで使っている土は100年前の土なんです。でも彼にとってはそれが当たり前だから、わざわざ言わないんですよ。僕も最近知ったくらいですから。

京都には本人も気付いていない価値がたくさんあるんだろうと思います。約3600社の伝統工芸の会社があるのに、そこから経済が生まれる仕組みができていません。例えば京都で1000年という時間をコンセプトに、世界中からクラフトの才能が集まるような祭ができないかと妄想しています。そして伝統工芸の担い手を一人でも多く増やしていきたいです。

<了>
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