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ロボティクスビジネス入門講座No.4

ゲーム開発のノウハウをロボット開発に バンダイナムコ一木裕佳氏、大森靖氏インタビュー後編

2014/12/24

社内横断組織「電通ロボット推進センター」の西嶋賴親が、著名なロボットクリエーターや研究者、ロボット開発に携わる企業のパイオニアを訪ねる対談企画。前回に続き、バンダイナムコゲームスの一木裕佳さんとバンダイナムコスタジオの大森靖さんに、ゲーム開発で培ってきたノウハウをどのようにロボット開発のコンサルティング事業で役立てていくのかお聞きました。

(左から)電通 西嶋氏、バンダイナムコゲームス 一木氏、バンダイナムコスタジオ 大森氏

最後にちょっと崩す、外す“One Salt”

西嶋:「スキがあるから愛着を感じる」というお話や、「気持ちがあってこそ双方向のコミュニケーションが成り立つ」という視点は、とても勉強になりました。コミュニケーション領域でロボットを活躍させようとするなら、むしろそんな人間の心の複雑さを、よく理解する必要がありそうですね。

大森:そうですね。ただ、家電はしゃべらない方がいいと話しながら、僕も「しゃべる家電」シリーズを考えたことがあったのを思い出しました。1990年代のころの話ですが。

西嶋:すごく先取りされていたのですね。

大森:でも、早過ぎました(笑)。ただ、僕が考えていたのは、コミュニケーション可能な「失敗する家電」なんです。

炊飯器に、マウスの裏に付いていたトラックボールのようなものがついていて、自分の好みに合う炊き上がりのときは、撫でてやる(ボールを転がす)とそれを覚えるんですね。でも、たまにご飯をちゃんと炊いてくれない時もあって、その際にトラックボールをペチッとたたくと、短く「ゴメン」と言うんです。

西嶋:なんだか、かわいいですね(笑)。どうしてそういう仕組みを考えついたのですか?

大森:先ほどの話にも通じますが、失敗すると愛着が湧いて、心に揺さぶりをかけられるのではないかと考えたからです。ご飯が炊けるという当たり前のことができていないと、普通の人は怒りを感じるでしょう。でも機械だからやり場のない気持ちになる。その感情の揺さぶりが起きたタイミングで「ゴメン」と言われると、普通の家電との間では生まれない感情や愛着が生まれるのではと考えました。

また家電にしゃべらせるなら、ただアナウンスのような形でなく、心に触れる形が有効じゃないかとも考えました。多くの技術者は、マイナスに思える部分を改善しようとしますが、僕らはそこで見方を変えて、そのマイナスを個性と捉えてプラスに転じさせることが得意なんです。

一木:これは当社の文化にも通じますが、“One Salt”といって、ちょっとしょっぱさを利かせるとか、あえて崩す、外すという考え方があります。通常はノイズとして除去される乱数やランダム性も、すごく大事にしているのです。

大森:技術者の中には「俺の乱数はゲームに情緒を与えるんだ」と主張する者もいるくらいです。一直線に完璧なものを目指そうとすると、こういう発想は生まれないでしょうね。そんな遊びも含めてバンダイナムコの「ゲームメソッドコンサルティング」事業(チーム名:「スペシャルフラッグ」http://specialflag.net/)でのロボット開発コンサルティングに生かしていきたいと考えています。

エンタメ商材は、つまずくと二度と使ってもらえない

西嶋:コミュニケーション領域の開発にはもちろん、日本人は産業用ロボットにまで名前を付けたりするくらいの思い入れを持ちますから、今お話しいただいた発想はいろいろなシーンで生かせそうですね。そして今、スペシャルフラッグに寄せられるロボット系の相談ではどういうことを求められているのでしょうか?

一木:機密事項もあってなかなか具体的に申し上げられないのですが、いくつかございます。例えば遠隔操作で行う産業用ロボットのコントローラー設計やユーザーインターフェースの課題解決ですね。今、災害現場や住宅の床下のチェックなどに、遠隔操作のロボットが使われ始めています。それらを扱うにあたり、属人的なノウハウがなければ操作できないような設計ではなく、誰もができるだけ直感的に使えるコントローラーが求められています。

ゲームのコントローラーは、タイトルによってはABボタンと十字キーで何千ものアクションを実現できます。それらを子どもが遊ぶ中で自然に覚え、新たな動きを発見したくなるように設計しています。もっと使い込みたい気持ちを誘ったり、達成感をまた次へつなげたり。そういうノウハウはすぐにでも生かせます。

西嶋:確かに、人が自然に使える操作性の面では、ゲームの世界に相当なノウハウがありそうです。ユーザーインターフェースを追求されている、ということですよね。

一木:そういう自負はあります。家電などの生活必需品だと、不具合があれば説明書を読んでもらえますが、私たちが扱うエンタメ商材は、ちょっとつまずくともう見向きもされなくなるという悲しい運命を背負っているので(笑)。特に今は、不満があるとすぐにネット上に書かれて、将来のユーザーまで失うことになりますから、シビアですよ。

これから伸びる業界だと、例えばHEMS(Home Energy Management System)の操作にも私たちのノウハウが役立つと思います。仕組み自体が素晴らしくても、子どもからおじいちゃん、おばあちゃんにまで使ってもらえないと意味がありません。例えば操作にスマートフォンを使うにしても、どういう設計なら無理なく生活に浸透するか、ユーザーの接触頻度をどれだけ高められるのか、そういうご相談を受けることもあります。

西嶋:なるほど、よく分かりました。それから、やはりゲームのナレッジでいうと、シナリオ設計のノウハウも大きいのではないかと思うのですが、いかがですか?

