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日本発!小さくても逆境に勝つ「小さな大企業」スモール・ジャイアンツNo.2

2020/03/27

なぜ彼らは大企業から中小企業に転職したのか?

全国各地の未来ある中小企業を発掘すべく、「Forbes JAPAN」と電通が立ち上げたプロジェクト、その名もスモール・ジャイアンツアワード。前回に引き続き、Forbes JAPAN編集長の藤吉雅春氏による寄稿をお届けします。

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「パナソニックを退職すると決断した時は何歳でしたか?」
「45歳で、当時は課長でした」
「その年齢と役職で退職する人、珍しくないですか?」
「あまり聞いたことがないですね。私がおかしいんですよ(笑)」

私がこんなやりとりをしたのは、2018年1月、第1回スモール・ジャイアンツの最終選考の取材をしているときだ。相手はミツフジの営業担当の社員である。他にも同社には大手企業の立派な役職を捨てて、40〜50代で転職してきた人たちがいた。

ウェアラブルIoT企業のミツフジは、導電性の高い銀メッキ繊維と社内に伝わる独自の織りによって、生体データを正確に取得・数値化できる「hamon」を製造販売している。この取材の直後、「ニッポンが誇る小さな大企業」と銘打った第一回スモール・ジャイアンツで大賞となるグランプリと、尖った技術を表彰するカッティングエッジ賞をダブルで獲得した。

ウェアラブルIoTデバイス「hamon」

翌月、社長の三寺歩氏がForbes JAPANの表紙を飾った後、テレビ東京『ガイアの夜明け』がミツフジへの密着取材を始めた。2019年にはアメリカのIBM本社が、同社をグローバルパートナーに指名。ミツフジ以外で指名されたのが、ロレアル、メルセデス・ベンツ、VISAの3社であることを考えると、いかに快挙であるかがわかるはずだ。

しかし、ここで強調したいのは、冒頭の話である。
彼らが転職を決意した時、ミツフジは世間的にはまだ知名度が高いとはいえなかった。さらにいうと、2014年、前身の「三ツ富士繊維工業」時代は経営難から土地や工場を失い、本社はプレハブだった。それでもこの小さな会社に賭けた人たちがいた。

会社を選ぶ判断基準として、企業の規模が大きいか小さいか、有名か無名かはさほど重要ではなくなってきているのではないか。実は、そう考えるようになったきっかけは、Forbes JAPANが創刊した2014年に遡る。

企業の価値はサイズで決まるのか

由紀精密のオフィス
由紀精密

2014年7月、雑誌Forbes JAPAN創刊2号の表紙に登場したのが、宇宙ゴミの除去を目指す世界初の民間会社アストロスケールの岡田光信氏だった(当時は創業して間もなく、まだ無名であった)。

その岡田氏から「どうしても一緒に来てほしい、すごい会社がある」と誘われて向かったのが、神奈川県茅ヶ崎市郊外の工業団地。教えられた住所にたどり着くと、小さな町工場の門に「由紀精密」という看板があった。

一時間半ほどの滞在だったが、ここで私は単純なことに気づかされる。世の中を見る自分のモノサシが、案外、ステレオタイプなんだなと思えたのだ。

最初の気づきは、会社の規模についてだ。

2006年、当時31歳だった大坪正人氏が社長職を父親から受け継いだ頃、由紀精密は従業員20人ほどの切削加工の会社だった。アストロスケールの岡田氏が惚れ込んだのは切削加工の精緻な技術力なのだが、大坪氏は従来型の町工場から、研究開発、企画、設計、デザインまでを行う頭脳集団に変貌させていた。

航空宇宙分野と医療機器分野という絶対的な品質を要求される狭き門に挑戦し、航空宇宙の市場が大きいヨーロッパに進出。フランスに子会社を設立するまでになっていた。

大坪氏に「下町ロケットみたいですね」と言うと、彼は一瞬、困った表情になった。

「よく言われますが、その小説は読んだことはないんです」(当時はまだテレビドラマ化されていなかった)

そして、彼はこんな違和感を口にした。

「これまで企業のサイズを軸に考えたことがありませんでした。だから、『頑張っている中小企業』みたいに言われて、なるほど、自分たちは世間では中小企業と言われるんだと初めて意識したのです」

企業を組織のサイズだけで判断するのはおかしいと、彼は感じていたという。少人数でも世界シェアを取れる会社と、社員が1万人いてもシェアを取ることができない会社がある。

そして、「大企業か中小企業か、という組織の大小のモノサシしかないのはなぜだろう」という話になった。中小企業であれば、税制などの優遇政策があるが、それは企業価値とはあまり関係がない。1998年の金融危機のあたりから、企業の明暗は規模の大小だけでは測れなくなり、未来を読むモノサシにはならなくなっている。

「新しい価値」を生み出せるかどうか。そこが重要なはずだ。

由紀精密・大坪正人氏
由紀精密・大坪正人氏(写真:アーウィン・ウォン)

「伸びしろだらけです」

2006年に大坪氏が由紀精密に入社する以前、同社はITバブル崩壊のあおりを受けて、売上げが半減するまで厳しい経営状態にあった。そんな時に、「入社したい」と手を挙げた奇特な青年が現在取締役の笠原真樹氏である。

