ロボティクスビジネス入門講座No.6
日本はロボットが浸透しやすい国? アスラテック吉崎航氏が語るロボット産業のこれから
2015/01/20
前編では、人型ロボットをパソコンとマウスやジョイスティックで、あるいはスマートフォンでも直感的に操作できるソフトウェア「V-Sido OS」がもたらす可能性について、開発者の吉崎航さんに伺いました。後編では、いったいどのような方向に日本のロボット産業が発展していくのか、その展望を掘り下げていきます。
サービスやコミュニケーション分野ではどう発展する?
西嶋:お話の冒頭(※前編)で、吉崎さんが20代のメンバーとして唯一、安倍首相主催の「ロボット革命実現会議」に参加されていることをご紹介しました。ここには研究者や電機系メーカー以外にも、介護事業や旅館など、ロボットの活用が期待されているサービス分野の方々も名を連ねています。
単機能の産業用ロボットではなく、まだ例が少ないサービスやコミュニケーション分野でのロボットの発展については、d-robo(電通ロボット推進センター)でもいろいろと問い合わせを受けています。これにはどんな方向性がありそうですか?
吉崎:例えば旅館やホテル業だと、単純に人の業務をロボットで置き換える「効率化」の方向での活用がすでに進んでいますよね。柔軟な対応が必要なフロント業務は人が担当することが多いですが、ここをテレオペレーション化してロボットに任せられると、最終的に無人のホテルなども実現するはずです。
西嶋:確かに、旅館のバックヤードでロボットが料理を運搬するなど、効率化はかなり探られていますね。また一方で、アマゾンでも倉庫ロボットを1万5000台導入して、最大1000億円の人件費削減へ、というニュースが出たばかりです(※)。このような効率化の一方で、人員を減らすことなく、ロボットでプラスアルファのサービスをすることもありえますか?果たして本当にそうなのかは別として、世間の反応の中には「ロボットが発展すると人の雇用が減るのでは」というネガティブな心理もあり、企業の懸念点にもなっているように感じているのです。
※ITメディア「Amazon、Kivaロボットが走り回る最新物流センターの動画を公開」(http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/1412/01/news129.html)
吉崎:たしかに、先ほどのホテルフロント業務など、そのシーンだけ見れば雇用に関する懸念があるのは分かります。 一方で、おっしゃっているようなロボットによるプラスアルファのサービスというのも、もちろんあると思います。
ですが、もう少し視野を広げると、ロボット産業が発展することで生まれる仕事は山のようにあります。ロボットにも日々のメンテナンスが必要ですし、業務効率化が進めば対応できるお客さんの数が増え、結果として別の部分で人が担う仕事が増えるでしょう。
効率が上がる以上は、必ずその波がプラスの方向へくると思います。ただし、そこに日本が率先して取り組むことが大事です。先にお話ししたように(※前編参照)海外に後れをとると、アドバンテージを全部持っていかれるので、それは避けたいところです。
まずは人型ロボットによる「効率化」を考える
西嶋:「効率化によって新たな仕事が生まれる」というのは、サービスやコミュニケーション分野でのロボット活用だけでなく、産業用ロボットにも当てはまりそうですね。
吉崎:ええ、ロボット全般にいえると思います。すでに産業用ロボットが活躍しているシーンには、他分野にも応用できそうなものもけっこうあります。
例えばそのひとつが、人型ロボットによる重機の遠隔操縦です。工事現場や災害支援の場では、操縦者の安全のためにも、無人での重機の活用が探られています。遠隔操縦できる重機自体を開発するのではなく、既存の重機に適した人型ロボットを開発し、V-Sidoを搭載して、その人型ロボットを操縦することで重機を動かすのです(※)。
※アスラテック「V-Sido搭載ロボットが災害復旧の現場検証に参加」(http://www.asratec.co.jp/2014/12/19/2089/)
西嶋:ロボットで重機というと、それ自体がロボット化して自動運転するのを想像しますが、人に代わってロボットが既存の重機に乗るのですね。
吉崎:そうです。重機自体を改造すると、そのコストの回収に相当の時間がかかりますし、高額でそうそう壊れない既存の重機も生かせないので、重機に乗る人型ロボットがいいのです。地球上のどこかで災害が起こり、そこに重機だけはあるという場合でも、人型ロボットのみをコンパクトに梱包して送ればいいので、低コストで有用性があります。
ここで重要なのは、元々操縦していた人が、直感的にロボットを遠隔操縦することで自分の経験をそのまま生かせる点です。仕事が減るどころか、年齢やけがなど体力的な理由で現場に出られなくなった人も、在宅で働き続けることができるのです。
西嶋:なるほど、「長距離の歩行」がない点もポイントですね。海外には、日本は人型ロボットにこだわりすぎだという意見もありますが、今伺った考え方だと人型ロボットの意義はやはり大きいと感じました。活用が先行する産業用ロボットの分野からは、さまざまな知見が得られそうです。
吉崎:重機もそうですが、人間用の道具はこれまでにたくさん登場していて、それらの多くは大事な資産です。その道具を使える人型ロボットを開発するだけで、かなり業務が効率化し、資産の有効活用にもなるケースはまだまだあるはずです。
ロボットは決して効率化だけを目指すわけではないので、これはあくまでロボットが広がる過渡期の話ですが、効率化への寄与は大きいと思います。そのロボットの運用者と利用者は、組織か個人か
吉崎:ロボットへの期待を整理するためにもお話ししたいことがあります。今後どんどんロボットが身近になるためには、むしろ「すぐに流行らないロボット」を考える必要があると思っているのです。
西嶋:ゆっくり浸透していく、ということですか?