一木:おっしゃる通り、それも当社の大きな強みです。当社のゲームシナリオ設計のノウハウに加え、当社グループには「機動戦士ガンダム」を手掛けているアニメ制作のサンライズがありますので、物語的シナリオ設計のノウハウもございます。ですので、他の業界のバーバルなシナリオに、人を魅了する、没入させるなど、どんどん先を知りたくなるような演出はいくらでもできると思います。

西嶋:スペシャルフラッグでは、すでにいくつかの事例があると思いますが、携わっていてどのように感じられていますか?

大森:今までの案件でいうと、予想だにしない着地点にたどり着くのがとても興味深いですね。

先ほど、スマートフォンをコントローラーとして活用する話が出ましたが、例えばこの案件ならタッチパネルじゃなくて、いわゆる物理的なボタンのあるコントローラーの方が実はいいんじゃないの、という解決策に落ち着くこともあります。

タッチパネルは直感的に使えて操作性に優れていますが、なんでもかんでも最新の技術を採用すればいいわけじゃないんです。どのようなシーンで、どのように使用されるのかをしっかり見据え、その上で最適なものを選択していくことが重要です。

湯水のようにロボットを使える時代に向けて

西嶋:なるほど。多くの場合は迷わずに新しい技術を採用しがちですが、そこも見直すべきなんですね。

大森:僕らクリエーターの中には、論理的に説明はできないのですが、これまでの経験から膨大な暗黙知がたまっています。僕らにとっては当たり前なので、それが独自の知見だと気づかないことも多いし、勘違いもあると思います。でも、試してみるとクライアント様含めて皆が「断然こっちがいいね」と納得する、といったことが実際によくあります。

結局、使うのは生身の人間なので、どんなものが心地いいかというのは理屈ではないのです。さまざまな要因が複合的に絡み合っていて、正解を直接つかむのは難しい。おそらく、どうでもいいと思われている細部がかなり重要なのだと思います。ボタンの「カチッ」というアナログな操作感も、そのひとつですね。他業界のコンサルティング案件は、僕も取り組むうちにいろいろな気づきがあるので、手応えがあります。

一木:私自身はクリエーターではないので、大森たちの“クリエーター魂”を横で見ていて、いつも面白いなと思うのが「気持ち悪い」という言葉をけっこう使うことです。設計通りで、バグもないしこれでもう完成だ、という段階になって「なんか気持ち悪い」と誰かが言ったりする。そうすると、クライアント様がいくら現状で満足していても、やり直しですね(苦笑)。

西嶋:まさに、言葉にはならないけれど暗黙知的に「NO」になることがあるのですね。

一木:そうだと思います。それがどういう基準なのかは聞いても分からないのですが、その「気持ち悪さ」が彼らの中で解決できない限りは、おそらく世の中に出しても満足してもらえるものにはならない。だから、それはクリエーターではない私にとっては、案件の合格・不合格判定の重要なハードルです。

西嶋:そうした直感的な、数値化できない部分もコンサルティングに生かせるわけですね。それでは、これからのロボット事業への期待や抱負をお聞かせいただけますか?

大森:ロボットの開発には、いろいろな視点からの発想やノウハウを全部統合して進めるのが重要だと感じています。使えるものをすべて使い、最大限のエンターテインメントに仕上げることに関しては、おそらく僕らがかなりコミットできると思います。

この数年で急に、ロボットがエンターテインメントになるんじゃないかと思ったのは、技術が出そろったり安価になったりしたことで「無駄遣いできるロボット」が実現可能になったからです。

西嶋:無駄遣い、ですか?

大森:ええ。パソコンが家庭に出回り始めたころとよく似ています。そこまで高性能じゃないけど、なんでも好きに触って遊んでよいという身近な存在になったから、これだけ発展したのです。

湯水のように使えるロボットが、たぶんすぐに出てきます。ロボットは、僕らが追求してきたモニター越しのエンターテインメントの次を担う、中核にもきっとなるでしょう。

一木:手前みそかもしれませんが、うちのクリエーターと話をしていると、もっと生活に密着し、生活を楽しくしていく商品やサービスがまだまだつくれるのではないかと思います。人がどうしたら夢中になるか、そこにフォーカスして心血を注いできたのが彼らプロ集団の神髄だと思うので、ロボットの事業でもそれを一番の強みにしていきます。

西嶋:今回はクリエーターの視点、そしてそれを支えて生かすビジネスの視点をじっくり伺えて、とても勉強になりました。ありがとうございました。