ロボティクスビジネス入門講座No.5
V-Sido開発者・アスラテック吉崎航氏が語る プロトタイプ量産から始まる市場形成への道のり
2014/12/31
電通ロボット推進センターの西嶋賴親氏が著名なロボットクリエーターや研究者、ロボット開発のパイオニアを訪ねる企画、今回は人型ロボットを制御するための画期的なソフトウェア「V-Sido OS(ブシドーOS)」や、自動車に変形する人型ロボットの開発プロジェクト「Project J-deite(プロジェクト・ジェイダイト)」にも参画するアスラテックの吉崎航氏にお話を伺いました。
電通・西嶋氏(左)とアスラテック・吉崎氏 |
ロボットを動かすためのソフトウェア「V-Sido」
西嶋:今回は、日本の名だたるロボット関連クリエーターの中でおそらく最も若い、アスラテックの吉崎航さんに登場いただきました。現在29歳の吉崎さんは、2足歩行ロボットのバランスを制御しつつ、マウスやジョイスティックなどを使って直感的に操作できる画期的なソフトウエア「V-Sido OS」の開発者として知られています。また、安倍首相が主導する「ロボット革命実現会議」(※)のメンバーに、20代で唯一選ばれて参加されています。
※ロボットを少子高齢化の中での人手不足やサービス部門の生産性の向上という日本が抱える課題の解決の切り札にすると同時に、世界市場を切り開いていく成長産業に育成していくための戦略を策定するため、ロボット革命実現会議を開催する。(首相官邸ウェブサイトより)
吉崎:ロボット革命実現会議への招聘は思いもよらなかった指名で驚きました。ありがたいことです。
西嶋:電通では2014年11月にロボット推進センターを立ち上げて以降、企業からの連絡を多くいただいていますが、同時に「何から始めればいいのか分からない」という声も少なからずあります。今日は、吉崎さんが取り組まれているロボット開発の最先端のお話に加えて、市場形成への道のり、そして未来の生活にロボットがどう関わっていくのか、現役クリエーターならではの展望を伺いたいと思っています。
早速ですが、吉崎さんが開発されたV-Sidoは、すでに複数のロボットに搭載されていますよね。理論的には、どれだけ大型のロボットでも動かせるのでしょうか?
吉崎:そうですね、V-Sidoは汎用性の高いOSなので、ホビータイプから超大型ロボまでハードウエアは選びません。現時点で最も大きいものは、開発に2年を費やして2012年に発表した、高さ4メートルの巨大ロボット「KURATAS(クラタス)」です。
クラタスは元々、鍛冶師で造形作家の倉田光吾郎さんが発案したものです。倉田さんから、制御系を担当してほしいと声をかけてもらって参画し、「水道橋重工」を立ち上げました。人が乗れる仕様になっていて、タイヤ走行ですが自走もできます。
西嶋:その年の「ワンダーフェスティバル」(東京近郊で年2回開催されている世界最大の模型や造形物のイベント)でクラタスが発表されたときには、大きな話題になりました。あれだけ巨大で、しかも人が搭乗可能なものが動くことは、たいへんなインパクトを与えました。その後の反響はどうでしたか?
吉崎:反響は、非常に大きかったですね。特に、「クラタスを量産型ロボットとして販売する」と発表したことに対しては、世界中から購入希望のメールが殺到しました。
西嶋:素晴らしいですね。
吉崎:実際に人が乗って駆動するのではなく、あくまでアート作品としてですが。ただ、135万USドル…日本円で1億5000万円を超す価格設定もあって、さすがにまだ販売実績はありません(笑)。
人型ロボットの試作のハードルを大幅に引き下げる
西嶋:それにしても、あれだけの大型ロボットを販売するという発想には驚きました。開発段階から、その予定だったのですか?
吉崎:そうです。元々、倉田さんが「量産化できるロボットをつくってサバゲー(サバイバルゲーム)をしたい」という構想を持っていて、そのつもりで鉄工所などと話を進めたりしていたのです。
私も、昔から「人型ロボットが世界中にいる状態を目指したい」という思いがあったので、量産型にすることは2人で最初から決めていました。また、クラタスの開発を起爆剤に、10代や20代の若い世代からどんどん追随する開発者が出てきて、第2、第3のクラタスが生まれてほしいとも話していましたね。
西嶋:V-Sidoがハードを問わず、どんなロボットにも適用できるソフトウエアになっているのは、そういう考えがベースにあるのですね。
吉崎:ええ。V-Sidoは元々、2009年にIPA(独立行政法人 情報処理推進機構)の「未踏IT人材発掘・育成事業」に採択されて開発した私の個人案件です。小型から人間の等身大ロボットへ対応させる中で、これで巨大ロボットも動かせるはずだと思っていたときに倉田さんと出会ったのです。
その後、ソフトバンクグループに参画しアスラテックが誕生して、現在はV-Sido関連商品の企画開発はアスラテックで行っています。
西嶋:これからさまざまな業種の企業がロボット産業に参入するにあたって、技術面は大きなハードルですが、このOSを搭載すればゼロから制御システムを開発しなくても、誰でも2足歩行の人型ロボットをつくりやすくなります。V-Sidoのコンセプトは、各社の参入ハードルを大幅に引き下げそうです。
吉崎:まさに、それが狙いです。V-Sidoは、ロボット開発をする上での難しさを、最初から肩代わりするためのソフトとして考えています。
冒頭で西嶋さんが言われたように、今はロボットビジネスへの期待が高まりながらもどこに市場があるのか、まだ霧の中という状態です。そこで必要なのは、とにかくトライアルの回数だと思うのです。試すコストをどれだけ下げられるかが、今後しばらく業界全体の課題になることは間違いありません。