笠原氏は大坪氏の友人であり、大学院時代に航空機に使われる複合材関連の研究で論文賞を受賞。大手メーカーに就職していた。

笠原氏に、「友達の実家とはいえ、まだ大坪さんが入る前に、なぜ転職したのですか」と聞くと、彼はこう答えた。

「遊びに行った時、改善のポイントをたくさん見たんです。つまり伸びしろだらけだと思ったのです」

当時、彼は31歳。──それから14年後の2020年。44歳になった笠原氏に再会すると、「伸びしろだらけというのは、今考えると、ずいぶん横柄な言い方でした」と笑い、こう言った。

「1の努力をした時の伸びの割合が大企業とは全然違うと思いました。大企業が80点を85点に伸ばすには大変な苦労を要します。しかし、中小企業だと大きく伸びるという面白さがあります。現場を見た時に、自分が役に立てるフィールドが見えたのです」

計測機器用の部品から食品メーカーが使う菓子製造用のノズルまで、いろんな材料を見ているうちに生産管理やシステム化の方法などアイデアが湧いてきたという。大手企業のIT分野で仕事をしていたこともあり、「中小企業×IT」の答えが頭の中で描けたのだ。

「自分が役に立てるフィールドが見えた」という笠原氏の言葉を他でもよく耳にするようになったのは、2015年頃からだ。「地方創生」という言葉が一般的になり、内閣府が「プロフェッショナル人材事業」という制度を始めた。東京の大企業で働いていたプロ人材を地方の中小企業に年間1000人送り込むものだ。実はこの制度は希望者が後を絶たず、「役に立ちたい」という人々がまだまだ控えている。

「自分が誰かの役に立てる」というヒトの本能を刺激する──。給与や安定という古いモノサシがあちこちでポキっと折れ始めたように思えてならなかった。

「役に立ちたい」という思いを受け入れる十分な「余白」をもつ中小企業。そこに「人の能力」が掛け合わされて、企業が予想外の化学変化を起こして飛躍する。
私は余白と人の掛け算を勝手に「スモール・ジャイアンツの余白率」と呼んでいる。

大きく会社を魅力的に飛躍させたのが、由紀精密であった。ある日、転職してきた社員が大坪氏にこう言った。

「パリの航空ショーに出展するのが夢なんです」

すると、大坪氏はあっさりとこう答えた。「じゃあ、調べて出展してみようか」

世間常識からいえば、町工場とパリの航空ショーは似つかわしくないように思える。しかし、大坪氏は覚悟を決めて、希望する従業員を連れて出展した。

2011年、航空宇宙機器の国際見本市・パリ航空ショーで、大坪氏は、パフォーマンスを行った。一円玉の大きさの「精密コマ」を回してみせたのだ。回転するコマはまるで静止しているようにしか見えない。切削加工の精緻な技術力をコマでPRするや、26カ国の企業が名刺交換を求めてきたのだ。

由紀精密・一円玉の大きさの「精密コマ」

「町工場はグローバル化できるんです」と、大坪氏は言う。「図面は数字とアルファベット。世界共通です。機械のプログラム言語も日本語ではありません。技術力と高品質を安定供給できれば、市場は世界に広がるのです」

注文に応じて部品を製造して納品するだけではなく、企画やデザインから開発や設計まで提案する。下請けの域から大きく飛躍し、フランスでの子会社設立に発展した。

精密コマをインターネットで知り、大量に注文してきたのが前述したアストロスケールの岡田氏だった。また、精密コマは国内の企業対抗「コマ大戦」というイベントで優勝。それを新聞記事で読んだ工業専門学校の新卒の学生が、「人工衛星をつくる仕事を一緒にしたい」と就職してきた。

また、工場で高速回転する金属が切削される音をサンプリング。DJによる音楽と機械の動画によるミュージックビデオとしてレーベル化するプロジェクト「INDUSTRIAL JP」が、2017年、カンヌライオンズでブロンズを受賞。この動画を見て、転職してきた者もいる。

2017年、由紀精密はさらなるステップに移った。高い技術力を持つ町工場11社が結集し、企業という枠組みを超えた製造業のホールディングス化。「由紀ホールディングス」を設立したのだ。

海外展開の相互支援、人材不足を補う出向や採用、資金調達、広報活動、知財などを協力し合うことで、「高い要素技術を残し、高品質の文化を守り、そして最終製品の価値を高めていく」という。この手法は日本の他の中小企業にも使えるため、日本の底上げにつながる。

「めざすのは、日本のポジショニングです」大坪氏はそう明言する。

2014年、初めて由紀精密を訪れた時、大坪氏はこう言った。

「中小企業は課題しかないけれど、理想はある。理想を描いて現実にしていくのが私の仕事だと思うんです」

古いモノサシで自己規定をしてしまい、自由な発想を縛っていないだろうか。人手不足を嘆く前に、モノサシを変えてしまえばいい。そう聞こえた。この時、「中小企業という古いモノサシ以外の呼び方はないでしょうか?」という大坪氏の問いかけが頭から離れず、たどり着いたのが「スモール・ジャイアンツ」という言葉だった。

スモール・ジャイアンツ パイオニア賞受賞の由紀精密記事はこちら