吉崎:そうですね。もっと言うと、段階的に、というか。具体的には、ロボットの運用者と利用者を「組織」か「個人」かに分けて捉えて、どこから発展していくかを考えることが、長期的な市場形成のヒントになると考えています。
例えば、すでに活躍を始めているロボットのひとつに、警備用ロボットがあります。これは、運用するのも使うのも警備会社で、目的は自社の労働力の効率化や、社員の危険回避などはっきりしています。何かトラブルがあった場合も、自社内で解決できる。こういう組織内ですべてが完結する場合は、実現しやすいのですね。
一方、例えば一般的にも期待されている介護分野だと、ロボットの利用者は個人です。運用も、現場が介護施設なら職員、高齢者一人暮らしなら利用者自身になり、開発した組織とは違います。
西嶋:そういう分け方で考えると、個人向けはすぐには実現しなさそうですね。
吉崎:ユーザーにある程度のリテラシーが必要ですし、操作のサポートやトラブル時の保障などの問題も多いので、警備ロボットのようにはいかないでしょうね。なので、まずは「組織が運用し組織が使う」分野でのロボット活用が盛んになるのが妥当だとみています。その流行が徐々に、個人側へと移行していくでしょう。参入する企業はそれを意識する必要があると思います。
西嶋:今のお話は、企業がロボットビジネスに参入する際の考え方として、重要なヒントになりそうです。
吉崎:まだ市場がなく、モノもないので、ユーザーにニーズを聞いてもあまり発展的な意見は得られませんよね。また、ロボットというとつい「何でもできる」という発想をしがちですが、それは難しさとしては人の命をつくるのと同じレベルになります。いったいどの分野の企業ならつくれるのかという点で行き詰まってしまいます。
やはり現実的なのは、まずは単機能のロボットがたくさん登場し、そこから徐々に機能が拡張・統合されていくという流れだと思っています。もし万能ロボットが生まれるとしたら、部屋なら部屋だけ、コンビニなら店内だけなど、その場所の電子機器をすべて統合する方向性が現実的でしょう。サイズにもよりますが、ロボットには移動距離の制限があるので、場所ベースで考えるのもひとつの切り口になると思います。
「ロボットは友達」のイメージは日本ならではの価値
西嶋:お話を伺っていて、日本が世界のロボット産業を牽引していくという視点を強く持たれていることがとても印象深いです。ロボットビジネスの推進における日本の価値を、どう捉えていらっしゃいますか?
吉崎:本質的には、日本人は未知のものに対して保守的ですよね。スマートフォンでも、最初は何ができるか分からないから「使わない」と遠ざけてしまったり。でもロボットは、多くの日本人が子どものころから漫画やアニメで親しんで、“ロボットは人間の友達”といった良いイメージを持っています。海外に多い“ロボットに侵略される”といった作品も、日本にはほとんどない。だから、段階を追っていけば、ごく普通の生活にロボットが密着した状況を世界に先駆けて実現できると考えています。
西嶋:先ほどの雇用の話にも通じますが、ロボットが発展すると「ハッキングされるんじゃないか」というネガティブな声も聞かれます。こういう風潮はどうお考えですか?
吉崎:これは、私は非常にいい兆候だと思います。そういう可能性を察知できるリテラシーを持った人に、ロボット技術の知見が届いている証拠だからです。パソコンや自動車などが普及したときも同じで、リスクを理解して自分で判断できる人たちから徐々に浸透していくのが、ある意味で文明の正しい発展の仕方ではないでしょうか。そういう人たちとの対話を通して、メーカーなど提供する側もどんどん製品をブラッシュアップできるので、すばらしいことだと思います。
西嶋:企業側の模索と同時に、そうした意識が徐々にごく普通の人たちに広がっていくことで、長期的に市場ができていきそうですね。
直近の5年ほどでプロトタイプがたくさん生まれたら、さらにその先はどうなるのでしょうか。取り組まれたいことと合わせて、お教えいただけますか?
吉崎:まずは2020年を一応のメドとして、さまざまな日本企業とコラボレーションして、200体なのか300体なのか、玉石混交でもたくさんのロボットを世に送り出していきます。次のフェーズはそれらが精査されて、分野特化型のロボットが定着する時代になるでしょう。その中で、アスラテックとして各分野でのシェアをどれだけ高められるかを考えていきたいと思います。
さらにその先は、例えば、介護用ロボットだけどお茶くみもできるなど、特定分野のロボットが発展してどれかが「万能になってしまった」というようなことが起きると思います。すると、元々開発した介護の会社の業態も変わってきますよね。技術が業態を拡張していくこともあると思います。
西嶋:そうやって単機能から段階を踏んで発展していく先に、私たちの生活にロボットが浸透して当たり前に使える時代になる。吉崎さんの展望を伺って、そんな未来への道のりが具体的に見えてきたように思います。示唆に富んだお話、ありがとうございました。