自分たちの業界で、こんなロボットが生かせそうだというアイデアが生まれたら、まずプロトタイプをつくれるようにしたい。その繰り返しの中で、伸びそうなアイデアを取捨選択するサイクルを速くすることが、ロボットビジネスで日本が世界へ打って出るために今求められていると思います。
このフェーズに、おそらく5年くらいはかかると考えていますが、まずはたくさん数を試すことが第一歩です。
日本から世界へロボットビジネスを広げるために
西嶋:だからこそ、V-Sidoのインターフェースはとても直感的につくられているのですね。バンダイナムコさまとの対談の際も「2~3分操縦して分からないゲームは、二度と遊んでもらえない」という話を伺いました。
吉崎:パソコンだけではなくスマートフォンでも操作可能です。イベントで子どもに操作体験をしてもらうことだって可能です。操作はまったく難しくないです。
ロボットの方向性として、大きく分けて人型かそれ以外かという分岐点がありますが、こういうソフトウエアがなければ、本当は人型が適していても「できないからほかのタイプにしようか」という選択をせざるを得ないと思います。でも、そういう消極的な選択はアイデアを小さくし、市場の形成を阻みます。
ごく一般のメーカーやサービス業の企業が、うちに小型ロボットを入れたら何が起こるのかを次々と考えて試せるようになれば、もっとこの産業は活性化します。だから、人型ロボットの基本的な制御を請け負えるV-Sidoを開発したのです。
西嶋 確かに、ここで手をこまねいていると、海外発のロボットを受け入れて使うだけになってしまうかもしれません。OSがあるということは、すごく大きな意味がありますね。
吉崎:我々としては、やはり日本発でロボットビジネスを広めていきたいと強く思っています。日本のものづくり産業には、優れた技術を有する企業やエンジニアが大勢いますので、コラボレーションできる企業を常に探しています。
でも、決してV-Sidoを日本固有のものとして世界と戦っていくつもりではありません。むしろ、世界中のロボットをつくりたい人へ提供したい。V-Sidoを日本のロボット産業を推進する大きな力とする一方で、海外のロボットも難なくV-Sidoを使えるようにしていくのが、我々の命題です。
音声系の技術をコミュニケーションに生かす
西嶋:2014年は、V-Sido搭載のロボットが相次いで発表されました。例えば夏に行われた「OngaCRESTシンポジウム2014」では、再生中の音楽に合わせてリアルタイムにダンスするロボットが披露されました。これは、産総研(独立行政法人 産業技術総合研究所)の研究が反映されているそうですね。
吉崎:OngaCRESTは、産総研の後藤真孝さんがリーダーを務める音楽情報処理研究のグループで、代表的な研究成果にウェブ上の楽曲の中身を自動解析してサビなどを判別する「Songle」というサービスがあります。このSongleとV-Sidoを連携させて、ロボットがリアルタイムで音楽に合わせられる仕組みを実現しました。
ちなみに後藤さんをはじめ、産総研のメンバーは音声認識や音声系の技術に関して日本で唯一無二の研究を数多くされているので、ロボットとの親和性には注目しています。
西嶋:その場に流れる音楽に合わせて、テンポや曲調の変化にも柔軟についていくのはとても興味深いです。V-Sidoの簡単な操作によって、いろいろな振り付けを表現したり、踊りながら歩いて方向転換したりする様子は実にスムーズですね。この機能は、どんなふうに活かせそうですか?
吉崎:エンタメ性としては、V-Sidoからの操作でロボットが踊っている途中でも観客の声援に応じて動作を追加したり振り付けを変更したりできるので、ファンサービスなど臨機応変なライブパフォーマンスが可能になります。
将来的には、V-Sidoと音声認識技術を組み合わせることで、例えば手話の同時通訳のような、音声を解析してリアルタイムの表現に反映するコミュニケーションにも使えると思います。
西嶋:もうひとつ人型ロボットといえば、最終的に高さ5メートルの巨大変形ロボットを開発するプロジェクト「Project J-deite」にも参画されていますね。このプロジェクトで発表された1.3メートルの変形ロボット「J-deite Quarter 」もインパクトがありました。操作ひとつで人型ロボットから自動車型へと変形し、人型でも歩行可能で、自動車の状態でも走行可能と、まさに“リアル・トランスフォーマー”ですね。
吉崎:このプロジェクトは、変形ロボットを手掛けるBRAVE ROBOTICSさんが中心になっていて、当社はプロジェクトパートナーとして協力しています。また、本家の玩具の「トランスフォーマー」公認として、タカラトミーさんも参画されています。OSはV-Sidoを使用しており、5メートルになった際には人が乗って操縦できるようになる予定です。
西嶋:日本からアメリカへ渡り、爆発的な人気を博した「トランスフォーマー」がまた日本でこうして新たなフェーズを迎えるというのは感慨深く、夢がありますね。楽しく分かりやすくロボットの魅力をこれからも伝えていっていただきたいと思っております。
J-deite Quarterを操作する吉崎氏。パソコンとジョイスティックで自在にコントロールができる。 |
今回はエンターテインメントの切り口から、人型ロボットの可能性を中心にお伺いしました。引き続き後編では、日本でロボット産業が発展するためのヒントや、心理面から考えるロボット市場への浸透などについて見解を伺っていきます。